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第2章  氾濫

第11話  緒戦

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 ――真っ暗な部屋の中に怒号が飛ぶ。

「一体どうなっている! なぜ魔物がここに現れない! 2万5千の魔物を見失うなど、どうやったらできるんだ! 寝ぼけているのか!」

「――さっさとしっかりとした情報を持ってこい! 祖国のための重要な作戦展開中だぞ!」

 怒鳴られる男には答える情報が無い。

 先ほどエルダーオノドリムが地面を滑って魔物を攻撃していると報告し叱責を受けたばかりだ。

 報告した本人ですら、自分が見たものが信じられないのだから、それも仕方がない。

 ――ふいに入口の扉が開く。

 その出来事に男は振り返るが、そこには誰もいない。

 だが、不思議な事象に警戒を強めゆっくりと扉へと近づいた。

 そして――気を失った。

 先程まで怒鳴っていた男も、今は机に突っ伏している。

 誰もいなかった空間に、初めからいたように人物が現れた。


 ――ノアだ。

 顔をしかめると明るい声を上げる。

「うわぁ~っ。この部屋。――空気わぁるっっ!」

 彼はそう言うと全ての窓を開けてまばゆい空気を部屋に取り込んだ。


§


 ――――合同会館

「エルダーオノドリムが他のモンスターを薙ぎ払っている? 混乱でもしているのか」

 領主が確認するようにそう聞き返した。

 使い手は少ないが、モンスターを混乱。あるいは幻惑する魔法は知られている。

 稀に混乱したモンスター同士が戦い共倒れになったり、それを利用して討伐する話を聞く。

 だが、今回は違った。

「いえ。正確には何者かに振り回されているかのような挙動で、滑るように移動し体を他の魔物にぶつけていたとのことです」

「――操る者がいるというのか?」

「それを見ていた冒険者はエルダーオノドリム攻撃しているように感じたと言っておりました」

 男は続けて報告する。

「そして魔物達の殲滅が終わると、エルダーオノドリム同士をぶつけて全てを片付けたそうです」

「もう1つ不可思議な情報なのですが、――風颶鳥の番が現れ、地上50cmほどの何もない空中に留まったと大勢の冒険者が目撃したそうです。……そこに見えない何かが在るように」

 実際にはピッピとチッチがモルトの肩に留まったのだが、オナイギがいれば失礼な事をするなと叱られていただろう。

 残念ながら親鳥はその場にはいなかった。

 尤も、モルトは全然気にしていない。笑顔でおやつをあげていた。

 育ち盛りの2羽は暇になって食べ物をくれるモルトに甘えにきたのだ。

「何が何だかサッパリ分からない。――今回のスタンピードは一体何が起きているのだ」

 混乱する領主陣営に、更に意味不明な一報がノアによりもたらされる。





 俺はウェン師には本当に沢山の事を教えてもらった。

 人間界では失伝してしまった数々の霊薬。

 魔刻石を使わずに作る魔道具。

 その中で、一つだけ聞きたくなかった情報がある。

 あれは切り落とされた手ぐらいならくっつけて治せる霊薬の話を聞いた時だ。 

「ウェン師。前にも一度見てもらいましたが、このツイストバングル。今の薬で手首を落としたら外せますかね? もちろん。痛み止めを併用してですよ」

 ウェン師は困った弟子だと言うように。

「ノア――前にも言ったけど、そのアイテムボックスは、古代真聖ゴッズ級だよ。詳細は私でも分からないけれど。ノアの魂とリンクしてるから、手首を落として離れる瞬間に魂に結合すると思う」

「――その結果。今よりリンクが強くなるのか、手首を戻したらまた元の位置に出現するのかは分からないの。それはもう人生の一部だと思って受け入れなさい。そのくらいの重荷なら、背負ってしまえば、そこにある事をいつか忘れるわ」

「はい。――善処します」

 納得しがたい表情の俺の頭を撫でながら。

「サエルトゥイリン・バイシャオウェンの一番弟子ノア・メートランド。貴方が困難に打ち勝つため、私の知識と技術を渡すわ。私、実は結構凄いんだから」

 そういってウェン師は俺の不安を吹き飛ばすかのように笑った。

 ウェン師から授かった技術の一つに、姿隠しの腕輪がある。

 技術の概要としては、精霊の相に人の相を重ねる。
 
 まぁ。本質とは少し違うが、分かりやすく簡単に説明すると人の見た目を妖精のように見えなくするってこと。

 その性質上、エルフには通用しない。

 当然パオラさんにも見えるし、俺みたいなのからも隠れられない。

 極少数の人間には通用しないが、ほとんどの人間に見えなくなる。

 どう考えても――対人類用に開発されたとしか思えない魔道具だ。

 過去の人族は何をしでかしたんだ?

 試しに、師匠のおっさんに使ってみたが、元A級冒険者ともなると気配で攻撃を仕掛けて来た。

 ダンジョンでは光や視界を奪いに来る魔物も数多く、姿の有無より気配の消し方を学べと言われた。

 まぁ。達人には一歩足りないものかもしれないが、混乱している人間なら簡単に転がせる。


 ――目の前の工作員Aとかね。

 俺は既に姿隠しの術は発動中。実はこいつらは探知魔法にずっと引っかかっていた連中だ。

 スタンピードの事もあって放っていたが、せっかくだし――俺もちょっといいとこ見せてみたいっ!

 器用貧モブ乏なのな自認してるけどね。

 初めは組織立って動いていたが、今は何故か右往左往している。

 正式名称は忘れたが、ウェン師から教えられたこの道具、俺は『昏倒くん』と呼んでいる。

 体に当たると脳内魔力を暴発させて昏倒させる道具だ。

 一応言っとくが、エルフには一切効かない。

 こいつが街中で動き回ってた連中、最後の15人目。

 スリーマンセルで5組が活動していた。

 あとは、腕に警邏と書いた布を巻いたご老体が、何人も街を練り歩いているので、その近くへポイっと放置でおしまい。

 このご老人方は古強者然として、見えない俺の気配に気付いている様子だ。

 その時は怪訝そうに、俺の方へ流し目を送られる。

 達人と呼ばれる人は凄いよね。まだまだ、俺も成長の余地があるって事だよ。

 なにしろ師匠のおっさんからまともに1本もとれないヘナチョコだからね。

 ――まだまだ精進の日々だ。

 ヘナチョコの俺には尋問なんてできないが、道具って便利だね。

 ――アジトの場所は既に聞き出している。
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