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5話
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「雨続くなぁ」
もう何日も見ていない青空を包み隠し地上を圧迫するかのように広がる灰色の雲。
それを見ているとなんだかこちらの気持ちまで重くなる。
降っている雨はまるで地球が泣いているようで、今日遺体が見つかったというその子に対して世界が悲しんでいる。
そんな妄想を抱く。
けれど家族の人達からすれば世界を引きちぎられるような痛みのはずだ。
家族を失うっていうのはそういうことだと思うから。
「公男傘持ってるよね?」
朝車で来た上に慌てていた私はすっかり傘を忘れてしまっていて公男に頼るしかなかった。
事をすぐに察してくれたのか公男はすぐに「うん送って行くよ」
と答えてくれる。
「ごめんね」
「良いよ。もともと送って行くつもりだったから」
バサリとコウモリのような黒い傘を開くと私を手招きする。
この雨雲の下の黒傘はより暗くまるで公男の上に闇が広がっているようにも見えた。
ビニール傘の生徒が多い中公男の黒い傘はよく目立つ。
ビニール傘だと傘置きにおいていると分からなくなるからと前に言っていたけど、逆傘を取られたりしたら嫌じゃないのかなって考える私は考えが意地悪なんだろうか?
傘の陰でより薄暗くなった視界からは同じく傘に隠れて顔の見えない多くの生徒たちの姿が見える。
こんな大勢の中で相合傘なんて周りのみんなはどう思ってるんだろう?
芹香の言うように羨ましがっているなら良い気分だけど、それで変なトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。
流石に被害妄想だと思いつつもやっぱり周りの目が気になって少し足早になってしまう。
君園学園は小高い丘の上にあり校門を出ると私たちの住む桐切町が一望できる。
桐切町はそれなりの都市ではあるけれど大都会のような高層ビルは建てられていない。
その為眼下に広がる町は小さな建物が密集していて丘の上からだと出口のない迷路が
延々と広がっているようにも見える。
こうして俯瞰してみるとこの町はとても無機質だ。
緑なんて一切見えないその姿は冷たく寂しくみえる。
私たちの町はその発展とは裏腹になんて寂しんだろう。
そんなんことを考えてしまうのは私たちの間に会話がないからかもしれない。
耳に入るのは普段の煩わしい生活音を塗り潰す雨音。
頭にこだまするその音は、この町のように寂しげに声を上げている。
そこに朝感じたような煩わしさはない。
この心変わりは、あの少女のニュースで少しセンチメンタルになっているせいかもしれない。
水の音は癒し効果があるって以前ネットで見たのを思い出す。
話は戻るが私たちの間に会話がないのは別段珍しい事じゃない。
公男はどちらかというと無口なタイプだし私も無理に話をするのは嫌いだ。
公男がこの沈黙をどう思っているのかは知らないけれど、私としてはこの関係は気楽で落ち着ける。
芹香とのおしゃべりももちろん好きだけどこう行ったのんびりした空気も安らげて好きだ。
結局大した会話もないまま公男が家まで送ってくれるとうちの前に見知らぬ車が一台止めてあった。
私は車に詳しいわけじゃないからそれがどんな車なのかはわからなかったけど。
漆黒のカラーに雨の日でもツヤの見えるそこボディーはなんだか家にはそぐわない高級感があふれている。
そして玄関にはその持ち主だと思われるこれまた見知らぬ男が1人公男と同じような黒い傘をさして立っている。
顔は隠れてよく見えないけどなんだかスラリとしててとても身長が高い、多分185センチはありそうだ。
そして何よりも目立ったのは黒い傘黒い車とは対照的な真っ白なその服だ。
雨のせいで町が灰色がかっているのもありその男だけまるで浮き出ているように目立つ。
「誰だろう?」
「わからない。知らない人だと思うけど」
見知らぬ男の存在に身を固くする私たちの様子に謎の男は気づいたようで、ゆっくりとした優雅な動作でこちらに近づいてくる。
まるでモデルのような立ち振る舞いはまるで映画の主人公のような存在感。
こんな人田染君くらいしかいないと思ってたけど、意外と出くわすものだ。
「君はこの家の人かな?」
男は色白で日本人だろうけど彫りの深いくっきりとした顔立ちをしていた。
もしかしたらハーフかもしれない。
その極端に整った顔立ちはなぜか無機質に見えて少しの恐れを抱いてしまう。
反射的に後ろへ下がってしまった私の前に公男が立ってくれた。
「失礼ですが貴方は?どこような用件でしょうか?」
公男にそう指摘されると男はニコリと笑ってみせる。
磨き上げたかのような白い歯が目に映る。
「失礼。私は幹和彦。この町の生まれでね、今は仕事で離れているんだが久し振りに帰郷したんで旧友の家に訪れたんだがどうにも留守のようでどうしよかと思っていると君達がいたんで声をかけたんだ」
旧友とは一体誰のことだろうか?
