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第三章 最終都市防衛戦編

第三十四話 防衛戦前日

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 あの熱狂した大会から一か月が経ったある日。

 僕は今日もいつもと同じようにダンジョンをもぐっていた。そして50階層のボスに挑戦するべく、巨大な扉に手を当て押し開こうとした時だった。

 ポンッ!という効果音とともにメッセージが目の前に表示された。僕は扉から手を離しメッセージに目を通した。

〈いよいよ明日だな、タクト。明日のイベントに備えて早めに寝とけよ?〉

〈りょうかい〉

 僕はささっとサンに返信を済ませると両手で扉を押した。

 ギイィィィィ……。

 何度も味わってきたボス部屋に続く扉の鈍い音が全身に響く。

 ボス部屋の中央には全長2mはある巨大な剣を地面に突き刺し、柄頭に両手を添え静止している3mはあるであろう頭の無い騎士がいた。

 僕は頭が無いはずなのにこちらをジッと見つめているような不思議な感覚に陥った。

 度重なる戦いにより輝くを失ったプレートアーマーに、斬るという言葉よりも叩き斬るという言葉が絶妙に似合うほど刃が分厚いバスタードソード。

 僕は眼前の相手を見据えてたままテュルフィングとダガーを鞘から引く抜いて戦闘態勢に入る。

「あいつが50階層のボス……デュラハン。三度の願いは貴方の命で叶えテュルフィングましょう!!」

 僕は今日一度もまだ使用していないユニークスキルを発動すると、すぐさまデュラハンに向かって走り出した。

「ソナタモシヲノゾムカ……」 

 悲しげな低い声がデュラハンの方から聞こえてきた。それにしても頭が無いのにどこから声を出しているのだろうか。

 デュラハンはバスタードソードを掴み引き抜くと僕の足元めがけて切り払う。しかし、まだ剣先すら届かないほど僕とデュラハンは離れている。

「……どういう事だ?」

 僕はデュラハンの謎行動してきた理由が分からず、軽く困惑しつつも振った勢いで剣先が真横どころか真後ろまで向いてしまったデュラハンの隙を突いて、ふところに潜り込もうとした時だった。

 デュラハンはポツリとある事を呟いた。その言葉を聞いた時勇敢なる戦士エインヘリャルである僕達プレイヤーの特権だと思っていたが、それは大きな間違いだったという事に気づかされた。そして最初のあの意味のない隙だらけの攻撃は、僕を誘い出すためにわざとやっていたようだ。

「トルネードブレイド」

 デュラハンはコマのように自分の身体を軸にしてバスタードソードを振り回し始めた。

 グルグルグルグル~!!

 巨体から繰り出されるそれは近づくものを全て切り刻む兵器そのものだった。

 トルネードブレイドは両手剣用のスキルでその名前通りグルグル回転する事によって、遠心力を加えた連続攻撃で相手を切り刻むスキル。ただこのスキルを好き好んで使っているプレイヤーはごく少数だったりする。理由は聞かずとも分かるとは思う、このスキルはその場で何十回と回り続ける。三半規管が強いプレイヤーならいざ知らず、大半のプレイヤーはこのスキルによって酔ってしまい戦闘どころではなくなってしまう。

 そんなある意味使用者の方がダメージを受けてしまうスキルだが、身近にひとり好き好んで使っているプレイヤーを僕は知っている。

「サンが使っているのを見といて良かったよ。じゃなかったら、あのまま突っ込んでいたかもしれない」 

 前もってトルネードブレイドの事を知っていた僕は、デュラハンがスキルを発動した瞬間、デュラハンを見下ろせるほど高くジャンプした。

 サンのように胴体部分を狙うようにグルグル回ってくれるのであれば、まだふところに潜り込むことも出来るかもしれないが、このデュラハンはランダムに上中下と角度を切り替えながら回り続けていた。パリィしながらふところに潜ろうと思えば、出来なくもないがあまり得策とは思えない。

 下がダメなら上しかあるまいという事で、僕は剣が届かない真上からデュラハンを攻める事にしたのだった。

 僕はテュルフィングとダガーをデュラハンの首元めがけて突き刺し、さらにそこから追撃するためにスキルを連発した。

「レイジングスラッシュ、シャドーエッジ、ソニックブレイドガッシュ」 

 グサッ!ザシュッ!ガリガリガリ!!

 そしてついに僕の攻撃に耐え切れなくなったデュラハンはガクッと膝をついた。

「……ミゴトダ」
 
 ガシャーンッ!!!!

 デュラハンは満足そうにそう言うと、勢いよく前方に倒れながら消滅していった。

 僕は地面に着地すると、デュラハンを倒した証である魔石を拾い上げインベントリーにしまった。

「今日はここで終わるとしよう、サンからも釘を刺された事だしな~。それにしても僕達と同じスキルを使ってくるボスか、これはみんなにも後で教えておこう」 

 僕は51階層に続く階段に目を奪われつつも、その誘惑を断ち切るため一心不乱にポータルめがけて駆け抜けた。

 街に戻ると夕暮れ時、街灯に明かりがつき一部の露店ではもう店じまいをはじめていた。その中にはいつも僕が購入しているクッキー屋もあった。

 僕がダンジョンから戻って来たのを気づいたクッキー屋の少女は、母親に身振り手振りで僕が戻って来た事を伝えていた。

 僕はふたりに向かってペコっと軽く頭を下げると、NPCの母親と少女も同じように挨拶してくれた。

 そしてそのまま明日に備えてログアウトしようと、その言葉を口に出そうとした時だった。

「お兄ちゃん~、ちょっと待ってぇ~!」

 僕は少女に呼び止められた。

 タッタッタッタ……。

 少女が小走りでこっちに向かって来るのが見えた。少女はいつもクッキーを入れてくれる紙袋よりも、少し小さい紙袋を大事そうに両手に抱えていた。

「はい!お兄ちゃん、これあげるぅ~!まだお店にも出していない、お母さんの新作クッキーだよぉ!!」

 少女は太陽のように眩しい笑顔でニコッと笑いながら、その紙袋を僕に手渡してくれた。

「おお~、マジで……ありがとう!!それで今回は何味?」

 僕は紙袋の封を開けて覗きながら尋ねる。

「お母さんのクッキーをこんなに喜んでくれるのは、嬉しいけど……もう少しあたしにも興味を持って欲しいなぁ」

 僕の質問に少女は何やら返答してくれたようだが、僕はそれよりも貰ったクッキーを食べたい衝動を抑える事に必死でそれどころではなかった。

 ひと口食べたら最後……きっと僕は貰った分を全て食してしまう。それにまだ売り出していないクッキー……もうそれだけで貴重だ。これは明日の防衛戦イベントを無事クリア出来た時のご褒美として取って置く事にしよう。

「うん?何か言った??」

「ラズベリー味だよ!!!!」

 少女はなぜか頬を膨らませ少々ご立腹な様子。

「あ……うん。ありがとう、それじゃまた明日」

「うん、また明日」

 僕は少女に別れを告げログアウトしたのだった。

 この時の僕は楽しみにしていたクッキーが、あれほどほろ苦いものになろうとは思いもしなかった……。
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