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第九話

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「ニコ、目を開けてごらん。綺麗だよ」

 とんとんと腕を叩かれる。レインの優しい声に導かれて、ニコルはゆっくり目を開けた。

「わぁぁ……!」

 開けた視界。光満ちる天上世界に感嘆の声が漏れる。
 あまりの美しい景色に、少女はぶわりと目を潤ませた。

 無限に広がる雲海が、夕陽を含んで金色に染め上げられている。屈折光が作る虹の帯、神々しい光のはしご。至高の王とその御遣いが暮らすと云われている雲上の領域に、ニコルは感動の涙を流した。

「ああ、こんなに素晴らしい景色があるなんて……!」

 この世界のどこかに祖父も暮らしているのだろうか。朗らかな老父の笑顔を思い出し、ニコルは鼻を啜った。

(おじいちゃん、私たちを応援して。どうにかここまで来たの、無事に贈り物を届けられるように見守っていて……!)

 雲だけが通り過ぎる静かな世界。平穏な道をレインが颯爽と駆け抜ける。綿菓子のような雲を踏みしめ、南に向かって一心不乱に突き進む。ニコルはふんわりとなびくライトブラウンの髪を見て、今どれくらいの速さで走っているのだろうかと思った。

 陽が傾いていく。煌めく星々が顔を覗かせ、世界に闇のとばりが下げられる。だがレインの輝く双眼と蹄が、ニコルに先の道筋を教えてくれるのだった。

 もう真夜中か。まだ日付は変わっていないだろうか……。
 瞬く星を見上げながら祈るニコルに、レインが声を掛けた。

「ニコっ、そろそろ降りるよ! 空気のにおいが変わった、目的の島はこの下だ!」

 そう言うや否や、レインは再び雲の中に体を突っ込んだ。螺旋を描きながら巨躯が真っ逆さまに落ちていく。ニコルは唇を噛み締め、分光石が入った大袋を一生懸命掴んだ。

 波の音が聴こえる。
 やがて、眼下に美しい島が現れた。

 凛とした景色を湛えた古都。起伏に富んだ地形に、広々としたレモン畑。雨上がりの島は見惚れてしまうほどの絶景だ。聖夜の訪れを祝う数多の光がふたりを出迎える。ニコルはとてつもない浮遊感に吐き気を覚えたが、異国の地図を思い出し、子供の住む家を必死に見つけ出そうとした。

「あっ、あれよレイン! あの家だわっ!」

 一等目立つ大聖堂の近くに、古びた赤い屋根が見える。何度も地図を読んだから間違いないと言い切るニコルに、レインはにんまりと口角を上げた。

「了解っ、あそこだね! うん、ちゃんと煙突はある。よし……突っ込め!」

 レインは屋根にぶつからんばかりの勢いで加速した。空中で二足に戻り、素早くニコルを姫抱きにする。悲鳴を上げる主の手を掴み、彼は暗い煙突へ一気に飛び込んだ。煙突の中は狭っ苦しい。壁に引っかかったレインの片角が、がりがりと音を立てながら削れていく。己の眼前で火花を散らす枝角を見てニコルは甲高い声を上げた。

「きゃあああああっ、レイン! つの! 角が削れてるっ!」

「クソ、鬱陶しい! 角なんかどうでもいいんだよ!!」

 男は激しく身動ぎ、自らぼっきりと角を折ってしまった。途端、二人の体がずるりと滑る。ニコルとレインは煤だらけになりながら煙突の中を転がり落ちていった。

「いっ、いやあああああああぁぁぁぁぁ!!」



 *ー*ー*ー*ー*ー*



 少年はよく働いた。

 肺を悪くした父の代わりに。病弱な母のために。
 十もいかぬ子供は朝も夜も働いて、貧困の中必死に生き延びていた。

 冷え切った家には、少年以外誰もいない。医院で寝たきりの両親を想いながら、少年は窓の向こうを見つめた。

 聖夜の訪れを祝う温かなランプの光。笑い声、手を繋いで歩く家族の姿。

 汚れたガラスの向こうにあるそれらが、どれも痛くて仕方ない。大聖堂から聴こえてくる神々しいオルガンの音色が、より一層自分を物悲しくさせる。

 外は綺羅びやかな幸せに満ちている。暗い部屋の中にいる自分がひどく惨めに思えて、少年は急いで窓から目を背けた。

 ……寂しい。

 どうして自分の傍には、聖夜の訪れを一緒に祝ってくれる人がいないのだろうか。妬んだって何にもならないのに、家族と共に過ごせる子供が羨ましいと思ってしまう。少年は鼻を啜り、寝台に吊り下げた靴下をぎゅっと握った。

