42 / 60
小休止 馬鹿でグズなアーニャ(1)
しおりを挟む
一方その頃、クロードの愛人アーニャです。
飛ばしてもらっても大丈夫です。
________________________
アーニャは、本日何度目かの深いため息をついた。
(もうこの先、生きていたっていいことなんか何にもないんだわ)
悔しいし、腹が立つし、何より悲しくて絶望している。
貴族なんてろくなものじゃない、なんてことずっと昔から……何なら生まれる前から分かっていたはずなのに。なのにどうしてこんな風になってしまったんだろう。
「だからやめておけって言っただろう」
苦虫をかみつぶしたような兄、パーヴェルの言葉に、プイっと横を向いた。
「分かってるわよ」
「分かっていないから言っているんだ」
「分かってるわよ!」
握りしめていたハンカチを兄の胸に投げつける。声が涙でにじんでしまったことが悔しくてたまらない。
「公爵様が、わたしなんて……わたしなんて恋人にしてくれるわけないって、知ってたし!」
「恋人じゃない、愛人だ。それも、よその家に隠されるほど、公にはしたくない愛人」
「どうしてそんなに意地悪なことを言うの、兄さん! だからまだ嫁の来手もないのよ!」
「馬鹿な妹には、きつい言葉じゃないと伝わらないだろう!」
どんどん大きくなる二人の声に、窓の外で小鳥が飛び立っていく。
「わたしと、ベルタと、何が違うわけ!?」
「っ……」
「お母さんが侯爵様に結婚してもらえなかったから、だから私はこんな目に合うんだわ。侯爵様が、家のために結婚させられた奥方を捨てられないから、弱虫だから、こんな目に合うんだわ」
「……それは違うよ、アーニャ」
視線を落として静かにそういう兄を睨みつけて、また横を向いた。
違う、なんてわかってる。「家のために結婚させられた」「だからお母さんは侯爵夫人になれなかった」、全部違う。
アーニャの父、ホイットモー侯爵の妻は5人の子を産んだ。奥方とは仲睦まじく、社交界でも有数のおしどり夫婦であるという。
(なら、なぜお母さんを愛人なんかにしたの)
それが悔しくてたまらない。母が妾なせいで不遇であったのだとそう思う。
そう思わずにはいられなかった。
母が侯爵を愛していることは事実だろう。けれど、侯爵の本当の気持ちなど全くわからない。母に聞くことも出来ず、推し量ることも難しい。そもそも、ホイットモーはこの家に来ることはほとんどなく、アーニャ自身も会ったことは数えるほどしかないのだ。
「お前が馬鹿なのは、母様のせいじゃない」
「馬鹿じゃないわ!」
「馬鹿だろう」
憐れむような目で見つめられると、悲しくなる。
馬鹿なのは知っている、何より自分が一番よく知っているのだ。
飛ばしてもらっても大丈夫です。
________________________
アーニャは、本日何度目かの深いため息をついた。
(もうこの先、生きていたっていいことなんか何にもないんだわ)
悔しいし、腹が立つし、何より悲しくて絶望している。
貴族なんてろくなものじゃない、なんてことずっと昔から……何なら生まれる前から分かっていたはずなのに。なのにどうしてこんな風になってしまったんだろう。
「だからやめておけって言っただろう」
苦虫をかみつぶしたような兄、パーヴェルの言葉に、プイっと横を向いた。
「分かってるわよ」
「分かっていないから言っているんだ」
「分かってるわよ!」
握りしめていたハンカチを兄の胸に投げつける。声が涙でにじんでしまったことが悔しくてたまらない。
「公爵様が、わたしなんて……わたしなんて恋人にしてくれるわけないって、知ってたし!」
「恋人じゃない、愛人だ。それも、よその家に隠されるほど、公にはしたくない愛人」
「どうしてそんなに意地悪なことを言うの、兄さん! だからまだ嫁の来手もないのよ!」
「馬鹿な妹には、きつい言葉じゃないと伝わらないだろう!」
どんどん大きくなる二人の声に、窓の外で小鳥が飛び立っていく。
「わたしと、ベルタと、何が違うわけ!?」
「っ……」
「お母さんが侯爵様に結婚してもらえなかったから、だから私はこんな目に合うんだわ。侯爵様が、家のために結婚させられた奥方を捨てられないから、弱虫だから、こんな目に合うんだわ」
「……それは違うよ、アーニャ」
視線を落として静かにそういう兄を睨みつけて、また横を向いた。
違う、なんてわかってる。「家のために結婚させられた」「だからお母さんは侯爵夫人になれなかった」、全部違う。
アーニャの父、ホイットモー侯爵の妻は5人の子を産んだ。奥方とは仲睦まじく、社交界でも有数のおしどり夫婦であるという。
(なら、なぜお母さんを愛人なんかにしたの)
それが悔しくてたまらない。母が妾なせいで不遇であったのだとそう思う。
そう思わずにはいられなかった。
母が侯爵を愛していることは事実だろう。けれど、侯爵の本当の気持ちなど全くわからない。母に聞くことも出来ず、推し量ることも難しい。そもそも、ホイットモーはこの家に来ることはほとんどなく、アーニャ自身も会ったことは数えるほどしかないのだ。
「お前が馬鹿なのは、母様のせいじゃない」
「馬鹿じゃないわ!」
「馬鹿だろう」
憐れむような目で見つめられると、悲しくなる。
馬鹿なのは知っている、何より自分が一番よく知っているのだ。
0
お気に入りに追加
979
あなたにおすすめの小説
【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。
ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。
なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。
妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。
しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。
この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。
*小説家になろう様からの転載です。
自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで
嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。
誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。
でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。
このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。
そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語
執筆済みで完結確約です。
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」
行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。
相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。
でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!
それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。
え、「何もしなくていい」?!
じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!
こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?
どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。
二人が歩み寄る日は、来るのか。
得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?
意外とお似合いなのかもしれません。笑
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる