幸福の食卓

ますじ

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「聖慈、今日はいい天気だ」
 若草色のカーテンを開けば、燦々と輝く陽の光が大きな窓から差し込む。その眩しさに朔は目を眇めつつ、かつて自分の特等席だったリクライニングチェアに腰掛ける聖慈を見下ろした。聖慈はゆるりと首をこちらに向けると、無機質な瞳を細めて微笑む。
「本当だ。綺麗だな」
 
 聖慈の瞳に光は宿らない。朔の凶刃が聖慈の瞳を切り裂き、その世界を奪い取ったからだ。聖慈の瞳が潰えたかわりに、同じ場所には義眼が嵌められた。しかし二度と聖慈の瞳が世界を映すことはない。
 それからというもの、朔はその悪夢と自責の念に苛まれた。聖慈の瞳を奪ったのはこの自分だ。そんな自分が聖慈のそばにいていいものかとも思い悩んだ。しかしそんな朔の逡巡を、聖慈の言葉が否定した。どうかそばにいてほしい。それだけが願いだと。……病室の白いベッドの上で、そう声を震わせた聖慈のことを、朔は忘れられない。聖慈がそう望むのであれば、自分はそれに寄り添うしかないのだ。
 聖慈は仕事を辞めた。代わりに、朔はある場所に頭を下げ、非正規ではあるものの雇用してもらっている。他でもない聖慈の兄、聖斗の務める研究所だ。彼ははじめこそ面食らった顔をしていたが、心底興味なさそうに視線を逸らしたあと、勝手にしろ、とだけ言って朔を追い返した。その後、聖斗の命令だからと言って書類やら何やらを手にしたショウが現れ、あれよあれよという間に研究所での非正規雇用が決まった。とはいえ朔に任せられる仕事は雑用ばかりだが、それでも毎月十分すぎるほどの給金は受け取っているので、文句はない。
 また朔は、はじめの三日間だけ家政婦を雇った。一度この家を去った美谷が、偶然家の前を歩いているところを見つけたのだ。朔は咄嗟に彼女に追いすがり、頭を下げた。三日だけでいい。雇われてくれ。そして家事の仕方を教えてくれ、と。美谷ははじめ訝しがっていたが、やがて朔の勢いに折れ、約束通り三日間だけ再び聖慈の家で家政婦を務めた。その間に朔は、彼女から家事のやりかたを全て教わった。真剣な様子で取り組む朔を見て彼女も悪い気はしなかったのだろう、親切な指導があったおかげで、朔はたった三日で見違えるほど家事をこなせるようになった。美谷が家を去る日、朔はたった一人で三人分の豪華な食事を作り上げ、振る舞った。美谷が僅かな涙を滲ませながら、三人分にしては多すぎる食事を平らげていったのは忘れられない。
 盲目の聖慈の世話は決して楽な仕事ではなかったが、それでも朔の日々は充実していた。聖慈自身も次第に盲目の生活に慣れていき、家の中であればある程度は一人で動けるようにもなった。これも朔の支えがあったからだ、などと微笑む聖慈に、朔は得も言われぬ感情に襲われたものだ。
 
 聖慈と朔は、今までの関係ではなくなった。
 聖慈からの愛玩に絶望した朔はもういない。きっとあの凶刃が、朔の恐怖や絶望も一緒に切り裂いていったのだろう。むなしい愛情のすれ違いは終わりを告げた。
 朔はもう無知な子供ではない。それどころか、性というものを知ってしまった。快楽を知ってしまった朔は、自分が聖慈へと向ける感情の中に、確かな「性愛」が混ざっていることにも気づいてしまった。聖慈の「愛している」の言葉に、体が疼くような悦びを感じるのだ。たとえ血縁関係が判明したとしても……いや、だからこそ尚更、朔の聖慈への想いは燃え上がった。生まれて初めて知った「恋」でもある。己の父親に対して向ける感情というには、それはあまりにも熱烈で、そして淫らだった。
 
 きっかけは、何だったろうか。いつの間にか同じベッドで眠るようになって、そして、眠る相手に手を伸ばしたのは……朔のほうだった。
 気がついたら指を絡めあって、唇を重ねて、聖慈に跨っていた。何度も何度も口づけあい、勃起した聖慈を手でぎこちなく奉仕する。無我夢中だった。ただ聖慈がほしくて、一つになりたくてたまらなかった。自ら尻をほぐして、聖慈のそこに腰を落としていく。ゆっくりと飲み込んで、やがてすとんと座り込んでしまうと、奥まで聖慈が入り込んで甘い痺れが広がった。
「ん、あっ、あ……せ、いじ……」
 腹を満たす聖慈の熱が愛しくて、朔はうっとりと自分の下腹を撫でた。長大な聖慈を受け入れたそこはわずかに膨らんでいて、確かな存在を感じることができる。
「あ……、……ふふ、聖慈の、で、いっぱい……」
「……っ」
 聖慈が散々隠した欲というものを、はじめて朔は正面から受け止めることができた。それはとてつもない幸福だった。願っても届かなかった聖慈の本当の思いが、体中に満ちていく。それのどんなに幸せで、満たされることか。
 朔の知る性交渉は暴力ばかりだったが、それとは全く違う次元に存在する、愛を与え合う行為だ。嬉しくて、嬉しくてたまらない。自然と腹がきゅんきゅんと疼いて、中の聖慈を締め付けてしまう。しがみついて、離すまいとする。
「んあっ……あ、はあっ、せ、じ……あっ、あんっ!」
「朔……、……俺は、お前を……」
 なにか言いかけた聖慈の唇を再び奪い、舌を絡めながら腰を揺する。想いが溢れて壊れてしまいそうだ。好きだ、愛しい、嬉しい、幸せだ、言葉にするには重すぎて、あんまりにも大きすぎて、溢れ出すそれは涙に変わった。泣きながら聖慈の唇を貪り腰を振る朔を、聖慈は愛しそうに抱き寄せた。
「朔……、っあ」
「せぇじ、あっ、ぁあっ、せ、じぃ……っ!」
 馬鹿みたいに名前ばかり呼んでしまう。聖慈が小さく笑い、朔の頭を優しく撫でた。たったそれだけのことで朔の体は飛び上がり、頭が真っ白になる。絶頂に引きずりあげられた体はびくびくと痙攣し、聖慈の上で身悶えた。自然と中も強く締め付けてしまい、聖慈が低く息を詰める。早く中にほしい、自然とそう口にしていたようで、聖慈が困ったように笑っていた。
「は、……そんなことを言われたら、俺も、さすがに耐えられない……」
「ふあっ……、ごめん、なさ……でもぼく、おなかが、あつくて、せつなくて……いっぱい、ほしくてっ……!」
 聖慈の腹の上で自ら大きく足を開くと、繋がっているところがよく見えて、また興奮を煽られた。こんなにもみっちりと、隙間なく入っているのだ。まさしく脳が煮えて、全身の血液が沸騰した。結合部を指でそっと撫でると、中にいる聖慈が小さく脈打つ。そのわずかな変化も朔は見逃さず、中を締め付け、笑みを浮かべた。
「あっ……、いま、どくんってなった……ぼくで、こーふん、してる……?」
「っああ……している、当然だ」
 聖慈が手探りで朔の腰を掴む。優しい手付きだったが、下から突如強く突き上げられて、背中から倒れそうになった。仰け反ったまま天井を見つめ、はくはくと声にならない悲鳴をあげる。突然の強い刺激は体と脳の処理能力を超えていた。
「かはっ……! あっ……あっ、はあっ、せえじ、あっ、あぁあんっ!」
 女みたいだ。自分でも信じがたいような声が勝手に出てしまう。とにかく気持ち良くてたまらなかった。自分の中に聖慈がいるという事実だけでどうにかなってしまいそうなのに、そんな聖慈に中を掻き回されて、理性を保てというほうが無理な話だった。
「ん、あ、あ、すき、あっ、せいじ、あぁっ、きもち、い、きもちいいっ、ふあ、あぁあっ、あんっ、あぁっ!」
「っああ、俺も、いいよ……」
 座っているのもままならなくなって、聖慈の上に倒れ込む。聖慈は優しく朔を抱きとめて、背中に腕を回してくれた。体勢が変わったおかげで中を抉る角度も代わり、ひゃん、と雌猫のような声がでてしまった。それに羞恥を感じる暇もなく、下からがつがつと突き上げられ、朔の頭は快感一色に染まる。
「ふあっ、あっ、せぇじぃっ、あぁっ、あっ、いっちゃ、あぅうっ、いっひゃう、あっ、ひっ、あぁあ~~ッ!!」
 聖慈にしがみつきながら、朔が二度目の絶頂を迎える。その締め付けに促され、聖慈も眉間に深く皺を寄せた。ぐ、と息を詰めたあと、朔の腹を熱いものが満たしていく。聖慈も一緒に達したのだ。そう気付いたとき、朔はどうしようもない幸福感に襲われて、蕩けて死んでしまいそうになった。
「聖慈……あぅ……」
「……朔、…………俺達は」
 これでいいのか? 聖慈がふと、そんな馬鹿なことを口にする。朔は深々と首をかしげ、少しだけ体を起こして聖慈を見下ろした。男らしい首筋が目の前に曝け出されている。朔の手は自然とそこに伸びていた。両手を絡めて、少しだけ力を込める。聖慈は抵抗の一つもしない。ただ受け入れていた。このまま力を込め続ければ、きっと。
「いいんだよ、聖慈……愛してる」
 掴んでいた首から手を離す。軽く咳き込む聖慈の唇を奪って舌を絡めた。甘い味がする。甘くてとろとろに蕩けて、まるで濃厚な毒みたいな味だった。
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