少なくとも私にこんな年上の友人はいない。
それじゃあママの?
それを考えると胸に奥にゾワリと不快な感情が広がった。
自分の母親がこんな若い男と知り合いというのはなんだか嫌な気分になる。
そんな事を考えるとパタリと男と目があった。
じっとものも言わず突き刺さるその視線が痛くて私がつい顔をそらすと、
「君はもしかして蓮木星美さんかい?」
と名前を呼ばれた。
驚き顔をあげると男はニコリと笑う。
カッと頬が赤くなるのを自分でも感じてしまう。
もちろんこの男に惚れたわけじゃない。
なんでかは自分でもわからないけど、この雨すらも吹き飛ばすかのようなとびっきりの笑顔を見ているととても恥ずかしい気持ちになってしまった。「そうですけど、なんで私のと知ってるんですか?」
おずおずとそう尋ねる。
「もう10年以上前になるから覚えてないか。実は君と私はよく会ってたんだよこの家でね。ほら君のお兄さん蓮木昼夜君ともう一人の友達、三人でいたの覚えてないかな?」
それは随分と久しぶりに聞く名前だった。
蓮木昼夜。
私より10歳年上の兄の記憶はあまりない。
あの人に対して一番強く残ってる感情といえば恐怖心。
思い出すのは事あるごとに殴られた記憶。
私が悪かったのか、それとも彼がそういった気質だったのかはわからないけれど毎日会うのが嫌でたまらなかった。
その中でも一番最悪だったのがあの人が高校生の頃だ。
あの頃私の家にはあの人の友達だっていう二人の男がよく出入りしていた。
そのうちの一人が今目の前にいる、幹和彦さんだった。
あの時の三人の私への態度は三者三様で昼夜は何かあるとすぐに私を小突き冷たい視線を投げかけ、もう1人の名前の思い出せない男はそんな様子を楽しそうに見ていた。
そんな中で唯一の味方となってくれたのが幹和彦さんだった。
彼らがを足しに手出しをするたびに間に入り2人を止めてくれた。
そんなことをしていたせいだろう、ある日を境に家に訪れる事がなくなった彼だったけど、あの時は本当に救われた思いだった。
その彼が今目の前にいるこの男?
あの頃の記憶は思い出したくもないものばかりで、正直この人が幹和彦さんなのか確信は持てないけれど、確かに何か懐かしさのようなものを感じる気がする。
「本当に幹さん?」
「随分ここには来なかったからね、忘れているのも仕方がないか。あの時はすまなかったね。最後まで守ってあげれないで」
その謝罪が意味するものはもちろんかつての出来事だろう。
ならやっぱりこの人が本当に幹和彦なのか。
「いや、そんなことない・・・です。あの時は助かったです」
慣れない敬語といきなりの事で頭もパニクってしまい言葉も動きもぎこちなくなってしまう。
当たり前だけど横にいる公男は私以上に事態を把握できておらず完全な蚊帳の外状態に困惑しているように見える。
公男に声をかけるべきだったんだろうけど私も余裕などなくてその時は公男のことなんて全く構えなかった。
「本当に久しぶりだ。昼夜は元気にしているのかい?」
その質問には色々思うところがあったけど、とりあえずは真実を話すことにする。
「兄はその今どうしてるかわからない・・です」
「わからない?それは今はこの家を出ているということかい?」
「違う。兄はその旅行に行くって家を出て行ったきり戻ってきてない。その日からずっと音沙汰なしで、今どうしてるのか全くわからないんです」
そう、兄が私たち家族の前から姿を消したのは私が中学生の頃。
その頃兄はもう成人してて仕事もしてはいたけど、休日は家に引きこもってパソコンやゲームをするといった典型的なインドアだった。
流石に成人して落ち着いたのか私への暴力もなくなり、普通なら怒るようなことが起きても『別にいいよ』の一言ですませるようになった。
