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第一章

8.熱を分かち合う ★

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 林の中にある切り出された土地。木々と野の花に囲まれた穏やかな場所。そこに建っている温かみのあるログハウスは、きっとリアの家なのだろうとゼルドリックは思った。

 家の横には立派な鍛冶場がある。普段、ここで彼女が鎚を持って作業しているのだと思うと、胸に愛おしさが込み上げるような気持ちだった。

『鍛冶屋 リローラン』

 鍛冶場には、青銅製の看板がぶら下がっている。風に吹かれて少しだけ揺れるそれは、鎚と宝石の意匠が施された可愛らしい看板だった。住民の少ない田舎村だ。看板など特に必要ないだろうに、丁寧に作られた可愛らしい看板から、ゼルドリックはリアの几帳面さを感じた。

(なるほど、仕事に打ち込むにはここは実に良い場所だ。鍛冶場で大きな音を出しても周辺に民家は無く、騒がしさを与えることもない。……しかし、あまりにも人気が無い。ここで女が一人で暮らすのは不用心な気がするな)

 鷹となったゼルドリックは、鍛冶場近くにある一番高い木に留まってリアの家の全景を見渡した。二階建ての立派なログハウスは、一人で暮らすには些か広い気がする。

(さすがに俺の屋敷には劣るが、充分に広い家だ。……まさかあの女、誰かと暮らしているのか……?)

 ゼルドリックの胸にみるみる黒いものが込み上げた。

(あの髭面の男とは何もなさそうだが、それ以外に男がいるという可能性は否定できない。一週間に一度しか会えないゆえに、あまりにも彼女の私生活を知らなさすぎて不安だ……。ああ、駄目だ、気になる……! リアに会って早く確かめなければ……)

 ゼルドリックは木から降り立つと同時に元の姿に戻った。そして脇に小包をしっかり抱え直すと、リアの家の扉を叩いた。その様子は自警団の扉を叩く時とは違い、丁寧なものであった。

「リローラン、私だ! ゼルドリック=ブラッドスターだ!」

 ゼルドリックが何回か扉を叩き、声を張り上げても、一向に返事はなかった。リアの家は静まり返っていた。

「……ここにはいないのか?」

 そんな筈はないとゼルドリックは考えた。魔力は確かに、ここから流れてきている。そしてゼルドリックは気が付いた。リアの家の扉には、鍵がかかっていない。ゼルドリックは嫌な予感を覚え急いでリアの家の中に入った。

「入るぞ」

 リアの家は小綺麗だった。そして誰もいないかのように静かだった。一体リアはどこにいるのだろうかと探す。そして日当たりの良い突き当たりの部屋で、リアが寝台の上でぐったりと気を失っているのを見て、ゼルドリックはざっと背筋が冷えるのを感じた。

「リア!」

 ゼルドリックは抱えていた小包を放り出し、急いでリアに駆け寄った。リアはぐったりと目を閉じ、汗みずくになった胸元を忙しなく上下させながら荒い息を吐き続けている。リアはすっかり気を失い、家の扉が開かれたことも、ゼルドリックが駆け寄ってきたことにも気が付いていないようだった。

 寝台の傍らのテーブルには濡れた布や、皮を剥いた果物が乗せられている。ゼルドリックは視察の前まで、マルティンが世話をしていたのだろうと察した。

(あの髭面……だからリアの元に行かせないようにしたのか? 愚か者が……。エルフに頼れば、すぐ治癒魔法をかけて楽にしてやる事ができるというのに!)

 リアの頬に触れ、あまりの熱さにゼルドリックは驚き、急いで強力な治癒の魔法をかけた。通常の風邪であるならばすぐ楽になるはずだというのに、リアは相変わらず苦しそうに息を吐き続けている。ゼルドリックはリアを苛む熱の正体を確かめようと、魔力を巡らせてリアの身体を確かめた。

「ん……まさか、これは魔力酔いか……?」

 魔力酔い。過剰な魔力にあてられて一時的に体調不良を起こすこと。
 体内で正常に魔力が循環できなくなるために、高熱や強い倦怠感などの症状が出る。リアのそれは、魔力酔いに他ならなかった。ゼルドリックには、リアが魔力酔いを起こした原因に心当たりがあった。

(贈り物に溶かしてきた魔力は微かなものだから、それだけでは酔いを起こすことはない。しかし先週、俺は君に直接魔法をかけたのだったな)

