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30. 幸せにします
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こちらを振り返ることなく歩いていくリフの背中を見つめながらぐるぐると考えていると、心配そうにポーリーンを見上げているユーゴに気付いた。
先日、クロードを撃退していたユーゴのしっかりした話しぶりを思い出す。こんな幼い子供ですら自分の言葉で話が出来るというのに、と思うと同時に、ポーリーンは声を上げていた。
「リフ!」
立ち止まり、リフはゆっくりとこちらを向いて軽く頭を下げる。
それから、呼び止められたことを驚く様子もなく、戻ってきた。
「伝言ですか? 承りますよ」
「……離縁状には、公爵様のサインはすでにいただいているのかしら?」
離縁に同意しているのかどうかをまず知りたい。
最後に会った時の様子だと、同意しているようには見えなかったけれど。でもその後まったく動きがないところを見ると、諦めたのかもしれないし。
返事を待つポーリーンを試すように、リフはにっこりと笑って首を傾げた。
「それは秘密ですね」
「なぜ」
「それは、ですね、奥様」
無礼なほどに丁寧にリフは言う。わからずやの子供を諭すようなこの態度が、以前から好きになれない。
「私は怒っているからです」
「貴方が怒るようなことなのかしら、わたくしたちの離縁は」
「私は、クロード様の側近であるとともに幼馴染であり乳兄弟でもあるんですよ、ご存じの通り」
表情は穏やかで笑顔を浮かべてはいるが、その目は笑っていない。
「クロード様の利益になることしかしませんよ」
「それは、わたくしと離縁させない、という意味かしら?」
くすりと本当におかしそうに笑い声を漏らしたあと、リフは馬鹿にしたように言った。
「思い上がりなさいますな」
ぞくりとするような声。
冷たい視線でポーリーンを見据えて、また穏やかな口調に戻る。
「簡単に離縁して、得をするのは誰です。奥様に未練があるクロード様ですか。違うでしょう。わがままにも旦那様を放置して出奔した奥様だけです」
「わがまま? わたくしが? クロードでしょう」
「違いますね」
これ見よがしにため息をつき、リフは続ける。
「いい機会なのでお伝えしておきますが、私はポーリーン様を認めているわけではない。クロード様が貴女が必要であるというから、離縁状は隠したのです」
「――あなたはどうしたいの?」
当たり前のことを聞くな、という様に肩眉を上げて、リフはポーリーンを睨みつけた。
「クロード様に幸せに過ごしてほしい。それだけですよ」
口元に笑みを浮かべる。
「クロード様の幸せに貴女が必要なのであれば戻っていただく。そうでないのならばお好きになさい」
その物言いに、テオドールの表情が険しくなる。手で制して、ポーリーンはにっこりと笑顔を作って告げた。
「わかりました。――オクレール公爵様を幸せにすればよろしいのね?」
先日、クロードを撃退していたユーゴのしっかりした話しぶりを思い出す。こんな幼い子供ですら自分の言葉で話が出来るというのに、と思うと同時に、ポーリーンは声を上げていた。
「リフ!」
立ち止まり、リフはゆっくりとこちらを向いて軽く頭を下げる。
それから、呼び止められたことを驚く様子もなく、戻ってきた。
「伝言ですか? 承りますよ」
「……離縁状には、公爵様のサインはすでにいただいているのかしら?」
離縁に同意しているのかどうかをまず知りたい。
最後に会った時の様子だと、同意しているようには見えなかったけれど。でもその後まったく動きがないところを見ると、諦めたのかもしれないし。
返事を待つポーリーンを試すように、リフはにっこりと笑って首を傾げた。
「それは秘密ですね」
「なぜ」
「それは、ですね、奥様」
無礼なほどに丁寧にリフは言う。わからずやの子供を諭すようなこの態度が、以前から好きになれない。
「私は怒っているからです」
「貴方が怒るようなことなのかしら、わたくしたちの離縁は」
「私は、クロード様の側近であるとともに幼馴染であり乳兄弟でもあるんですよ、ご存じの通り」
表情は穏やかで笑顔を浮かべてはいるが、その目は笑っていない。
「クロード様の利益になることしかしませんよ」
「それは、わたくしと離縁させない、という意味かしら?」
くすりと本当におかしそうに笑い声を漏らしたあと、リフは馬鹿にしたように言った。
「思い上がりなさいますな」
ぞくりとするような声。
冷たい視線でポーリーンを見据えて、また穏やかな口調に戻る。
「簡単に離縁して、得をするのは誰です。奥様に未練があるクロード様ですか。違うでしょう。わがままにも旦那様を放置して出奔した奥様だけです」
「わがまま? わたくしが? クロードでしょう」
「違いますね」
これ見よがしにため息をつき、リフは続ける。
「いい機会なのでお伝えしておきますが、私はポーリーン様を認めているわけではない。クロード様が貴女が必要であるというから、離縁状は隠したのです」
「――あなたはどうしたいの?」
当たり前のことを聞くな、という様に肩眉を上げて、リフはポーリーンを睨みつけた。
「クロード様に幸せに過ごしてほしい。それだけですよ」
口元に笑みを浮かべる。
「クロード様の幸せに貴女が必要なのであれば戻っていただく。そうでないのならばお好きになさい」
その物言いに、テオドールの表情が険しくなる。手で制して、ポーリーンはにっこりと笑顔を作って告げた。
「わかりました。――オクレール公爵様を幸せにすればよろしいのね?」
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