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第20話
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バイトに行くのが気まずいと思ったのは初めてかもしれないな。
昨日――というか今朝だが、レストランの前で千夏に遭遇して、光莉先輩におかしな誤解が生まれてなきゃいいんだが。
「昨日の子は和馬くんのお友達?」
やっぱり聞かれました。いつものように洗い場越しに、なんとなく目を合わせてこない光莉先輩。ゲームばっかりで女っ気のない俺に、あんな可愛らしい女の子が話しかけてくるなんて意外、ですよね。
「あいつは高校の後輩で、別に友達ってわけじゃないんですけど、向こうはゲームのアカウントで俺のことを知ってて……」
「でも仲が良さそうだったよね」
光莉先輩の目線はずっと下を向いている。両手でトレイを抱えて、その下の方を左右に行ったり来たりしている。
「まあマリヲカートで俺に張り合ってくる唯一のヤツっていうか、アイツも200㏄クラスでダントツに強いんですよ」
「私は100㏄クラスだから、和馬くんと同じレースに出られないんだよね」
「光莉先輩がマリヲカートもやってるなんて、知らなかったです」
「和馬くんは、女の子がゲームやってるのどう思う?」
「ゲームに男も女も関係ないですよ」
まあエロゲは男のゲームだけど。
「だって前回の『桜杯』で優勝したのは『firefly』ってアカウント名の女の人らしいですからね」
「女の人が優勝したの?」
瞼が大きく見開いて、今日初めて目が合った。
「そうなんすよ、スゴイですよね! あの時は俺なんかまったく歯が立たなかったし」
「そういう人ってさ、和馬くんは憧れる……のかな」
「ゲームが強い人って憧れますね~」
それが光莉先輩みたいな人だったらなおさらです。
「そっかぁ、和馬くんはゲームが好きだから、ゲームが上手な人がいいよね」
俺はエロゲがメインですけどね。とは言えないけど。
「あ、お客さんが来たみたい」
来客を知らせるメロディーが鳴り、光莉先輩はホールに出て行ってしまった。
ほどなくして、キッチンにオーダーが伝えられる。
「注文はトロピカル苺パフェです」
「おい和馬、お前の出番だぞ」
冨澤さんはオーブンからハンバーグを取り出して、皿に盛りつけている。デミグラスソースをかければ、まったり濃厚なデミハンバーグディッシュが完成だ。それを光莉先輩がナイフやフォークと一緒にトレイに乗せる。
いつもと変わらない風景。誰が見ても美味しそうなハンバーグを、誰が見ても可愛らしい光莉先輩が運んでいく。
俺は洗い物を中断して手を洗い、デザートの材料が入った冷蔵庫を開けた。
「よし、俺のパーフェクトな苺パフェで光莉先輩を唸らせてやる」
そうだ。この仕事が俺と、光莉先輩の舞台だ。俺も冨澤さんのように一流の料理を作るようになって、光莉先輩に認めてもらうんだ。
トロっとした苺ジュレとバニラアイスで層を作り、生クリームをしぼったらカットした苺を飾り付ける。最後にフルーティーな苺ソースをかければ、トロピカル苺パフェの完成だ。
パフェグラスの中に赤と白の綺麗な層が敷かれる。生クリームの角度、苺の盛り付け、ソースのかかり具合、どれをとっても、
「カンペキだ!」
これなら光莉先輩の心も甘くとろけること請け合いだ。
しかし光莉先輩はパフェとパフェスプーンをトレイに乗せると、無言のまま運んでいった。
「あれぇ、上手く出来たと思ったんだけど……」
いつもなら「今日は上手く出来たねぇ」とか褒めてくれるのに。
キッチンの窓口からホールを覗くと、光莉先輩は窓際の一番奥の席で立ち止まった。テーブルにスプーンとパフェを置いて、お客さんと何か話している。
それから会釈をして、光莉先輩はレジに向かった。
窓際の席には女の子のお客さんが一人。俺が作ったトロピカル苺パフェに乱暴にスプーンを突っ込んで、中のアイスとソースをかき混ぜているのは、
「あれは……ほたる!?」
テーブルにいる客はほたるだった。マヂかよ!? 苺パフェの苺をバックバクと平らげて、苺ミルクのようになったパフェの中身を飲むように食べている。
って、お前が着てる服……それ俺のTシャツじゃねーか。しかもよりによって俺がバイトによく着てくるシャツじゃねーか!
