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第2話 見威王篇=正義を実現するために物量を投入する

その1(全4回) とにかく「死中に活を求める」つもりだ

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【前書き】
「我《われ》、仁《じん》義《ぎ》を責《つ》み、礼《れい》楽《らく》に式《のっと》り、衣《い》裳《しょう》を垂《た》れ、以《も》って争《そう》奪《だつ》を禁《きん》ずと曰《い》うも、此《こ》れ堯《ぎょう》舜《しゅん》も欲《ほっ》せざるに非《あら》ずして、得《う》べからず。故《ゆえ》に兵《へい》を挙《あ》げ、之《これ》を縄《ただ》す。」

(いくら「私はモラルで乱暴をなくすのだ」と言っても、それは名君がしたいと思っても、できなかったことだ。だから武力で乱暴をなくしたのだ。)

孫臏兵法そんぴんへいほう』「見威王けんいおう」篇より


【本文】
「なるほど。おもしろい作戦ではある――」

 フミト皇太子は、クリーから作戦を聞き、うなずいた。

「――ちょうど敵の油断をつくための決め手となる一手が欲しかったところだ。大佐の作戦計画はその一手となるかもしれない」

「まあ、たしかに、そうすれば敵は油断し、誘導されて、術中におちいるかもしれませんな」

 ヤマキ中将も、得心したように言う。

「おそれながら追加として申し上げますと――」

 アルキンが、うやうやしくひざまずき、言う。

「――わが百人隊が当作戦を遂行すべく、すでに配置についております」

「そうか。すでにやる気で、ここまで来たというわけか。ははは、おもしろい。で、中将としては、どう思う? この作戦でいくか?」

「とんだ奇策ではありますが、成功の見込みもないとも申せません」

 ヤマキ中将は、珍しく悩んでいた。

 作戦としては魅力的なのだが、しかし、こんな若造の作戦に安易にのって大丈夫なのか?

 どうせ死ぬなら、姑息な策などろうさず、正々堂々と突撃し、玉砕ぎょくさいしたほうが、武人としていさぎよくないか?

 そう。全軍で一斉に突撃し、敵陣に突破口を開き、殿下だけでも無事に帰還させる。

 そのために死ぬなら、将兵らも「名誉の戦死」となる。死んでも浮かばれるはずだ。

 殿下の説得が難しいかもしれないが、場合によっては薬で眠らせ、ごうの者に背負わせて逃がすという手もある。

 しかし、判断が難しい。

 こうなれば、クリーが武人として信じるに足るかどうか、ひとつ試してみるか。

「ただ自分としては、城を枕に討死うちじにするほうが、武徳を汚さずにすむと考えております」

 ヤマキ中将は、クリーのほうをチラッと見た。

 どう反応するか?

「軍事の基本は臨機応変だと言われている――」

 クリーが言う。

「――戦って勝てば国を保てるが、負ければ国が危うくなる。もはや戦いが始まっている以上、負けるわけにはいかない」

「あたりまえだ」

「だけど、好戦的なら滅びるし、勝ちにこだわるなら恥をかく」

「負けるなとか、勝ちにこだわるなとか、矛盾しておらぬか?」

「だから、臨機応変。状況に応じて、最適なことをする。わが一族に伝わる教えによると、“物資があれば、守りが堅固になる”とある」

「いちいち言われるまでもない。あたりまえではないか」

 ヤマキ中将はなじるが、クリーは気にせず続ける。

「ここには物資がない。だから、もはや守りに徹することはできない。これまでどおりにやっていれば、おのずと壊滅する」

 たしかに連邦軍は、ちょくちょく砲撃戦やら、銃撃戦やらをしかけてくる。だが、総攻撃だけはしかけてこない。

 城塞都市を厳重に包囲することで、城内への補給路を完全に遮断しゃだんすることを優先している。

 兵糧攻ひょうろうぜめで、北部辺境守備軍が弱って降伏するか、自滅するのをまっているのだろう。

「そういう状況だけど、わが一族に伝わる教えに、“正義があれば、軍隊が強くなる”ともある。そして、正義はわれらにある」

(物おじしない堂々たる態度は評価に値するが、しかし、いきなりの正義論。やはり若いな)

 ヤマキ中将は少し残念そうだが、今は黙っている。

「殿下は、良心的な人だと思う。それに今回の戦いは、敵からしかけてきたもの。だから正義は、殿下にある」

「たしかに、わたしは好戦的ではないし、できることなら互いに平和でいたかったと今でも思っている」

(しかし、わが帝国が弱みを見せたがために、連邦も今がチャンスだと思い、兵をあげたのだろうが……)

 フミト皇太子は複雑な心境だった。

「殿下は良心的だから、将兵のみんなに対する求心力が強い。将兵のみんなは、殿下を敬愛しているから、これまで奮闘し、寡兵かへいにもかかわらず城を守りぬいてきた。だから、わが軍は強い」

 クリーは力強く断言した。

「ほう」

 ヤマキ中将は、感心した。

(こやつ、殿下のことを分かっておる。おべっかやもしれぬが、うれしくはある)

 フミト皇太子は、立ち居振る舞いがおだやかなので、リーダーとして「頼りない」と悪く言う者もいる。

 しかし、おだやかさのもとにある良心的な性格、それが人望となり、将兵らを心服させている。それがフミト皇太子の戦争における強みとなっている。

 それを会って間もないのにみごと見抜いたクリーは、少なくとも見る目がある。

 ヤマキ中将の感想だ。

「もし殿下がこれからも正しいことをしたいと望むなら、わが一族に伝わる教えによると、武力をつかって悪をやっつけないといけない。だから、殿下は死んではいけない」

「さようであります」

 ヤマキ中将は、いきなり割って入ってきた。

「殿下が生きておられてこそ、わが帝国の守りは安泰となるのです。なにがなんでも生きのびていただきたい」

 クリーの話は、フミト皇太子を死なせたくないヤマキ中将にとって、まさに「渡りに船」であった。

 だから、機を見るに敏な猛将ヤマキ中将は、いきなり話に割りこんだのだった。

 ヤマキ中将の必死なまなざしに見つめられ、フミト皇太子は思わず苦笑いする。

「そういうことなら、クリー大佐の策を採用し、死中に活を求めることにするわけだな?」

「はい」

 ヤマキ中将は、即座に答えた。
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