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第1章  伏龍

第7話  餞別

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 手紙を受け取った俺は、伝えきれない万感の思いを現す事が出来ずにお礼をする。 

「ありがとうございます。こんなにして頂いて、感謝の気持ちをどうやってお伝えすれば良いか、私には思い浮かべられません。何百回ものありがとうよりも大きな感謝なんです」

 シェリルさんはそれを聞いて、頷くと。少し可笑しそうに笑いながらこう言った。

「貴方にはで、可能な限り困っている隣人を助けるという恩返しのまじないが掛かっていますからね? ジョシュアにとってはのろいと言った方が良いかもしれませんが……」

「えっ? のろいですか?」と俺

「そう。のろいです。ジョシュアは、あぁ見えて義理堅いところがあるんです。よく言っていました。命の恩を返せないってどこにいるんだ。困ってるゴブリンはって、おかしいでしょ? 困らない方がいいのに、困るのを願うなんて、感謝は一体どこへいったのか聞きたくなりますね」

「ジョシュアさんは、優しくて、非常に義理堅いように感じますが……」

「あら、そう? 貴方には、そう見えるかもしれませんね。人間とゴブリンはあまり会う機会がないけれど、エルフとは仲良くしているみたいで、わざわざ、ゴブリンに会いにエルフの里へ出向いたことがあるそうです」

 そう言って、フフフと笑う。

 テントやキャンプファイヤーな魔道具を片づけ終わったジョシュアさんが、シェリルさんを少し睨むようにやって来る。

 シェリルさんは、素知らぬふりで明後日の方向を見た。

 ジョシュアさんが共通語で話しかけるが、シェリルさんは我関せず。

 ケッッ! イチャつきやがってっ!

 諦めたのか、ジョシュアさんは、俺が寝たタープテントに近づくと俺を呼んだ。

 俺が近づくとペグハンマーで、ペグを抜きペグハンマーを俺に手渡した。

 あっ! 片づけろってことね。

 お泊りした後、布団を畳まないのはマナー違反だ。失礼しました。

 俺がペグを抜き終わるとジョシュアさんが、手を出したペグハンマーを渡す。

 すると、今度はペグを一本打ちこんだ。

 それが終わると俺を見上げてペグハンマーを渡す。

 やってみろということだ。

 疑問に思いながら、一通りの作業をし畳み終わると、ジョシュさんがシェリルさんへ話しかける。

「このテントを貴方に差し上げます。いくつもあるから、遠慮はいりません。組み立て方は理解出来ましたか?」

 そうシェリルさんが代弁した。

「そ そんな、申し訳ないです。頂けません」

 いや、マジで。

 ジョシュアさんが、シェリルさんへ話しかけ、俺を見てニッコリと笑った。

 ちょっと迫力のある笑みだ。

 なんか……聞くのが怖い。

「少年。恩返しの一部だ。分かるな?」

 え? 脅し? シェリルさんの代弁だから声に怖さは全くないが……。

 ジョシュアさんの圧力にチビりそう。

 そのあと、「どうせ返してもらう恩だ。負いすぎるという事もないでしょう」というシェリルさんの代弁の下。

 あれよあれよと。

 食料、調理用品、食器類、小型キャンプファヤーと金貨十枚に銅貨百枚を渡された。

 ――――え? ……ナニコレ?

 百十万ベルを渡されたんですけど。

 百万差し出した俺が言うのもなんですが。。。

 シェリルさんがニッコリと微笑み。

のろいの道連れにされましたね」

 そうのたもうた。こう見えて、案外良い性格をしているのかもしれない。

 これだけのことをしていただいて、のろわれるのはやぶさかではないが。

 いや、のろいは失礼か、恩返しのおまじないと思っておこう。

 返っせっかな? ――――頑張ろう。

 いや、でも、あの、その、の拒否の意思は、迫力ニッコリに押し切られて、もう、諦観の敗走です。

 なんやかんや話した後、一番近い村まで後、五日から七日ほどかかるだろうとの説明と道順を聞いた。

 さて、最後にお別れの挨拶だ。

 俺の気分的には、二人が地平線の向こうに消えるまでお見送りしたいが。

 どう考えてもこの二人は訳ありだ。

 自分たちの行く方向を見られたくはないだろう。

 お別れをした後は一切振り返らず歩き続けよう。

「シェリルさん、ジョシュアさん、この度は、初めて会った私へ、多大な援助を頂きありがとうございます。約束の恩返しは、隣人へで、可能な限りしっかりと行います」

「また、再会できることを心より祈ります。振り返ると寂しくなるので、私は出発したら、振り向かず進みます。最後に、もう一度感謝の言葉を送らせてください。本当にありがとうございました」

 俺は深々と頭を下げた。

 そのまま、しばらく下げ続け、頭をあげると別れの言葉を伝えた。

「また会いましょう! さようなら!」

 二人も挨拶を返してくれる。

 俺はきびすを返すと歩き出す。

 昨日まではモソモソ歩いていたが、今日こそは意気揚々と歩こう。

 そうだな、ズンタカ行進だ!

 肘を九十度に曲げて肩の高さまで腕を振り上げる。

 背筋を伸ばして!

 それっ! ズン・タッカッ! ズン・タッカッ! ズン・タッカ、ホイッ!

 ズン・タッカッ! ズン・タッカッ! ズン・タッカ、ホイッ!

  足取り軽く俺は進む。

 目指すは、明後日の方向だ。


§


 珍妙な動きで歩み去る少年の姿を、二人の男女が見ている。

 女性の方が口を開いた。

「安全な街まで送らなくてよかったんですか? ジョシュア? 初めて見つけた。返礼の相手でしょ?」

 そう言われて男性は女性を睨むように見る。

「フフッ。からかってごめんなさい。こんなやり取り今までしたことなかったでしょ? それとも、これからも、ジョシュアを続けるのかしら?」

 そう言って楽しそうに微笑む。

 そう言われて男は思う。

 奇妙な子供だった。食べ物がない絶望の中。子供が死の草原で落ち着いて歩み続けられるのだろうか。

 しかも聞けば二週間もの期間だという大人でも難しいだろう。

 モノを全く知らないのに行動と言動は大人びている。

 魔道コンロを渡したとき初めて見たと言ったはずなのに、一度教えるとすんなりと覚える。

 あのコンロは旧式で煩雑な手順が必要なのだが。

 子供と言うより小さな大人だと言われたほうが納得がいっただろう。

 だが、今回会った少年のおかげで大切な事を思い出させてくれた。

 その事を男性は女性に伝えようと思う。
 
「ホブゴブリンへの恩の話は以前しましたよね。今回の件で、ちょっとした、勘違いに気づいたのです。私を助けたホブゴブリンは、『困っているゴブリンを助けろ』とは言っていなかったのです」

 相槌を打つ女性に続けて話かける。

「その事に昨日の夜に気づいたんです。あの時、ホブゴブリンは、『ワシ ト オナジ コトバ ツカウモノ コマッテ イタラ タスケテ クレ』つまり、今まで、私はゴブリン語を話すものを助けろと考えていたのですが、実際には神聖語を話せる者が、困っていたら助けてくれと言う意味だったのです。本当の意味でやっと一つ恩を返せました」
 
 相槌を打っていた女性は、聞き終わると綻ぶように笑い男性に告げる。

「それならば、今まで、大分恩返しが出来ていたのではないですか? 私いつも助けられてばかりですから」

 男性は言う。

「それを思い出す良い機会になりました。あの少年のおかげですね」

 女性は言う。

「不調法者ですが、今後とも良しなにお願いします」

「はい。仰せのままに。聖女様」

 二人の会話を聞くものは誰もいない。
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