これは嫌な予感しかしないぞ。
光莉先輩がレジを終えて戻ってくる。
「光莉先輩、何を話していたんですか?」
「パフェを作ったのは誰かって聞かれて」
なんてことを聞いてくるんだ。地雷臭がプンプンするじゃないか。
「あの人、冨澤さんのお知り合いですか?」
光莉先輩はひょいとキッチンの窓口から冨澤さんに問いかけた。
「いいや、オレにあんな美人の知り合いはいないな」
「じゃあ、和馬くんの知り合い?」
「違います!」
嘘八百ところか、嘘八百万だ。
「ゲームオタクの和馬にあんな彼女がいるわけねえだろ」
「そっすね!」
冨澤さん、ナイスなツッコミです。
それにしてもアイツは一人で食べに来たのか? お金持ってるのかよ。
ほどなくして光莉先輩が慌ててキッチンを覗き込む。
「和馬くんさっきの人、支払いは和馬くんにって言って帰っちゃったよ」
「なにぬねの!?」
「なんだよ、和馬の知り合いだったんじゃねえか」
「なんか、一緒に住んでるって……アパートの名前『辰野コーポ』って言ってた」
アパートの名前まで言いやがった! 地雷は見事に炸裂、俺の脳ミソは成層圏くらいまで吹っ飛んだ。
「すごいね、彼女さんと同棲してるんだ」
光莉先輩は今にもしおれそうな笑顔で俺に言った。
「いや、そうじゃなくて……」
「隠さなくていいじゃねえか。しかし羨ましいな、和馬があんな美人と」
「いや、冨澤さんも違うんですって」
くそ、アイツお金持ってないのに勝手に食べに来やがって、あれじゃ食い逃げじゃないか。
そんなことより、光莉先輩は完璧に誤解してるぞ。カニ歩きでフェードアウトして俺の視界から消えちゃってるし。
洗い場からホールを覗いても目を合わせてこないし、声を掛けても、
「ごめん、ドリンクサーバー洗浄しないと」
とか、
「補充が終わらないから後でね」
といった感じで明らかに避けられてる。結局その後は、ひと言も口をきくことなくバイトを終え、光莉先輩はそそくさと逃げるように帰ってしまった。
昨日――というか今朝だが、レストランの前で千夏に遭遇して、光莉先輩におかしな誤解が生まれてなきゃいいんだが。
「昨日の子は和馬くんのお友達?」
やっぱり聞かれました。いつものように洗い場越しに、なんとなく目を合わせてこない光莉先輩。ゲームばっかりで女っ気のない俺に、あんな可愛らしい女の子が話しかけてくるなんて意外、ですよね。
「あいつは高校の後輩で、別に友達ってわけじゃないんですけど、向こうはゲームのアカウントで俺のことを知ってて……」
「でも仲が良さそうだったよね」
光莉先輩の目線はずっと下を向いている。両手でトレイを抱えて、その下の方を左右に行ったり来たりしている。
「まあマリヲカートで俺に張り合ってくる唯一のヤツっていうか、アイツも200㏄クラスでダントツに強いんですよ」
「私は100㏄クラスだから、和馬くんと同じレースに出られないんだよね」
「光莉先輩がマリヲカートもやってるなんて、知らなかったです」
「和馬くんは、女の子がゲームやってるのどう思う?」
「ゲームに男も女も関係ないですよ」
まあエロゲは男のゲームだけど。
「だって前回の『桜杯』で優勝したのは『firefly』ってアカウント名の女の人らしいですからね」
「女の人が優勝したの?」
瞼が大きく見開いて、今日初めて目が合った。
「そうなんすよ、スゴイですよね! あの時は俺なんかまったく歯が立たなかったし」
「そういう人ってさ、和馬くんは憧れる……のかな」
「ゲームが強い人って憧れますね~」
それが光莉先輩みたいな人だったらなおさらです。
「そっかぁ、和馬くんはゲームが好きだから、ゲームが上手な人がいいよね」
俺はエロゲがメインですけどね。とは言えないけど。
「あ、お客さんが来たみたい」
来客を知らせるメロディーが鳴り、光莉先輩はホールに出て行ってしまった。
ほどなくして、キッチンにオーダーが伝えられる。
「注文はトロピカル苺パフェです」
「おい和馬、お前の出番だぞ」
