82 / 403
第2章 氾濫
第11話 緒戦
しおりを挟む
――真っ暗な部屋の中に怒号が飛ぶ。
「一体どうなっている! なぜ魔物がここに現れない! 2万5千の魔物を見失うなど、どうやったらできるんだ! 寝ぼけているのか!」
「――さっさとしっかりとした情報を持ってこい! 祖国のための重要な作戦展開中だぞ!」
怒鳴られる男には答える情報が無い。
先ほどエルダーオノドリムが地面を滑って魔物を攻撃していると報告し叱責を受けたばかりだ。
報告した本人ですら、自分が見たものが信じられないのだから、それも仕方がない。
――ふいに入口の扉が開く。
その出来事に男は振り返るが、そこには誰もいない。
だが、不思議な事象に警戒を強めゆっくりと扉へと近づいた。
そして――気を失った。
先程まで怒鳴っていた男も、今は机に突っ伏している。
誰もいなかった空間に、初めからいたように人物が現れた。
――ノアだ。
顔をしかめると明るい声を上げる。
「うわぁ~っ。この部屋。――空気わぁるっっ!」
彼はそう言うと全ての窓を開けて眩い空気を部屋に取り込んだ。
§
――――合同会館
「エルダーオノドリムが他のモンスターを薙ぎ払っている? 混乱でもしているのか」
領主が確認するようにそう聞き返した。
使い手は少ないが、モンスターを混乱。あるいは幻惑する魔法は知られている。
稀に混乱したモンスター同士が戦い共倒れになったり、それを利用して討伐する話を聞く。
だが、今回は違った。
「いえ。正確には何者かに振り回されているかのような挙動で、滑るように移動し体を他の魔物にぶつけていたとのことです」
「――操る者がいるというのか?」
「それを見ていた冒険者はエルダーオノドリムで攻撃しているように感じたと言っておりました」
男は続けて報告する。
「そして魔物達の殲滅が終わると、エルダーオノドリム同士をぶつけて全てを片付けたそうです」
「もう1つ不可思議な情報なのですが、――風颶鳥の番が現れ、地上50cmほどの何もない空中に留まったと大勢の冒険者が目撃したそうです。……そこに見えない何かが在るように」
実際にはピッピとチッチがモルトの肩に留まったのだが、オナイギがいれば失礼な事をするなと叱られていただろう。
残念ながら親鳥はその場にはいなかった。
尤も、モルトは全然気にしていない。笑顔でおやつをあげていた。
育ち盛りの2羽は暇になって食べ物をくれるモルトに甘えにきたのだ。
「何が何だかサッパリ分からない。――今回のスタンピードは一体何が起きているのだ」
混乱する領主陣営に、更に意味不明な一報がノアによりもたらされる。
◇
俺はウェン師には本当に沢山の事を教えてもらった。
人間界では失伝してしまった数々の霊薬。
魔刻石を使わずに作る魔道具。
その中で、一つだけ聞きたくなかった情報がある。
あれは切り落とされた手ぐらいならくっつけて治せる霊薬の話を聞いた時だ。
「ウェン師。前にも一度見てもらいましたが、このツイストバングル。今の薬で手首を落としたら外せますかね? もちろん。痛み止めを併用してですよ」
ウェン師は困った弟子だと言うように。
「ノア――前にも言ったけど、そのアイテムボックスは、古代真聖級だよ。詳細は私でも分からないけれど。ノアの魂とリンクしてるから、手首を落として離れる瞬間に魂に結合すると思う」
「――その結果。今よりリンクが強くなるのか、手首を戻したらまた元の位置に出現するのかは分からないの。それはもう人生の一部だと思って受け入れなさい。そのくらいの重荷なら、背負ってしまえば、そこにある事をいつか忘れるわ」
「はい。――善処します」
納得しがたい表情の俺の頭を撫でながら。
「サエルトゥイリン・バイシャオウェンの一番弟子ノア・メートランド。貴方が困難に打ち勝つため、私の知識と技術を渡すわ。私、実は結構凄いんだから」
そういってウェン師は俺の不安を吹き飛ばすかのように笑った。
ウェン師から授かった技術の一つに、姿隠しの腕輪がある。
技術の概要としては、精霊の相に人の相を重ねる。
まぁ。本質とは少し違うが、分かりやすく簡単に説明すると人の見た目を妖精のように見えなくするってこと。
その性質上、エルフには通用しない。
当然パオラさんにも見えるし、俺みたいなのからも隠れられない。
極少数の人間には通用しないが、ほとんどの人間に見えなくなる。
どう考えても――対人類用に開発されたとしか思えない魔道具だ。
過去の人族は何をしでかしたんだ?
