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第五章 治癒と目的
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Ⅰ
フォイとシオルは街の住民からありがたいことに大量の手土産をいただいて、現在の滞在地である通称「闇夜の森」へと戻ってきていた。根城にしている洞窟へと入り、各々手にしていた手土産を適当な場所にまとめて置いておく。
フォイは適当な岩に腰掛け、山のように積まれた手土産を横目で確認する。それから、自身の手元へと視線を落とし、思考を巡らせた。
……感情に振り回された。助けたいと……、守りたいと思ったのに、行動が裏目に出てしまった。情けないものだ。
反省と後悔が一変にフォイへと襲いかかってくる。自身を苛まれる暗く深い闇に、簡単に取り込まれてしまいそうであった。
だが、とフォイは続けて思う。
……それでも、シオルと街の人たちは、俺に礼を述べてくれた。
非難されてもおかしくないことだった。
フォイは確かに助けたいと、守りたいと思った。だが、その方法として力を振るってしまった。
自分の力があそこまで強いものだと、理解できていなかった。
奴らと何も変わらない行動をしてしまった――。
それでも、シオルは涙を零してフォイに礼を告げてくれた。
それでも、街の人たちはフォイに笑って手土産を持たせてくれた。
その光景を思い出すと、フォイの心は温かくなる。
俺も、彼らのように……、シオルのようにもう少し優しい行動ができるのだろうか……。
自身の行動を振り返ってみる。こうしていれば、ああしていれば……、たらればの想像をしてみるものの、今は答えが出ることはない。
もう少しだけ、俺が優しくなれたのなら――。
「……フォイさん?」
思考の海に浸っていたフォイの獣耳が音を拾ってピクリと反応する。名を呼ばれたことにより視線を上へと向ければ、心配そうに自身の顔を覗き込んでいるシオルと視線が合った。
フォイはその姿を見て、眩しいなと思った。その眩しさに思わず瞳を細めてしまう。
シオルはフォイの表情を気にしていないのか、ただ心配そうに問いかけるだけであった。
「大丈夫、ですか……? 気分が優れませんか……?」
「……いや、大丈夫だ。自身の行動を悔いていただけだ」
フォイは髪をかきあげる。後悔を払拭するかのように表を上げた。
それから、シオルに向き直る。
……謝罪を述べることなど、容易いこと。だが、シオルに告げるのは、謝罪ではないはずだ。
おそらく、シオルに謝罪を述べたところで、彼女が気にするだけだろう。
それよりも、フォイが彼女に告げたい言葉は他にある。
「……シオル」
「……?」
シオルが不思議そうに首を傾げる中、フォイは口元を緩めて告げた。
「……俺に、礼を言ってくれてありがとう」
フォイが淡く微笑む姿は、あまりにも優しすぎるもので。
シオルは思わず顔を赤くした。
「い、いえ、そんなっ……! 私のほうこそ、その……、ふ、フォイさんがいてくれたから、変わろうと思えたので……!」
シオルは慌てながら告げ、顔を俯かせる。口早に告げたのは、照れ隠しなのだろう。
フォイはその姿にまた微笑みかけた。なんだか小動物を相手にしているように感じたからであった。
「……俺はお前に助けられてばかりだな」
「そ、そんなこと……!」
「自信を持てと言っただろう」
すぐに否定するシオルを窘めるかのように、だがその声音は春の陽射しのように穏やかで優しいもので。
シオルが返答に困っている中、フォイの視線は貰った手土産へと移る。
「……いずれにせよ、街にはこれ以上行かなくても良いだろう。行っても、彼らを困らせるだけだろうしな」
「そんなことは……。それに、レクさんのことは良いのですか……?」
フォイの言葉に、シオルがおそるおそる尋ねてくる。
だが、フォイはその言葉にピクリと反応してから、眉間の皺を増やした。
「……何故、奴の名が出てくる」
フォイの声音は少しばかり低くなる。それは、シオルの口からあの装備屋の名前が出てきて、何となくモヤッとして。何故だか無性に気に食わないと思ってしまったのだ。
……わざわざシオルが、奴のことを気にかけることもないだろうに。
フォイは苛立ちを覚えていた。脳裏に蘇るのは、あの軽そうで、でも腕は確かな男の姿で。それを思い出して、さらに苛立ちが募っていく。
黙り込んだフォイに、シオルは付け足すかのように口を開いた。
「えっと、その……、随分と仲が良さそうだったので……。街に行けなくなったらもう会えないのでは、と……」
……別に会いたいわけではないが。
フォイは心の中で否定しつつも、口から出る言葉は淡々としたものであった。
「……奴は転々としているからな。どうせまた別の場所で顔を合わせることになるだろう」
フォイは呆れた様子でため息混じりに告げた。
その言葉に驚きを隠せなかったのは、シオルで。ぱちくりと目を瞬いた後、「え……?」と言葉を零していた。聞き間違いかと思ったらしい。
フォイは付け足すかのように説明した。
「……奴は何が楽しいのか、自分の店を持ったとしてもすぐに手放す。一から営業を始め、店が繁盛したと思えば、誰かに店を譲って旅に出ているという。俺も初めはこの場所ではないところで出会ったが、この街に来たら、店を構えていたから驚いたものだ」
フォイは何事も無かったかのように語っていくが、シオルは頭が追いついていないのだろう。ぽけーっと聞いているだけである。頭の上には疑問符が飛んでいそうであった。
