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第二二章 「俺は落とし前をつけに来ただけだ」

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 Ⅰ

 ――現在、アチラは現代で言われている異世界にて、口元をひくつかせていた。

 というのも、厄介な仕事の案件が回ってきたからである。
 目の前で起こっている事柄から、叶うことなら目を逸らしたい。
 むしろ、現実逃避したい。
 あわよくば、職務放棄してこの場から即刻立ち去りたい。
 ……などなど、一言でまとめてしまうのなら「逃げたい」という思いが強いわけであるが、そうもいくはずがなく。
 アチラはガシッと自分の足元に抱きついておいおいと泣いている者をチラリと見下ろした。その瞳は絶望に満ちていて。
「お願いしますう、審判者様あ!」
 アチラはそんな泣き言を耳にしながら、遠い目を空へと向けるのであった。


 ――アチラが今回対応している案件は、現代で言われる異世界に送った転生者のことで。

 アチラに現在進行形で泣きついて縋っている者は、その国の頂点である、国王であった。
 前回相手をした国王とは正反対の性格で、弱気で臆病でなおかつ心配性な者だったのである。
 まったく別の世界を治めていると、こうも性格が違ってくるのかとアチラは都度感慨深く思えてしまって仕方がなかった。
 その国王が転生局に助けを求めたことにより、アチラに白羽の矢が当たったわけである。
 こうして、アチラは不本意ながらも出動することになった。

 なったのだが――。

 めんどくせえ……。
 アチラの心の中はその思いでいっぱいであった。
 前回相手にした別の国の国王は、偉そうで、傲慢で、どうしようもなくて。アチラは来訪した時から苛立ちが募っていて、仕方がなかったのは記憶に新しい。
 だが、今回の場合は対照的で、偉そうなことはないものの、泣きじゃくるその姿を見ていると、アチラの中では「面倒」の一言に尽きてしまっていた。
 普段ならバッサリ斬り捨てるものの、今回ばかりはそうもいかなかった。

 何せ――。

 ――今回は、転生局のであるのだから。

 アチラは長いため息をついて、肩に担いでいた大鎌を担ぎ直した。担ぎ直したことによって、大鎌がガチャリと言葉を発する。
 すると、その言葉が耳に届いたのか、国王はピタリと動きを止めた。恐る恐ると言った風に、アチラの顔を見上げる。涙と鼻水でぐしょぐしょの顔には威厳のいの字もなかった。
 アチラはそれを見て再度ため息をつき、冷静に言葉を紡ぐ。
「あー……。一応、状況は上からだいたいお聞きしているんですけどねえ……。できれば、もう一度お聞かせ願えると」
 アチラはめんどくせえと思いつつも、言葉を選んで話しかける。
 さすがに今回ばかりは強気でいられない。今回は転生局の不手際であるからだ。さすがにアチラも下手に出るより他ならない。以前の国王のような者が相手であれば強気で行くのだが、今回の相手にはそれができないだろう。
 これ以上、転生局としても、俺たち審判者としても、イメージダウンは避けたいところだし、さすがに対応は考えないとなあ。まったく、面倒なことになったものだ……。
 アチラは今後のことも考えて、口元がひくつくものの、何とか笑顔を顔に張り付けた。
 局長であるレイにも任せられているため、適当な対応はできない。とにもかくにも、まずは事前に聞いている話と、国王の話を照合する他ないだろう。
 国王はアチラの言葉を聞いて、うんうんと何度も頷いた。ずびっと鼻をすすって懇願するようにアチラを見つめた。
 アチラはその視線を受け止めつつも、苦笑いになってしまったのは言うまでもなかった。



 Ⅱ

 アチラは国王の間にて、国王たちと向かい合う。
 玉座に国王と、その隣に王妃が腰掛けていて。目線は多少なりともアチラよりも高いため、二人が見下ろす形となっていた。だが、その顔はとても困っていて。以前の国王とは違って、アチラに助けを乞う目をしていた。王妃も気弱なのか、二人揃っておろおろとしている様を見ると、どうしようと焦っているだけのようである。
 なんだかなあ……。
 アチラは二人の様を見て、こんな様子で国を治めているとは大丈夫なのかと疑問に思うものの、それを口にすることはない。頼りないなあとは思うが、それでも一国の王なのだ、今までだってなんとか治めてきたに違いない。
 そう思い込むことにして、アチラはひくつかせた口元をそのままに、話を進めようと口を開く。
「えっと……。では、申し訳ないですが、話を進めていただけますか?」
 アチラが先を促せば、国王はそれを聞いて何度もこくこくと頷く。ずびっと鼻を鳴らして、ようやくゆっくりと言葉を紡いでいった。


 ――転生局は、過去にこの世界へと転生者を送り込んでいた。

 それは、転生者と話をしっかりとした上で、転生局がこの世界も確認をした結果であった。両者ともに問題はない、そう判断したことによる。どちらかに何らかの問題があると判断すれば、転生者を送り込むという話はなかったことになるからであった。
 それは、第二の人生を歩む転生者の未来にかかわってくる話であるし、この国の未来にもかかわってくる話だからだ。転生者に関しては前世での苦痛や辛さを繰り返さないために、国に関しては国としての存続や平穏のために。両者ともに、様々な理由や見解があるのだ。
 だからこそ、転生局は毎回しっかりと判断をしてから結論を出すようにしていた。

 していたのだが――。


 アチラは国王の話を一通り聞くと、静かに口を開く。その表情は、至極残念だと物語っていた。
「……そうでしたか、それは申し訳ない」
 アチラは話を聞き終えると、まず謝罪をした。
 しっかりと頭を下げて謝罪するその姿を見て、国王は慌てて顔を上げるようにと告げる。謝罪を受け入れつつも、相手の様子を窺っているところを見る限り、この国王は良心的な者なのだろう。
 だが、アチラとしてはそう簡単に頭を上げるわけにはいかなかった。
 今回の場合は、なんと言っても転生局にすべての非がある。

 何せ――。


「……まさか、転生者がそのような非道な行いに走るとは。こちらの確認不足です、言い訳のしようもございません」
 アチラは頭を下げたまま、そう告げた。悔しくて、腹が立って、思わず大鎌を握る手に力が入った。

 ――そう、今回の案件は、転生局が送り込んだ元転生者が、国を滅ぼしかねない大罪人と成り下がってしまったからであった。

 アチラは頭を下げたまま、思考を巡らせる。
 経歴や当時の会話の記録を確認してきた限り、彼がそんなことをするようには見えなかった。判断したのは、俺よりも前の階層、つまりそう前世で罪を犯したことはなかったと言える。どちらかと言えば気弱で、目の前の国王のような者だった。それがこうも変わるとは……。
 アチラは蒼い瞳を細める。
 考えられるのは、転生局の確認不足、もしくは彼が力に溺れたか――。
 アチラはそこまで考えて、ようやく慌てている国王の言葉にならって頭を上げた。

 アチラの目の前にいる国王が治めているこの国もといこの世界では、現代でいう異世界にあたる場所。武器の所持も問題なく、魔法やスキルが使える世界である。
 元転生者は、転生前の世界、つまり現代では魔法やスキルは使えなかった。魔法やスキルという存在を創作物の世界で認識して、憧れていたことはあっただろう。
 それがこの世界に来たことによって使えるようになり、相当な力を得たとするなら、その力に酔いしれてもおかしくはない。特に、魔法やスキルが使えるとなればなおさらなはず。

