54 / 60
52. クロードの後悔
しおりを挟む
部屋を出ていくポーリーンの背中を見つめていた。
離縁を受け入れる覚悟はとっくに出来ていた。だが、リフに離縁状を取り上げられたことを言い訳にして、提出するのをダラダラと先延ばしにしていた。
「良かったんですか」
いつの間にか戻ってきていたリフに問われて、クロードは「あぁ」とため息とも返事ともつかない声を漏らした。
「ポーリーンの、あんな晴れやかな顔は久しぶりに見たよ。……私は、あれを幸せにしてやれなかったな」
愛していた。22歳の時、18だったポーリーンと結婚してからずっと。一番は妻だった。二番三番がいた事は否めない。けれど、ポーリーンがいてくれたからこそ、の自分であった。
「子供を与えてやれなかったのが、いけなかったのかな?」
「授かりものですから」
「そう、だな。……そうだな」
10年。一度も子供ができなかった。
それにプレッシャーを感じていた。他の女性と遊んでも、やはり子供はできなかった。自分に原因があるのだ、と思う。けれどそれをはっきりさせることもなく、彼女が何も言わないことに甘えていた。
もっと早く、彼女を解放してやることが愛だったのかもしれない、と思う。
本当に大事だった。今にして思う。遅すぎたけれど。
「クロード様」
「……父上が生きていたら、なんて言ったかな」
「さぁ」
リフはさして興味もなさそうな声でそう応えた。
「リフ」
「はい」
「あれだけ離縁状提出を反対していたのに、やけにあっさり出してきたな?」
指示するより前に、リフは自発的に提出しに行った。以前、主人であるクロードが提出の指示をした時には拒んだ上に、自分での提出もできないようにとずっと持ち歩いていたというのに。
リフはじっとクロードを見つめ、口元だけ緩めた。
「クロード様の顔から、ポーリーン嬢への未練が消えたのが分かりましたので」
「そんなに未練がましい顔をしていたか?」
自分では意識していなかった。が、リフが言うのならそうなんだろう。
それに、とリフは続けた。
「ポーリーン嬢が子供を引き取ると言った時、クロード様が反対しなかったので」
「ん?」
「二人の父親となって、ポーリーン嬢と共に頑張る、というような生活は考えておられないのだろうなと」
あぁ、そう言えばそうだ。
「薄情な男だな、私は」
「そうですね」
「否定しないのか、主人だぞ」
「否定してほしくなさそうなお顔をしておられます」
椅子の背もたれに、力いっぱい寄りかかって大きく伸びをした。
「……ポーリーンは、幸せになれるかな」
「あの人はしたたかな女性ですよ、大丈夫です」
「そうだな、……お前、ポーリーンが嫌いか?」
リフはそれには答えなかった。
「素敵な女性を紹介してもらおう、ポーリーンに。お前にも」
あからさまにむっとした顔をするリフに、声をたてて笑った。
しばらくは、ポーリーンの店に通うことにしよう。友人として。
離縁を受け入れる覚悟はとっくに出来ていた。だが、リフに離縁状を取り上げられたことを言い訳にして、提出するのをダラダラと先延ばしにしていた。
「良かったんですか」
いつの間にか戻ってきていたリフに問われて、クロードは「あぁ」とため息とも返事ともつかない声を漏らした。
「ポーリーンの、あんな晴れやかな顔は久しぶりに見たよ。……私は、あれを幸せにしてやれなかったな」
愛していた。22歳の時、18だったポーリーンと結婚してからずっと。一番は妻だった。二番三番がいた事は否めない。けれど、ポーリーンがいてくれたからこそ、の自分であった。
「子供を与えてやれなかったのが、いけなかったのかな?」
「授かりものですから」
「そう、だな。……そうだな」
10年。一度も子供ができなかった。
それにプレッシャーを感じていた。他の女性と遊んでも、やはり子供はできなかった。自分に原因があるのだ、と思う。けれどそれをはっきりさせることもなく、彼女が何も言わないことに甘えていた。
もっと早く、彼女を解放してやることが愛だったのかもしれない、と思う。
本当に大事だった。今にして思う。遅すぎたけれど。
「クロード様」
「……父上が生きていたら、なんて言ったかな」
「さぁ」
リフはさして興味もなさそうな声でそう応えた。
「リフ」
「はい」
「あれだけ離縁状提出を反対していたのに、やけにあっさり出してきたな?」
指示するより前に、リフは自発的に提出しに行った。以前、主人であるクロードが提出の指示をした時には拒んだ上に、自分での提出もできないようにとずっと持ち歩いていたというのに。
リフはじっとクロードを見つめ、口元だけ緩めた。
「クロード様の顔から、ポーリーン嬢への未練が消えたのが分かりましたので」
「そんなに未練がましい顔をしていたか?」
自分では意識していなかった。が、リフが言うのならそうなんだろう。
それに、とリフは続けた。
「ポーリーン嬢が子供を引き取ると言った時、クロード様が反対しなかったので」
「ん?」
「二人の父親となって、ポーリーン嬢と共に頑張る、というような生活は考えておられないのだろうなと」
あぁ、そう言えばそうだ。
「薄情な男だな、私は」
「そうですね」
「否定しないのか、主人だぞ」
「否定してほしくなさそうなお顔をしておられます」
椅子の背もたれに、力いっぱい寄りかかって大きく伸びをした。
「……ポーリーンは、幸せになれるかな」
「あの人はしたたかな女性ですよ、大丈夫です」
「そうだな、……お前、ポーリーンが嫌いか?」
リフはそれには答えなかった。