フォイは肩を竦めてさらに続ける。
「まあ、だから長い付き合いと言われれば、あながち間違ってはいない。奴とはすでに三度ほど顔を合わせているしな。大方、奴のことだから転々と気楽に旅をしているだけなのだろうが……。俺もそこまで詳しくはない」
フォイが腕を組んで説明し終われば、シオルはようやく頭が動いてきたようで。フォイの説明を理解して、短く感想を述べる。
「そう、だったんですね……。だから、あんなに親しげに……」
シオルはようやく理解したようで、何度も頷いて見せた。
俺からしたら、そうでもないことではあるが……。
シオルからしたら、興味深い話なのだろうか、とフォイの中で疑問が生じる。それと同時に複雑に思えてしまって、余計に胸の中がざわつく。
そんな中、シオルは何かを思い出したのか、急に「あっ!」と声を上げたのであった。
Ⅱ
フォイは何事かと目を瞬きながら、首を傾げる。シオルが何を思い出したのか、何に気がついたのか、皆目見当もつかない。
「どうした」
フォイは素直に問いかける。
すると、シオルはあわあわと慌てながら言葉を紡いだ。慌ただしく動いている両手は、なんの動きなのかよく分からなかったが。
「ふ、フォイさんっ、ゆ、指……、指を治しましょう……!?」
「指。……ああ、これか」
フォイはシオルに言われて改めて思い出した。指のことを思い出したのはこれで三度目ではあるが、フォイの頭にはなかなか残っていなかったらしい。自分の指だというのに、無頓着であった。
シオルが言った指とは、フォイの左手の人差し指のこと。それは、昨日勇者と戦った時に緋色の刀にヒビが入ったことから割れてしまっていたのである。出血は収まっているものの、その傷跡は生々しくて痛々しい。
爪は折れていないものの、ヒビが大きく入っている。使えなくはないものの、これ以上ヒビが入れば損傷が激しくなる。そうなれば、人差し指に支障が出ることも予想された。
……しばらくは使えないか。
フォイは自身の緋色で塗りつぶされた爪を眺めて肩を竦める。
だが、シオルは早くと急かしている。
フォイは再度首を傾げた。何を焦っているのだろうかと思う。
そんなフォイとは裏腹に、シオルは精一杯訴えていた。
「わ、私、治癒魔法士ですし、フォイさんの爪、治せると思いますので……!」
フォイはその言葉に目を見開いた。
……すっかり、忘れていた。
自分が望んでいた治癒魔法士を見つけ、だからこそシオルを助けたというのに、他のことに頭が囚われて失念していたのである。
シオルが治癒魔法士であるということであれば、フォイの爪は簡単に魔法で治してもらえるだろう。
だが――。
「……良いのか、俺に魔法を使って」
フォイは失念していたことは黙って、シオルに問いかける。
――何となく、気が引けてしまったのだ。
最初は確かに自分の戦闘のためにも治癒魔法士を探していた。それは事実だ。自分の爪が割れてしまえば、スキルを使用することはできない。
たかが一本、されど一本。
一本でも指が使えなくなれば、戦闘のスタイルや有利差が変わってくる。使えるか使えないか、それも踏まえて戦わなければいけなくなるため、気にかけなくてはいけなくなるだろう。
もし、戦闘時に失念していれば、それが致命傷になるかもしれないからだ。
そのため、フォイは爪を極力割らないように気をつけていた。常日頃から手入れもして、自分の戦闘スタイルを保てるように意識していたのである。
とは言っても、本来の刀や剣などの武器、魔法などに対してでは強度があまりにも違う。結局のところ、フォイの武器や技は「爪」が元なのである。今でこそだいぶ強度は上がったものの、連戦すれば耐えられなくなっていくのだ。
今回の緋色の刀がそれに該当する。
刀として使うことはできるだろう。だが、昨日の勇者の刀を受け止めることと同じようなことをしてしまえば、一瞬で爪は折れてしまうだろう。
割れたところで指に支障がなければ、一応は使える。だが、爪が折れてしまえば元となるものがなくなる。そのため、スキルを発動することができなくなるのだ。
つまり、今の状態では左手の人差し指を使うことはできないし、満足のように戦うことはできない。
だからこそ、フォイは治癒魔法士を探した。
自分が常に万全の状態で戦えるように、そして目的を果たすために――。
だが、今となっては自分にシオルの力を使わせることに躊躇っしまっていた。
あんな恐ろしい場面を見せてしまったのだ。自分でも反省や後悔を抱えるほどに、知らぬ間に自分の力は思った以上に強くなってしまっていた。
……対人との戦闘がそうそうなかったからな、まさかこれほどまでに実力差があるとは思っていなかった。
勇者たちを弱いと感じた。それは確かだった。勇者と呼ばれる割には実力はたいしたことなかった。拍子抜けした、それが正しいだろう。
だが、先ほど街で目にした光景に、自分でも唖然とした。
強くなる、そう思ったことは事実だったが、あれほどまでに実力差が歴然としているとは――。
自分の都合で、シオルを仲間にした。治癒魔法士だったから、探していて突如目の前に現れたから……。自分の都合だと言われてしまえば、否定することはできない。
それよりも、何より――。
……俺がしたことも、言ってしまえば奴らと同等。シオルに俺の傷を治させることは、奴らと同等にならないのだろうか。自分の都合で治していることは……。それならば、シオルに無理はさせたくない。