 強力な力を手にすると、大抵の者がその力に酔いしれて好き勝手に振り回す……。さらに大きな力を欲することも有り得るだろうな。考えられるのは、欲に目が眩んだ、ということが一番大きいかもしれない。
 国王の話しでは、その者は力のままに人を傷つけ、ありとあらゆる女性をさらい、思い通りにならなければ命を奪うことすら厭わないという。しかも、相当強力な力を得ているとのこと。
 国王の勅命で何度か力のある衛兵や騎士を送り込んだようだが、その力に敵わなかったらしい。誰一人勝てる者はおらず、無事に帰ってきたとしても大傷を負っていたとのこと。戻ってきた者はごくわずか。
 魔法やスキルがどれほどのものかは分からないけど、俺の敵ではないだろうなあ……。拘束して、それからどうするか、その後考えるとするか……。
 アチラはまったく負けることは考えておらず、ものの数秒で決着をつけられるだろうと踏んでいた。
 アチラは国王へと鋭い視線を向ける。その瞳には強い意思が宿っていた。
「……その件、こちらで対処させていただく」
「お、お願いします!    あ、衛兵や騎士も連れて行って下さいませ!」
「はーい」
 アチラは国王の言葉に簡単に返事をすると、それからは颯爽と国王の間を後にした。広く長い廊下を歩きつつ、大鎌を担ぎ上げる手に力を込める。
 慌ただしく走って準備をする騎士や衛兵、城の中で作業している従者たちが、アチラの顔を見てギョッとする。中には視線を合わすことなくそそくさと逃げる者もいた。
 だが、アチラはそんなことにはまったく気にもとめずに、廊下をゆっくりと歩いていた。彼の靴音が静かな空間にやたらと大きく響いていく。

 ――アチラは怒りで狂いそうであった。

 誰もいない空間で、足を止めることなくアチラは前方を睨みつける。
「……落とし前、つけさせてもらうぞ」
 目の前にはいない相手に向けて、低く冷たい声を発する。
 蒼い瞳は怒りの炎で滾っており、その瞳が紫へと変貌しようとしていた。



 Ⅲ

 アチラは国王や衛兵たちから話を聞き、くだんの人物の場所を確認する。
 騎士や衛兵から指示を出すように言われるも、後からついてくるように告げると、一人城から飛び出した。背後では慌てる声や驚く声が飛び交っていたが、アチラの気は急くだけで。とにかく相手の元に突撃して終わらせたいと思った。
 これ以上、犠牲者が出てたまるか……!
 アチラは不甲斐ないと自分を思う。
 転生者の第二の人生は、楽しく華やかであって欲しいと常々思っている。それは紛うことなき本心であった。
 だが、それは他人を傷つけたり、自分勝手な振る舞いをしてまで行って良いものとは思っていなかった。第二の人生だろうが、前世の人生だろうが、それだけは変わらないと思っている。
 だから、今回の件はアチラの中では腹が立つものでしかなくて。
 なんのために自分たちが身を削って審判をしているのか。
 なんのために「奈落」という存在があるのか。
 なんのために転生局が存在しているのか……。
 すべてを否定されたような気持ちになった。
 俺も、ユウたちも、局長も……、こんなことのために仕事をやってねえんだよ……!
 アチラはぐんぐんスピードを上げて、国王たちが突き止めた居場所へと向かっていく。後ろを振り向こうとも、衛兵や騎士たちを待とうとも思わなかった。
 アチラは深い森の中をぐんぐん進み、やがて見えてきた洞窟の目の前で着地する。
「……これか」
 アチラは洞窟を外から眺めやった。暗く深い闇の中から、時折冷たい風が吹いてくる。
 アチラは目を瞑った。人の気配を探ってみる。
 ……中にはいそうだが、周囲には誰もいないのか。
 アチラはそれを何となく察して、迷うことなく跳躍した。洞窟の中へと飛び込んでいく。
 アチラが中へと突き進んでいく中、誰にも会うことはなかった。敵の一人もおらず、アチラの進む先を邪魔する者はいない。
 ただひたすらに静かで冷たく、暗い闇に包まれた空間であった。不気味でありつつ、冷たくもただひたすらに口を開けているその姿は、まさに獲物を待ち望んでいるモンスターのようで。
 ……嫌なところだ。それに、敵が一人もいないなんて思わなかったなあ……。これは……。
「……よっぽど、自分の実力に自信があるのかねえ」
 アチラはそれが癇に障る。見張りの一人でも、モンスターの一匹でも置いていたならまた違ったのだろうが、相手は一人ですべて倒せると思っているらしい。よっぽど腕に自信がなければ、このようなことはできないだろう。
 なら、その自信を折ってやるに限るな……。
 アチラは思わず舌なめずりをする。
 前方へと急ぐためにスピードをさらに上げた。この洞窟はとにかく奥に深くできているらしい。
 しばらくアチラが駆けていれば、ようやく小さな光が見えて。アチラは臆することなく、その光に飛び込んだ。
 視界を奪われないように受け止める光を制限し、徐々に視界を慣らしていく。
 そして、アチラが中へと飛び込んですぐに目にしたものとは――。