試しに、師匠のおっさんに使ってみたが、元A級冒険者ともなると気配で攻撃を仕掛けて来た。
ダンジョンでは光や視界を奪いに来る魔物も数多く、姿の有無より気配の消し方を学べと言われた。
まぁ。達人には一歩足りないものかもしれないが、混乱している人間なら簡単に転がせる。
――目の前の工作員Aとかね。
俺は既に姿隠しの術は発動中。実はこいつらは探知魔法にずっと引っかかっていた連中だ。
スタンピードの事もあって放っていたが、せっかくだし――俺もちょっといいとこ見せてみたいっ!
器用貧乏なのな自認してるけどね。
初めは組織立って動いていたが、今は何故か右往左往している。
正式名称は忘れたが、ウェン師から教えられたこの道具、俺は『昏倒くん』と呼んでいる。
体に当たると脳内魔力を暴発させて昏倒させる道具だ。
一応言っとくが、エルフには一切効かない。
こいつが街中で動き回ってた連中、最後の15人目。
スリーマンセルで5組が活動していた。
あとは、腕に警邏と書いた布を巻いたご老体が、何人も街を練り歩いているので、その近くへポイっと放置でおしまい。
このご老人方は古強者然として、見えない俺の気配に気付いている様子だ。
その時は怪訝そうに、俺の方へ流し目を送られる。
達人と呼ばれる人は凄いよね。まだまだ、俺も成長の余地があるって事だよ。
なにしろ師匠のおっさんからまともに1本もとれないヘナチョコだからね。
――まだまだ精進の日々だ。
ヘナチョコの俺には尋問なんてできないが、道具って便利だね。
――アジトの場所は既に聞き出している。
「一体どうなっている! なぜ魔物がここに現れない! 2万5千の魔物を見失うなど、どうやったらできるんだ! 寝ぼけているのか!」
「――さっさとしっかりとした情報を持ってこい! 祖国のための重要な作戦展開中だぞ!」
怒鳴られる男には答える情報が無い。
先ほどエルダーオノドリムが地面を滑って魔物を攻撃していると報告し叱責を受けたばかりだ。
報告した本人ですら、自分が見たものが信じられないのだから、それも仕方がない。
――ふいに入口の扉が開く。
その出来事に男は振り返るが、そこには誰もいない。
だが、不思議な事象に警戒を強めゆっくりと扉へと近づいた。
そして――気を失った。
先程まで怒鳴っていた男も、今は机に突っ伏している。
誰もいなかった空間に、初めからいたように人物が現れた。
――ノアだ。
顔をしかめると明るい声を上げる。
「うわぁ~っ。この部屋。――空気わぁるっっ!」
彼はそう言うと全ての窓を開けて眩い空気を部屋に取り込んだ。
§
――――合同会館
「エルダーオノドリムが他のモンスターを薙ぎ払っている? 混乱でもしているのか」
領主が確認するようにそう聞き返した。
使い手は少ないが、モンスターを混乱。あるいは幻惑する魔法は知られている。
稀に混乱したモンスター同士が戦い共倒れになったり、それを利用して討伐する話を聞く。
だが、今回は違った。
「いえ。正確には何者かに振り回されているかのような挙動で、滑るように移動し体を他の魔物にぶつけていたとのことです」
「――操る者がいるというのか?」
「それを見ていた冒険者はエルダーオノドリムで攻撃しているように感じたと言っておりました」
男は続けて報告する。
「そして魔物達の殲滅が終わると、エルダーオノドリム同士をぶつけて全てを片付けたそうです」
「もう1つ不可思議な情報なのですが、――風颶鳥の番が現れ、地上50cmほどの何もない空中に留まったと大勢の冒険者が目撃したそうです。……そこに見えない何かが在るように」
実際にはピッピとチッチがモルトの肩に留まったのだが、オナイギがいれば失礼な事をするなと叱られていただろう。
残念ながら親鳥はその場にはいなかった。
尤も、モルトは全然気にしていない。笑顔でおやつをあげていた。
育ち盛りの2羽は暇になって食べ物をくれるモルトに甘えにきたのだ。
「何が何だかサッパリ分からない。――今回のスタンピードは一体何が起きているのだ」
混乱する領主陣営に、更に意味不明な一報がノアによりもたらされる。
◇
俺はウェン師には本当に沢山の事を教えてもらった。
人間界では失伝してしまった数々の霊薬。
魔刻石を使わずに作る魔道具。
その中で、一つだけ聞きたくなかった情報がある。
あれは切り落とされた手ぐらいならくっつけて治せる霊薬の話を聞いた時だ。
「ウェン師。前にも一度見てもらいましたが、このツイストバングル。今の薬で手首を落としたら外せますかね? もちろん。痛み止めを併用してですよ」
ウェン師は困った弟子だと言うように。
「ノア――前にも言ったけど、そのアイテムボックスは、古代真聖級だよ。詳細は私でも分からないけれど。ノアの魂とリンクしてるから、手首を落として離れる瞬間に魂に結合すると思う」
「――その結果。今よりリンクが強くなるのか、手首を戻したらまた元の位置に出現するのかは分からないの。それはもう人生の一部だと思って受け入れなさい。そのくらいの重荷なら、背負ってしまえば、そこにある事をいつか忘れるわ」
「はい。――善処します」
納得しがたい表情の俺の頭を撫でながら。
「サエルトゥイリン・バイシャオウェンの一番弟子ノア・メートランド。貴方が困難に打ち勝つため、私の知識と技術を渡すわ。私、実は結構凄いんだから」
そういってウェン師は俺の不安を吹き飛ばすかのように笑った。
ウェン師から授かった技術の一つに、姿隠しの腕輪がある。
技術の概要としては、精霊の相に人の相を重ねる。
まぁ。本質とは少し違うが、分かりやすく簡単に説明すると人の見た目を妖精のように見えなくするってこと。
その性質上、エルフには通用しない。
当然パオラさんにも見えるし、俺みたいなのからも隠れられない。
極少数の人間には通用しないが、ほとんどの人間に見えなくなる。
どう考えても――対人類用に開発されたとしか思えない魔道具だ。
過去の人族は何をしでかしたんだ?
