4 / 7
第2話 見威王篇=正義を実現するために物量を投入する
その1(全4回) とにかく「死中に活を求める」つもりだ
しおりを挟む
【前書き】
「我《われ》、仁《じん》義《ぎ》を責《つ》み、礼《れい》楽《らく》に式《のっと》り、衣《い》裳《しょう》を垂《た》れ、以《も》って争《そう》奪《だつ》を禁《きん》ずと曰《い》うも、此《こ》れ堯《ぎょう》舜《しゅん》も欲《ほっ》せざるに非《あら》ずして、得《う》べからず。故《ゆえ》に兵《へい》を挙《あ》げ、之《これ》を縄《ただ》す。」
(いくら「私はモラルで乱暴をなくすのだ」と言っても、それは名君がしたいと思っても、できなかったことだ。だから武力で乱暴をなくしたのだ。)
『孫臏兵法』「見威王」篇より
【本文】
「なるほど。おもしろい作戦ではある――」
フミト皇太子は、クリーから作戦を聞き、うなずいた。
「――ちょうど敵の油断をつくための決め手となる一手が欲しかったところだ。大佐の作戦計画はその一手となるかもしれない」
「まあ、たしかに、そうすれば敵は油断し、誘導されて、術中におちいるかもしれませんな」
ヤマキ中将も、得心したように言う。
「おそれながら追加として申し上げますと――」
アルキンが、うやうやしくひざまずき、言う。
「――わが百人隊が当作戦を遂行すべく、すでに配置についております」
「そうか。すでにやる気で、ここまで来たというわけか。ははは、おもしろい。で、中将としては、どう思う? この作戦でいくか?」
「とんだ奇策ではありますが、成功の見込みもないとも申せません」
ヤマキ中将は、珍しく悩んでいた。
作戦としては魅力的なのだが、しかし、こんな若造の作戦に安易にのって大丈夫なのか?
どうせ死ぬなら、姑息な策などろうさず、正々堂々と突撃し、玉砕したほうが、武人として潔くないか?
そう。全軍で一斉に突撃し、敵陣に突破口を開き、殿下だけでも無事に帰還させる。
そのために死ぬなら、将兵らも「名誉の戦死」となる。死んでも浮かばれるはずだ。
殿下の説得が難しいかもしれないが、場合によっては薬で眠らせ、剛の者に背負わせて逃がすという手もある。
しかし、判断が難しい。
こうなれば、クリーが武人として信じるに足るかどうか、ひとつ試してみるか。
「ただ自分としては、城を枕に討死するほうが、武徳を汚さずにすむと考えております」
ヤマキ中将は、クリーのほうをチラッと見た。
どう反応するか?
「軍事の基本は臨機応変だと言われている――」
クリーが言う。
「――戦って勝てば国を保てるが、負ければ国が危うくなる。もはや戦いが始まっている以上、負けるわけにはいかない」
「あたりまえだ」
「だけど、好戦的なら滅びるし、勝ちにこだわるなら恥をかく」
「負けるなとか、勝ちにこだわるなとか、矛盾しておらぬか?」
「だから、臨機応変。状況に応じて、最適なことをする。わが一族に伝わる教えによると、“物資があれば、守りが堅固になる”とある」
「いちいち言われるまでもない。あたりまえではないか」
ヤマキ中将はなじるが、クリーは気にせず続ける。
「ここには物資がない。だから、もはや守りに徹することはできない。これまでどおりにやっていれば、おのずと壊滅する」
たしかに連邦軍は、ちょくちょく砲撃戦やら、銃撃戦やらをしかけてくる。だが、総攻撃だけはしかけてこない。
城塞都市を厳重に包囲することで、城内への補給路を完全に遮断することを優先している。
兵糧攻めで、北部辺境守備軍が弱って降伏するか、自滅するのをまっているのだろう。
「そういう状況だけど、わが一族に伝わる教えに、“正義があれば、軍隊が強くなる”ともある。そして、正義はわれらにある」
(物おじしない堂々たる態度は評価に値するが、しかし、いきなりの正義論。やはり若いな)
ヤマキ中将は少し残念そうだが、今は黙っている。
「殿下は、良心的な人だと思う。それに今回の戦いは、敵からしかけてきたもの。だから正義は、殿下にある」
「たしかに、わたしは好戦的ではないし、できることなら互いに平和でいたかったと今でも思っている」