当時と比べれば別人のような変わりよう。
今にして思えばあれは穏やかになったというより物事に関心がなくなった故の態度だったのかもしれないと思う。
そんな異変が僅かながらけれど確実に侵攻している中、とある休日の日兄が少し出かけて来るそう言い残し家を出て行った。
その時私は珍しいこともあるなとは思いつつも特に興味もないのでその事は口に出さずにいた。
ママは気になったのか行き先を訪ねていたけど兄はそこら辺と確か答えて明確な場所は言わないでいた。
そしてそれが最後、その日以降から今に至るまで兄がこの家に帰ってきたことはない。
初めのうちは家族総動員で探したり警察にも行ったけど、手がかりはなくて気づけばもうすぐ2年の月日が流れようとしていた。
2年、兄のいない生活にも慣れてきた頃にまさかその友人が訪ねて来るなんて思ってなかった。
「昼夜が?まさか、すまないそうとは知らず無神経なことを聞いてしまった」
そう幹さんは謝ってくるが彼には何も非はないし私も別に気にしていない。
「別に良いです。兄に何か用事があったの?」
「いや、懐かしくてね。昼夜に会えなかったのは残念だが、こうして君に会えたのは嬉しい限りだ。積もる話もあるが今日は生憎の雨、また日を改めるよう」
そう言うとこちらの返答など待ちもせず踵を返すと車に乗り込みそのまま去ってしまった。
そうパッと帰られると呆気にとられるというか拍子抜けというかなんだか寂しい気分が心を支配してくる。
「なんだか、嵐みたいな人だったね。兄の友達って言ってたけど星美、お兄さんいたんだ?」
公男の声かけたりが少し震えているような気がしてる。
なんだか挙動も少し落ち着きがないようにも見える。
どうしたのだろうか?
「昔ね。もう関係ないよ」
過去のことをあまり話したくない事情を説明するのも面倒だし。
そう思って公男の話を切る。
「そっか」
そこで会話は止まり居心地の悪い沈黙が私たちを包む。
「雨だしもう帰るね」
その空気に耐えられなくなり私は無理に公男に別れを告げるとまるで逃げるように家の中へと入る。
玄関に入ると嗅ぎ慣れた我が家の匂いが私を包み少しだけ落ち着く。
薄暗い玄関の中で高鳴った心臓の音だけが響いてる気がした。
高鳴ってる?
なぜ私の胸は高鳴ってるんだろう?
その理由がわからずけれどその不快ではない胸の痛みに玄関の姿見に写る私は笑みをこぼしていた。
もう何日も見ていない青空を包み隠し地上を圧迫するかのように広がる灰色の雲。
それを見ているとなんだかこちらの気持ちまで重くなる。
降っている雨はまるで地球が泣いているようで、今日遺体が見つかったというその子に対して世界が悲しんでいる。
そんな妄想を抱く。
けれど家族の人達からすれば世界を引きちぎられるような痛みのはずだ。
家族を失うっていうのはそういうことだと思うから。
「公男傘持ってるよね?」
朝車で来た上に慌てていた私はすっかり傘を忘れてしまっていて公男に頼るしかなかった。
事をすぐに察してくれたのか公男はすぐに「うん送って行くよ」
と答えてくれる。
「ごめんね」
「良いよ。もともと送って行くつもりだったから」
バサリとコウモリのような黒い傘を開くと私を手招きする。
この雨雲の下の黒傘はより暗くまるで公男の上に闇が広がっているようにも見えた。
ビニール傘の生徒が多い中公男の黒い傘はよく目立つ。
ビニール傘だと傘置きにおいていると分からなくなるからと前に言っていたけど、逆傘を取られたりしたら嫌じゃないのかなって考える私は考えが意地悪なんだろうか?
傘の陰でより薄暗くなった視界からは同じく傘に隠れて顔の見えない多くの生徒たちの姿が見える。
こんな大勢の中で相合傘なんて周りのみんなはどう思ってるんだろう?
芹香の言うように羨ましがっているなら良い気分だけど、それで変なトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。
流石に被害妄想だと思いつつもやっぱり周りの目が気になって少し足早になってしまう。
君園学園は小高い丘の上にあり校門を出ると私たちの住む桐切町が一望できる。
桐切町はそれなりの都市ではあるけれど大都会のような高層ビルは建てられていない。
その為眼下に広がる町は小さな建物が密集していて丘の上からだと出口のない迷路が
延々と広がっているようにも見える。
こうして俯瞰してみるとこの町はとても無機質だ。
緑なんて一切見えないその姿は冷たく寂しくみえる。
私たちの町はその発展とは裏腹になんて寂しんだろう。
そんなんことを考えてしまうのは私たちの間に会話がないからかもしれない。
耳に入るのは普段の煩わしい生活音を塗り潰す雨音。
頭にこだまするその音は、この町のように寂しげに声を上げている。
そこに朝感じたような煩わしさはない。
この心変わりは、あの少女のニュースで少しセンチメンタルになっているせいかもしれない。
水の音は癒し効果があるって以前ネットで見たのを思い出す。
話は戻るが私たちの間に会話がないのは別段珍しい事じゃない。
公男はどちらかというと無口なタイプだし私も無理に話をするのは嫌いだ。
公男がこの沈黙をどう思っているのかは知らないけれど、私としてはこの関係は気楽で落ち着ける。
芹香とのおしゃべりももちろん好きだけどこう行ったのんびりした空気も安らげて好きだ。
結局大した会話もないまま公男が家まで送ってくれるとうちの前に見知らぬ車が一台止めてあった。
私は車に詳しいわけじゃないからそれがどんな車なのかはわからなかったけど。
漆黒のカラーに雨の日でもツヤの見えるそこボディーはなんだか家にはそぐわない高級感があふれている。
そして玄関にはその持ち主だと思われるこれまた見知らぬ男が1人公男と同じような黒い傘をさして立っている。
顔は隠れてよく見えないけどなんだかスラリとしててとても身長が高い、多分185センチはありそうだ。
そして何よりも目立ったのは黒い傘黒い車とは対照的な真っ白なその服だ。
雨のせいで町が灰色がかっているのもありその男だけまるで浮き出ているように目立つ。
「誰だろう?」
「わからない。知らない人だと思うけど」
見知らぬ男の存在に身を固くする私たちの様子に謎の男は気づいたようで、ゆっくりとした優雅な動作でこちらに近づいてくる。
まるでモデルのような立ち振る舞いはまるで映画の主人公のような存在感。
こんな人田染君くらいしかいないと思ってたけど、意外と出くわすものだ。
「君はこの家の人かな?」
男は色白で日本人だろうけど彫りの深いくっきりとした顔立ちをしていた。
もしかしたらハーフかもしれない。
その極端に整った顔立ちはなぜか無機質に見えて少しの恐れを抱いてしまう。
反射的に後ろへ下がってしまった私の前に公男が立ってくれた。
「失礼ですが貴方は?どこような用件でしょうか?」
公男にそう指摘されると男はニコリと笑ってみせる。
磨き上げたかのような白い歯が目に映る。
「失礼。私は幹和彦。この町の生まれでね、今は仕事で離れているんだが久し振りに帰郷したんで旧友の家に訪れたんだがどうにも留守のようでどうしよかと思っていると君達がいたんで声をかけたんだ」
旧友とは一体誰のことだろうか?
少なくとも私にこんな年上の友人はいない。
それじゃあママの?
それを考えると胸に奥にゾワリと不快な感情が広がった。
自分の母親がこんな若い男と知り合いというのはなんだか嫌な気分になる。
そんな事を考えるとパタリと男と目があった。
じっとものも言わず突き刺さるその視線が痛くて私がつい顔をそらすと、
「君はもしかして蓮木星美さんかい?」
と名前を呼ばれた。
驚き顔をあげると男はニコリと笑う。
カッと頬が赤くなるのを自分でも感じてしまう。
もちろんこの男に惚れたわけじゃない。
なんでかは自分でもわからないけど、この雨すらも吹き飛ばすかのようなとびっきりの笑顔を見ているととても恥ずかしい気持ちになってしまった。「そうですけど、なんで私のと知ってるんですか?」
おずおずとそう尋ねる。
「もう10年以上前になるから覚えてないか。実は君と私はよく会ってたんだよこの家でね。ほら君のお兄さん蓮木昼夜君ともう一人の友達、三人でいたの覚えてないかな?」
それは随分と久しぶりに聞く名前だった。
蓮木昼夜。
私より10歳年上の兄の記憶はあまりない。
あの人に対して一番強く残ってる感情といえば恐怖心。
思い出すのは事あるごとに殴られた記憶。
私が悪かったのか、それとも彼がそういった気質だったのかはわからないけれど毎日会うのが嫌でたまらなかった。
その中でも一番最悪だったのがあの人が高校生の頃だ。
あの頃私の家にはあの人の友達だっていう二人の男がよく出入りしていた。
そのうちの一人が今目の前にいる、幹和彦さんだった。
あの時の三人の私への態度は三者三様で昼夜は何かあるとすぐに私を小突き冷たい視線を投げかけ、もう1人の名前の思い出せない男はそんな様子を楽しそうに見ていた。
そんな中で唯一の味方となってくれたのが幹和彦さんだった。
彼らがを足しに手出しをするたびに間に入り2人を止めてくれた。
そんなことをしていたせいだろう、ある日を境に家に訪れる事がなくなった彼だったけど、あの時は本当に救われた思いだった。
その彼が今目の前にいるこの男?