「素敵な女性を紹介してもらおう、ポーリーンに。お前にも」
あからさまにむっとした顔をするリフに、声をたてて笑った。
しばらくは、ポーリーンの店に通うことにしよう。友人として。
2
お気に入りに追加
983
あなたにおすすめの小説
異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~
水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート!
***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!
公爵夫人(55歳)はタダでは死なない
あかいかかぽ
キャラ文芸
55歳の公爵夫人、サラ・ポータリーは唐突に離婚を申し渡される。
今から人生やり直しできるかしら。
ダチョウと中年婦人のドタバタコメディです。
傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~
日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】
https://ncode.syosetu.com/n1741iq/
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199
【小説家になろうで先行公開中】
https://ncode.syosetu.com/n0091ip/
働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。
地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?
愛する寵姫と国を捨てて逃げた貴方が何故ここに?
ましゅぺちーの
恋愛
シュベール王国では寵姫にのめり込み、政を疎かにする王がいた。
そんな愚かな王に人々の怒りは限界に達し、反乱が起きた。
反乱がおきると真っ先に王は愛する寵姫を連れ、国を捨てて逃げた。
城に残った王妃は処刑を覚悟していたが今までの功績により無罪放免となり、王妃はその後女王として即位した。
その数年後、女王となった王妃の元へやってきたのは王妃の元夫であり、シュベール王国の元王だった。
愛する寵姫と国を捨てて逃げた貴方が何故ここにいるのですか?
全14話。番外編ありです。
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
ネコ科に愛される加護を貰って侯爵令嬢に転生しましたが、獣人も魔物も聖獣もまとめてネコ科らしいです。
ゴルゴンゾーラ三国
ファンタジー
猫アレルギーながらも猫が大好きだった主人公は、猫を助けたことにより命を落とし、異世界の侯爵令嬢・ルティシャとして生まれ変わる。しかし、生まれ変わった国では猫は忌み嫌われる存在で、ルティシャは実家を追い出されてしまう。
しぶしぶ隣国で暮らすことになったルティシャは、自分にネコ科の生物に愛される加護があることを知る。
その加護を使って、ルティシャは愛する猫に囲まれ、もふもふ異世界生活を堪能する!
【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい
斑目 ごたく
ファンタジー
「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。
さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。
失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。
彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。
そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。
彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。
そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。
やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。
これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。
火・木・土曜日20:10、定期更新中。
この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。
乙女ゲーム攻略対象者の母になりました。
緋田鞠
恋愛
【完結】「お前を抱く気はない」。夫となった王子ルーカスに、そう初夜に宣言されたリリエンヌ。だが、子供は必要だと言われ、医療の力で妊娠する。出産の痛みの中、自分に前世がある事を思い出したリリエンヌは、生まれた息子クローディアスの顔を見て、彼が乙女ゲームの攻略対象者である事に気づく。クローディアスは、ヤンデレの気配が漂う攻略対象者。可愛い息子がヤンデレ化するなんて、耐えられない!リリエンヌは、クローディアスのヤンデレ化フラグを折る為に、奮闘を開始する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる