1 / 51
1. このブスはお金持ちです。
しおりを挟む
身なりの整った青年は、あからさまに目の前の女性から視線を逸らし、何度も葛藤するような表情を浮かべた末に絞り出すような声で言った。
「こ、……この縁談は、なかった、ことに……」
「残念ですわ、男爵様」
にぃーと笑った顔をちらりと見て、男爵と呼ばれた青年は青褪めた顔で、礼もそこそこに逃げるように去って行った。
その背中を見送りながら、腰に手を当ててふふんと笑い、
「根性なしね」
と勝ち誇ったように胸を張った。
お見合いを申し込んできた男を撃退した数、今の男で100人目。クロエ=ゴドルフィンはくるりと振り返ると、木の陰に潜んでいる兄に向ってピースを突き出した。
「100人斬り達成!」
「クロエ……」
頭痛がやまない、といった様子で額に手を当てて、兄のユーゴがため息交じりに出てきた。
「100人斬りという言い方は、やめなさい」
「?」
「いや、そもそも、……」
ユーゴは可愛い妹を見つめ、肩を落とす。
浅黒い肌、顔中に散らばったそばかす、ちりちりの髪。ぼさぼさの眉毛ににやにやと笑みの張り付いた口元。
「まだ続けるつもり? その悪趣味メイクを……」
「続けるわ」
ツギハギだらけのポシェットから取り出したコンパクトで顔を確認し、クロエは満足そうに笑った。
「化粧崩れもないなんて、さすがおじいちゃまのおすすめブランドのコスメ。この浅黒いファンデーションの発色の良さ! 細かいそばかすも滲まずに描けるペンシルなんて最高!」
パチン、とコンパクトを閉じると、クロエは兄にゆっくりと告げた。一歩一歩近づいていくと、ユーゴは怯んだようにその場から動けない。
「ゴドルフィン商会の孫娘が16歳になったとたんに、会ったこともない男からお見合いが殺到しているのよ? つまりそれは、おじいちゃまの会社とお金が狙われているってことでしょ? 持参金狙いってことでしょ? そんなの許せる? バカにしてるとは思わない?」
「まぁ、それはそうだけど、でも」
「でももへったくれもないのよ、兄さん! 第一、わたしだって別に断っているわけじゃないわ。断られているだけで」
そう、今まで一度もクロエのほうから断ったことはない。断るように仕向けてはいるけれど。
「お金が欲しいなら、死ぬほど欲しいなら、ドブスの悪女を妻にすることくらい覚悟してきてほしいわけよ」
祖父、ポール=ゴドルフィンはクロエの実の祖父ではない。クロエもユーゴも、ポールの娘であるポーリーンの養子だからだ。クロエは産みの親を知らない。だが、不幸ではない。溢れるほどの愛情を注がれて、何不自由なく育ててもらっている。
だからこそ、嫌なのだ。自分の夫となる男が、愛する祖父や家族を食い物にするような男であってはいけない。
「でもクロエ、せっかくの美人が……」
「ブスだったら、愛されないの?」
クロエの問いに、ユーゴは答えなかった。ブスでも愛される、といえば100戦100勝のお見合い撃退劇は何なのだ、ということになる。
ユーゴは、ちりちりした人工毛のカツラ頭を優しくなでた。
「本当のクロエを知らない人たちが、クロエのことを悪く言うのが耐えられないんだよ、僕は」
「兄さんは優しいのね」
びっくりした顔でそう言い、クロエは笑って胸を張った。
「そんなの、どうでもいいことだわ! ドブスにすら耐える根性のない男がおじいちゃまの財産に群がるのを阻止する。それだけよ」
発想が子供なんだよなぁ、という兄の言葉を無視してポシェットから読みかけの本を出し、ベンチへ座った。
一昨日発売したばかりの、大好きな作家の新刊。丁寧にページをめくり、視線を本から上げずに独り言のようにつぶやく。
「それに、これを続けていれば、お金や容姿に囚われない素敵な人に会えるかもしれないし」
「そうかなぁ」
「兄さんもこれ読んでよ、読み終わったら貸すから! アナスタシア先生の最新刊、今回も素敵なラブストーリー……。アナスタシア先生は、若いころに一世一代の大恋愛をされて、不幸にもそれは報われず、」
「いいよもう、それは何度も聞いたから」
なぜか兄は、恋愛小説の巨匠アナスタシア先生の話をすると、微妙な顔をする。
「……とにかく、わたしはこれでいいの」
それ以上の話はしない、という態度を示すため、クロエは活字を目で追い始めた。
ユーゴはその様子をしばらく見つめていたが、邪魔をしないようにとそっと戻って行った。
「こ、……この縁談は、なかった、ことに……」
「残念ですわ、男爵様」
にぃーと笑った顔をちらりと見て、男爵と呼ばれた青年は青褪めた顔で、礼もそこそこに逃げるように去って行った。
その背中を見送りながら、腰に手を当ててふふんと笑い、
「根性なしね」
と勝ち誇ったように胸を張った。
お見合いを申し込んできた男を撃退した数、今の男で100人目。クロエ=ゴドルフィンはくるりと振り返ると、木の陰に潜んでいる兄に向ってピースを突き出した。
「100人斬り達成!」
「クロエ……」
頭痛がやまない、といった様子で額に手を当てて、兄のユーゴがため息交じりに出てきた。
「100人斬りという言い方は、やめなさい」
「?」
「いや、そもそも、……」
ユーゴは可愛い妹を見つめ、肩を落とす。
浅黒い肌、顔中に散らばったそばかす、ちりちりの髪。ぼさぼさの眉毛ににやにやと笑みの張り付いた口元。
「まだ続けるつもり? その悪趣味メイクを……」
「続けるわ」
ツギハギだらけのポシェットから取り出したコンパクトで顔を確認し、クロエは満足そうに笑った。
「化粧崩れもないなんて、さすがおじいちゃまのおすすめブランドのコスメ。この浅黒いファンデーションの発色の良さ! 細かいそばかすも滲まずに描けるペンシルなんて最高!」
パチン、とコンパクトを閉じると、クロエは兄にゆっくりと告げた。一歩一歩近づいていくと、ユーゴは怯んだようにその場から動けない。
「ゴドルフィン商会の孫娘が16歳になったとたんに、会ったこともない男からお見合いが殺到しているのよ? つまりそれは、おじいちゃまの会社とお金が狙われているってことでしょ? 持参金狙いってことでしょ? そんなの許せる? バカにしてるとは思わない?」
「まぁ、それはそうだけど、でも」
「でももへったくれもないのよ、兄さん! 第一、わたしだって別に断っているわけじゃないわ。断られているだけで」
そう、今まで一度もクロエのほうから断ったことはない。断るように仕向けてはいるけれど。
「お金が欲しいなら、死ぬほど欲しいなら、ドブスの悪女を妻にすることくらい覚悟してきてほしいわけよ」
祖父、ポール=ゴドルフィンはクロエの実の祖父ではない。クロエもユーゴも、ポールの娘であるポーリーンの養子だからだ。クロエは産みの親を知らない。だが、不幸ではない。溢れるほどの愛情を注がれて、何不自由なく育ててもらっている。
だからこそ、嫌なのだ。自分の夫となる男が、愛する祖父や家族を食い物にするような男であってはいけない。
「でもクロエ、せっかくの美人が……」
「ブスだったら、愛されないの?」
クロエの問いに、ユーゴは答えなかった。ブスでも愛される、といえば100戦100勝のお見合い撃退劇は何なのだ、ということになる。
ユーゴは、ちりちりした人工毛のカツラ頭を優しくなでた。
「本当のクロエを知らない人たちが、クロエのことを悪く言うのが耐えられないんだよ、僕は」
「兄さんは優しいのね」
びっくりした顔でそう言い、クロエは笑って胸を張った。
「そんなの、どうでもいいことだわ! ドブスにすら耐える根性のない男がおじいちゃまの財産に群がるのを阻止する。それだけよ」
発想が子供なんだよなぁ、という兄の言葉を無視してポシェットから読みかけの本を出し、ベンチへ座った。
一昨日発売したばかりの、大好きな作家の新刊。丁寧にページをめくり、視線を本から上げずに独り言のようにつぶやく。
「それに、これを続けていれば、お金や容姿に囚われない素敵な人に会えるかもしれないし」
「そうかなぁ」
「兄さんもこれ読んでよ、読み終わったら貸すから! アナスタシア先生の最新刊、今回も素敵なラブストーリー……。アナスタシア先生は、若いころに一世一代の大恋愛をされて、不幸にもそれは報われず、」
「いいよもう、それは何度も聞いたから」
なぜか兄は、恋愛小説の巨匠アナスタシア先生の話をすると、微妙な顔をする。
「……とにかく、わたしはこれでいいの」
それ以上の話はしない、という態度を示すため、クロエは活字を目で追い始めた。
ユーゴはその様子をしばらく見つめていたが、邪魔をしないようにとそっと戻って行った。
18
お気に入りに追加
205
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」
先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。
「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。
だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。
そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
悪役令嬢ですが私のことは放っておいて下さい、私が欲しいのはマヨネーズどっぷりの料理なんですから
ミドリ
恋愛
公爵令嬢ナタ・スチュワートは、とある小説に前世の記憶を持って転生した異世界転生者。前世でハマりにハマったマヨネーズがこの世界にはないことから、王太子アルフレッドからの婚約破棄をキッカケにマヨネーズ求道へと突き進む。
イケメンな従兄弟や街で偶然助けてくれたイケメンの卵の攪拌能力を利用し、マヨネーズをこの世界に広めるべく奮闘するナタに忍び寄る不穏な影とは。
なろうにも掲載中です
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる