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第九章 神在月の地、出雲
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Ⅰ
長い旅路の末、冷たちは出雲の地へ無事に到着することが出来た。
冷は三人の神様が牛車から降りたことを確認し、その後三人の神様の後ろを歩く。
出雲――。この地に、全国の神様がこの時期に一斉に集結する。
冷は三人の神様を見ながら、周囲を見渡した。
見たことがある者も、見たことがない者も、たくさんいた。特に、日本は神様が多い。「八百万の神」と言われるほどである。
――冷も例外ではなく、すべての神様や神守を認識できているわけではなかった。あまりに多すぎて、何度来てもすべての神様や神守を覚えられないのである。
……初対面、の方もいらっしゃるだろうが、また覚えなくてはな。
何度来ても、初対面の者もいるし、いまだに会えていない者もいる。
それでも、そこはこの冷、無理と諦めずに、覚えようと努力する。全員が諦めたとしても、彼はおそらく最後まで諦めることはない。
「あ、天照ちゃん!」
弁財天が走り出す。目の前には、天照大御神と神守の時雨が立っていた。
天照大御神はにこりと笑っている。
「弁財天ちゃん、この間は本当にありがとう。とても楽しかったわ」
「私も! またぜひやりましょう! 次は冷くんも最初から最後まで参加させるからね!」
「絶対に断固拒否します」
冷は弁財天の後ろで、参加を拒否する旨を伝えた後、天照大御神へ一礼した。
「天照大御神様、先日は本当にありがとうございました。相当なご迷惑をお掛けしました」
「いえっ、そんな! とても楽しかったです。時雨も、楽しめたようですし」
「はい! ……主様、せっかくですし、弁財天様と宴を楽しまれては?」
「あ、そうですね。弁財天ちゃん、どうかな?」
「ぜひぜひー! 行こ行こ!」
弁財天が天照大御神を引っ張って宴に参加していく。もうすでに何人もの神様が酒に手をつけていて、宴の場は盛り上がっていた。
冷と時雨は部屋の隅に移動し、弁財天たちが見える位置で話をする。
「冷殿、元気だったか?」
「お陰様で。時雨殿も元気そうで何よりだ。会議の時といい、その前といい、大変世話になった」
「なんの、なんの! 我が主は楽しそうだったのでな! それに、しばらく時間もあるのだ、ゆっくり話をしようじゃないか!」
「ああ、そうだな。……面倒事さえ、起きなければな」
「うむ」
冷と時雨は、宴の席を見て、目を細めるのであった。
Ⅱ
冷と時雨は、自分たちの主を見ながら、会話を続ける。
弁財天や天照大御神は目の届くところにいるようだが、龍神や宇賀神は知らぬ間に姿を消している。どこかで飲んでいるのだろう、と冷はしばらくそのままにすることにした。何かあれば連絡が届くだろうし、何よりあの龍神たちが暴れることがあれば、その声はこの場所にも盛大に届くだろうと考えたからだった。
弁財天や天照大御神は楽しそうに酒を飲みながら、会話をしている。何を話しているのかまでは分からないが、冷たちがそれに口を挟むことはない。なんだかんだと言いながら、主が楽しそうにしているのは、良いことだと思うわけである。
「――どう思う、冷殿」
時雨が冷に問いかける。冷は一つ頷いた。
「……とりあえず、何事もなく、このまま平和に宴が終わることを祈るしかないだろうな。昨年の二の舞だけは避けたい」
「手合わせの相手と考えれば、神様方であるから申し分ないが――あれは、死闘であったからな!」
時雨は笑うが、昨年のことを思い出せば、冷は頭が痛くなる。冷からすれば、特に自分が仕えている神様の一人が当事者であったという点がどうしても頭を悩ませてしまう。
さすがに、自分が仕えている神様が悪名だかくなってしまうのは、考えものだしな……。
冷は一つため息をつく。それから、話題を変えることにした。
「時雨殿、今年の神守に対しての伝達事項は何かあったか?」
「いや、特にないな。強いて言うなら、手合わせの時間があるということだろうか」
「これも毎年恒例だな。なかなか上位の実力者は変わらずじまいであるが」
「うむ、確かにな。だが、俺はとりあえず、雪殿と桜殿に手合わせを頼みたい!」
神様の宴と同時並行で行われる、神守の手合わせ会。むしろ、これは手合わせ会ではなく、神守の実力者を決める勝ち抜き戦と言ってもいい。だが、なかなか会えぬ者もいるため、これは毎年恒例で行われている行事となっていた。