「サンタさん、来てくれるかな」

 文字なんて知らない。紙もペンも買えない。ごみの山から黴びた便箋を拾って、他人に字を教えてもらい、なんとかサンタクロースに手紙を出した。

 いつもらしくないことをしたのは、子供を助けてくれるという聖人に自分を慰めてもらいたかったからだ。

 いつも誰かのために生きてきたから、たまには誰かに祝福してほしかった。サンタクロースに願い事を叶えてもらえたら、今まで必死に頑張ってきた自分が報われる気がしたのだ。

 少年には、ひとつの夢があった。

 かつて、母が読み聞かせてくれた絵本の一頁。
 そこに描かれた美しさが、少年を虜にした。

 心優しい少女に、サンタクロースが虹色の石を贈る絵。石はちいさな手の中でぴかぴかと光り輝き、やがて空を彩るひとつの星になった。

 サンタクロースが暮らす国には、それはそれは綺麗な石があるのだという。

 雪国の空を彩る光の帳、その輝きを映し取ったかのような宝石。天の神秘を、ぎゅっと固めたような美しい宝石……。

 自分もこの石が欲しいと駄々をこねたら、母は笑いながら教えてくれた。絵本の少女のようにいい子で過ごしていれば、いつかサンタクロースが願い事を叶えてくれると。

 でも、解っている。
 自分の願いは叶わない。

 母の言葉は、貧しさの中で暮らす子供への慰めに過ぎなかったのだ。異国の子供のために、わざわざ高価な宝石を贈り届けてくれる人がどこにいるだろうか。一番星の向こう、天の果てからそりに乗ったサンタクロースがやってくるなんて、そんなものはただのお伽噺だ。

 赤い服の聖人も、空を駆けるトナカイも、聖夜の贈り物も。
 すべては子供を励ますための優しい嘘なのだろう。

 かち、こちと古びた時計が時を刻む。

 毛布を被っても寝付くことができない。夜が深くなる毎に、少年の気持ちがどんどんと萎んでいく。それでも、もしかしたらという期待を捨て去ることができず、少年は寝台の上で何度も瞬きをした。

「サンタさん、早く来て」

 かち、こちと秒針が動く。

 もうすぐ日付が変わってしまう。
 古びた時計をじっと見つめ、少年は深い溜息を何度も吐いた。




 ……待てども待てども、結局サンタクロースはやって来なかった。

 家族の笑顔、誰かの体温、優しさ。子供たちが当たり前に受け取れる幸せが、自分にとっては程遠い。

 もう寝なくては。明日も働かなくてはならないのだから。目を瞑って無理やり寝てしまえばいい。太陽を見れば、何もかもどうでも良くなるだろう。

 視界の端に靴下が見える。ほつれ、大きな穴が空いた靴下。自分が出した手紙もこの靴下みたいにぼろぼろだったから、サンタクロースは来てくれなかったのだろうか?

「さびしいよ。お父さん、お母さん。サンタさん……」

 少年のまなじりに涙が滲む。
 彼が目を閉じた時、甲高い叫び声が聞こえた。

「っ!? なんだろう……?」

 少年は急いで起き上がった。

 上の方がやけに騒がしい。女の悲鳴に混じって、何かが激しく削れる音がする。そしてそれはどんどんこちらに近づいてきて、少年は驚きに声を上げた。

「なっ、なに――」

 どん!! と大きな音を立てて、煙突からふたつの塊が転がり落ちてくる。煤だらけのそれは勢いよく壁にぶつかった後、だらりと四肢を伸ばした。

「うっ、うう。いったぁい……! レインっ、大丈夫!?」

「ごほっ、何とかね……。ああもう、全身真っ黒だ! これは洗濯が大変だぞ……」

 元の色が分からなくなるほど汚れてしまった服を見て、レインは眉を下げた。糊のきいたシャツが、煙突の壁に引き摺られたせいでところどころ破けてしまっている。煤に塗れた口をひくつかせ、彼は何度もくしゃみをした。

「はあ、はあ……。打ち付けたおしりが割れてしまいそう。でもなんとか室内に忍び込めたわね! やったわよ、あとは靴下に贈り物を入れるだけ!」

 汚れた黒っ鼻を擦り、ニコルはよろよろと起き上がった。

「子供を起こさないように、こっそりやらなくちゃいけないわね。さあ、どこにあるのかしら? 靴下、くつした……」

 ニコルはきょろきょろと辺りを見回し、そしてはたと止まった。寝ていると思っていた子供が、ベッドに腰掛けながらこちらを見つめている。

 少年とがっちり目を合わせたまま、ニコルは小声でレインに話しかけた。

「どっ、どうしようレイン。起きちゃってる」

「そりゃあ起きるでしょ。ニコの悲鳴、すごく大きかったし」

「レインの角が削れる音だって大きかったよ! ああっ、なんてことなの。寝ている子を起こしちゃいけないっておじいちゃんに教わったのに」

 肩を落とす少女と、その隣にいる背の高い男を交互に見遣り、少年はそっと訊ねた。

「……あの、誰ですか?」

「誰って、サンタクロースよ。こっちはトナカイさん。もこもこで可愛いでしょ」

 開き直ったニコルは胸を張り、自分が赤外套の聖人なのだと示した。しかし彼女の服は煤けて、どこもかしこも真っ黒になってしまっている。戸惑いを露わにする子供に、ニコルは慌てて釈明をした。

「本当よ、本当に私はサンタクロースなの! 決して怪しい者じゃないわ、信じて!」

 黒ずくめの女に、両角が折れた屈強な獣人。サンタクロースというものは赤い服を着て、数頭のトナカイを従えているのではなかったか。言い伝えで語られるイメージとは全く違ったふたりの姿に、少年はぱちぱちと目を瞬いた。

「起こしちゃってごめんなさい、こんなうるさくするつもりはなかったの。……ねえ、この手紙を出してくれたのはあなたでしょう?」

 ニコルは胸元から封筒を取り出し、少年に宛名を見せた。子供の大きな目が驚きに見開かれる。

 黴びた便箋、煤で書かれた文字。
 確かに自分がサンタクロースに宛てた手紙だ。

 少年は指をもじもじと組み、縋るようにニコルを見つめた。

「ぁ……これ、ぼくの手紙。それじゃあ、本当に……?」

「ええ、私がサンタクロースよ」

 その答えに、少年はくしゃりと顔を歪めた。

「ずっと待ってたんだ。もう来てくれないと思った!」

「遅くなってごめんなさい。ちょっとしたトラブルがあってね」

 ニコルは苦笑し、これ以上家を汚すことがないようにと煤だらけの外套を脱いだ。そして袋から贈り物を取り出し、目を輝かせる少年を真っ直ぐに見つめ返した。

「あなたに会いたかった。一生懸命手紙を書いてくれたいい子のあなたに、贈り物を渡したくてここまで来たの」

 幾重もの布に包まれたそれは、自分とレインが努力して手に入れた宝石だ。
 この子は、果たして喜んでくれるだろうか……。

「せっかくだから、直接手渡しするわね。はい、これ。『北のぎゅっとした空の煌めき』だよ」

 少年が震える手で布を捲っていく。
 ベールに包まれたそれは淡く輝き、そしてやがて眩い閃光と共に全貌を現した。

 窓から射し込むランプの光を受け、極彩色の渦が薄暗い部屋の中に広がっていく。北国の天に咲くオーロラを、そのまま映し取ったかのような輝きに少年は圧倒された。

「…………」

 夢を見ているのだろうか。

 この石は美しい。
 あの頁に描かれた宝石よりも、遥かに。

 ああ、まさか。本当にサンタクロースが来てくれるなんて。いい子にしていれば、いつか聖人が願い事を叶えてくれる。母の言葉は真実だったのだ。

 少年は何度も瞬きをし、手の中の奇跡をじっと見つめた。




 ニコルは焦った。

 分光石を渡せば大喜びしてくれるものだと思っていたのに、目の前の少年は無言で贈り物を見つめている。もしかしたら『きたの、ぎゅっとしたそらのきらめき』は、何か他のものを指していたのかもしれない……。

 ニコルは不安そうな顔で確認した。

「あ、あの。これで合ってる……よね?」

 少年がこくりと頷く。ほっと胸を撫で下ろしたニコルに、どうして自分の願いごとが分かったのかと子供は訊ねた。

「ふふっ。私もね、おじいちゃんに似たようなお願いをしたからだよ。屋根の上からオーロラを見て、あの輝きをぎゅっと閉じ込めた宝石が欲しいっておねだりしたの」

 祖父から贈られた分光石のペンダントを見せる。少年の目に一瞬過ぎった羨望を、ニコルは見逃さなかった。

(この家は静まり返っている。この子はきっと、訳あって家族と過ごせないんだわ……)

 貧困と孤独。

 ここに来るまでの間、少年はどれだけの寂しさを味わっていたのだろう。辛い思いをしながらサンタクロースを待ち続けていたのかもしれないと思うと、胸が強く締め付けられる。

 あなたは独りじゃない。
 ニコルはそう思いを込め、少年に微笑んだ。

「聴こえる? 外から美しい賛美歌が流れてくるわ。さあ、私たちも一緒に歌って聖夜の訪れを祝いましょう。メリークリスマス」

 ひび割れだらけのちいさな手を握り、そっと抱きしめる。肌寒い空気から痩躯を守るように、ニコルは少年に体温を分け与えた。

 優しい温もりに、孤独な少年の心が解けていく。窓の向こうの幸せがやっと身近なものに感じられて、少年は顔を綻ばせながらぽろぽろと涙を流した。

 自分を包み込んでくれる聖人の手はずたずたに傷付いている。そしてトナカイの角は、根元からぼっきりと折れてしまっていた。彼らはきっと、大変な思いをして分光石を届けてくれたのだろう。

 自分のために、ここまでしてくれる人がいるとは思わなかった。今夜の思い出さえあれば、これからも頑張っていける……。

「サンタさん、ありがとう……。ぼくね、ずっとこの石が欲しかったんだ。お父さんもお母さんも傍にいなくてっ、ぼくひとりで頑張らなくちゃいけなかったから、誰かに励ましてほしくて、それで……!」

 涙混じりの声は殆ど言葉になっていなかったが、ニコルは彼の頭を撫でながら相槌を打った。やがて感極まった少年はニコルに縋りつき、満面の笑みを彼女に向けた。

「本当にありがとう! サンタさん、僕とてもしあわせだよ。今日のことは一生忘れないっ……! ずっと、ずっと!」

 少女の艷やかな金髪が、明かりを受けて光輪を宿す。
 天の御遣いのように美しいサンタクロースに、少年は鼻を啜りながら感謝をした。

 喜びを全面に表す子供と、優しく微笑む恋人を交互に見つめ、レインはすんすんと鼻をひくつかせた。

「何だろう、このにおい」

 煤と黴のにおいに混じって、どろりと粘つくような病の臭気がする。両親が傍にいないという子供の言葉に、レインはああとひとりごちた。

 これはニコルが風邪を引いた時のにおいと似ている。子供の両親は、おそらくどちらも体調を崩しているのだろう。

「…………」

 ぐすぐすと鼻を啜る子供を見遣る。
 暫し考えた末、レインは己の枝角を少年に渡すことにした。

「これ、あげる。獣人の角は滋養強壮の源だから、煎じて飲めばどんな病気にもよく効くよ」

「いいの? トナカイさんの角、大切なものなんじゃないの……?」

「別にいいよ。親に飲ませてやったらいい、そしたらすぐに元気になる」

 ややぶっきらぼうな様子で呟く獣人の胸に、子供は鼻水だらけの顔を勢いよく押し付けた。目を見開いて硬直するレインにニコルは吹き出し、少年は柔らかな体毛にはしゃぎ笑いをする。静まり返っていた部屋は、やがて明るく楽しい雰囲気に満たされていった。

 それから三人は、聖夜の訪れをささやかに祝った。

 部屋の片隅にランプを置き、スパイス入りワインとコケモモのジャムをゆっくりと味わいつつ。ニコルとレインは少年の話に耳を傾け、また自分たちがどんな冒険をしてきたのか聞かせてやるのだった。

 オルガンの音に乗せ、ニコルが柔らかな声で聖歌を紡ぐ。少年は拙いながらも、聖人の真似をして熱心に歌った。
   
 話し疲れた子供が、幸せな顔で寝入った頃。
 子供を起こさないように気をつけながら、サンタクロースとトナカイは静かに家を後にした。


 *


  星満ちる天の下。
  壮麗な大聖堂の上から少年の家を見下ろす。街の一角にある赤い屋根を目に焼き付け、ニコルはほうと白い息を吐いた。

「やったよ、レイン」

「ああ。やったね」

「私とうとう、贈り物を届けてみせた。煤だらけになったし、子供も起こしちゃったけど。それでも初めて務めを果たすことができたんだわ!」

 ニコルは笑いながら、自分を乗せるトナカイに抱きついた。
 口角が上がるのを止められない。夜風になびくライトブラウンの髪を指に絡ませ、ニコルは弾んだ声で話しかけた。

「ねえ、レイン。獣人は本能的に善行が気に食わないって言ったでしょう。なのにどうして角を渡したの?」

「別に。あの子供が君に抱きつくのが気に入らなかっただけだ」

「ふふっ、そうかしら」

 ニコルが含み笑いをこぼす。するとレインは気まずそうにそっぽを向き、「君を見ていたら時たまの善行も悪くないかと思ったんだ」と呟いた。

「優しいレイン。あなたのお陰で、あの子はきっと家族と過ごせるようになる。あなたは、あの子を幸せにしたのよ」

「そんなこと言ったら、君もあの子供を幸せにしただろ。プレゼントを手渡して、寂しい子供の話をたくさん聞いてやった。あの笑顔を見たかい?」

 君だけが、あの子供の願いを叶えられた。
 君が、あの子供を幸せにしたんだ。

 レインの穏やかな声に、ニコルは照れ笑いをした。

「トナカイさん。私をここまで連れてきてくれて本当にありがとう。来年もまた、子供を笑顔にすることができたらいいな」

 これからも一緒に仕事をしてくれるかとニコルが訊ねると、レインは力強く頷いた。

「もちろんだよ、僕のサンタクロース」

 異国の美しい夜景を楽しむように、レインが大聖堂の上をゆっくりと周回する。街を照らす神々しい炎に天の光を重ね、ニコルは神を讃える聖句を紡いだ。

「さあ帰ろう、僕たちの家へ!」

 ユッカ村を目指し、レインが軽やかな足取りで空を駆ける。子供の笑顔を反芻しながら、ニコルは今夜の出来事を胸に刻みつけた。

「おじいちゃん、見てくれてるかな?」

「ああ、見てるさ。きっと僕たちを見て大泣きしてると思うよ」

「あはは……。これでやっと、おじいちゃんを安心させられるね」

 今は亡き、たっぷりとした白髭を蓄えた老父。
 ニコルは伝説のサンタクロースだった彼との会話を思い出した。

 ――ニコルや、よく覚えておきなさい。サンタクロースの務めはたくさんの贈り物を届けることではなく、子供を笑顔にすることじゃ。ひとりでも誰かを笑顔にすることができたら、それはとても尊い行いなのじゃよ。

 ――たったひとりだけでも?

 ――ああ、たったひとりだけでも。レインと共に駆け、子供を笑顔にするサンタクロースになりなさい。ニコルならできる。おじいちゃんは天国に行った後も、ずっとおまえたちのことを見守っているからね。

「ひとりだけでも、子供を笑顔にすることができたら立派なサンタクロース……か」

 胸が高揚している。

 分光石の七色の輝きが、未だ自分の中に宿っている。少年の笑顔を思い出すと、世界が一層煌めく気がした。

 私も。
 私も、今日のことは一生忘れない。

「……ふふ」

 レインの背に顔を埋め、ニコルは幸せそうに欠伸をした。
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