(しかし、わが帝国が弱みを見せたがために、連邦も今がチャンスだと思い、兵をあげたのだろうが……)
フミト皇太子は複雑な心境だった。
「殿下は良心的だから、将兵のみんなに対する求心力が強い。将兵のみんなは、殿下を敬愛しているから、これまで奮闘し、寡兵にもかかわらず城を守りぬいてきた。だから、わが軍は強い」
クリーは力強く断言した。
「ほう」
ヤマキ中将は、感心した。
(こやつ、殿下のことを分かっておる。おべっかやもしれぬが、うれしくはある)
フミト皇太子は、立ち居振る舞いがおだやかなので、リーダーとして「頼りない」と悪く言う者もいる。
しかし、おだやかさのもとにある良心的な性格、それが人望となり、将兵らを心服させている。それがフミト皇太子の戦争における強みとなっている。
それを会って間もないのにみごと見抜いたクリーは、少なくとも見る目がある。
ヤマキ中将の感想だ。
「もし殿下がこれからも正しいことをしたいと望むなら、わが一族に伝わる教えによると、武力をつかって悪をやっつけないといけない。だから、殿下は死んではいけない」
「さようであります」
ヤマキ中将は、いきなり割って入ってきた。
「殿下が生きておられてこそ、わが帝国の守りは安泰となるのです。なにがなんでも生きのびていただきたい」
クリーの話は、フミト皇太子を死なせたくないヤマキ中将にとって、まさに「渡りに船」であった。
だから、機を見るに敏な猛将ヤマキ中将は、いきなり話に割りこんだのだった。
ヤマキ中将の必死なまなざしに見つめられ、フミト皇太子は思わず苦笑いする。
「そういうことなら、クリー大佐の策を採用し、死中に活を求めることにするわけだな?」
「はい」
ヤマキ中将は、即座に答えた。
「我《われ》、仁《じん》義《ぎ》を責《つ》み、礼《れい》楽《らく》に式《のっと》り、衣《い》裳《しょう》を垂《た》れ、以《も》って争《そう》奪《だつ》を禁《きん》ずと曰《い》うも、此《こ》れ堯《ぎょう》舜《しゅん》も欲《ほっ》せざるに非《あら》ずして、得《う》べからず。故《ゆえ》に兵《へい》を挙《あ》げ、之《これ》を縄《ただ》す。」
(いくら「私はモラルで乱暴をなくすのだ」と言っても、それは名君がしたいと思っても、できなかったことだ。だから武力で乱暴をなくしたのだ。)
『孫臏兵法』「見威王」篇より
【本文】
「なるほど。おもしろい作戦ではある――」
フミト皇太子は、クリーから作戦を聞き、うなずいた。
「――ちょうど敵の油断をつくための決め手となる一手が欲しかったところだ。大佐の作戦計画はその一手となるかもしれない」
「まあ、たしかに、そうすれば敵は油断し、誘導されて、術中におちいるかもしれませんな」
ヤマキ中将も、得心したように言う。
「おそれながら追加として申し上げますと――」
アルキンが、うやうやしくひざまずき、言う。
「――わが百人隊が当作戦を遂行すべく、すでに配置についております」
「そうか。すでにやる気で、ここまで来たというわけか。ははは、おもしろい。で、中将としては、どう思う? この作戦でいくか?」
「とんだ奇策ではありますが、成功の見込みもないとも申せません」
ヤマキ中将は、珍しく悩んでいた。
作戦としては魅力的なのだが、しかし、こんな若造の作戦に安易にのって大丈夫なのか?
どうせ死ぬなら、姑息な策などろうさず、正々堂々と突撃し、玉砕したほうが、武人として潔くないか?
そう。全軍で一斉に突撃し、敵陣に突破口を開き、殿下だけでも無事に帰還させる。
そのために死ぬなら、将兵らも「名誉の戦死」となる。死んでも浮かばれるはずだ。
殿下の説得が難しいかもしれないが、場合によっては薬で眠らせ、剛の者に背負わせて逃がすという手もある。
しかし、判断が難しい。
こうなれば、クリーが武人として信じるに足るかどうか、ひとつ試してみるか。
「ただ自分としては、城を枕に討死するほうが、武徳を汚さずにすむと考えております」
ヤマキ中将は、クリーのほうをチラッと見た。
どう反応するか?