フォイが静かに返答を待っていれば、シオルはきょとりとした後、フワリと笑った。
「もちろんですっ……! フォイさんに恩返しをさせてください」
シオルの笑顔に、フォイは目を見開いた。
街で見た笑い方とは違い、優しく包み込むかのように笑う彼女。その顔を、フォイは初めて見た。
こんな顔で、笑うのか……。
シオルの本当の笑顔を、今初めて見た気がする。それは気のせいじゃなくて、事実なのだろう。
少しは、俺に慣れてくれたということなのだろうか。あんな光景を目にしたというのに……。
驚きと不安と、そして喜びが心の中で混ざり合っていく。なんとも言えない複雑な感情であったが、フォイはシオルを見てその笑顔が偽物ではないと感じ取っていた。
シオルが無理をしていないと言うのなら……、俺に魔法を使って良いと思ってくれるのなら……。
フォイは躊躇いながらも左手をゆっくりと差し出す。そして、顔をくしゃりと歪めながら、優しく言葉を紡いだ。
――何故だか、泣きそうになってしまったからであった。
「……ならば、頼む」
シオルは差し出された左手を見つめ、それから嬉しそうに返事をした。優しくフォイの左手を両手で包み込む。そして、すぐに呪文を唱え始めた。
すると、シオルの周囲を淡い緑の光が集まり始めた。シオルの瞳と同様の色が、彼女を優しく包むかのように纏っていく。
それは、段々と広がっていき、フォイ自身も飲み込んだ。
……温かい。
春の陽射しのような温かさを纒ながらも、それは風とともに流れていく。そんな優しく包み込む空間に、フォイは自然と目を閉じていた。
穏やかな時間が過ぎていく。怪我を治して貰っている時間とはとても思えなかった。だが、体感では長く感じるものの、実際はとても短いのだろう。フォイはただじっと動きを止めてシオルの声に耳を傾けた。
「――治癒」
シオルの言葉が唱え終えるのと同時に、フォイはゆっくりと目を見開く。爪の辺りがやけに温かいのは、彼女の呪文によって集められた光たちのせいなのだろう。
ゆっくりとオッドアイが自身の爪を捉える。遠目から確認しても、その爪は綺麗に治っていて。
フォイはその爪を微かに入る陽光に翳すかのように、手を掲げていく。
緋色の爪が眩く光ったような気がした。
Ⅲ
「……すごいな」
フォイは自然と感嘆の声を上げていた。素直な感想を、ごく短くだが真剣に述べる。
すると、シオルはそれを否定するかのようにぶんぶんと激しく横に首を振った。それから、慌てたように告げる。その姿は、なんだか言い訳をしているようであった。
「い、いえ、大したことでは……! で、でも、すごく魔法が使いやすくて、ですね……。それに、以前より効果も大きくて……!」
シオルは自身の両手のひらを見つめながら、感想を述べていく。彼女自身も驚いている様子であった。何が何だか分かっていない、そう言っているようにも聞こえた。
フォイはそれを聴きながらふむと頷く。
「……おそらくではあるが、装備を一式変更したからだろう。魔力が安定して、魔法が使いやすくなったに違いない」
「そ、そういうもの、なんでしょうか……?」
「おそらく、と言ったはずだ。俺にはその経験がないからな。だが……」
フォイは一度言葉を区切る。それから、ポンとおもむろに少女の頭に手を乗せた。それから、言葉を続ける。
「シオルが魔法を使いやすくなったのなら、それで良い。……助かった、礼を言う」
「ふ、ふあい……!」
シオルは何故か力の抜けたような返事をした。しばらく呆けている様子であったが、急にふるふると首を横に振ってから「あ、あの……」と何やらおそるおそる尋ねてくる。
フォイは首を傾げた。
「あ、あの、フォイさん……。ま、まだ知らないことが、たくさんあって、ですね……」
フォイはシオルが言わんとしていることを理解した。ふむと顎に手を添えてから口を開く。
「……そうだな、何から話すか」
フォイの中で心当たりがあるのは、シオルが街の中で尋ねてきたこと。
一つはあの装備屋についてだったので、話済みだ。
もう一つは、フォイの爪のことだろう。装備屋で見せた、爪を伸ばしたこと。
フォイは少しばかり沈黙した後、考えが纏まったうえで話し始めた。
「……まず、結論から言えば、俺の爪は伸びる。とは言っても、無限に伸び続けるわけではない。だいたい五センチほどが限界だな」
フォイは試しに伸ばしてみる。すると、ある程度のところでブレーキがかかったかのように、爪は止まった。見てみれば、やはり五、六センチほどと言ったところか。
シオルはそれを興味津々に眺めて「ほあー……」と言葉を零していた。
「……すごいですね」
「そうなのだろうか……。これから伸ばそうとしても、これ以上伸びないと訴えかけているかのように制御ががかかる。俺の意思とは反して、限界は決まっているようだな。そうだな……、なんというか、爪の意思と言っても良いのかもしれない」
「爪の、意思……ですか?」
「ああ、おそらくだが、爪がスキルになっていることによって、意識的に折れることを避けているのだろう。長くなればリーチは取れるが、脆く折れやすくなるだろうからな。それを意識的に避けている、と俺は思っている」
フォイは自身の爪を見つめて語る。長くなった爪を元に戻し、手を握ったり開いたりしてみせた。長くなりすぎると、多少違和感がある。
シオルはフォイの説明を聞き、ふむふむと何度も頷いて見せた。
フォイはそれを見ながら、頭を働かせる。他に何か話すことがあっただろうか、と思考を巡らせてみるが、思い当たる節はない。
