上 下
20 / 40

第20話

しおりを挟む
 バイトに行くのが気まずいと思ったのは初めてかもしれないな。

 昨日――というか今朝だが、レストランの前で千夏に遭遇して、光莉先輩におかしな誤解が生まれてなきゃいいんだが。

「昨日の子は和馬くんのお友達?」

 やっぱり聞かれました。いつものように洗い場越しに、なんとなく目を合わせてこない光莉先輩。ゲームばっかりで女っ気のない俺に、あんな可愛らしい女の子が話しかけてくるなんて意外、ですよね。

「あいつは高校の後輩で、別に友達ってわけじゃないんですけど、向こうはゲームのアカウントで俺のことを知ってて……」

「でも仲が良さそうだったよね」

 光莉先輩の目線はずっと下を向いている。両手でトレイを抱えて、その下の方を左右に行ったり来たりしている。

「まあマリヲカートで俺に張り合ってくる唯一のヤツっていうか、アイツも200㏄クラスでダントツに強いんですよ」

「私は100㏄クラスだから、和馬くんと同じレースに出られないんだよね」

「光莉先輩がマリヲカートもやってるなんて、知らなかったです」

「和馬くんは、女の子がゲームやってるのどう思う?」

「ゲームに男も女も関係ないですよ」

 まあエロゲは男のゲームだけど。

「だって前回の『桜杯チェリーカップ』で優勝したのは『firefly』ってアカウント名の女の人らしいですからね」

「女の人が優勝したの?」

 瞼が大きく見開いて、今日初めて目が合った。

「そうなんすよ、スゴイですよね! あの時は俺なんかまったく歯が立たなかったし」

「そういう人ってさ、和馬くんは憧れる……のかな」

「ゲームが強い人って憧れますね~」

 それが光莉先輩みたいな人だったらなおさらです。

「そっかぁ、和馬くんはゲームが好きだから、ゲームが上手な人がいいよね」

 俺はエロゲがメインですけどね。とは言えないけど。

「あ、お客さんが来たみたい」

 来客を知らせるメロディーが鳴り、光莉先輩はホールに出て行ってしまった。

 ほどなくして、キッチンにオーダーが伝えられる。

「注文はトロピカル苺パフェです」

「おい和馬、お前の出番だぞ」

 冨澤さんはオーブンからハンバーグを取り出して、皿に盛りつけている。デミグラスソースをかければ、まったり濃厚なデミハンバーグディッシュが完成だ。それを光莉先輩がナイフやフォークと一緒にトレイに乗せる。
 いつもと変わらない風景。誰が見ても美味しそうなハンバーグを、誰が見ても可愛らしい光莉先輩が運んでいく。

 俺は洗い物を中断して手を洗い、デザートの材料が入った冷蔵庫を開けた。

「よし、俺のパーフェクトな苺パフェで光莉先輩を唸らせてやる」

 そうだ。この仕事が俺と、光莉先輩の舞台フィールドだ。俺も冨澤さんのように一流の料理を作るようになって、光莉先輩に認めてもらうんだ。

 トロっとした苺ジュレとバニラアイスで層を作り、生クリームをしぼったらカットした苺を飾り付ける。最後にフルーティーな苺ソースをかければ、トロピカル苺パフェの完成だ。
 パフェグラスの中に赤と白の綺麗な層が敷かれる。生クリームの角度、苺の盛り付け、ソースのかかり具合、どれをとっても、

「カンペキだ!」

 これなら光莉先輩の心も甘くとろけること請け合いだ。

 しかし光莉先輩はパフェとパフェスプーンをトレイに乗せると、無言のまま運んでいった。

「あれぇ、上手く出来たと思ったんだけど……」

 いつもなら「今日は上手く出来たねぇ」とか褒めてくれるのに。

 キッチンの窓口からホールを覗くと、光莉先輩は窓際の一番奥の席で立ち止まった。テーブルにスプーンとパフェを置いて、お客さんと何か話している。
 それから会釈をして、光莉先輩はレジに向かった。

 窓際の席には女の子のお客さんが一人。俺が作ったトロピカル苺パフェに乱暴にスプーンを突っ込んで、中のアイスとソースをかき混ぜているのは、

「あれは……ほたる!?」

 テーブルにいる客はほたるだった。マヂかよ!? 苺パフェの苺をバックバクと平らげて、苺ミルクのようになったパフェの中身を飲むように食べている。
 って、お前が着てる服……それ俺のTシャツじゃねーか。しかもよりによって俺がバイトによく着てくるシャツじゃねーか!
 これは嫌な予感しかしないぞ。

 光莉先輩がレジを終えて戻ってくる。

「光莉先輩、何を話していたんですか?」

「パフェを作ったのは誰かって聞かれて」

 なんてことを聞いてくるんだ。地雷臭がプンプンするじゃないか。

「あの人、冨澤さんのお知り合いですか?」

 光莉先輩はひょいとキッチンの窓口から冨澤さんに問いかけた。

「いいや、オレにあんな美人の知り合いはいないな」

「じゃあ、和馬くんの知り合い?」

「違います!」

 嘘八百ところか、嘘八百万だ。

「ゲームオタクの和馬にあんな彼女がいるわけねえだろ」

「そっすね!」

 冨澤さん、ナイスなツッコミです。
 それにしてもアイツは一人で食べに来たのか? お金持ってるのかよ。

 ほどなくして光莉先輩が慌ててキッチンを覗き込む。

「和馬くんさっきの人、支払いは和馬くんにって言って帰っちゃったよ」

「なにぬねの!?」

「なんだよ、和馬の知り合いだったんじゃねえか」

「なんか、一緒に住んでるって……アパートの名前『辰野コーポ』って言ってた」

 アパートの名前まで言いやがった! 地雷は見事に炸裂、俺の脳ミソは成層圏くらいまで吹っ飛んだ。

「すごいね、彼女さんと同棲してるんだ」

 光莉先輩は今にもしおれそうな笑顔で俺に言った。

「いや、そうじゃなくて……」

「隠さなくていいじゃねえか。しかし羨ましいな、和馬があんな美人と」

「いや、冨澤さんも違うんですって」

 くそ、アイツお金持ってないのに勝手に食べに来やがって、あれじゃ食い逃げじゃないか。
 そんなことより、光莉先輩は完璧に誤解してるぞ。カニ歩きでフェードアウトして俺の視界から消えちゃってるし。
 洗い場からホールを覗いても目を合わせてこないし、声を掛けても、

「ごめん、ドリンクサーバー洗浄しないと」

 とか、

「補充が終わらないから後でね」

 といった感じで明らかに避けられてる。結局その後は、ひと言も口をきくことなくバイトを終え、光莉先輩はそそくさと逃げるように帰ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

処理中です...