断罪

宮下里緒

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五十二話 司と大志

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再び寮の前まで戻ってきた私たちはそろって石段に座り肩を並べていた。

お互い外気の寒さに震えないよう身を寄せ合い互いの体温を感じていた。

ほんのりと服越しに伝わってくる温かさ、自分のそばに誰かがいてくれるという温もりのおかげで青渕さんと出会ったことで混乱していた頭と心がだいぶん落ち着いてきた。

それは、桐村くんも同じだったんだろう先ほどまで青ざめていた顔もだいぶん血色がよくなってきたように見えた。

そんな桐村くんが私の手を握りながら聞いた。

「俺は、アイツを雄一郎を見捨てた」

「そんなこと、ないよ。もうどうしようもなかった」

否定はしてみたけど、声は力なくて私自身が否定しきれていないことが自覚できた。

だって、浅見くんを見捨てたというのはどうしようもない事実だったから。

私だって罪悪感が胸の奥で渦巻いている、こんなのはただの気休めでしかない。

「あの薬、ヒプノシス・ブレインって言ったよな。何なんだアレ?なんで、百合があんな薬のこと知ってんだ?」

気持ち握り合う手に力を入れながら桐村くんが聞いてきた。

「・・・・」

「なぁ!百合!!」

必死な形相で聞いてくる桐村くんに私は出来る限り心を落ち着け話をすることにした。

「桐村くんは、今三丸町で流行ってる薬のことは知ってるよね」

「ああ」

「それが、あの薬、ヒプノシス・ブレインなの」

「うん」

頷いてくれたのはそこまでは察しているという意思表示なんだろう。

「私があの薬のことを知っていたのは青渕さんに話した通り、友達があの薬を使ったからなの」

「友達?」

「凪沙ちゃんだよ」

瞬間、私が凪沙ちゃんの名前を出した時、桐村くんの顔が大きくひしゃげた。

「桐村くん、どうしたの怖い顔して?」

「何でもない。・・・あの、甲光さんが自殺したのって確か二年前だったよね。もしかしてその薬のせいだったの?」

「そう、あの薬はね少し特殊なものなの。ヒプノシスが表わす通り、あの薬は服用者を強制催眠状態にすることが出来るの。原理は私自身よく分からないんだけど使った人は強い催眠状態に陥ってしまって第三者が服用者に命令をすればそれがまるで自分で考えたことのように思えてその人を操ることが出来るらしいの」

「うそだろ。ありえないだろそんな薬」

そういった桐村くんを私は首を振って否定した。

「信じられないかもしれないけど、事実なの。こればかりは信じてとしか言えない。けど凪沙ちゃんはそれで死んだんだから」

「まさか、誰かに飲まされた?」

「違う、あの子は自分で薬を飲んだの。私に命令してほしいって言って」

「命令?」

「うん。命令して私の記憶を消してほしいって。凪沙ちゃんが何でそんなことを言い出したのかどこでそれを手に入れたのかはわからなかったけど、私はそもそもそんな薬信じてなかったしそれ以前に友達に命令なんてできないって断ったの」

今にして思えば、あれは私の致命的なミスだった。

「私に、お願いを断られた凪沙ちゃんはなりふり構わずなくなってきて、断られてはまた違う人に同じお願いをしていた。そして最後には見ず知らずの人にお願いをした」

それが最大の間違い、そして最悪だったのはその相手があまりにもおふざけが過ぎたことだった。

「見ず知らずの人に?」

「うん。名前も知らない、初めて会った人に。どんな命令をしてもいい、だから私に記憶を消すよう言ってって。もちろんそんなの誰も信じるはずもない、だからその人はオモシロ半分で言ったらしいの。なら、死んでみてって。そのあとは知ってるよね」

「甲光は、踏切で電車に轢かれた」

「本当の話、それがあの薬のせいだったのかはわからない。私だってたった一つの薬で人の意志が簡単に捻じ曲げられるなんて思いたくないから。でもそういった事実はあったの。このことを知ったのは全部終わった後だったんだけどね」

「その、甲光に命令した奴のこと百合は知ってるのか?」

「調べたよ、あまり意味なかったけど」

「意味がなかった?」

「その人、行方不明になってるんだって」



話が終わると、桐村くんはそれ以上何も聞いてこなかった。

多分これ以上の話題を避けたかったのだろう。

彼のその心情は理解できたし、私自身これ以上変に突っ込まれるのは困るので終わりを切り出した。

「今日はもう帰ろ。時間も時間だし」

「そう、だな」

それに同意して立ち上がる桐村くん。

「うん。また、連絡するね」

「ああ。じゃ」

「うん、じゃあね」

少し名残り惜しそうに振り返る桐村くんを最後まで見届けた後、私は寮には戻らず、彼に電話をかけた。

「もしもし、ごめんなさい。今から会えますか?」

そう聞いた私にあの人は、

『そろそろ、連絡してくると思っていましたよ』

と、いつも通りの冷静な口調で答えてくれた。





-今日の夜八時、時実養護施設跡で会えるか?-

俺がそう送ったメールに奴は意外なほど早く返信しこれまた以外にも快く了承してくれた。

時刻は7時45分、約束までと十五分。

こうして携帯を開くのは何度目だろう?

俺は待ち時間の間しきりに時間と奴の送ってきたメールを見返していた。

馬鹿みたいだ、これじゃ恋人でも待っているみたいだ。

人が見たら今の俺の姿はずいぶんと女々しく映るだろう、ここが人気が少なくて良かったと心底思う。

携帯を閉じ近場の気に体を預ける。

夏はよくこの木の周りで昆虫採取をしたな、奴は無視は気持ち悪いとか言って見ているだけだったけど。

ふとそんな思い出がよみがえった。

思えば、ここにはほんとに多くの思い出があった。

今はもう昔の面影なんてない真っ平らな空き地だが、目を閉じれば当時のことがあの施設の姿が皆と過ごした日々が湧き上がってくる

もちろん奴との思い出も。





俺と奴が初めて会ったのもこの場所、時実養護施設だった。

『今日から新しいお友だちを紹介します』

そう、神山先生に紹介され部屋に入ってきた奴は見るからに大人しそうですこし怖がっているようにも見えた。

多分、新しい環境に不安を抱いてたんだろう。

奴の一つ前に入ってきた金城は『新しい家族と会えてとてもうれしい』なんて喜んでいたのと比べれば正反対の反応だった。

いや、あれは金城が特殊だっただけで一般的にはこちらの反応が正常なんだろうが。



そんな内気な奴だったから世話好きな恵子は奴の世話をしきりに焼くようになった。

世話を焼かれていた奴は見るからに迷惑そうだったがそんなことあのガサツな女が気づくわけもなく、見かねた俺が二人の間に入ることが多くなった、それが親しくなったきっかけだった。

話してみると奴は内気ではあるが別にとっつきにくいということもなく、なんだかんだみんなの誘いやお願いを断れないその優しい性格は俺からすれば好印象に映った。

俺が奴を引っ張る形でいつも連れ歩き、その後ろに奴がついてくる、まるで兄弟のよう良く皆にもそう言われたっけ。

その言葉がとてもうれしかったのは今でも覚えている、このまま俺たちはずっと仲間だそう、あの頃は思っていたんだ。





約束の時間5分前になり奴は俺の前に姿を現した。

久しぶりに見る奴は思い出の中の姿とは違い、あのぎこちない笑顔などは微塵も見せない全身黒ずくめの影人間のように見えた。

「時間には間に合ったな」

「ああ、久しぶりだな司」

「ああ、大志。僕は別に用事なんてなかったんだけどね。一体こんな所に何の用?僕もこれで忙しい身だ、お前みたいな不良と絡んでいる時間はない。昔のよしみでわざわざ会ってやったんだ早く要件を言いなよ」

昔とは違うその傲慢な物言いに俺はつい笑みを漏らしてしまった。

「なに?なにが、可笑しい?」

「いや、ずいぶん偉そうになったなと思って。あのビビり野郎が。やっぱり一組織の長となればそれなりの貫録が必要だからか?いつまでも泣き虫ヤローじゃいられないもんな司」

ずかずかと司に歩み寄り目の奥をのぞき込むように見据える、普通のヤツならこれで少しは動揺するもんだが司はめんどくさそうに頭をかくだけだった。

「ふん、組織の長ならお前も一緒だろ大志。ああ、いやあれはただのごろつき、ゴミクソの集まりだったな。なぁ、大志いい加減あんな組織消してしまえよ。作るならもっと意味ある組織を作るべきさ」

「それは、お前の人類救済の会のことを言ってんのか?」

「ああ、あれは実に意味のある組織さ、お前には理解できないだろうけどね。今だってとても大事な時期なんだ、だから本当に時間が惜しい、早く要件を言えよ」

少し語尾が強くなる司、どうやら苛立ってきているようだ。

相変わらず温厚そうに見えて短気な奴だ。



「そうだな、これ以上無駄話はいいか。なら、単刀直入に聞く。お前、いやお前ら明志に何をした」

「誰だいそれ?」

司は本当に知らないように答える。

「俺のチームの一人だ。最近のお前らの動向が気になったんで潜り込ませていた。それが死体で発見された。これはどうゆうことだ?」

「死体で?ああ、今朝の殺人事件か。知らないよ。それにしてもスパイか気付かなかったな。まぁ、そんなのが入るほど僕の組織が大きくなったのはいいことだけど、部外者は邪魔だね。なにか手を打たないとね」

この時点で司の関心は殺人事件よりも自分たちの中に部外者が紛れ込んでいたことの方に関心がいってしまったようだ。

冷淡と言えばそうだろうが自身と関係のない事件ならこの程度に考えてもおかしくはない、演技をしているといった方にも見えない。

なら、コイツは本当に無関係?