 散らかった室内。物が雑に置かれ、散らかっている。片付けすら面倒だと思っているのか、床に乱雑に置かれているだけであった。
 床には縛られた女性たち。よく見てみれば、耳の尖った者や頭に獣の耳がついている者もいる。種族は様々なようであった。
 そして、ふんぞり返って椅子に座る青年。その手にはワイングラスが収められている。さらに、その青年の周囲にも怯えた表情ながらも逃げようとしない女性の姿があった。

 アチラは一瞬目を見開いて固まるも、すぐにその瞳には激しい怒りで包まれていく。

 ――アチラの瞳は、怒りの炎でサファイアからアメジストへと姿を変えていた。

「だ、誰だ、てめえ!」
 突如現れたアチラに驚いた青年が、椅子から立ち上がる。すぐに魔法を繰り出そうと手をかざしたが、それは叶わなかった。
 アチラの動きのほうが一足早かったのである。パチンと指を鳴らして、青年を拘束した。
 金縛りのように動けなくなった青年は、大声で暴言を吐きながらアチラを睨んでいる。
 だが、アチラはそれを相手にはしなかった。
 アチラの頭はやけに冷静で。周囲をざっと確認してから、驚きながらも怯えた表情をしている女性たちを見渡す。一つ長く息をつき、パチンと指を鳴らすと女性たちを縛り上げていた縄を一斉に斬って、彼女たちを解き放つ。
 驚きながらも自分たちの身を確認している女性に、アチラは話しかける。
「……このまままっすぐ、走っていけば出口につながっている。外にはまだ誰もいないが、もう少ししたら衛兵たちが来るはずだ。すぐに外に出ると良い」
 アチラは淡々と告げる。もう一度パチンと指を鳴らして、女性たち一人一人に毛布を与えてやり、スッと人差し指を出口へと向けた。安心させたいと思うものの、視線は厳しく男へと注がれたままである。ただ、冷静に言葉を紡ぐことしかできなかった。
 女性たちはアチラを見ておろおろとしている。信用できるか疑っているのだろう。
 アチラがそう思っていれば、女性たちは恐る恐るといったふうに口を開いた。
「あ、あの、あなたも……」
「危険、だから……」
 どうやらアチラの身を案じているようで。
 アチラはそれを聞いてぱちくりと目を瞬くも、すぐに優しく微笑む。
 彼女たちは……。
 アチラは少しだけ肩の力が抜けて、彼女たちに気を遣えるようになった。ゆっくりと口を開く。
「……君たちは優しいねえ。自分たちが大変な目に遭ったっていうのに」
「え、っ……」
「……助けるのが遅くなって、ごめんね。俺は大丈夫だから、みんなで外に出ると良いよ。誰一人置いていくことなく、みんなで外に出て。安心して欲しい、あとは任せて」
 アチラは女性たちに優しく告げると、外へ出るように促す。
 女性たちは涙を零しながらアチラへと礼を述べて、出口へ向かって走り出した。支え合い、誰一人残ることなく、全員で光に向かって進んでいく。
 アチラはそれを見届けてから、再度男へと視線を戻した。その視線は、彼女たちに向けていたものとは違い、酷く冷たく冷酷で。
 女性たちが逃げ出すその背中に、青年が大声で喚いているのを見て、アチラは青年の顔を踏みつけてやった。
 青年の口からは情けなく、汚い悲鳴が聞こえる。
 アチラは低く冷たい声で吐き捨てる。
「……うるせえんだよ、まったく手をかけさせやがって」
「て、てめえ……っ!    な、なんなんだよ!」
「……まあ、忘れているのは仕方がないか」
 アチラはだろうなと思った。
 転生者の中で、創作物の世界に転生し、アチラたち審判者に絶大な感謝を感じていた者であれば、まれにアチラたちのことを覚えている者もいる。転生前の話や、アチラたち審判者のことを覚えている可能性もあるとは考えていた。だが、アチラは彼と対峙した時、記憶がないことを咄嗟に理解していた。
 アチラはやれやれと首を振りつつ、男から足を退けないまま言葉を紡いでいく。
「……忘れているかもしれねえけど、てめえの転生に手を貸した者の一人だ。もっとも、てめえを転生したことに関して、今は酷く後悔の念に駆られているけどねえ」
 アチラは左手で握っていた大鎌をぐるんと回して刃先を男に向ける。
 すると、男の口からは情けなく聞くに耐えない悲鳴が上がった。
 アチラは眉を寄せる。
「こんなことで悲鳴を上げるとはねえ。今までてめえがやってきたことに比べりゃあ、だいぶ優しいと思うんだけどなあ。……てめえのような奴を、転生させた俺たちが浅はかだった。力に溺れ、欲のままに女性に手を出し、人の命を無駄に奪っていく。その割には、俺に指一本触れることなく負けるとは……滑稽だな」
 アチラが大鎌を振りかぶる。
 すると、男の口からは懇願の声が発せられた。
「ま、待ってくれ……!    な、何が目的だっ……!?    女か、金か……!?」
「……話にならねえな」
「ま、待って、待って、ください……!    た、助けて……」
 アチラはその言葉にピクリと反応を示す。それから、冷たく問いかけた。
「……なあ、てめえはその言葉をかけられて、誰か助けたのか?」
「……え」
「てめえにも『助けて』って言ってきた奴がいたんじゃねえの?    どうしたんだよ」
「や、それは……」
 男は口ごもる。
 アチラはそれが答えだと受け取って冷たく言い放つ。
「……他の奴の言葉は聞かなくて、自分は助けて貰おうなんて、虫がよすぎるんじゃねえのか」
「あ……」
「……クズが。俺の目的を最後に教えてやる。俺は落とし前をつけに来ただけだ」
 アチラは問答無用で大鎌を振るう。
 洞窟内では、青年の聞くに耐えない悲鳴が響き渡って、すぐに静寂が訪れたのであった。



 IV

 アチラは洞窟の外へと姿を現す。
 すると、ずっとアチラが出てくるのを待っていたのだろう、女性たちがアチラの元に集まり口々に再度礼を告げてきた。
 アチラはそれにひらりと手を振るだけしてから、衛兵に近づく。
「……奴の身柄はこちらで預かる。国王によろしく伝えといてくれ」
 すでにアチラは青年を「奈落」へと送り込んでおいた。彼はしばらく、いや、もしかしたら二度とそこから出られないかもしれない。
 衛兵はアチラの言葉に頷いてから、問いかける。
「使者殿はこれからどうするので?」
「このまま職場に戻るよ。報告したいこともあるし、これ以上いたら気になるだろうしねえ。……迷惑かけたね」
 アチラはそれだけ告げると、颯爽とその場から立ち去った。背後で様々な声が聞こえた気がしたが、一切振り返ることなく姿を消すのであった。
 アチラは森の中を歩き、人影のない場所を探す。探しながら、思考を巡らせていた。
 ……こんな事例は今までなかった。転生者に何らかの異変が起きているのか……?    それとも――。
「……嫌な、予感がするねえ」
 アチラは誰もいないことを確認すると、大鎌を振りかぶり空間に裂け目を作る。そして、その中に飛び込んだ。裂け目はアチラが通ったことを確認し、門番のようにその扉を閉めたのであった。
 アチラは転生局に戻ってすぐに、レイの元へと足を運んだ。そして、部屋に入ると同時に、本題へと入る。今回の案件の報告をし、気になることを告げていく。
「……何か、異変が起こっているのかもしれない。今までになかった事例が、まだ始まりでしかない気がするんだ。転生局を脅かす何かが、動こうとしているのかもしれない」
「――アチラ」
 レイはアチラの言葉を黙って聞いていたが、静かに名前を呼ぶ。
 アチラはその言葉に視線を局長であるレイに向けた。

 ――レイと視線が交錯する。

 レイは意思の籠った瞳で、アチラを捉えたまま強く告げた。
「……もしもの時は、
「……分かっているよ、局長」
 アチラは深く頷く。
 二人を重々しい空気が包み込んだ。


 つかの間の平穏は、いつまで続くのだろうか。
 今、この時に知る者は誰一人として存在していなかった――。
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