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第4章  飄々

第22話  深緋

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 ノアの呟きを切っ掛けに起きた衝撃。椅子を倒し立ち上がった少女は、同時に体がから黒い炎が立ち昇る。

 力の奔流に抵抗するが為す術もなく流されていった。

 部屋へ戻って来た神武かみたけの声が聞こえるが応えている余裕がない。

 数時間にも一瞬にも感じる時が流れ、それが収まると疲れたように床に寝そべった。

「大丈夫ですか? マスター」

 神武かみたけが駆け寄る。

「落ち着いたみたい。もう大丈夫よ」

 そう言ってゆっくりと上体を起こした少女の目は今までの赤ではなく黒に近い深緋こきあけに変わっていた。

神武かみたけ。あたしも名が分かったわ。あたしの名はサイネ。サイネ・モヤウィロス。モヤウィロスダンジョンの主」

 モヤウィロス。

 黒と白そして血と赤を意味する名だ。

 そしてそれは少女を構成する色でもある。

「――サイネ様。今日はもうお休み下さい」

「そうね。疲れたからそうするわ」

 そう言って少女は転移していった。

(――刺激が強すぎましたかね。何が起きたんでしょう? ノアさんが何か呟いたような気がしましたが……後で映像を確認してみましょう)

 黒く燃え上がるマスターを見たとき神武かみたけは自分の判断を後悔した。

 もっと慎重に事を運ぶべきだった。

 劇薬ではなく猛毒の可能性を考慮すべきだった。

 マスターは大丈夫と言ったが予断は許さない。

 ――守ると誓ったのに。

 急ぎ神武かみたけはログをチェックする。

(……上位権能からの名前仕様の許可を承認)

 ノアの囁きの映像を確認すると小さくサイネ・モヤウィロスと聞こえる。

 思わず呟いたというように表情はない。

 部屋とダンジョンの繋がりを閉じて神武かみたけはマスターの元へ転移した。

 ベットで丸くなっていたマスターが神武かみたけに気付き上体を起こす。

「そのまま横になっていて下さい」

「ううん。大丈夫。何か気分がいいの。力が溢れてくる感じでとても寝むれないわ」

「紅茶を用意しますか?」

「そうね。そうして。神武かみたけに言われてお土産を食べたけど。美味しかったわ。必要ない事でも試してみると面白いのね。あの子の持って来たものって言うのがシャクだけど」

(新たなことに興味を持ってもらったことで今日の所は良しとしますか。差し引きマイナスな気がしますが)

「ここって紅茶しか出せないけど。階位も上がったし何か増えてないか見てみたら”卵”って言うのが増えていたの」

「タマゴですか?」

神武かみたけは”卵”が何か知ってるの?」

「私が知っている物と同じ物ならば分かります。一度出してみても?」

「うん。出してみて」

 彼が確認すると確かに増えている。

 だが、一つではない。

 数十種類の卵が登録されていた。

 違和感を感じて神武かみたけはログを確認する。

(上位権能より要望申請――受理。……四日前? ノアさんに飲み込まれていた時ですね。ノアさんの要望が受理されたという事でしょうか)

 ダンジョン全てを管理する神武かみたけの認識から漏れているはずだ。

 出してみると確かに普通の卵だった。

「へぇ。それが”卵”なの。それは何なの?」

「これは鶏のタマゴです。煮たり焼いたりと料理をして食べる物です」

「へぇ。初めて食べられる物が出せるようになったね。それも美味しいの?」

「期待させてすみませんがこれ単体ではそれほど美味しくないものです」

「いつもの余計な物が出せるようになっただけか。上手くいかないわね」

「そうとも言い切れませんよ」

 ノアが欲しがった物なら、交渉のカードになる。

(ノアさんの欲する要求度を確かめて有用な権利と交換しましょう)

 神武かみたけはそのカードに対するノアの要求度の高さを知らない。
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