冨澤さんはオーブンからハンバーグを取り出して、皿に盛りつけている。デミグラスソースをかければ、まったり濃厚なデミハンバーグディッシュが完成だ。それを光莉先輩がナイフやフォークと一緒にトレイに乗せる。
いつもと変わらない風景。誰が見ても美味しそうなハンバーグを、誰が見ても可愛らしい光莉先輩が運んでいく。
俺は洗い物を中断して手を洗い、デザートの材料が入った冷蔵庫を開けた。
「よし、俺のパーフェクトな苺パフェで光莉先輩を唸らせてやる」
そうだ。この仕事が俺と、光莉先輩の舞台だ。俺も冨澤さんのように一流の料理を作るようになって、光莉先輩に認めてもらうんだ。
トロっとした苺ジュレとバニラアイスで層を作り、生クリームをしぼったらカットした苺を飾り付ける。最後にフルーティーな苺ソースをかければ、トロピカル苺パフェの完成だ。
パフェグラスの中に赤と白の綺麗な層が敷かれる。生クリームの角度、苺の盛り付け、ソースのかかり具合、どれをとっても、
「カンペキだ!」
これなら光莉先輩の心も甘くとろけること請け合いだ。
しかし光莉先輩はパフェとパフェスプーンをトレイに乗せると、無言のまま運んでいった。
「あれぇ、上手く出来たと思ったんだけど……」
いつもなら「今日は上手く出来たねぇ」とか褒めてくれるのに。
キッチンの窓口からホールを覗くと、光莉先輩は窓際の一番奥の席で立ち止まった。テーブルにスプーンとパフェを置いて、お客さんと何か話している。
それから会釈をして、光莉先輩はレジに向かった。
窓際の席には女の子のお客さんが一人。俺が作ったトロピカル苺パフェに乱暴にスプーンを突っ込んで、中のアイスとソースをかき混ぜているのは、
「あれは……ほたる!?」
テーブルにいる客はほたるだった。マヂかよ!? 苺パフェの苺をバックバクと平らげて、苺ミルクのようになったパフェの中身を飲むように食べている。
って、お前が着てる服……それ俺のTシャツじゃねーか。しかもよりによって俺がバイトによく着てくるシャツじゃねーか!
これは嫌な予感しかしないぞ。
光莉先輩がレジを終えて戻ってくる。
「光莉先輩、何を話していたんですか?」
「パフェを作ったのは誰かって聞かれて」
なんてことを聞いてくるんだ。地雷臭がプンプンするじゃないか。
「あの人、冨澤さんのお知り合いですか?」
光莉先輩はひょいとキッチンの窓口から冨澤さんに問いかけた。
「いいや、オレにあんな美人の知り合いはいないな」
「じゃあ、和馬くんの知り合い?」
「違います!」
嘘八百ところか、嘘八百万だ。
「ゲームオタクの和馬にあんな彼女がいるわけねえだろ」
「そっすね!」
冨澤さん、ナイスなツッコミです。
それにしてもアイツは一人で食べに来たのか? お金持ってるのかよ。
ほどなくして光莉先輩が慌ててキッチンを覗き込む。
「和馬くんさっきの人、支払いは和馬くんにって言って帰っちゃったよ」
「なにぬねの!?」
「なんだよ、和馬の知り合いだったんじゃねえか」
「なんか、一緒に住んでるって……アパートの名前『辰野コーポ』って言ってた」
アパートの名前まで言いやがった! 地雷は見事に炸裂、俺の脳ミソは成層圏くらいまで吹っ飛んだ。
「すごいね、彼女さんと同棲してるんだ」
光莉先輩は今にもしおれそうな笑顔で俺に言った。
「いや、そうじゃなくて……」
「隠さなくていいじゃねえか。しかし羨ましいな、和馬があんな美人と」
「いや、冨澤さんも違うんですって」
くそ、アイツお金持ってないのに勝手に食べに来やがって、あれじゃ食い逃げじゃないか。
そんなことより、光莉先輩は完璧に誤解してるぞ。カニ歩きでフェードアウトして俺の視界から消えちゃってるし。
洗い場からホールを覗いても目を合わせてこないし、声を掛けても、
「ごめん、ドリンクサーバー洗浄しないと」
とか、
「補充が終わらないから後でね」
といった感じで明らかに避けられてる。結局その後は、ひと言も口をきくことなくバイトを終え、光莉先輩はそそくさと逃げるように帰ってしまった。
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