試しに、師匠のおっさんに使ってみたが、元A級冒険者ともなると気配で攻撃を仕掛けて来た。
ダンジョンでは光や視界を奪いに来る魔物も数多く、姿の有無より気配の消し方を学べと言われた。
まぁ。達人には一歩足りないものかもしれないが、混乱している人間なら簡単に転がせる。
――目の前の工作員Aとかね。
俺は既に姿隠しの術は発動中。実はこいつらは探知魔法にずっと引っかかっていた連中だ。
スタンピードの事もあって放っていたが、せっかくだし――俺もちょっといいとこ見せてみたいっ!
器用貧乏なのな自認してるけどね。
初めは組織立って動いていたが、今は何故か右往左往している。
正式名称は忘れたが、ウェン師から教えられたこの道具、俺は『昏倒くん』と呼んでいる。
体に当たると脳内魔力を暴発させて昏倒させる道具だ。
一応言っとくが、エルフには一切効かない。
こいつが街中で動き回ってた連中、最後の15人目。
スリーマンセルで5組が活動していた。
あとは、腕に警邏と書いた布を巻いたご老体が、何人も街を練り歩いているので、その近くへポイっと放置でおしまい。
このご老人方は古強者然として、見えない俺の気配に気付いている様子だ。
その時は怪訝そうに、俺の方へ流し目を送られる。
達人と呼ばれる人は凄いよね。まだまだ、俺も成長の余地があるって事だよ。
なにしろ師匠のおっさんからまともに1本もとれないヘナチョコだからね。
――まだまだ精進の日々だ。
ヘナチョコの俺には尋問なんてできないが、道具って便利だね。
――アジトの場所は既に聞き出している。
0
お気に入りに追加
1,583
あなたにおすすめの小説
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
妹と歩く、異世界探訪記
東郷 珠
ファンタジー
ひょんなことから異世界を訪れた兄妹。
そんな兄妹を、数々の難題が襲う。
旅の中で増えていく仲間達。
戦い続ける兄妹は、世界を、仲間を守る事が出来るのか。
天才だけど何処か抜けてる、兄が大好きな妹ペスカ。
「お兄ちゃんを傷つけるやつは、私が絶対許さない!」
妹が大好きで、超過保護な兄冬也。
「兄ちゃんに任せろ。お前は絶対に俺が守るからな!」
どんなトラブルも、兄妹の力で乗り越えていく!
兄妹の愛溢れる冒険記がはじまる。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
辺境伯令嬢に転生しました。
織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。
アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。
書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。
かつてダンジョン配信者として成功することを夢見たダンジョン配信者マネージャー、S級ダンジョンで休暇中に人気配信者に凸られた結果バズる
竜頭蛇
ファンタジー
伊藤淳は都内の某所にあるダンジョン配信者事務所のマネージャーをしており、かつて人気配信者を目指していた時の憧憬を抱えつつも、忙しない日々を送っていた。
ある時、ワーカーホリックになりかねていた淳を心配した社長から休暇を取らせられることになり、特に休日に何もすることがなく、暇になった淳は半年先にあるS級ダンジョン『破滅の扉』の配信プロジェクトの下見をすることで時間を潰すことにする.
モンスターの攻撃を利用していたウォータースライダーを息抜きで満喫していると、日本発のS級ダンジョン配信という箔に目が眩んだ事務所のNO.1配信者最上ヒカリとそのマネージャーの大口大火と鉢合わせする.
その配信で姿を晒すことになった淳は、さまざまな実力者から一目を置かれる様になり、世界に名を轟かす配信者となる.
ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ
雑木林
ファンタジー
現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。
第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。
この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。
そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。
畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。
斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる