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第八章 神無月突入
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Ⅰ
冷は無言のまま、三人の神様の仕事を確認していた。最後の書類を置き、一つ息をつく。
目の前には、緊張した面持ちで、三人の神様が彼の様子を窺っていた。何故か正座をして、待機している。彼の言葉を、今か今かと待ちわびていた。
冷はそれを見つつ、冷静に告げる。
「……問題ありません。これで、無事に神無月を迎えることが出来ますね」
その言葉が神様たちに届けば、待ってましたとばかりに顔を輝かせた。弁財天は立ち上がり手を天井に向かって突き出し、龍神はぐっと力強い拳を作っている。宇賀神はただ一人だけ、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「やったー! 終わりー!」
「これで、ようやっと神無月突入だな!」
「……良かった」
「まだ話は終わっていません」
喜ぶ三人の神様へ向かって、冷はピシャリと言い放つ。その言葉に、再度三人の神様は正座をした。ぴしっと姿勢を正す。これでは、どちらが上の立場なのか、よく分からなかった。
冷はもう一度息をついた。いつものことではあるが、三人の神様に先にいろいろと伝えておかなくてはいけない。もちろん、暴走する前に、ということである。たとえ、忘れられる可能性が高いとしても、だ。
「いいですか。仕事は確かに問題ありません。これで終わりです。……ですが、出雲に行って、問題を起こさないようにしてください。絶対にやめてくださいね。昨年の二の舞はもうこりごりです。ハメを外したくなるのも分かりますが、人様に迷惑をかけないように十分注意してください。……それから――」
冷は一度言葉を区切った。
すぐに言葉が飛んでこないことに、神様たちは顔を見合わせる。恐る恐る弁財天が、代表として声をかけた。
「れ、冷くん……? な、何なの……?」
冷は盛大にため息をついた。それを見て、神様たちはびくりと反応する。だが、冷の言葉は短かった。
「――それから、問題を起こさない程度に、楽しんできてください。以上です」
冷の言葉に、三人の神様は顔を見合せた後、目を輝かせた。今度ばかりは大いに喜んだのである。
弁財天は冷に思いっきり抱きつく。それを皮切りに宇賀神が抱きつき、最後に龍神が突進する。二人までは何とか受け止めた冷であったが、最後の龍神は無理があった。さすがの冷も三人は受け止めきれず、そのまま倒れ込むこととなる。
三人の神様の下敷きになりながら、冷は文句を言った。
「何をしてるんですか!」
「冷くん、さすがー! もう、よく分かってるー! 大好き!」
「……冷くんも、楽しもうね」
「さすが、冷だなあ! はっはっはっ!」
「分かりましたから降りてください! 重いです! さすがにこのままだと死にます!」
「冷くんなら、大丈夫よー」
「……うん、冷くんなら」
「冷ならな!」
「絶対的な信頼ありがとうございます! 出来れば、違うところでお願いしたいですね!」
冷が必死に訴えれば、やっと三人は降りる。思わず、長いため息をついた。
三人の神様はすでに顔が緩んでいる。明日から出雲で開かれる宴に、思いを馳せているのであろう。仕事が終わった途端、これである。
冷はそんな彼らに現実を叩きつけた。
「明朝、出発します。支度をして集合してください。起きてこなかったら、置いていきますので、そのつもりで」
「ひっどーい、冷くん! そこは最後まで起こしてよー! むしろ、起こしに来てよー!」
「自力で起きてください」
「冷! 俺は絶対に力比べをするからな!」
「何の宣言ですか。それから、昨年の二の舞をするなと言ってんだろ」
「……れ、冷くん。僕は、端のほうで――」
「交流しろ!」
冷は日頃の疲れもあってか、だいぶ口調が崩れていたが、誰も気が付かないし、指摘もしない。冷自身も、今回ばかりは気がついていなかった。
三人の神様からすれば、それが嬉しくて仕方が無いのである。誰も指摘をするわけがなかった。
結局、三人の神様が寝るまで、冷はもみくちゃにされるのであった。
Ⅱ
冷は三人の神様が眠った後、眷属たちを集めた。しばらく留守にするため、その間のことを指示しておくためであった。
出雲へは、三人の神様が赴く。もちろん、冷が同行することとなっていた。
三人の神様たちが不在となれば、この地は「神無月」と呼ばれる。逆に、出雲の地は、神様たちが集まるため、「神在月」と呼ばれていた。
この地が「神無月」となろうが、警戒を怠ることは無い。冷がいなくても、眷属たちがしっかりとしていることを、彼はよく知っていた。そのため、ある程度の指示を出しておけば、問題はなかった。
眷属たちも、「任せてください」と言わんばかりに、自信満々に頷いている。前回、冷が留守としていた、神守定例会議とは大違いである。
理由は簡単だ。
彼らが神様たちの相手をしなくていいからである。神様たちがおらず、冷もいないとなれば、彼らがすることと言えば、島の警備だけである。この時も総動員することにはなるが、交代で休憩は取れるし、警備がしっかりと出来ていれば問題ないのだ。神様たちのわがままに付き合うことも、翻弄されることも無いのだ。
彼らからすれば、相当気は楽になる。
もっとも、しっかり行っていなければ、帰ってきた冷に怒られることがよく分かっているので、仕事は真面目に行うわけではあるが。
冷は眷属たちの姿を見て、安堵した。問題ないだろうと思い、頷く。しっかりと彼ら全員と視線を合わせ、最後にこう告げた。
「頼みました」
そう短く告げれば、再度眷属たちはやる気に満ちた顔で頷くのであった。
Ⅲ
「師匠、いますか」
冷は師匠である、俊成の元を訪れていた。
俊成は隠居している身なので、「神在月」には参加しない。つまり、彼はこの地に残るわけである。
もう一人、神様が残られるわけではあるが、かの人は放浪癖がある。それも、俊成よりもどこに行くかはよく分からない。しかも、今すでに放浪中で捕まらないのであった。
それを知っている冷は、俊成に頼み事をするために訪れていたのであった。師である彼は、女性に関してはどうしようもないが、腕はかなり立つ。最後の要となるのは、おそらく彼だろうと冷は思っていた。
冷の前に人影がすたっと降り立った。目的の人物、俊成である。どうやら、木の上で何かしていたらしい。片手には酒瓶を持っていた。
それを見た冷は、頭を抱えた。
「酒は控えろとあれ程言ってるのに、この爺は……」
「なんじゃ、今日はよく月が見えるからのう。月見酒、も良いじゃろう」
「そう言って、かっぱかっぱと空けるだろ、師匠は。しかも、酒瓶を一本、二本の比ではないし……。呑みすぎないでくださいよ」
「分かっておる。して、用件はなんじゃ?」
冷はその言葉に、自分の師匠である俊成を見た。
俊成はおそらく大体の見当がついていることだろう。だが、彼はあくまで冷の口から聞きたいらしい。冷の言葉を静かに待っている。
冷は淡々と告げた。静かな夜に、その声はよく響いた。
「明朝、出雲に向かって、この地を発ちます。その間、どうかこの地をよろしくお願いします」
「ほう、明日だったか。まあ、儂もこの地が無くなるのは、困るでのう。それに、他でもない、弟子の頼みじゃからな。――任せておくが良い」
「……師匠なら、心配はしていませんよ」
冷は微かに笑った。
俊成はどこか嬉しそうであった。酒瓶を傾けて、残っている酒を一気に煽る。それから、ぽつりと呟いた。
「……それにしても、儂も一度くらいは参加してみたいものじゃのう」
「絶対に、やめてください。あんたが参加なんてしたら、大問題になる」
冷は俊成の言葉を聞くなり、すぐに返答していた。反射のように返すそれは、冷の本心そのものである。
俊成が参加したら、とてもじゃないが無事に終わりそうには無い。ありとあらゆる女性の神様に手を出しそうだ。そんなことになれば、それこそ宴どころの話ではなくなる。一回参加したら、次から出禁になる可能性もありそうで、そうなればさらに冷が頭を抱えることとなる。それだけは絶対に阻止しておきたい。
冷の言葉に、俊成は憤慨した。
「なんじゃと!? ……冷、少し口が達者になってきたようじゃな。どれ、儂が一からしばき直してくれようぞ」
「明日は早いって言ってんだろ。大体にして、あんたが相手じゃ言わねえよ、馬鹿爺。とにかく、その女性好きな癖は直せ」
「……小童め」
師弟の凄まじい言い合いは、それから一時間以上、続き、知らぬ間に手合わせと化したのであった。
Ⅳ
翌朝。
冷はいち早く支度を終わらせ、集合場所へと来ていた。
結局、昨日の夜もとい夜中は師匠である俊成と手合わせになってしまい、寝ているどころの騒ぎではなかった。だが、なんとか一応仮眠を取ることは出来たのである。
いつも以上に睡眠時間が短く、とても眠たいが、本日は意外と楽が出来ているため、それはそれで良しとする。
何故なら――。
「普段から、それぐらい早くに支度をして欲しいものですが……」
三人の神様が、集合時間よりも早くに、身支度を整えて現れたからである。
毎年恒例のことではあるが、冷はこの日ばかりは三人の神様が起きなくて悩まされることは無い。勝手に起きてきてくれて、勝手に支度が終わって、勝手に集合してくれるのである。「楽」の言葉以外の何物でもなかった。
結局、行事ごとに浮かれているから、彼らは起きられるわけである。
……旅行前の小学生のようだ。
冷はそう思ったが、口に出すことはなかった。
周囲には、朝早いというのに、見送りとして眷属たちが集まってきていた。
おそらく、俊成は来ないだろう。何せ、夜中にあれだけ手合わせをして、最終的に冷が沈めたのであるから。
ちなみに、その時冷が嬉しすぎてぐっと拳を握ったことは、ここだけの話である。
全員が揃ったことを確認し、冷は牛車に乗るように三人の神様を促した。
「それでは、出発しましょうか」
三人の神様が牛車に乗ったことを見届けると、冷は手綱を握る。見送りに来てくれた眷属たちへ、一言声をかけた。
「しばらくの間、よろしくお願いします」
冷の言葉に、眷属たちは各々返事をする。やる気で満ちた声に、冷は口元を緩めた。安心したそれに、眷属たちも誇らしくなる。
彼らに見送られる中、冷は牛車を走らせるのであった。
目指すは、「神在月」の地、出雲である――。
冷は無言のまま、三人の神様の仕事を確認していた。最後の書類を置き、一つ息をつく。
目の前には、緊張した面持ちで、三人の神様が彼の様子を窺っていた。何故か正座をして、待機している。彼の言葉を、今か今かと待ちわびていた。
冷はそれを見つつ、冷静に告げる。
「……問題ありません。これで、無事に神無月を迎えることが出来ますね」
その言葉が神様たちに届けば、待ってましたとばかりに顔を輝かせた。弁財天は立ち上がり手を天井に向かって突き出し、龍神はぐっと力強い拳を作っている。宇賀神はただ一人だけ、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「やったー! 終わりー!」
「これで、ようやっと神無月突入だな!」
「……良かった」
「まだ話は終わっていません」
喜ぶ三人の神様へ向かって、冷はピシャリと言い放つ。その言葉に、再度三人の神様は正座をした。ぴしっと姿勢を正す。これでは、どちらが上の立場なのか、よく分からなかった。
冷はもう一度息をついた。いつものことではあるが、三人の神様に先にいろいろと伝えておかなくてはいけない。もちろん、暴走する前に、ということである。たとえ、忘れられる可能性が高いとしても、だ。
「いいですか。仕事は確かに問題ありません。これで終わりです。……ですが、出雲に行って、問題を起こさないようにしてください。絶対にやめてくださいね。昨年の二の舞はもうこりごりです。ハメを外したくなるのも分かりますが、人様に迷惑をかけないように十分注意してください。……それから――」
冷は一度言葉を区切った。
すぐに言葉が飛んでこないことに、神様たちは顔を見合わせる。恐る恐る弁財天が、代表として声をかけた。
「れ、冷くん……? な、何なの……?」
冷は盛大にため息をついた。それを見て、神様たちはびくりと反応する。だが、冷の言葉は短かった。
「――それから、問題を起こさない程度に、楽しんできてください。以上です」
冷の言葉に、三人の神様は顔を見合せた後、目を輝かせた。今度ばかりは大いに喜んだのである。
弁財天は冷に思いっきり抱きつく。それを皮切りに宇賀神が抱きつき、最後に龍神が突進する。二人までは何とか受け止めた冷であったが、最後の龍神は無理があった。さすがの冷も三人は受け止めきれず、そのまま倒れ込むこととなる。
三人の神様の下敷きになりながら、冷は文句を言った。
「何をしてるんですか!」
「冷くん、さすがー! もう、よく分かってるー! 大好き!」
「……冷くんも、楽しもうね」
「さすが、冷だなあ! はっはっはっ!」
「分かりましたから降りてください! 重いです! さすがにこのままだと死にます!」
「冷くんなら、大丈夫よー」
「……うん、冷くんなら」
「冷ならな!」
「絶対的な信頼ありがとうございます! 出来れば、違うところでお願いしたいですね!」
冷が必死に訴えれば、やっと三人は降りる。思わず、長いため息をついた。
三人の神様はすでに顔が緩んでいる。明日から出雲で開かれる宴に、思いを馳せているのであろう。仕事が終わった途端、これである。
冷はそんな彼らに現実を叩きつけた。
「明朝、出発します。支度をして集合してください。起きてこなかったら、置いていきますので、そのつもりで」
「ひっどーい、冷くん! そこは最後まで起こしてよー! むしろ、起こしに来てよー!」
「自力で起きてください」
「冷! 俺は絶対に力比べをするからな!」
「何の宣言ですか。それから、昨年の二の舞をするなと言ってんだろ」
「……れ、冷くん。僕は、端のほうで――」
「交流しろ!」
冷は日頃の疲れもあってか、だいぶ口調が崩れていたが、誰も気が付かないし、指摘もしない。冷自身も、今回ばかりは気がついていなかった。
三人の神様からすれば、それが嬉しくて仕方が無いのである。誰も指摘をするわけがなかった。
結局、三人の神様が寝るまで、冷はもみくちゃにされるのであった。
Ⅱ
冷は三人の神様が眠った後、眷属たちを集めた。しばらく留守にするため、その間のことを指示しておくためであった。
出雲へは、三人の神様が赴く。もちろん、冷が同行することとなっていた。
三人の神様たちが不在となれば、この地は「神無月」と呼ばれる。逆に、出雲の地は、神様たちが集まるため、「神在月」と呼ばれていた。
この地が「神無月」となろうが、警戒を怠ることは無い。冷がいなくても、眷属たちがしっかりとしていることを、彼はよく知っていた。そのため、ある程度の指示を出しておけば、問題はなかった。
眷属たちも、「任せてください」と言わんばかりに、自信満々に頷いている。前回、冷が留守としていた、神守定例会議とは大違いである。
理由は簡単だ。
彼らが神様たちの相手をしなくていいからである。神様たちがおらず、冷もいないとなれば、彼らがすることと言えば、島の警備だけである。この時も総動員することにはなるが、交代で休憩は取れるし、警備がしっかりと出来ていれば問題ないのだ。神様たちのわがままに付き合うことも、翻弄されることも無いのだ。
彼らからすれば、相当気は楽になる。
もっとも、しっかり行っていなければ、帰ってきた冷に怒られることがよく分かっているので、仕事は真面目に行うわけではあるが。
冷は眷属たちの姿を見て、安堵した。問題ないだろうと思い、頷く。しっかりと彼ら全員と視線を合わせ、最後にこう告げた。
「頼みました」
そう短く告げれば、再度眷属たちはやる気に満ちた顔で頷くのであった。
Ⅲ
「師匠、いますか」
冷は師匠である、俊成の元を訪れていた。
俊成は隠居している身なので、「神在月」には参加しない。つまり、彼はこの地に残るわけである。
もう一人、神様が残られるわけではあるが、かの人は放浪癖がある。それも、俊成よりもどこに行くかはよく分からない。しかも、今すでに放浪中で捕まらないのであった。
それを知っている冷は、俊成に頼み事をするために訪れていたのであった。師である彼は、女性に関してはどうしようもないが、腕はかなり立つ。最後の要となるのは、おそらく彼だろうと冷は思っていた。
冷の前に人影がすたっと降り立った。目的の人物、俊成である。どうやら、木の上で何かしていたらしい。片手には酒瓶を持っていた。
それを見た冷は、頭を抱えた。
「酒は控えろとあれ程言ってるのに、この爺は……」
「なんじゃ、今日はよく月が見えるからのう。月見酒、も良いじゃろう」
「そう言って、かっぱかっぱと空けるだろ、師匠は。しかも、酒瓶を一本、二本の比ではないし……。呑みすぎないでくださいよ」
「分かっておる。して、用件はなんじゃ?」
冷はその言葉に、自分の師匠である俊成を見た。
俊成はおそらく大体の見当がついていることだろう。だが、彼はあくまで冷の口から聞きたいらしい。冷の言葉を静かに待っている。
冷は淡々と告げた。静かな夜に、その声はよく響いた。
「明朝、出雲に向かって、この地を発ちます。その間、どうかこの地をよろしくお願いします」
「ほう、明日だったか。まあ、儂もこの地が無くなるのは、困るでのう。それに、他でもない、弟子の頼みじゃからな。――任せておくが良い」
「……師匠なら、心配はしていませんよ」
冷は微かに笑った。
俊成はどこか嬉しそうであった。酒瓶を傾けて、残っている酒を一気に煽る。それから、ぽつりと呟いた。
「……それにしても、儂も一度くらいは参加してみたいものじゃのう」
「絶対に、やめてください。あんたが参加なんてしたら、大問題になる」
冷は俊成の言葉を聞くなり、すぐに返答していた。反射のように返すそれは、冷の本心そのものである。
俊成が参加したら、とてもじゃないが無事に終わりそうには無い。ありとあらゆる女性の神様に手を出しそうだ。そんなことになれば、それこそ宴どころの話ではなくなる。一回参加したら、次から出禁になる可能性もありそうで、そうなればさらに冷が頭を抱えることとなる。それだけは絶対に阻止しておきたい。
冷の言葉に、俊成は憤慨した。
「なんじゃと!? ……冷、少し口が達者になってきたようじゃな。どれ、儂が一からしばき直してくれようぞ」
「明日は早いって言ってんだろ。大体にして、あんたが相手じゃ言わねえよ、馬鹿爺。とにかく、その女性好きな癖は直せ」
「……小童め」
師弟の凄まじい言い合いは、それから一時間以上、続き、知らぬ間に手合わせと化したのであった。
Ⅳ
翌朝。
冷はいち早く支度を終わらせ、集合場所へと来ていた。
結局、昨日の夜もとい夜中は師匠である俊成と手合わせになってしまい、寝ているどころの騒ぎではなかった。だが、なんとか一応仮眠を取ることは出来たのである。
いつも以上に睡眠時間が短く、とても眠たいが、本日は意外と楽が出来ているため、それはそれで良しとする。
何故なら――。
「普段から、それぐらい早くに支度をして欲しいものですが……」
三人の神様が、集合時間よりも早くに、身支度を整えて現れたからである。
毎年恒例のことではあるが、冷はこの日ばかりは三人の神様が起きなくて悩まされることは無い。勝手に起きてきてくれて、勝手に支度が終わって、勝手に集合してくれるのである。「楽」の言葉以外の何物でもなかった。
結局、行事ごとに浮かれているから、彼らは起きられるわけである。
……旅行前の小学生のようだ。
冷はそう思ったが、口に出すことはなかった。
周囲には、朝早いというのに、見送りとして眷属たちが集まってきていた。
おそらく、俊成は来ないだろう。何せ、夜中にあれだけ手合わせをして、最終的に冷が沈めたのであるから。
ちなみに、その時冷が嬉しすぎてぐっと拳を握ったことは、ここだけの話である。
全員が揃ったことを確認し、冷は牛車に乗るように三人の神様を促した。
「それでは、出発しましょうか」
三人の神様が牛車に乗ったことを見届けると、冷は手綱を握る。見送りに来てくれた眷属たちへ、一言声をかけた。
「しばらくの間、よろしくお願いします」
冷の言葉に、眷属たちは各々返事をする。やる気で満ちた声に、冷は口元を緩めた。安心したそれに、眷属たちも誇らしくなる。
彼らに見送られる中、冷は牛車を走らせるのであった。
目指すは、「神在月」の地、出雲である――。
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