 高台でリアの身体を抱き込んだ時。ドワーフの血を引く故に、自分より力が勝るリアを引き止めておきたく、彼女の目を覗き込み密かに身体の力を奪う魔法を施した。
 平常より強い魔力をリアに与えたことで、魔力酔いを引き起こしてしまったらしい。リアは魔力を操れぬ種族のため、自らの身体に溜め込んだ魔力を放出する術を知らない。ゼルドリックから受けた魔力がリアの中で暴走しているようだった。

「そんな……」

 ゼルドリックは強く後悔した。他種族に魔法をかける場合は魔力酔いを引き起こすリスクがあることを考慮するべきなのに、己の気持ちを優先し身勝手に魔法をかけその結果リアを苦しめた。その事実に、ゼルドリックの胸が強く締め付けられる。

「ああ……。何てことだ。俺のせいで、君にこんな苦しい思いをさせてしまったのか……本当に申し訳ないことをした……!」

 ゼルドリックは悔恨に塗れた声を出した。そして労しげに、汗で額に張り付いたリアの前髪を優しく払った。リアの頰に手を添え、血色を確かめるように親指で唇をゆっくりとなぞる。それは、唇から漏れ出る魔力の流れを確かめようとしての行動だった。ゼルドリックにとって、決してそれ以上の含みは無かった。

 だが、それがきっかけとなってしまった。

 気を失っていても、敏感な唇に何かが触れた感触は伝わっているようで、リアは唇から伝わるささやかな擽ったさから身じろいだ。汗をかき、眉を寄せるその様はゼルドリックを蝕んだ。

「……ん、んぅ……」

「なっ……!?」

 ゼルドリックが唇に触れると、リアが掠れた高い声を出した。その声を認めた途端、どくり、とゼルドリックの胸が高鳴った。リアの、掠れた吐息が混じった声にはなんとも言えない色気があって、ゼルドリックはみるみる顔に熱が集まるのを感じた。

 思わずリアの顔から視線を外すと、今度はリアの胸元が目に入った。リアの白い喉から胸元は、汗でしっとりと濡れている。くつろげた胸元は下着を着けていないようで、非常に豊かな胸の形をそのままゼルドリックに伝えた。その胸元から、リア自身の匂いが立ち昇る。癖になりそうな甘く濃厚なリアの匂い。その強さにゼルドリックは目眩がした。

「あっ……リ、リア……。君は、何て無防備なんだ!? ……まずい、これは実にまずいぞ……」

 ゼルドリックはぶつぶつと呟きつつ、勢い良くリアから目を逸らした。だが、胸の高鳴りは収まらずどんどんと強くなっていく。そしてゼルドリックは思わず、リアの汗に濡れた寝衣の下を想像してしまった。

 彼女の肌はどんなに柔らかいのだろうか? 
 掌でさえ、あんなに柔らかかったのだ。
 それならば、その豊かな胸の柔らかさは、一体どれほどのものなのだろう?

 どくり、どくりとゼルドリックの鼓動が強くなる。一度想像してしまえば最後、自分の脳裏にリアの淫らな姿が浮かび上がる。自分の欲望が膨れ上がっていく。ゼルドリックは一瞬のうちに、浅ましい想像を巡らせてしまった。

(甘い匂いのするそれにむしゃぶりついて、揉んで、嗅いで、舐めて、吸って、噛み跡を付けて、リアを自分のものにしたい)

「な……う、そ……、嘘だろう? そんないやらしい想像を……俺は……何を……?」

 背筋がぞくりとし、身体の中心に熱が灯る。たった一瞬の想像で、自分の男根がすっかり勃ち上がってしまったことをゼルドリックは自覚した。

 性欲の薄いエルフに生まれついたせいで、ゼルドリックは殆ど性的衝動を感じたことがなかった。朝、生理的に勃ち上がったそれを仕方なく処理したことはあれど、実際に女性を前にして、性的興奮を覚えたことはこれが初めてだった。

 リアのことが好きだ。だから、髪に触れたり、彼女自身の匂いを嗅いだり、抱きしめて身体の柔らかさを味わったりした。そしてその先に、できればいつか彼女と愛の言葉を交わせる未来があればいいと考えていた。ゼルドリックは、そんな純粋な想像で満足をしていた。

 しかし、もうそんな想像だけでは足りなかった。彼女に深く口付けたい。彼女と性行為がしたい。リアの胸を苛め抜き、あらゆる場所に手と舌を這わせ、秘められた場所を自らの手で暴いてしまいたい。熱を持って苦しい自身を彼女の中に埋め込んで、一番深いところで熱を解き放ってしまいたい。そうして自分の匂いをこすりつけ、この身体でも、この魔力でもリアを犯し尽くしたい。

「あっ……あ、あ……あ…………」

 ゼルドリックは悶え、強い興奮から胸を押さえた。鼓動が尚更強くなり、頭の中が沸騰しそうなほどに熱くなる。背筋がぞくぞくと震え、リアを貪ることしか考えられなくなる。制御不能な、獣欲とでもいうべき強い性衝動がゼルドリックを突き動かした。

「あ、あ……は、ははっ……そうか、そうか……そうだ。……リア、俺はいい案を思いついたぞ……」

 ゼルドリックは呆然としたように笑った。そして彼の中で、ある理論、ある大義名分が、急速に組み立てられていく。熱に苦しむリアを救い、そしてなお苛むための浅ましい欲望に塗れた大義名分。

 一、二週間安静に過ごしていれば、魔力酔いは快方に向かう。だが、魔力の扱いに優れた者が、魔力にあてられ倒れた者から暴走した魔力を吸い取り、正しく循環させてやれば、すぐに快復させることができる。つまり、リアを楽にするためには、暴走している魔力を自分がリアの中から吸い出してやればいいのだ。ゼルドリックはそう考えた。

(手っ取り早いのは体液の交換。体液には魔力がよく浸み出すから、今俺が考えている方法は、絶対に上手くいくだろう………)

「そうだ、これは治療だ……。必要なことなのだ……! リア。君がこんなに苦しんでいるのであれば、その苦しみの元凶である俺は、君を楽にしてやらなければならない義務があるな……なあ、そうだろう?」

 だが、魔力を吸い出すだけでは勿体ない。また新しい魔力を身体に注ぎ込んでやろう。密かに贈り物に微量の魔力を溶かし続けるというようなまどろっこしい方法ではなく、自分自身が新しい魔力をリアに注ぎ込み、纏わせれば良いのだ。

(多少の魔法をリアにかけても、もう酔いを起こさないくらいに俺の魔力に慣れさせる。そして、もしまた酔いを起こすことがあれば、俺がその熱を取ってやればいい。魔力を注いで、リアが熱を出せば、吸い取って。また注いで、熱を出せばまた吸い取って……)

 甘い繰り返し。淫らな循環。リアにずっと触れていられる。それを想像しただけでゼルドリックは思わず射精しそうになった。汗みずくで苦しむリアを見下ろし、嗜虐的な笑みを浮かべる。目の前の女を早く貪らなければと、自分が叫んでいる。ゼルドリックは己の考えを正当化し、すぐさまそれを実行することを選んだ。目の前の弱った獲物を、食い散らかしてしまうことに決めた。

「なあ……。リア、リア……。君が楽になる術を俺は知っているんだ。苦しいだろう? 早く元気になりたいだろう?」

 ゼルドリックはリアの唇を執拗になぞった。その柔らかい弾力に心を踊らせる。ああ、この唇に触れ、この唇から快楽の吐息を漏れさせる。その甘やかさはどれ程のものだろう?

「リア、リア……。だから、今から俺がすることを受け入れてくれ………」

 ゼルドリックは目を伏せ、リアの耳元で、ねっとりと色を含んだ声で言い訳を囁いた。耳にゼルドリックの息がかかり、ぴくりとリアの身体が震える。その小さな身体の震えごと、ゼルドリックは愛おしそうにリアを抱きこんだ。

 ゼルドリックが呪文を囁くと、リアの家の周囲に魔力の結界が張られた。これで、外から誰かが入ってくることも、内の様子を見られることも、内から出た声を聞かれることもない。愛しく思う女との逢瀬を邪魔されないようにと入念に結界を張った後。最後に、ゼルドリックはリアに新たな魔法をかけた。


 ――――――――――


 目蓋の裏が赤一色に埋め尽くされる程の強い夕焼け時の光を受けて、リアは眩しさから目を覚ました。

 さらさらと穏やかな風がそよぐ音だけが聞こえる。ここはどこだろうかと辺りを見渡せば、よく見慣れた村の高台だった。どうやら自分は草の上に座り込み、そのまま眠ってしまったらしい。自分の左手が、温かく大きな誰かの手に握り込まれている。横を見ると、ゼルドリックがリアの手をしっかりと握り、強さを含んだ双眸でリアを見つめていた。

 彼の黒い肌に強い夕日が当たり、きらきらと美しく煌めく。高い鷲鼻、跳ね上がった口髭、引き結ばれた唇にまで、空から光の粒が降り注ぎ、彼を黄金色に彩る。猛禽類のような青い瞳にはくっきりとリアの姿が映り込んでいて、リアは先週の視察の日、ゼルドリックに抱き込まれた時のことを思い出した。あの時の状況と、よく似ている。


 ――しかし、どうして自分は今、彼に手を握り込まれているのだろうか?