時雨は以前話をした、双子の神守と手合わせをすることを目的としているらしい。冷も便乗したいところであった。
そんな中、そこに届く第三者の声。
「……呼びましたか?」
「……こんにちは」
冷と時雨の背後から声が届く。聞き覚えのある声に振り向けば、そこには話題に出していた双子が立っていた。冷と時雨を見上げて、視線が合うと、そのままぺこりと頭を下げる。
「……お久しぶりです」
「……お元気でしたか?」
「雪殿、桜殿、お久しぶりです」
「お変わりないようだな! お二人方も元気だったか?」
「……元気」
「……今日は、主様と一緒です」
その言葉に、冷と時雨は二人の後ろへと視線を向ける。そこには、石長比売と木花之佐久夜毘売がこちらに向かって歩いてきていた。
冷と時雨は慌てて頭を下げる。
「これは、失礼いたしました。石長比売様、木花之佐久夜毘売様」
「申し訳ございません」
「お気になさらずに、冷さん。お久しぶりですね。先日はとても楽しかったですわ、ねえ、姉様」
「は、はい……。ありがとう、ございました」
「とんでもございません」
冷はさらに頭を下げた。
にこりと微笑んだ木花之佐久夜毘売は、冷の隣にいる時雨へ視線を向けて、冷へ声をかけた。
「冷さん、こちらの方は?」
「天照大御神様にお仕えしている、時雨殿です」
「申し遅れました。天照大御神様にお仕えしています、神守の時雨と申します」
「まあ、この方が」
時雨と木花之佐久夜毘売が会話を繰り広げていく中、冷はかしこまったまま待機していた。そこに、石長比売の声が届く。
「あ、の……。冷さん」
「いかがされましたか」
「弁財天ちゃんは……」
「あちらで天照大御神様とすでに宴に参加しております。よろしければ、ご参加されてはどうでしょうか?」
「あ、ありがとう……」
石長比売は一人、弁財天の元へと歩いていく。気がついた弁財天が振り返って、石長比売を呼んだ。天照大御神も楽しそうに笑っていた。
時雨と会話に一区切りがついた木花之佐久夜毘売は、きょろきょろと姉の姿を探す。
「あら、姉様は?」
「あちらで、弁財天様とお話されております」
「なら、私も。雪、桜。楽しく過ごしてね」
「……ありがとうございます」
「……主様、何かありましたら、お呼びください」
「はいはい」
木花之佐久夜毘売は双子の頭を撫でてから、弁財天たちの元へ合流する。
冷たち四人は、その場に取り残されたのであった。
Ⅲ
冷は雪と桜に話しかける。
「雪殿、桜殿。お二方も手合わせに参加するのだろう?」
「……もちろん」
「……今年こそ、勝つ」
「雪殿と桜殿が、熱く燃えておられる! 五本の指に入る実力者であるから故か!」
「……ここ数年、順位が変わらないからな」
冷はため息をつく。
冷自身も、時雨も、十本の指には入る実力者ではあった。だが、ここにいる雪や桜はそれを超えているし、冷たちよりも強い神守はまだいる。
俺もそろそろ、超えなければ――。
冷はひそかに拳を握りしめた。
「打倒、師匠」を志している冷としては、そろそろ五本の指には入りたいものである。今年こそは、と気合いを入れた。
隣で時雨も燃えていた。
「俺も頑張るとしよう!」
「……そういえば」
冷は急に思い出す。時雨たち三人は首を傾げていた。
「神守の最強殿は、もう見えているのだろうか」
「……まだ、見ていない」
「……私も」
「言われてみれば、俺も見ていないな。まあ、あの御方も忙しいからな。無理もない!」
冷を含めた四人は、まだこの地で神守最強の姿を見ていない。
あの人に、勝てる実力、か――。
冷はひそかにさらなる闘志を燃やすのであった。
Ⅳ
「冷くーん! ちょっとー!」
急に弁財天の声が飛んでくる。冷はその声に従って、弁財天の元へ足を運んだ。
時雨たちも、自分たちの主である神様たちの様子が気になったようで、一緒に歩く。
冷が弁財天の元に膝をつければ、弁財天はぐいっと腕を回してきた。絡み酒である。相当な酒の香りに、冷は思わず顔を顰めた。
「ちょっと、聞いてよー! 冷くん!」
「何ですか、弁財天様。というか、初日から呑みすぎですよ。少しは量を控えてください」
「そんなことはどうでもいいのよ!」
「どうでも良くないから、仰っています」
冷がいくら言っても、弁財天は聞く耳を持たない。冷は頭を抱えながら、話を促した。その際、首に回された腕はしっかりと外す。
「……それで、どうしたんですか?」
「冷くんを欲しがる人が多すぎるの! この人気者!」
「……何を言っているんですか。弁財天様、相当酔っておいでですね?」
「まあまあ。でも、これは事実なんですよ、冷さん」
木花之佐久夜毘売は弁財天の代わりににこりと微笑んで返答する。
冷はどういうことかと聞き返した。まったく思い当たる節がなく、内心首を傾げている。頭の片隅で記憶を思い起こすが、やはり思い当たる点はなかった。
「冷さん、あの女子会とやらの時の話で、相当人気が出ているんですの。女性神様の中で、今話がもちきりなんですよ」
「お待ちください」
冷はすぐさまその話を止めた。何やら不穏な言葉が聞こえた気がしたのだ。
……嫌な予感がする。
冷は恐る恐る木花之佐久夜毘売に確認をする。
「……どうして、女子会の話が広まっているんですか?」
「それはもう、私たちのほうで話をしておりますから。冷さん、お料理も上手でしたし、その話をすると一度会ってみたいという女性神様がたくさんいるんですよ」
「さらに話は広まるでしょうね。時間の問題ですわ」、そう述べた木花之佐久夜毘売はにこりと微笑む。それから、「ね?」と周囲に確認すれば、石長比売や天照大御神が頷く。何故か、雪や桜も頷いた。
「……神守の間でも、人気」
「……特に、女性。料理教えて欲しいって話が出てた」
「……雪殿、桜殿。聞いていたのなら、出来れば止めて頂きたかったのだが」
冷が控えめに言ってみれば、双子は同時にふるふると横に首を振る。
「……あれは、無理」
「……人気、急上昇」
冷は頭を抱えた。すでに面倒事が一つ、初日から浮上してきている。しかも、自分がかかわっているとは思っていなかったため、それを知って妙に頭がひどく痛んだ。
目の前にいる弁財天は、口を尖らせている。
「とにかく冷くん、そういうことだから、絶対に何か言われても断ってよ! 私たちの冷くんなんだから!」
「分かりましたから、弁財天様。とりあえず、大声で叫ぶのはおやめ下さい。十分目立っています」
冷の頭痛は酷くなる一方だ。
まだ初日、しかもこの地に来てからそんなに時間も経っていない。経っているとしても、数時間程度だろう。なのに、すでに面倒事が発生している。
昨年より、今年のほうが大変かもな……。
冷の気は重くなる一方であったのだった。
長い旅路の末、冷たちは出雲の地へ無事に到着することが出来た。
冷は三人の神様が牛車から降りたことを確認し、その後三人の神様の後ろを歩く。
出雲――。この地に、全国の神様がこの時期に一斉に集結する。
冷は三人の神様を見ながら、周囲を見渡した。
見たことがある者も、見たことがない者も、たくさんいた。特に、日本は神様が多い。「八百万の神」と言われるほどである。
――冷も例外ではなく、すべての神様や神守を認識できているわけではなかった。あまりに多すぎて、何度来てもすべての神様や神守を覚えられないのである。
……初対面、の方もいらっしゃるだろうが、また覚えなくてはな。
何度来ても、初対面の者もいるし、いまだに会えていない者もいる。
それでも、そこはこの冷、無理と諦めずに、覚えようと努力する。全員が諦めたとしても、彼はおそらく最後まで諦めることはない。
「あ、天照ちゃん!」
弁財天が走り出す。目の前には、天照大御神と神守の時雨が立っていた。
天照大御神はにこりと笑っている。
「弁財天ちゃん、この間は本当にありがとう。とても楽しかったわ」
「私も! またぜひやりましょう! 次は冷くんも最初から最後まで参加させるからね!」
「絶対に断固拒否します」
冷は弁財天の後ろで、参加を拒否する旨を伝えた後、天照大御神へ一礼した。
「天照大御神様、先日は本当にありがとうございました。相当なご迷惑をお掛けしました」
「いえっ、そんな! とても楽しかったです。時雨も、楽しめたようですし」
「はい! ……主様、せっかくですし、弁財天様と宴を楽しまれては?」
「あ、そうですね。弁財天ちゃん、どうかな?」
「ぜひぜひー! 行こ行こ!」
弁財天が天照大御神を引っ張って宴に参加していく。もうすでに何人もの神様が酒に手をつけていて、宴の場は盛り上がっていた。
冷と時雨は部屋の隅に移動し、弁財天たちが見える位置で話をする。
「冷殿、元気だったか?」
「お陰様で。時雨殿も元気そうで何よりだ。会議の時といい、その前といい、大変世話になった」