あの頃の記憶は思い出したくもないものばかりで、正直この人が幹和彦さんなのか確信は持てないけれど、確かに何か懐かしさのようなものを感じる気がする。
「本当に幹さん?」
「随分ここには来なかったからね、忘れているのも仕方がないか。あの時はすまなかったね。最後まで守ってあげれないで」
その謝罪が意味するものはもちろんかつての出来事だろう。
ならやっぱりこの人が本当に幹和彦なのか。
「いや、そんなことない・・・です。あの時は助かったです」
慣れない敬語といきなりの事で頭もパニクってしまい言葉も動きもぎこちなくなってしまう。
当たり前だけど横にいる公男は私以上に事態を把握できておらず完全な蚊帳の外状態に困惑しているように見える。
公男に声をかけるべきだったんだろうけど私も余裕などなくてその時は公男のことなんて全く構えなかった。
「本当に久しぶりだ。昼夜は元気にしているのかい?」
その質問には色々思うところがあったけど、とりあえずは真実を話すことにする。
「兄はその今どうしてるかわからない・・です」
「わからない?それは今はこの家を出ているということかい?」
「違う。兄はその旅行に行くって家を出て行ったきり戻ってきてない。その日からずっと音沙汰なしで、今どうしてるのか全くわからないんです」
そう、兄が私たち家族の前から姿を消したのは私が中学生の頃。
その頃兄はもう成人してて仕事もしてはいたけど、休日は家に引きこもってパソコンやゲームをするといった典型的なインドアだった。
流石に成人して落ち着いたのか私への暴力もなくなり、普通なら怒るようなことが起きても『別にいいよ』の一言ですませるようになった。
当時と比べれば別人のような変わりよう。
今にして思えばあれは穏やかになったというより物事に関心がなくなった故の態度だったのかもしれないと思う。
そんな異変が僅かながらけれど確実に侵攻している中、とある休日の日兄が少し出かけて来るそう言い残し家を出て行った。
その時私は珍しいこともあるなとは思いつつも特に興味もないのでその事は口に出さずにいた。
ママは気になったのか行き先を訪ねていたけど兄はそこら辺と確か答えて明確な場所は言わないでいた。
そしてそれが最後、その日以降から今に至るまで兄がこの家に帰ってきたことはない。
初めのうちは家族総動員で探したり警察にも行ったけど、手がかりはなくて気づけばもうすぐ2年の月日が流れようとしていた。
2年、兄のいない生活にも慣れてきた頃にまさかその友人が訪ねて来るなんて思ってなかった。
「昼夜が?まさか、すまないそうとは知らず無神経なことを聞いてしまった」
そう幹さんは謝ってくるが彼には何も非はないし私も別に気にしていない。
「別に良いです。兄に何か用事があったの?」
「いや、懐かしくてね。昼夜に会えなかったのは残念だが、こうして君に会えたのは嬉しい限りだ。積もる話もあるが今日は生憎の雨、また日を改めるよう」
そう言うとこちらの返答など待ちもせず踵を返すと車に乗り込みそのまま去ってしまった。
そうパッと帰られると呆気にとられるというか拍子抜けというかなんだか寂しい気分が心を支配してくる。
「なんだか、嵐みたいな人だったね。兄の友達って言ってたけど星美、お兄さんいたんだ?」
公男の声かけたりが少し震えているような気がしてる。
なんだか挙動も少し落ち着きがないようにも見える。
どうしたのだろうか?
「昔ね。もう関係ないよ」
過去のことをあまり話したくない事情を説明するのも面倒だし。
そう思って公男の話を切る。
「そっか」
そこで会話は止まり居心地の悪い沈黙が私たちを包む。
「雨だしもう帰るね」
その空気に耐えられなくなり私は無理に公男に別れを告げるとまるで逃げるように家の中へと入る。
玄関に入ると嗅ぎ慣れた我が家の匂いが私を包み少しだけ落ち着く。
薄暗い玄関の中で高鳴った心臓の音だけが響いてる気がした。
高鳴ってる?
なぜ私の胸は高鳴ってるんだろう?
その理由がわからずけれどその不快ではない胸の痛みに玄関の姿見に写る私は笑みをこぼしていた。
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