 リアは、もやがかかったような頭を無理やり動かして、今どんな状況なのか思い出そうとした。

(確か、私はずっと体調が悪くて、マルに看病をしてもらっていて、けれど、良くならずに倒れて、それで……?)

 リアが考えている間に、ゼルドリックは大きな身体をリアに寄せて、片手を腰に、もう片手をリアの頬に添えた。息がかかってしまいそうな程にゼルドリックの顔が近づいてくる。ゼルドリックはリアの頬に添えた手をゆるやかに滑らせて、検分するようにリアの耳、首筋、鎖骨までをなぞった。

「リア」

 甘く蕩けた声を出して、ゼルドリックは大きな身体を、少しだけリアに寄りかけた。その声の甘さに、リアは自分の顔がみるみる熱くなるのを感じた。彼が自分の名を甘く呼んでいる、その事実はリアの心を大きく歓喜に震わせた。

(ああ。……私は、夢を見ているのね……。)

 リアはその甘さに、これは夢なのだとすぐ結論付けた。ゼルドリックはリアをファーストネームで呼ばないし、何より自分に対してこんな蕩けた様な声をかける訳がない。自分は彼に嫌われているのだから。よってリアは、自分の目の前にいるゼルドリックは幻なのだと判断した。

 日常の中の、ふとした瞬間にあれだけ彼の姿がちらついた。そして「黒の王子様」に何度もその姿を重ねてしまった。きっと無意識に彼を求めて続けていたのかもしれないと、リアは自分の浅ましさを嘲った。よりによって、彼に会えず寂しいと思った日に、こんな夢を見るのは皮肉なものだと思った。

「リア、リア……リア……」

 ゼルドリックは熱に魘されたように、何かを求めるように、甘く何度も何度もリアを呼ぶ。ゼルドリックの体温がリアを蝕んでいく。

 切なく自分を呼ぶ声に、どくどくと心臓が鳴り、身体の奥底が絶えず切なく疼き、熱が巡る。

(熱? ああ、そうだ。熱だ……。確か私は今、熱を出していたはず。熱があるから近づかないで……)

 靄のかかったような、まとまらない頭でリアはゼルドリックの胸を押した。

「ブラッドスター様、私は熱があります……移してしまっては大変ですから、私を放してください」

 そう思って胸を押しても、彼の大きな身体はびくともしない。リアは腕に力を入れようとするが、なぜかその度にすぐ力が抜けてしまう。抵抗とも言えない抵抗を続けている内に、そのままゼルドリックにすっかり抱き込まれてしまった。高台に差す強い夕焼けは、彼の身体に遮られた。こんなところまで、あの時の状況と似ている。

(私はもしかして……ブラッドスター様に抱きしめられた時の続きを想像して、こんな夢を見てしまっているのかしら)

 リアは自分のいやらしさに呆れた。ゼルドリックからの過剰な接触に濡れてしまった先週の視察の日。恋人でもない人物に対して、情欲を感じたことに相当の罪悪感があったというのに、またこんな夢を見てしまっている。浅ましさを恥じ入るように、リアは目を瞑った。

「リア……つれないことを言うな。君はさぞ熱くて苦しいのだろう……? 顔が真っ赤だ。だがな、リア……。君のそれは風邪ではないんだ。俺ならその熱を冷ましてやれるぞ」

 指を顎に添えて、ゼルドリックはリアの瞳を覗き込んだ。ゼルドリックの青い双眸には、深く複雑な光が宿っている。色恋に疎いリアでも、その光が何を表すのかは本能的に理解できる気がした。甘く蕩けるような愛情の色。目の前の女に情欲を向ける、海の底のような仄暗い色。リアはその色をゼルドリックの瞳の中に見出した時、ぞわりと全身が粟立ち、発火するほどに熱くなるのを感じた。

「……あっ……!?」

「何か」が、自分の身体の中から外までを這い回り、自分の中に秘めている熱を暴いていく。息が荒くなり、じっとしていられない。熱を逃がそうと身を捩るも、なお強くゼルドリックに抱き込まれた。彼の纏うミントの香り。腕と胸の力強さ。体温。それらに触れて、余計に身体が燃え上がる。リアは小さく喘ぎ、熱から逃れるように身体をくねらせた。

「やっ……やだ! 何か、変……なにかが私をっ……私に触って……!」

(ははっ……辛そうだな、リア……。)

 自らの魔力を以て、リアを犯している。その事実はゼルドリックの心に堪らない刺激を与えた。魔力酔いを起こした場合、絶えず身体の奥底に触れられているような感覚があるという。そして今も、わざと魔力をリアの身体に纏わせて、手を這い回らせるように魔力を操った。己の魔力に肌を撫でられ、摩られ、執拗になぞられるリアの出す声は、色が含まれていて不快よりも快を強く伝えてくるようだった。

「どうした? リア……そんなに身体をくねらせて……」

「あ、ああっ……あ、あ……あ……」

 何でもないとでも言うようにふるふると首を振り、リアは潤みきった瞳でゼルドリックを見つめた。顔は真っ赤で、緩く開いた口元からは荒く短い息が吐き出されている。魔力酔いはなお強くなり相当辛いだろうに、耐えようしているのが窺える。

「君は、俺に何かを求めているのか……?」

「あ、あ、ちが……違う……の」

「何が違う? リア……。何かに苦しんでいるのなら、俺に素直に言ってみろ。これは夢なのだから……」

「あ……ゆ、ゆめ……?」

「そうだ。夢だ。夢ならば……君が何を望んだっていいだろう? 俺は君の望みを叶えてやりたいんだ……」

「あ、あ、あ……」

「さあ、リア……言ってみろ」

 ゼルドリックはリアを誘惑した。リアから自分を求めてくるのならば、その分、罪悪感も躊躇いもなく穢すことができる。ゼルドリックは慈愛の笑みを浮かべながら、リアを誘った。

(さあ、言うんだ、言え……。俺を求めろ……。落ちてこい……)

「あ、あの……。ブラッド、スターさま……」

 リアは限界だった。リアは自分を支配する熱が、情欲と酷く似ていることに気がついていた。ゼルドリックがいなければ、みっともなく自身を慰めていただろう。

 ――そうだ、目の前にはゼルドリックがいる。自分ひとりではない。

 これは夢で、目の前のゼルドリックはいやらしい自分が作り出した幻。夢ならば、目の前の幻の存在を自分の情欲の犠牲にしたって、存分に甘えたって構わないだろう。

 リアもまた、自分を正当化した。そして現実では自分を嫌う男に、リアは甘い声で呼びかけた。

「わ、たし……あつくてたまらないの。このねつをどうにかして。おねがい……」

 舌足らずな、媚びきった声を出してリアはゼルドリックを求めた。目の前の彼をその気にさせるためなら、どんないやらしい頼み方さえ出来る気がした。リアの赤い瞳に理性は無い。ただ燃え上がるような熱を目の前の男に伝えている。

 ゼルドリックが息を呑む音が聞こえ、リアの唇が彼の指になぞられる。赤い目は涙で潤んで、ゼルドリックの顔を正しく捉えることができない。だから、ゼルドリックがどんなに蕩けて、獣欲に支配されきった顔をしていたのか見ることはなかった。

「リア。君は本当に、本当に可愛い……。好きだ、大好きだ……。今、君を楽にしてやるからな……」

 ゼルドリックは声に興奮を滲ませた。ゼルドリックもまた、限界だった。リアは熱に苛まれ、彼の情欲に塗れつつも、誠心籠めたる愛の告白を聞き取ることができなかった。ただこれからもたらされるであろう快楽に期待を寄せ、彼の大きな身体に甘えるように擦り寄った。

 リアの中ではどくどくと鼓動が響き、信じられないほどの熱が身体を駆け巡っている。早く楽にして欲しいという一心で、自分からゼルドリックの身体に腕を回した。そして、ゼルドリックは顔をゆっくりと近づけ、壊れものを扱うかのように優しく、リアの唇に口付けた。


 ――――――――――


「ふっ……ん……っ! ……んぅ……ぁ……」

 角度を変え、強さを変え。リアは何回も、何十回もゼルドリックと唇を合わせるだけのキスをした。

 彼は口をいつも引き結んでいるから、唇も固いのではないかと思っていたのに、柔らかく肉厚で、唇を合わせていると包み込まれるような感覚がする。ただ肉と肉を触れ合わせているだけだというのに、とても気持ちがいい。リアはすっかりキスの虜になってしまった。

「はぁっ……はあ……リア、リア……!」

「あっ……それ……だめぇ……!」

 ゼルドリックがリアの耳たぶを優しく噛み、生温かい息を吹きかけた。

「ひゃあっ……!」

 リアが甲高い声を出すとゼルドリックは笑い、尚更リアを追い詰めるように耳をねっとりと舐め上げた。

「ふ、ああぁ……」

 リアが目を瞑り、感じいった吐息を漏らすと、ゼルドリックはリアを求めて、また唇を己のもので塞いだ。どれくらい時間が経ったのか分からないほどに、ゼルドリックとのキスが続いていた。

 初めての口付けは、リアの理想とするものだった。頬に優しく手を添えられ、そっと唇を塞がれる。お互いの存在を確かめるような、幾秒も唇だけを合わせるキスに、リアは心の底から満ち足りた。

 だが、その初めての口付けの余韻を掻き消すかのように、自分の身体が熱くなった。火照り、じっとしていられない。こんなものではとても足りない。ゼルドリックに縋り付けば、彼はそれに応えてリアに何度も口付けをした。ゼルドリックの高い鷲鼻がリアの顔に押し付けられる程に、段々とそれは激しさを増していった。

 もどかしい。熱さから逃れるために彼の唇を求めずにはいられないのに、口付ければ口付けるほど、何故か飢えていく気がする。

「リア……」

 ゼルドリックはリアの頬をさすって、閉じた目を開けるように促した。ゼルドリックは分厚く長い舌を出し、リアの欲に濡れる赤い瞳をしっかり覗き込んだまま、彼女の唇をねっとりと舐め上げた。

「……あ……? ……あぁ……いやあっ…!」

 ゼルドリックが自分の唇を舐めている。敏感な唇を舐め上げられるいやらしさと、自分の瞳を見られている羞恥にリアは酷く赤面した。

「……はぁっ……君の吐息は甘いな……」

 ゼルドリックはリアの下唇を優しく挟み、時間をかけて唇を舐め上げた。上唇から下唇まで、強く柔らかく、リアの官能を呼び起こすように。

「ふっう……ああっ……あ……っ!? ああ……」

 リアが快楽から口を開いてしまうと、ゼルドリックの舌が、リアの中に入り込んできた。優しく様子を伺うように、唇の内側や前歯をなぞられる。

 ちゅく、ちゅくといやらしい水音が聞こえる。ゼルドリックはリアの口内を優しく蹂躙し、無言で要求をした。その要求の意図が伝わったのか、リアの舌がおずおずと伸ばされる。ゼルドリックは伸ばされたリアの舌にぴたりと自分の舌をつけ、優しくなぞり、その柔らかさを確かめるように絡ませた。

「はあ……はあっ……はぁん……あ……ふっ……」

「……はっ……はぁ……リアっ…!」

 リアも、ゼルドリックも、溶けてしまいそうな快楽を感じていた。リアはゼルドリックと舌を絡ませ合うたびに、自分を犯す熱が解き放たれていくような心地がした。そしてゼルドリックは、リアの中で変貌を遂げた己の魔力を啜り、その甘美さに魅了された。

(なんて愛おしいんだろう。もっともっと、リアが欲しい……)

 ゼルドリックは、魔力を帯びた自身の唾液を積極的にリアに与えた。リアは甘露を口にするように、こくりと喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。一度舌を絡ませあえば最後、口付けは深く、淫靡なものに変わった。銀の糸が二人を繋ぐ。リアの口の端から飲みきれない唾液が溢れ出れば、ゼルドリックはそれをべろりと舐め上げ、吸い取った。

 ゼルドリックの手は、もはやリアの腰には回されていない。彼女を抱きこんでおく必要はなかった。リアはゼルドリックの首に自らの両腕を進んで回し、せがむように彼に身体を密着させた。ゼルドリックはリアを食らい尽くすとでもいうように、後頭部と頬に手を添え、執拗に深い口付けを繰り返した。

「んっ……ふ、ぅ……リアっ……リア………!」

「……ああっ……はあ……んっ……ふやぁっ……!」

 お互いを求めるように、一心不乱に口付けを繰り返す。ゼルドリックがリアの魔力を吸い終わり、彼女の身体に新しい魔力を満たしきった時には、もうリアの息は絶え絶えだった。ゼルドリックにその身体を預け切ると、リアは疲労から気を失ってしまった。
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