「なんの、なんの! 我が主は楽しそうだったのでな! それに、しばらく時間もあるのだ、ゆっくり話をしようじゃないか!」
「ああ、そうだな。……面倒事さえ、起きなければな」
「うむ」
冷と時雨は、宴の席を見て、目を細めるのであった。
Ⅱ
冷と時雨は、自分たちの主を見ながら、会話を続ける。
弁財天や天照大御神は目の届くところにいるようだが、龍神や宇賀神は知らぬ間に姿を消している。どこかで飲んでいるのだろう、と冷はしばらくそのままにすることにした。何かあれば連絡が届くだろうし、何よりあの龍神たちが暴れることがあれば、その声はこの場所にも盛大に届くだろうと考えたからだった。
弁財天や天照大御神は楽しそうに酒を飲みながら、会話をしている。何を話しているのかまでは分からないが、冷たちがそれに口を挟むことはない。なんだかんだと言いながら、主が楽しそうにしているのは、良いことだと思うわけである。
「――どう思う、冷殿」
時雨が冷に問いかける。冷は一つ頷いた。
「……とりあえず、何事もなく、このまま平和に宴が終わることを祈るしかないだろうな。昨年の二の舞だけは避けたい」
「手合わせの相手と考えれば、神様方であるから申し分ないが――あれは、死闘であったからな!」
時雨は笑うが、昨年のことを思い出せば、冷は頭が痛くなる。冷からすれば、特に自分が仕えている神様の一人が当事者であったという点がどうしても頭を悩ませてしまう。
さすがに、自分が仕えている神様が悪名だかくなってしまうのは、考えものだしな……。
冷は一つため息をつく。それから、話題を変えることにした。
「時雨殿、今年の神守に対しての伝達事項は何かあったか?」
「いや、特にないな。強いて言うなら、手合わせの時間があるということだろうか」
「これも毎年恒例だな。なかなか上位の実力者は変わらずじまいであるが」
「うむ、確かにな。だが、俺はとりあえず、雪殿と桜殿に手合わせを頼みたい!」
神様の宴と同時並行で行われる、神守の手合わせ会。むしろ、これは手合わせ会ではなく、神守の実力者を決める勝ち抜き戦と言ってもいい。だが、なかなか会えぬ者もいるため、これは毎年恒例で行われている行事となっていた。
時雨は以前話をした、双子の神守と手合わせをすることを目的としているらしい。冷も便乗したいところであった。
そんな中、そこに届く第三者の声。
「……呼びましたか?」
「……こんにちは」
冷と時雨の背後から声が届く。聞き覚えのある声に振り向けば、そこには話題に出していた双子が立っていた。冷と時雨を見上げて、視線が合うと、そのままぺこりと頭を下げる。
「……お久しぶりです」
「……お元気でしたか?」
「雪殿、桜殿、お久しぶりです」
「お変わりないようだな! お二人方も元気だったか?」
「……元気」
「……今日は、主様と一緒です」
その言葉に、冷と時雨は二人の後ろへと視線を向ける。そこには、石長比売と木花之佐久夜毘売がこちらに向かって歩いてきていた。
冷と時雨は慌てて頭を下げる。
「これは、失礼いたしました。石長比売様、木花之佐久夜毘売様」
「申し訳ございません」
「お気になさらずに、冷さん。お久しぶりですね。先日はとても楽しかったですわ、ねえ、姉様」
「は、はい……。ありがとう、ございました」
「とんでもございません」
冷はさらに頭を下げた。
にこりと微笑んだ木花之佐久夜毘売は、冷の隣にいる時雨へ視線を向けて、冷へ声をかけた。
「冷さん、こちらの方は?」
「天照大御神様にお仕えしている、時雨殿です」
「申し遅れました。天照大御神様にお仕えしています、神守の時雨と申します」
「まあ、この方が」
時雨と木花之佐久夜毘売が会話を繰り広げていく中、冷はかしこまったまま待機していた。そこに、石長比売の声が届く。
「あ、の……。冷さん」
「いかがされましたか」
「弁財天ちゃんは……」
「あちらで天照大御神様とすでに宴に参加しております。よろしければ、ご参加されてはどうでしょうか?」
「あ、ありがとう……」
石長比売は一人、弁財天の元へと歩いていく。気がついた弁財天が振り返って、石長比売を呼んだ。天照大御神も楽しそうに笑っていた。
時雨と会話に一区切りがついた木花之佐久夜毘売は、きょろきょろと姉の姿を探す。
「あら、姉様は?」
「あちらで、弁財天様とお話されております」
「なら、私も。雪、桜。楽しく過ごしてね」
「……ありがとうございます」
「……主様、何かありましたら、お呼びください」
「はいはい」
