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序章 月と捜しもの

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 ――今宵は、三日月。

 青年は恐れることなく、月と対峙していた。木に登って自分よりも遥かに高く存在している三日月と視線を合わせ、フォッグとサンセットのオッドアイの瞳をじっと儚くも消えない月の欠片に向けていた。
 三日月ぐらいがちょうど良いのだ。満月は自分にとってなのである。ろくに動くこともできなくなるだろう。
 青年の頭には三角形が二つ――狼の耳が存在感を露わにしていた。時折、ピクリと動くのは些細な音を拾っているからだろう。背後にはふさりと動くもの――狼の尻尾が動いていた。こちらはほとんど動いてはいなかったが。
 青年が登った木にもよく見ると、深く鋭い爪痕が残っていて。
 青年の爪をよく見てみると、鋭い傷を刻んだ爪は妙にカラフルであった。緋色、白藍、黄色……、手の指一〇本すべてに色が付けられていた。マニキュアなのだろうか、それとも違うのか。各々の色で染められた爪は鋭く眩い輝きを放っている。三日月ほどの光ですら鋭い輝きを放つのだ、もっと強い光を与えればギラリと刃物のように見えるのかもしれない。
 彼は服装にはあまり関心がないらしい。動きやすく濃い色の服装でまとめ、外套を羽織っているだけであった。
 じっと三日月を見つめて青年は動かない。
 手には何も持っておらず、武器の一つすら所持していない。ただその身一つだけで過ごしているようであった。
 青年は細く儚く存在している弓から目を離し、自身の爪へと視線を注いだ。爪は丁寧に整えられ、磨き上げられている。欠けることもなく、割れることもなく。存在感を異様に放っていた。
 青年がしばらく爪を見つめていれば、ピクッと獣の耳が反応を示す。背後を振り返れば、そこからガサリと大きな音を立てながら大きく黒い影が飛び出してきて。

 ――モンスターだ。

 月の光も少なく、なんのモンスターなのかは分からない。ただ大きく、青年の何倍もありそうなほどに背丈があった。
 モンスターが襲いかかってくる。
 青年はそれを間一髪で躱し、数本先の木に飛び移る。足場が固定されると、彼は左手の人差し指に右手を被せた。そして、
 引き抜いたそれは青年の倍ぐらいの長さになり、青年は気にすることなくそれを構える。それは緋色で染められたものであった。そして、狙いを定めるとモンスターに向けて一閃を放った。
 一瞬で真一文字に斬り裂かれたモンスターは、悲鳴を上げる暇すらなく、地上へと真っ逆さまに落ちていく。しばらくして地響きが起こり、眠っていたはずの鳥たちが慌ただしく飛び立って行った。
 青年はモンスターが落下した先を見下ろした。右手にはまだ緋色の長いものがある。それはよく見ると鍔のない刀で。微かな月の光でも透けていることが分かった。
 それに対して、青年の左手の人差し指は。だが、出血しているわけではない。青年が痛がる素振りもなかった。
 青年は刀を見つめる。緋色で染まったそれは、よく見るとダメージを負っているのか、多少刃こぼれしていて。
「……やはり、必要か」
 青年は刀を降って、モンスターの血を払い落とす。それから、再度月の欠片に目を向けた。そのオッドアイは、目の前の月ではなく、別のものを捉えていて。
「――どこにいる、治癒魔法士」
 青年は三日月を見つめて呟いた後、落下したモンスターを追いかけて飛び降りた。姿を消した後は一切の音はなく。


 ――その場には、誰もいなくなったのであった。
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