「軍事の基本は臨機応変だと言われている――」
クリーが言う。
「――戦って勝てば国を保てるが、負ければ国が危うくなる。もはや戦いが始まっている以上、負けるわけにはいかない」
「あたりまえだ」
「だけど、好戦的なら滅びるし、勝ちにこだわるなら恥をかく」
「負けるなとか、勝ちにこだわるなとか、矛盾しておらぬか?」
「だから、臨機応変。状況に応じて、最適なことをする。わが一族に伝わる教えによると、“物資があれば、守りが堅固になる”とある」
「いちいち言われるまでもない。あたりまえではないか」
ヤマキ中将はなじるが、クリーは気にせず続ける。
「ここには物資がない。だから、もはや守りに徹することはできない。これまでどおりにやっていれば、おのずと壊滅する」
たしかに連邦軍は、ちょくちょく砲撃戦やら、銃撃戦やらをしかけてくる。だが、総攻撃だけはしかけてこない。
城塞都市を厳重に包囲することで、城内への補給路を完全に遮断することを優先している。
兵糧攻めで、北部辺境守備軍が弱って降伏するか、自滅するのをまっているのだろう。
「そういう状況だけど、わが一族に伝わる教えに、“正義があれば、軍隊が強くなる”ともある。そして、正義はわれらにある」
(物おじしない堂々たる態度は評価に値するが、しかし、いきなりの正義論。やはり若いな)
ヤマキ中将は少し残念そうだが、今は黙っている。
「殿下は、良心的な人だと思う。それに今回の戦いは、敵からしかけてきたもの。だから正義は、殿下にある」
「たしかに、わたしは好戦的ではないし、できることなら互いに平和でいたかったと今でも思っている」
(しかし、わが帝国が弱みを見せたがために、連邦も今がチャンスだと思い、兵をあげたのだろうが……)
フミト皇太子は複雑な心境だった。
「殿下は良心的だから、将兵のみんなに対する求心力が強い。将兵のみんなは、殿下を敬愛しているから、これまで奮闘し、寡兵にもかかわらず城を守りぬいてきた。だから、わが軍は強い」
クリーは力強く断言した。
「ほう」
ヤマキ中将は、感心した。
(こやつ、殿下のことを分かっておる。おべっかやもしれぬが、うれしくはある)
フミト皇太子は、立ち居振る舞いがおだやかなので、リーダーとして「頼りない」と悪く言う者もいる。
しかし、おだやかさのもとにある良心的な性格、それが人望となり、将兵らを心服させている。それがフミト皇太子の戦争における強みとなっている。
それを会って間もないのにみごと見抜いたクリーは、少なくとも見る目がある。
ヤマキ中将の感想だ。
「もし殿下がこれからも正しいことをしたいと望むなら、わが一族に伝わる教えによると、武力をつかって悪をやっつけないといけない。だから、殿下は死んではいけない」
「さようであります」
ヤマキ中将は、いきなり割って入ってきた。
「殿下が生きておられてこそ、わが帝国の守りは安泰となるのです。なにがなんでも生きのびていただきたい」
クリーの話は、フミト皇太子を死なせたくないヤマキ中将にとって、まさに「渡りに船」であった。
だから、機を見るに敏な猛将ヤマキ中将は、いきなり話に割りこんだのだった。
ヤマキ中将の必死なまなざしに見つめられ、フミト皇太子は思わず苦笑いする。
「そういうことなら、クリー大佐の策を採用し、死中に活を求めることにするわけだな?」
「はい」
ヤマキ中将は、即座に答えた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
青騎士と紅戦士
AIR
ファンタジー
7王国時代、 7つの国が、栄光と繁栄を求めて争った時代。 各国の持ち味はそれぞれが独自のモノを持ち、統一を図っていた。 そんな中、国づくりをしていたアーネたち、アングリア王国は、兵や、物資が追いついていないまま大戦へと流されていく事になる。 アーネは、またそんな時代で皆を守るため戦いに赴くことになっていく。 それは決して望んでいなかった事。だが、この時代は、それを良しとはしなかった。 国をまとめたが故にそれは避けられないのであれば、彼女は平和を築くため仲間と共に皆が平和に暮らせる世界を造るため、7国の統一を目指す。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【R18】スライムにマッサージされて絶頂しまくる女の話
白木 白亜
ファンタジー
突如として異世界転移した日本の大学生、タツシ。
世界にとって致命的な抜け穴を見つけ、召喚士としてあっけなく魔王を倒してしまう。
その後、一緒に旅をしたスライムと共に、マッサージ店を開くことにした。卑猥な目的で。
裏があるとも知れず、王都一番の人気になるマッサージ店「スライム・リフレ」。スライムを巧みに操って体のツボを押し、角質を取り、リフレッシュもできる。
だがそこは三度の飯よりも少女が絶頂している瞬間を見るのが大好きなタツシが経営する店。
そんな店では、膣に媚薬100%の粘液を注入され、美少女たちが「気持ちよくなって」いる!!!
感想大歓迎です!
※1グロは一切ありません。登場人物が圧倒的な不幸になることも(たぶん)ありません。今日も王都は平和です。異種姦というよりは、スライムは主人公の補助ツールとして扱われます。そっち方面を期待していた方はすみません。
俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる