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第2章  氾濫

第17話  義憤

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 少年をトラクターに乗せた俺は陽が沈む少し前に村に辿り着いた。

 ――そこは惨憺たる状況だ。

 スタンピードの襲来が昼時だったのも良くなかった。

 火元を消しても燻っていた火種が燃え広がったのだろう。

 踏み潰されずに残った家々にも火の手があがったらしく、もう既に炭へと変わった。

 村の食糧庫も燃えてしまった。収穫されたばかりで大量に備蓄されていた麦もだ。

 この光景は農家の営みを踏みにじるものだ。

 土にすき打ち、雨雲を乞い、1年に一度の収穫に感謝する。

 人間の生命に直結する作物への賛美と共にあるのが農業だ。

 ――俺は目の前の光景に怒りが止めどなく溢れる。

 これは、このスタンピードは人々が提供した労働と農業への冒涜以外の何者でもない。

 ――1年分の対価を簡単に無に帰っしやがって。

 農業をしていれば理不尽な事はいくらでもある。

 台風に薙ぎ倒された稲穂。

 河川の氾濫で収穫できなくなった果実。

 投資した施設が一晩で破壊されることもあるだろう。

 その度に農家は歯を食いしばって次の収穫を目指すんだ。 

 お天道様と喧嘩しても始まらない。天災なら悔しいが諦めもつく。

 だがこれは何だっ!!

 完全な人災じゃねぇかっ!

 しかもヒューマンエラーでも何でも無い。意図的に操作された理不尽なテロ行為だ。

 こんな暴挙を許せるか?

 こんなクソみたいなことを認められるか?

 ――否だ。俺は絶対に認めない。

 許容も赦すことも俺の職業を裏切る行為だ。

 農家が作物を燃やされて憤らずいつ怒るんだよ。

 作物とは命の営みを繋げるエネルギーだ。

 その価値は命の欠片と同等だぞ。

 食うもんが無ければ飢えて死ぬし、飢える恐怖を俺は嫌という程知っている。

 ――つまり、この計画を立てた奴はたま取りに来たって事だろ。

 この落とし前はきっちりと取ってやれ。

 ――お前自身の手で。

 ぬるい考えを改めろっ! 気合を入れ直せっ!

 俺の前に青い顔色で呆然と立ち竦む人々がいる。

 ――ちくしょう!

 何が危ないから時速40キロで安全運転で行こうだ。

 ライトが無いから、進むのは日暮れ迄でいいかだ。

 お前が甘いこと考えるからこんな事になったんだ。


 ――よく見ろっ! 俺なら変えられたかもしれない未来だ。


 ――――いや。冷静になれ。

 お前はそんな大した奴じゃない。

 ――気負いすぎるな。

 安全マージンは多めに取ったかもしれないが、時間の限り移動した。

 もう一度同じ状況でも、きっと同じ判断をしただろう。

 俺が悪いんじゃない。

 この状況を引き起こした奴が悪いんだ。

 ――事態の本質を見失うな。

 距離と時間的にこのスタンピードは避けられない必然だった。

 始めからそう予想していただろう?

 お前らしくいつものように前向きに悲劇を皮肉に笑い飛ばせ。

 少なくともこの村で亡くなった人はいないという。

 それなら今、絶望の淵にいる村人達が命あっての物種だと笑い飛ばせる未来に繋げろ。

 ――――その為の最善手。



「はい。はぁ~い! 沢山ありますから順番に並んで下さぁ~い」

 場違いな声で俺はなるべく明るく元気よく呼び込みをする。

 温かな湯気を共に良い香りが辺りに漂う。

 ネスリングスに作ってもらってアイテムボックスに入れておいた大鍋いっぱいのすいとんだな。

 練習用に沢山作ったから、いくつも並べて用意してあるんだ。即席の炊き出しだね。

 そして村人全員の食欲が満たせるように蒸かしたジャガイモも用意する。

 蒸し器の蓋を開けると真っ白な蒸気が立ち昇った。

 昼前にスタンピードの報せを受けた100名ほどの村人は朝から何も食べていないという。

 冷えた肝も、恐怖も絶望も不安も一気には消せない。

 だが、温かいスープと、腹にたまるすいとんとジャガイモで食欲は満たす事が出来る。

 胃が満たされ体の中から温められると不思議と前向きになれるもんなんだ。

 食欲は生命の根源に関する欲求だからだろうね。

 食が満たされれば、命が力強く輝く。

 ――俺はあの日その事を良く理解した。

 恩人から涙が滲む程心に沁みた一杯を貰ったときだ。

 腹がいっぱいのときに怒る奴はいない。

 ――腹がいっぱいのときに泣ける奴も又いないんだ。

 ありがとうと言いながら、美味しいと笑顔になる人。
 
 泣きながら食べる人。

 座り込んでこちらに来ない人には、手渡して食べるまで側で寄り添う。

 腹が減った辛さは誰よりも分かってるつもりだからね。

 ――俺はあの時、文字通り死ぬほど腹が減っていたから。

 全員に食事が行き渡ったら、俺は頼りになるレオさんに手紙を書く。

 この村の名前と被害状況。そして支援のお願いだ。

 モルト手紙配達員は、制帽風のキャスケット帽と大きなカバンを下げて絶賛待機中だ。

 ――頼んだぞ! モルト!

 ラー♪ と敬礼してバイバイをしながらモルトが消えてゆく。

 俺はバイバイを返してモルトを見送り、フッと息を吐いた。

 よし! ――次だ。
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