木花之佐久夜毘売は双子の頭を撫でてから、弁財天たちの元へ合流する。
冷たち四人は、その場に取り残されたのであった。
Ⅲ
冷は雪と桜に話しかける。
「雪殿、桜殿。お二方も手合わせに参加するのだろう?」
「……もちろん」
「……今年こそ、勝つ」
「雪殿と桜殿が、熱く燃えておられる! 五本の指に入る実力者であるから故か!」
「……ここ数年、順位が変わらないからな」
冷はため息をつく。
冷自身も、時雨も、十本の指には入る実力者ではあった。だが、ここにいる雪や桜はそれを超えているし、冷たちよりも強い神守はまだいる。
俺もそろそろ、超えなければ――。
冷はひそかに拳を握りしめた。
「打倒、師匠」を志している冷としては、そろそろ五本の指には入りたいものである。今年こそは、と気合いを入れた。
隣で時雨も燃えていた。
「俺も頑張るとしよう!」
「……そういえば」
冷は急に思い出す。時雨たち三人は首を傾げていた。
「神守の最強殿は、もう見えているのだろうか」
「……まだ、見ていない」
「……私も」
「言われてみれば、俺も見ていないな。まあ、あの御方も忙しいからな。無理もない!」
冷を含めた四人は、まだこの地で神守最強の姿を見ていない。
あの人に、勝てる実力、か――。
冷はひそかにさらなる闘志を燃やすのであった。
Ⅳ
「冷くーん! ちょっとー!」
急に弁財天の声が飛んでくる。冷はその声に従って、弁財天の元へ足を運んだ。
時雨たちも、自分たちの主である神様たちの様子が気になったようで、一緒に歩く。
冷が弁財天の元に膝をつければ、弁財天はぐいっと腕を回してきた。絡み酒である。相当な酒の香りに、冷は思わず顔を顰めた。
「ちょっと、聞いてよー! 冷くん!」
「何ですか、弁財天様。というか、初日から呑みすぎですよ。少しは量を控えてください」
「そんなことはどうでもいいのよ!」
「どうでも良くないから、仰っています」
冷がいくら言っても、弁財天は聞く耳を持たない。冷は頭を抱えながら、話を促した。その際、首に回された腕はしっかりと外す。
「……それで、どうしたんですか?」
「冷くんを欲しがる人が多すぎるの! この人気者!」
「……何を言っているんですか。弁財天様、相当酔っておいでですね?」
「まあまあ。でも、これは事実なんですよ、冷さん」
木花之佐久夜毘売は弁財天の代わりににこりと微笑んで返答する。
冷はどういうことかと聞き返した。まったく思い当たる節がなく、内心首を傾げている。頭の片隅で記憶を思い起こすが、やはり思い当たる点はなかった。
「冷さん、あの女子会とやらの時の話で、相当人気が出ているんですの。女性神様の中で、今話がもちきりなんですよ」
「お待ちください」
冷はすぐさまその話を止めた。何やら不穏な言葉が聞こえた気がしたのだ。
……嫌な予感がする。
冷は恐る恐る木花之佐久夜毘売に確認をする。
「……どうして、女子会の話が広まっているんですか?」
「それはもう、私たちのほうで話をしておりますから。冷さん、お料理も上手でしたし、その話をすると一度会ってみたいという女性神様がたくさんいるんですよ」
「さらに話は広まるでしょうね。時間の問題ですわ」、そう述べた木花之佐久夜毘売はにこりと微笑む。それから、「ね?」と周囲に確認すれば、石長比売や天照大御神が頷く。何故か、雪や桜も頷いた。
「……神守の間でも、人気」
「……特に、女性。料理教えて欲しいって話が出てた」
「……雪殿、桜殿。聞いていたのなら、出来れば止めて頂きたかったのだが」
冷が控えめに言ってみれば、双子は同時にふるふると横に首を振る。
「……あれは、無理」
「……人気、急上昇」
冷は頭を抱えた。すでに面倒事が一つ、初日から浮上してきている。しかも、自分がかかわっているとは思っていなかったため、それを知って妙に頭がひどく痛んだ。
目の前にいる弁財天は、口を尖らせている。
「とにかく冷くん、そういうことだから、絶対に何か言われても断ってよ! 私たちの冷くんなんだから!」
「分かりましたから、弁財天様。とりあえず、大声で叫ぶのはおやめ下さい。十分目立っています」
冷の頭痛は酷くなる一方だ。
まだ初日、しかもこの地に来てからそんなに時間も経っていない。経っているとしても、数時間程度だろう。なのに、すでに面倒事が発生している。
昨年より、今年のほうが大変かもな……。
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