素直に、問いかけるか……。
フォイは一つ息をついてから、シオルに向き直る。
「……あとは、何を話せば良かったか」
「え、えっとー……、そう、ですね……」
シオルは自分に投げかけられると思っていなかったのか、分かりやすく動揺する。うーん、としばらく悩んでいたものの、何かを思い出したかのようにハッとした。
……見ていて、飽きないな。
フォイはふとそんなことを考える。
それに気が付かないまま、シオルは言葉を紡いだ。
「……あ、あの、フォイさんが良ければ、なんですが……」
「……?」
「……フォイさんは、何か捜し物をしている、とのことでしたが……、それは一体……?」
「……ああ」
話していなかったか……。
フォイの素直な感想であった。すでに話した気分でいたが、確かに思い返してみると自身のスキルのことやスキルに関係した爪のこと、それから装備屋のことぐらいしか話していない。
装備屋のことをつい思い出してしまったフォイは、顔を顰めるものの、顎に手を添えて考えを再度まとめる。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「……俺の目的は、三つ」
フォイは右手の指を三本立てる。
「一つは、治癒魔法士を探すこと、これはシオルと出会ったことにより達成済みだ。二つ目、これが難関でな、『伝説の妙薬』を探している。この二つ目が達成しなければ、三つ目に差し掛かることはできない。言い換えれば、二つ目が達成してようやく三つ目に希望が持てると言ったところだ」
「『伝説の妙薬』、ですか……?」
「そうだ。どうやら、獣人に代々伝わっているものらしい。だが、俺はその存在を名前だけしか知らない。どんなものなのか、どんな効果があるのか、見当もつかない。一つだけ分かっているのは、獣人しか知らないが、それが獣人の手元にはないということだ」
フォイの説明に、シオルは首を傾げる。
「獣人さんしか知らなくて、でも手元にはないって……。変な話ですね」
「誰かが持ち去っているのか、はたまたどこかに隠しているのか……。どちらにせよ、手探りで探すしかない。……いくつか噂は耳にしたことがあるが、どれも大したものではなかったしな」
フォイは肩を竦める。
シオルはその言葉に目をぱちくりとさせた。
「噂、ですか……?」
シオルが言葉を繰り返して見せれば、フォイは肯定する。
「どれが正しいのか、定かではないがな……。俺が耳にしたのは、ありとあらゆる病気が治るとか、不老不死になれるだとか、種族を超える存在になれるだとか……、そんなところか」
「ひえっ!?」
指折り数えながらフォイが告げれば、シオルからは悲鳴に近い声が上がる。顔を青ざめ、口元に手を添える。どうやら、あまり良くないイメージを想像したらしい。
フォイは口元を緩めて、安心させるように告げる。
「……あくまで根も葉もない噂だ。本気にしなくて良い」
「で、でも、それがフォイさんは、欲しいんです、よね……?」
伺うように聞いてくるシオルに、フォイは重々しく頷いて見せた。
「……ああ、どうしてもな」
フォイは片足を立てた。その上に腕を乗っけて顔を半分埋める。
瞳が鋭くなった。目を細めて、何かを睨む。
……そうだ、どうしても必要なんだ、あいつのために――。
フォイの視線は鋭く、前方に敵もいないのに何かを睨みつけている。
だが、それはシオルの角度からは見ることができなかった。
フォイは一度目を閉じてから瞳を和らげると、シオルに再度向き直った。
「……俺は、ずっと森で生きてきた。そこで、『伝説の妙薬』のことを耳にしてな」
「そ、そうなんですか……」
「とは言っても、たまたま他の獣人が話しているのを耳にしただけで、確証もない。信用して良いかは分からなかったが……。藁にでもすがるような気持ちでそれを探すことにしたんだ」
フォイは淡々と話している。だが、その声音はどこか儚く、寂しげで。
シオルは何となくその姿を見ているのが辛くなってしまって、そっと目を逸らすのであった。
IV
「その、妙薬を探してここまで……?」
「ああ。手始めに人が近寄らないところから探すことにした。街中よりはありそうだと思ってな。あとは……獣人に話を聞いたり、街中でも探したりしなくてはいけないと思うが……」
「途方もない旅に、なりそうですね……」
シオルが肩を落とす。
フォイはそれを見ながら問いかけた。少しばかり不安が滲み出る。
「……付き合ってくれるか、この長く終わりの見えない旅に」
フォイはじっと彼女の答えを待った。思わず息を呑む。
怖いと思った。
自分の覚悟はとうにできている。どれだけ長くかかろうと、一生をかけることになろうと、自分はこの旅をやめるつもりはない。
妙薬を探し、自分の悲願を達成するために――。
だが、シオルは違う。たまたま自分がこの旅に引き込んだ。しかも、目的は今話されたようなものだ。ならば、彼女はあてのない旅に付き合う理由は正直に言えばないようなもの。
もし、シオルが付き合いきれないと言ったのなら……、一からやり直しだな。
フォイは重たくなる心を感じ取りながら、ただただ黙って答えを待った。
だが、シオルはこくこくと何度も頷いた。そして、笑顔を称えながらはっきりと断言する。
「もちろんです……! 私でお役に立てれば……!」
その言葉に、フォイは目を見開く。予想していなかった言葉に、嬉しくなった。口元が自然と緩む。
「……ああ、助かる」
フォイはシオルに優しい声で礼を述べたのであった。
フォイの目的の一つ目は、達成。
残る目的は、あと二つ――。
フォイとシオルは街の住民からありがたいことに大量の手土産をいただいて、現在の滞在地である通称「闇夜の森」へと戻ってきていた。根城にしている洞窟へと入り、各々手にしていた手土産を適当な場所にまとめて置いておく。
フォイは適当な岩に腰掛け、山のように積まれた手土産を横目で確認する。それから、自身の手元へと視線を落とし、思考を巡らせた。
……感情に振り回された。助けたいと……、守りたいと思ったのに、行動が裏目に出てしまった。情けないものだ。
反省と後悔が一変にフォイへと襲いかかってくる。自身を苛まれる暗く深い闇に、簡単に取り込まれてしまいそうであった。
だが、とフォイは続けて思う。
……それでも、シオルと街の人たちは、俺に礼を述べてくれた。
非難されてもおかしくないことだった。
フォイは確かに助けたいと、守りたいと思った。だが、その方法として力を振るってしまった。
自分の力があそこまで強いものだと、理解できていなかった。
奴らと何も変わらない行動をしてしまった――。
それでも、シオルは涙を零してフォイに礼を告げてくれた。
それでも、街の人たちはフォイに笑って手土産を持たせてくれた。
その光景を思い出すと、フォイの心は温かくなる。
俺も、彼らのように……、シオルのようにもう少し優しい行動ができるのだろうか……。
自身の行動を振り返ってみる。こうしていれば、ああしていれば……、たらればの想像をしてみるものの、今は答えが出ることはない。
もう少しだけ、俺が優しくなれたのなら――。
「……フォイさん?」
思考の海に浸っていたフォイの獣耳が音を拾ってピクリと反応する。名を呼ばれたことにより視線を上へと向ければ、心配そうに自身の顔を覗き込んでいるシオルと視線が合った。
フォイはその姿を見て、眩しいなと思った。その眩しさに思わず瞳を細めてしまう。
シオルはフォイの表情を気にしていないのか、ただ心配そうに問いかけるだけであった。
「大丈夫、ですか……? 気分が優れませんか……?」
「……いや、大丈夫だ。自身の行動を悔いていただけだ」
フォイは髪をかきあげる。後悔を払拭するかのように表を上げた。
それから、シオルに向き直る。
……謝罪を述べることなど、容易いこと。だが、シオルに告げるのは、謝罪ではないはずだ。
おそらく、シオルに謝罪を述べたところで、彼女が気にするだけだろう。
それよりも、フォイが彼女に告げたい言葉は他にある。
「……シオル」
「……?」
シオルが不思議そうに首を傾げる中、フォイは口元を緩めて告げた。
「……俺に、礼を言ってくれてありがとう」
フォイが淡く微笑む姿は、あまりにも優しすぎるもので。
シオルは思わず顔を赤くした。
「い、いえ、そんなっ……! 私のほうこそ、その……、ふ、フォイさんがいてくれたから、変わろうと思えたので……!」
シオルは慌てながら告げ、顔を俯かせる。口早に告げたのは、照れ隠しなのだろう。
フォイはその姿にまた微笑みかけた。なんだか小動物を相手にしているように感じたからであった。
「……俺はお前に助けられてばかりだな」
「そ、そんなこと……!」
「自信を持てと言っただろう」
すぐに否定するシオルを窘めるかのように、だがその声音は春の陽射しのように穏やかで優しいもので。
シオルが返答に困っている中、フォイの視線は貰った手土産へと移る。
「……いずれにせよ、街にはこれ以上行かなくても良いだろう。行っても、彼らを困らせるだけだろうしな」
「そんなことは……。それに、レクさんのことは良いのですか……?」
フォイの言葉に、シオルがおそるおそる尋ねてくる。
だが、フォイはその言葉にピクリと反応してから、眉間の皺を増やした。
「……何故、奴の名が出てくる」
フォイの声音は少しばかり低くなる。それは、シオルの口からあの装備屋の名前が出てきて、何となくモヤッとして。何故だか無性に気に食わないと思ってしまったのだ。
……わざわざシオルが、奴のことを気にかけることもないだろうに。
フォイは苛立ちを覚えていた。脳裏に蘇るのは、あの軽そうで、でも腕は確かな男の姿で。それを思い出して、さらに苛立ちが募っていく。
黙り込んだフォイに、シオルは付け足すかのように口を開いた。
「えっと、その……、随分と仲が良さそうだったので……。街に行けなくなったらもう会えないのでは、と……」
……別に会いたいわけではないが。
フォイは心の中で否定しつつも、口から出る言葉は淡々としたものであった。
「……奴は転々としているからな。どうせまた別の場所で顔を合わせることになるだろう」
フォイは呆れた様子でため息混じりに告げた。
その言葉に驚きを隠せなかったのは、シオルで。ぱちくりと目を瞬いた後、「え……?」と言葉を零していた。聞き間違いかと思ったらしい。
フォイは付け足すかのように説明した。
「……奴は何が楽しいのか、自分の店を持ったとしてもすぐに手放す。一から営業を始め、店が繁盛したと思えば、誰かに店を譲って旅に出ているという。俺も初めはこの場所ではないところで出会ったが、この街に来たら、店を構えていたから驚いたものだ」
フォイは何事も無かったかのように語っていくが、シオルは頭が追いついていないのだろう。ぽけーっと聞いているだけである。頭の上には疑問符が飛んでいそうであった。
フォイは肩を竦めてさらに続ける。
「まあ、だから長い付き合いと言われれば、あながち間違ってはいない。奴とはすでに三度ほど顔を合わせているしな。大方、奴のことだから転々と気楽に旅をしているだけなのだろうが……。俺もそこまで詳しくはない」
フォイが腕を組んで説明し終われば、シオルはようやく頭が動いてきたようで。フォイの説明を理解して、短く感想を述べる。
「そう、だったんですね……。だから、あんなに親しげに……」
シオルはようやく理解したようで、何度も頷いて見せた。
俺からしたら、そうでもないことではあるが……。
シオルからしたら、興味深い話なのだろうか、とフォイの中で疑問が生じる。それと同時に複雑に思えてしまって、余計に胸の中がざわつく。
そんな中、シオルは何かを思い出したのか、急に「あっ!」と声を上げたのであった。
Ⅱ
フォイは何事かと目を瞬きながら、首を傾げる。シオルが何を思い出したのか、何に気がついたのか、皆目見当もつかない。
「どうした」
フォイは素直に問いかける。
すると、シオルはあわあわと慌てながら言葉を紡いだ。慌ただしく動いている両手は、なんの動きなのかよく分からなかったが。
「ふ、フォイさんっ、ゆ、指……、指を治しましょう……!?」
「指。……ああ、これか」
フォイはシオルに言われて改めて思い出した。指のことを思い出したのはこれで三度目ではあるが、フォイの頭にはなかなか残っていなかったらしい。自分の指だというのに、無頓着であった。
シオルが言った指とは、フォイの左手の人差し指のこと。それは、昨日勇者と戦った時に緋色の刀にヒビが入ったことから割れてしまっていたのである。出血は収まっているものの、その傷跡は生々しくて痛々しい。
爪は折れていないものの、ヒビが大きく入っている。使えなくはないものの、これ以上ヒビが入れば損傷が激しくなる。そうなれば、人差し指に支障が出ることも予想された。
……しばらくは使えないか。
フォイは自身の緋色で塗りつぶされた爪を眺めて肩を竦める。
だが、シオルは早くと急かしている。
フォイは再度首を傾げた。何を焦っているのだろうかと思う。
そんなフォイとは裏腹に、シオルは精一杯訴えていた。
「わ、私、治癒魔法士ですし、フォイさんの爪、治せると思いますので……!」
フォイはその言葉に目を見開いた。
……すっかり、忘れていた。
自分が望んでいた治癒魔法士を見つけ、だからこそシオルを助けたというのに、他のことに頭が囚われて失念していたのである。
シオルが治癒魔法士であるということであれば、フォイの爪は簡単に魔法で治してもらえるだろう。
だが――。
「……良いのか、俺に魔法を使って」
フォイは失念していたことは黙って、シオルに問いかける。
――何となく、気が引けてしまったのだ。
最初は確かに自分の戦闘のためにも治癒魔法士を探していた。それは事実だ。自分の爪が割れてしまえば、スキルを使用することはできない。
たかが一本、されど一本。
一本でも指が使えなくなれば、戦闘のスタイルや有利差が変わってくる。使えるか使えないか、それも踏まえて戦わなければいけなくなるため、気にかけなくてはいけなくなるだろう。
もし、戦闘時に失念していれば、それが致命傷になるかもしれないからだ。
そのため、フォイは爪を極力割らないように気をつけていた。常日頃から手入れもして、自分の戦闘スタイルを保てるように意識していたのである。
とは言っても、本来の刀や剣などの武器、魔法などに対してでは強度があまりにも違う。結局のところ、フォイの武器や技は「爪」が元なのである。今でこそだいぶ強度は上がったものの、連戦すれば耐えられなくなっていくのだ。
今回の緋色の刀がそれに該当する。
刀として使うことはできるだろう。だが、昨日の勇者の刀を受け止めることと同じようなことをしてしまえば、一瞬で爪は折れてしまうだろう。
割れたところで指に支障がなければ、一応は使える。だが、爪が折れてしまえば元となるものがなくなる。そのため、スキルを発動することができなくなるのだ。
つまり、今の状態では左手の人差し指を使うことはできないし、満足のように戦うことはできない。
だからこそ、フォイは治癒魔法士を探した。
自分が常に万全の状態で戦えるように、そして目的を果たすために――。
だが、今となっては自分にシオルの力を使わせることに躊躇っしまっていた。
あんな恐ろしい場面を見せてしまったのだ。自分でも反省や後悔を抱えるほどに、知らぬ間に自分の力は思った以上に強くなってしまっていた。
……対人との戦闘がそうそうなかったからな、まさかこれほどまでに実力差があるとは思っていなかった。
勇者たちを弱いと感じた。それは確かだった。勇者と呼ばれる割には実力はたいしたことなかった。拍子抜けした、それが正しいだろう。
だが、先ほど街で目にした光景に、自分でも唖然とした。
強くなる、そう思ったことは事実だったが、あれほどまでに実力差が歴然としているとは――。
自分の都合で、シオルを仲間にした。治癒魔法士だったから、探していて突如目の前に現れたから……。自分の都合だと言われてしまえば、否定することはできない。
それよりも、何より――。
……俺がしたことも、言ってしまえば奴らと同等。シオルに俺の傷を治させることは、奴らと同等にならないのだろうか。自分の都合で治していることは……。それならば、シオルに無理はさせたくない。
フォイが静かに返答を待っていれば、シオルはきょとりとした後、フワリと笑った。
「もちろんですっ……! フォイさんに恩返しをさせてください」
シオルの笑顔に、フォイは目を見開いた。
