上 下
10 / 63
第一章 正式サービス開始編

第十話 酒場の女主人

しおりを挟む
 些細な事でも口に出してしまうとまたサンと口論になりそうな気がした僕は、無言で南東エリアを目指して歩く。

 サンも僕と同じ考えだったようで無言で隣を歩いている。そんな僕達を見た暴走姫の修羅刹は、やれやれと首を横に振って呆れていた。

 後日、ゲーム購入の代金については、次回の山河の誕生日にその金額を上乗せしたものをプレゼントする事で決着がつく事になる。

 南東エリアに着いた僕達は、中心部にある酒場を目指してさらに歩みを進めた。

 もう南東エリアじゃなくて酒場エリアと呼んでいいんじゃないかというほどに、お酒を提供する店舗が乱立している場所にたどり着いた。

 僕達はその中でも一番見慣れた酒場?というと語弊ごへいがあるかもしれないが、ファンタジーや西部劇で見る感じの酒場を選んだ。

 酒場の前まで来た僕が見た光景は、西部劇に出てきそうな感じの上部分が切り取られ酒場内部が丸見えの扉に、その隙間からは丸テーブルが1台にイスが4脚のセットが6セット、カウンターの後ろには大量のボトルやグラスなどが棚ぎっしりに並んでいた。

 カウンター越しには、胸元がざっくりと開いた黒いドレスを身に纏った、前髪で片目を隠した妙齢なNPCの女性の姿が見える。

 きっとあのNPCがこの酒場の主人なのだろう。何というか未成年の僕達が入っていい雰囲気じゃないぞ……これ。

 僕達が入店する事に対して躊躇ちゅうちょしている事に気づいたのか彼女は、こっちに微笑みかけ手招きをしている。

 僕達三人は顔を見合わせる。そんな様子を見ていた彼女はクスクスと微笑している。

「サン、修羅刹どうする?あのお姉さんめっちゃこっち見て手招きしてるけど……」

「どうするって、お前……招かれている以上とりあえず行ってみようぜ。それにあんな綺麗なお姉さんの招待を断るとかありえないだろ」

「サン……あなたねぇ。わたしたちもうお金ないのよ……分かってる?」

「分かってるって、でもさ~、このままスルーするのはそれはそれで気まずくないか?」

「確かに一理あるわね。それにもしかしたら、何かいい情報を教えてくれるかもしれないしね」

「あー、攻略に必要なアイテムがある場所のヒントとかくれるやつ?」

「そう、それよ。しかもそういうキャラって大体あんな感じの色っぽいお姉さんとかが多いし!」

 何やらふたりがRPGあるあるというやつで盛り上がっている。僕はそういう類のものをあまりやらないため、ふたりが何を言っているのか全然理解できず、ひとり話題に取り残されている。

 さて……さすがに酒場の入口付近に居続けるのも気が引ける。だからといってこのままスルーしてその場を離れるのもサンが言ったように後味が悪い。

 ならば、残された道はこれしかない。お金を一銭も持っていない状態の僕は、覚悟を決め酒場の扉に手をかけ堂々と入店する。

 それを見たサンと修羅刹も何かを悟ったのか、同じように堂々と足並みを揃え入店するのであった。

 僕は迎え入れてくれたNPCの女性に軽く会釈をし、カウンター席まで移動する。

「いらっしゃ~い!やっと入って来てくれたのね。勇敢なる戦士エインヘリャルさん」 

「エインヘリャル?」

 僕はエインヘリャルという言葉の意味が分からず、つい無意識に聞き返してしまった。その僕の声に反応したのかサンは、目の前にいる酒場のお姉さんを完全に無視してエインヘリャルについて説明し始めた。

「いいか、タクト。勇敢なる戦士エインヘリャルってのはこの世界での俺様達プレイヤーの呼び名だ。さらに細かく言うとだな、俺様達はこの街を魔物の脅威から守るために神々によって召喚された異世界の戦士」

「それ知らなかったわ~。修羅刹はこの設定知ってたか?」

「そんなの知るわけないじゃない。クローズドベータテストの時って、わたしたち三日間ず~とダンジョンばっか行ってたでしょ。というか……NPCと会話したのって、わたしが知る限り最初に装備を買いに行ったあれが最初で最後じゃない?」

 修羅刹の返事を聞いた瞬間、僕は妙に納得してしまった。確かにあれ以降、僕も修羅刹もログイン時に噴水広場にいるぐらいで、それ以外はダンジョンに住みついているのかってぐらい、あの薄暗い洞窟にずっといた。

 ただひとりサンだけは『買い物に行ってくる』と言って、ふらっとダンジョンを抜け出す事があった。しばらくたってサンがダンジョンに戻って来るなり、このゲームのNPCのすごさについて、ゴブリン退治中にずっと力説していたのを思い出した。

 なるほど、あの時にこの情報も仕入れていたのか……やるな、サン。

 この答えが正解だと確信した事を態度で示すかのように、僕と修羅刹は小刻みに頷く。だが、そんな幻想もサンの一言で砕け散る。

「いや、アイコンに触れると概要が表示されるだろ。そこに普通にゲームの設定が載ってたぞ?お前ら……まさか見てないのか?」

 僕と修羅刹は息ぴったりで「「見てない!」」と断言する。それ以前に僕はそのアイコンを押す事はあっても触れた状態で放置した事がない。なので、VRデバイスにそんな仕様があった事すらサンに言われるまで全く知らなかった。

 サンはそんな僕達の反応にガッカリしたようで「マジかよぉ……」と嘆いていた。

 仲間内で会話が盛り上がり始めた時だった。先ほどまでずっと僕達の会話を黙々と聞いていた酒場のお姉さんは、痺れを切らしたようで首を傾げ問いかける。

「ねぇ~、このお話まだ続きそう?」

 その言葉を聞いた瞬間、僕達はピタッと話すのをやめ……それぞれ頭を下げ謝るのだった。

「いいのよ~、みんな楽しそうにお話していたからね~。それはそうとここは酒場ですよ~。なにか飲みませんか~?」

「酒場に来ておきながら実に言いにくいんだけど、僕達三人とも所持金0なんだ。僕達こういったお店が初めてで、つい覗いてみたくなって……」

 僕がお金がない事を正直に酒場のお姉さんに伝えると、彼女は「あらららら!?なるほど~、どうりでね~」とひとり何かを納得している。

 僕はついその酒場のお姉さんが言っている『どうりでね』という言葉が気になり質問した。

「あのぅ……『どうりでね』ってのはどういう意味ですか?」

 すると、酒場のお姉さんはパンッ!と拍手のように両手を合わせ、これまでにないにこやかな笑顔で僕の質問に答えてくれた。

「あ~、ごめんなさいね。あたしが勇敢なる戦士エインヘリャルさんって言ってもピンとこなかったのはあなたが新人さんだったからなのね~」

「はい、まだこの世界に来て間もないです」

「あらあらあらあら!?そういうことなら、あなたたちの門出を祝ってあたしが奢ってあげる~。アルコールが入ってるのはダメよ~。あなたたちどう見ても未成年だもの~。そ、れ、とあたしのことはこれからママって呼んでね~」

 その言葉を聞いた瞬間、一驚いっきょうし「「「ママ!?」」」と三人揃って大声を出していた。

「えぇ、そうよ~。酒場の主人のことをマスターって呼ぶでしょ~?でも~、あたしってマスターって雰囲気じゃないでしょ~、だから~、マ~マ♪」

 本当にこのゲームのNPCは、どれもこれも個性の塊のような人物ばかりだ。ただなぜかこの酒場のお姉さん……ママにはどこか親近感を抱いてしまう。

 僕はカウンターを指でトントン叩きながら、ママとよく似た雰囲気の人物を記憶の中から呼び起こす。

 そして僕は該当するその人物を思い出す。

 あ~、思い出した……この感じ、いづねぇに似ているわ。このおっとりした感じだけど、芯がある女性。見た目は全然似ていないけど、雰囲気はいづねぇにそっくりだ。それにあの人を堕落させんとする甘やかしっぷりも本当に良く似ている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

俺のギフト【草】は草を食うほど強くなるようです ~クズギフトの息子はいらないと追放された先が樹海で助かった~

草乃葉オウル
ファンタジー
★お気に入り登録お願いします!★ 男性向けHOTランキングトップ10入り感謝! 王国騎士団長の父に自慢の息子として育てられた少年ウォルト。 だが、彼は14歳の時に行われる儀式で【草】という謎のギフトを授かってしまう。 周囲の人間はウォルトを嘲笑し、強力なギフトを求めていた父は大激怒。 そんな父を「顔真っ赤で草」と煽った結果、ウォルトは最果ての樹海へ追放されてしまう。 しかし、【草】には草が持つ効能を増幅する力があった。 そこらへんの薬草でも、ウォルトが食べれば伝説級の薬草と同じ効果を発揮する。 しかも樹海には高額で取引される薬草や、絶滅したはずの幻の草もそこら中に生えていた。 あらゆる草を食べまくり最強の力を手に入れたウォルトが樹海を旅立つ時、王国は思い知ることになる。 自分たちがとんでもない人間を解き放ってしまったことを。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...