いや、だとしても人類浄化の会のメンバーのだれかが事件にかかわっているのは間違いないはず。

それに、どちらにしてもコイツラは。

「用はそれだけか?なら僕はもう帰るよ。さっきも言ったが時間が惜しんだ」

時間を無駄にした馬鹿にしたように鼻を鳴らしながら去る司、その少しふくよかな背中はもう完全に俺を拒絶していた。

「本当に変わったな互いに。・・・なぁ、司。断罪事件はもう終わりか?」

その言葉で司は足に急ブレーキをかけ止まる。

「なんだって?」

振り返るその顔は目を見開きまるで自身の内面を見せないとするように硬直していた。

「いや、お前がやけに余裕がないように見えたからな。警察もさすがにあの事件がお前たちの犯行だと気付いてる。もう、後がないんだろ?だから最後に何か起こそうしてる、時間がないのはそのためだろ」

「ふん、下らない憶測でものを言うなよ。僕らが断罪事件を起こしてるだって?馬鹿らしい、何か根拠でもあるのかい?」

街灯に照らされ暗闇から半顔だけのぞかせる司はこちらを挑発するように軽薄な笑みを浮かべていた。

本当にしたたかな性格になったな司。

いや、どちらかといえばコレがお前の本質だったな。

本質は変わらない、あの頃からお前の中にあったその闇、気付いていたよ。

出来れば止めたかったけど、もうお前は今見えるように暗闇に体の芯までどっぷりと

浸かってしまっている。

本当、いつも後手に回るな俺は。

「どうした?何もないんだろ?」

「あるさ、ずっと一緒に暮らしてきたんだ。お前を見てきた俺だから分かる。それが根拠だ」

その答えに司はきょとんと眼を丸くした後、盛大にそれこそまるで何かの劇でも見ているほど演技的に笑いだした。

「はっははは。なにを馬鹿なことを。タイシーお前は一緒に居るだけで人の気持ちが理解できるのか?それはすごい能力だな!ぜひ、僕もその恩恵を受けたいよ。はは!」

「あるか、そんな能力」

冷たくそう言い放つ。

すると、司は笑いをぴたりとやめ次は歯をむきだしにしながら怒り吠える。

「だったらそれはお前の妄想だ!なにも知らないくせに知ったようなことを言うな吐き気がする。なれ合いは終わったんだよ!いつまで家族でいる気だ?そもそも僕たちはたまたまあの施設で一緒だった他人同士だ!なのに僕のことを知ったように家族みたいに言いやがって気持ち悪いんだよお前!!」

憎しみと怒り向けられた感情はそれだけ。

それ以外は一切ないむき出しの思い。

ああ、人の裸の心はこんなにも痛いんだなと理解できた。

「知らないことは無いさ。そして家族だなんておこがましいことも思っていない。俺はただ、同じ境遇の仲間としてお前のことがわかるって言ってるんだ。同じ傷があるから分かる。お前は悪人が許せないんじゃない、ただたんに自身の中にあるかつてのやり場のない怒りを事件を起こすことで発散しているだけだ」

そう、コイツがやっているのは正義感なんてものは微塵もないただの自己満足だ。

そんなものに世間を巻き込むなと思う。

そんな俺の指摘に司は一度自身の足元を見た後、まっすぐと俺の顔を見つめ返してきた。

「ふん、本当に分かったようなことを言う。なら、お前はどうなんだタイシー?その理屈で言うとお前はかつての事件が忘れられてないんだろ?そして、未だに同じような経験をするとその怒りに体が震える。そんなお前がなぜみんなのもとから離れてあのゴミクソどもとつるんでるんだ?」

それは今更コイツに話しても仕方がないことだと思った。

だから俺は口をふさぐ。

「黙るか。お前はいつもそうだいざとなると黙り何もせず傍観、そんなんじゃ結局何も変えられないんだ。この半端が。思えは何時までもそこでお山の大将をしてろ。僕はまだ先に行く」

見下した本当に汚物でも見るかのような軽蔑の目を俺に向ける司はこれ以上ここに居たくないというようにまた歩き出す。

俺はそんな司にもう一言だけ声をかける。

「アクセル、そういうらしいな人類浄化の会のトップは。そういえば以前、似たような名前の番組があったなジャッジアクセル。正義の味方が悪人を倒すっていうありきたりな正義のヒーロものだ。正直俺にはあれの面白さがあまりわからなかった。だって正義と言いながら結局アイツは悪人を殺してたから。そんなの俺からすれば単なる偽善だ。もっとも本当の正義も俺には分かんねぇが。けど、お前はそんなヒーローが大好きだったよな。覚えてるか司」

その問いに司は一度も振り向かず何も答えず去っていった。

そして話に夢中になっていた俺は気付かなかったこの場に居てはいけない第三者がいることに。

「大志、今の」

「恵子」

なんといううかつ、ここにきてまだこんな失態をさらすとは。

自身を殴りたい衝動に駆られながら彼女に向き直る。

久しぶりに見る、恵子は以前と変わらず不安そうに俺を見つめていた。

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