街で見た笑い方とは違い、優しく包み込むかのように笑う彼女。その顔を、フォイは初めて見た。
こんな顔で、笑うのか……。
シオルの本当の笑顔を、今初めて見た気がする。それは気のせいじゃなくて、事実なのだろう。
少しは、俺に慣れてくれたということなのだろうか。あんな光景を目にしたというのに……。
驚きと不安と、そして喜びが心の中で混ざり合っていく。なんとも言えない複雑な感情であったが、フォイはシオルを見てその笑顔が偽物ではないと感じ取っていた。
シオルが無理をしていないと言うのなら……、俺に魔法を使って良いと思ってくれるのなら……。
フォイは躊躇いながらも左手をゆっくりと差し出す。そして、顔をくしゃりと歪めながら、優しく言葉を紡いだ。
――何故だか、泣きそうになってしまったからであった。
「……ならば、頼む」
シオルは差し出された左手を見つめ、それから嬉しそうに返事をした。優しくフォイの左手を両手で包み込む。そして、すぐに呪文を唱え始めた。
すると、シオルの周囲を淡い緑の光が集まり始めた。シオルの瞳と同様の色が、彼女を優しく包むかのように纏っていく。
それは、段々と広がっていき、フォイ自身も飲み込んだ。
……温かい。
春の陽射しのような温かさを纒ながらも、それは風とともに流れていく。そんな優しく包み込む空間に、フォイは自然と目を閉じていた。
穏やかな時間が過ぎていく。怪我を治して貰っている時間とはとても思えなかった。だが、体感では長く感じるものの、実際はとても短いのだろう。フォイはただじっと動きを止めてシオルの声に耳を傾けた。
「――治癒」
シオルの言葉が唱え終えるのと同時に、フォイはゆっくりと目を見開く。爪の辺りがやけに温かいのは、彼女の呪文によって集められた光たちのせいなのだろう。
ゆっくりとオッドアイが自身の爪を捉える。遠目から確認しても、その爪は綺麗に治っていて。
フォイはその爪を微かに入る陽光に翳すかのように、手を掲げていく。
緋色の爪が眩く光ったような気がした。
Ⅲ
「……すごいな」
フォイは自然と感嘆の声を上げていた。素直な感想を、ごく短くだが真剣に述べる。
すると、シオルはそれを否定するかのようにぶんぶんと激しく横に首を振った。それから、慌てたように告げる。その姿は、なんだか言い訳をしているようであった。
「い、いえ、大したことでは……! で、でも、すごく魔法が使いやすくて、ですね……。それに、以前より効果も大きくて……!」
シオルは自身の両手のひらを見つめながら、感想を述べていく。彼女自身も驚いている様子であった。何が何だか分かっていない、そう言っているようにも聞こえた。
フォイはそれを聴きながらふむと頷く。
「……おそらくではあるが、装備を一式変更したからだろう。魔力が安定して、魔法が使いやすくなったに違いない」
「そ、そういうもの、なんでしょうか……?」
「おそらく、と言ったはずだ。俺にはその経験がないからな。だが……」
フォイは一度言葉を区切る。それから、ポンとおもむろに少女の頭に手を乗せた。それから、言葉を続ける。
「シオルが魔法を使いやすくなったのなら、それで良い。……助かった、礼を言う」
「ふ、ふあい……!」
シオルは何故か力の抜けたような返事をした。しばらく呆けている様子であったが、急にふるふると首を横に振ってから「あ、あの……」と何やらおそるおそる尋ねてくる。
フォイは首を傾げた。
「あ、あの、フォイさん……。ま、まだ知らないことが、たくさんあって、ですね……」
フォイはシオルが言わんとしていることを理解した。ふむと顎に手を添えてから口を開く。
「……そうだな、何から話すか」
フォイの中で心当たりがあるのは、シオルが街の中で尋ねてきたこと。
一つはあの装備屋についてだったので、話済みだ。
もう一つは、フォイの爪のことだろう。装備屋で見せた、爪を伸ばしたこと。
フォイは少しばかり沈黙した後、考えが纏まったうえで話し始めた。
「……まず、結論から言えば、俺の爪は伸びる。とは言っても、無限に伸び続けるわけではない。だいたい五センチほどが限界だな」
フォイは試しに伸ばしてみる。すると、ある程度のところでブレーキがかかったかのように、爪は止まった。見てみれば、やはり五、六センチほどと言ったところか。
シオルはそれを興味津々に眺めて「ほあー……」と言葉を零していた。
「……すごいですね」
「そうなのだろうか……。これから伸ばそうとしても、これ以上伸びないと訴えかけているかのように制御ががかかる。俺の意思とは反して、限界は決まっているようだな。そうだな……、なんというか、爪の意思と言っても良いのかもしれない」
「爪の、意思……ですか?」
「ああ、おそらくだが、爪がスキルになっていることによって、意識的に折れることを避けているのだろう。長くなればリーチは取れるが、脆く折れやすくなるだろうからな。それを意識的に避けている、と俺は思っている」
フォイは自身の爪を見つめて語る。長くなった爪を元に戻し、手を握ったり開いたりしてみせた。長くなりすぎると、多少違和感がある。
シオルはフォイの説明を聞き、ふむふむと何度も頷いて見せた。
フォイはそれを見ながら、頭を働かせる。他に何か話すことがあっただろうか、と思考を巡らせてみるが、思い当たる節はない。
素直に、問いかけるか……。
フォイは一つ息をついてから、シオルに向き直る。
「……あとは、何を話せば良かったか」
「え、えっとー……、そう、ですね……」
シオルは自分に投げかけられると思っていなかったのか、分かりやすく動揺する。うーん、としばらく悩んでいたものの、何かを思い出したかのようにハッとした。
……見ていて、飽きないな。
フォイはふとそんなことを考える。
それに気が付かないまま、シオルは言葉を紡いだ。
「……あ、あの、フォイさんが良ければ、なんですが……」
「……?」
「……フォイさんは、何か捜し物をしている、とのことでしたが……、それは一体……?」
「……ああ」
話していなかったか……。
フォイの素直な感想であった。すでに話した気分でいたが、確かに思い返してみると自身のスキルのことやスキルに関係した爪のこと、それから装備屋のことぐらいしか話していない。
装備屋のことをつい思い出してしまったフォイは、顔を顰めるものの、顎に手を添えて考えを再度まとめる。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「……俺の目的は、三つ」
フォイは右手の指を三本立てる。
「一つは、治癒魔法士を探すこと、これはシオルと出会ったことにより達成済みだ。二つ目、これが難関でな、『伝説の妙薬』を探している。この二つ目が達成しなければ、三つ目に差し掛かることはできない。言い換えれば、二つ目が達成してようやく三つ目に希望が持てると言ったところだ」
「『伝説の妙薬』、ですか……?」
「そうだ。どうやら、獣人に代々伝わっているものらしい。だが、俺はその存在を名前だけしか知らない。どんなものなのか、どんな効果があるのか、見当もつかない。一つだけ分かっているのは、獣人しか知らないが、それが獣人の手元にはないということだ」
フォイの説明に、シオルは首を傾げる。
「獣人さんしか知らなくて、でも手元にはないって……。変な話ですね」
「誰かが持ち去っているのか、はたまたどこかに隠しているのか……。どちらにせよ、手探りで探すしかない。……いくつか噂は耳にしたことがあるが、どれも大したものではなかったしな」
フォイは肩を竦める。
シオルはその言葉に目をぱちくりとさせた。
「噂、ですか……?」
シオルが言葉を繰り返して見せれば、フォイは肯定する。
「どれが正しいのか、定かではないがな……。俺が耳にしたのは、ありとあらゆる病気が治るとか、不老不死になれるだとか、種族を超える存在になれるだとか……、そんなところか」
「ひえっ!?」
指折り数えながらフォイが告げれば、シオルからは悲鳴に近い声が上がる。顔を青ざめ、口元に手を添える。どうやら、あまり良くないイメージを想像したらしい。
フォイは口元を緩めて、安心させるように告げる。
「……あくまで根も葉もない噂だ。本気にしなくて良い」
「で、でも、それがフォイさんは、欲しいんです、よね……?」
伺うように聞いてくるシオルに、フォイは重々しく頷いて見せた。
「……ああ、どうしてもな」
フォイは片足を立てた。その上に腕を乗っけて顔を半分埋める。
瞳が鋭くなった。目を細めて、何かを睨む。
……そうだ、どうしても必要なんだ、あいつのために――。
フォイの視線は鋭く、前方に敵もいないのに何かを睨みつけている。
だが、それはシオルの角度からは見ることができなかった。
フォイは一度目を閉じてから瞳を和らげると、シオルに再度向き直った。
「……俺は、ずっと森で生きてきた。そこで、『伝説の妙薬』のことを耳にしてな」
「そ、そうなんですか……」
「とは言っても、たまたま他の獣人が話しているのを耳にしただけで、確証もない。信用して良いかは分からなかったが……。藁にでもすがるような気持ちでそれを探すことにしたんだ」
フォイは淡々と話している。だが、その声音はどこか儚く、寂しげで。
シオルは何となくその姿を見ているのが辛くなってしまって、そっと目を逸らすのであった。
IV
「その、妙薬を探してここまで……?」
「ああ。手始めに人が近寄らないところから探すことにした。街中よりはありそうだと思ってな。あとは……獣人に話を聞いたり、街中でも探したりしなくてはいけないと思うが……」
「途方もない旅に、なりそうですね……」
シオルが肩を落とす。
フォイはそれを見ながら問いかけた。少しばかり不安が滲み出る。
「……付き合ってくれるか、この長く終わりの見えない旅に」
フォイはじっと彼女の答えを待った。思わず息を呑む。
怖いと思った。
自分の覚悟はとうにできている。どれだけ長くかかろうと、一生をかけることになろうと、自分はこの旅をやめるつもりはない。
妙薬を探し、自分の悲願を達成するために――。
だが、シオルは違う。たまたま自分がこの旅に引き込んだ。しかも、目的は今話されたようなものだ。ならば、彼女はあてのない旅に付き合う理由は正直に言えばないようなもの。
もし、シオルが付き合いきれないと言ったのなら……、一からやり直しだな。
フォイは重たくなる心を感じ取りながら、ただただ黙って答えを待った。
だが、シオルはこくこくと何度も頷いた。そして、笑顔を称えながらはっきりと断言する。
「もちろんです……! 私でお役に立てれば……!」
その言葉に、フォイは目を見開く。予想していなかった言葉に、嬉しくなった。口元が自然と緩む。
「……ああ、助かる」
フォイはシオルに優しい声で礼を述べたのであった。
フォイの目的の一つ目は、達成。
残る目的は、あと二つ――。
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