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【本編】アングラーズ王国編
障壁(カリーナ視点)
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祝賀パーティーの会場に入ると、華やかな装いの来賓客で溢れていた。
ドーム型の解放的な天井は、ステンドグラスになっていて、日の光を浴びてキラキラと色鮮やかに輝き、その天井からは巨大なシャンデリアが吊り下げられている。
そんな豪奢な会場を、私は物珍しく見回していると「どうぞ」と言って、一緒に来ていたエアリスがドリンクを渡してくれた。
「今日は眼鏡かけてないんだね」
「ええ。ドレスの時は合わないし、眼鏡はかけないようにしているの」
私はお礼を言って、エアリスからドリンクを受け取った。
隣にいるエアリスは、華やかな装飾がついた漆黒の詰襟の礼服を身に纏い、いつもよりぐっと大人びて見える。
侯爵家にいた時は、ボサボサだった青みがかった黒髪も、今は綺麗に整えられていた。
「昨夜は大変だったみたいだね」
「ええ……」
皇女殿下との一件を思いだし、私はぎこちなく微笑んだ。
「でも、お兄様の想いは堅いみたいだし、安心して──」
エアリスがそう言いかけた時、人々の談笑でざわついていた会場が、急に静まり返った。
壇上に目を向けると、アングラーズ王国のグラシアン国王陛下とリリー王妃殿下が登壇していた。
グラシアン陛下の挨拶が始まると、隣にいたエアリスが「お父様の話はさ、毎回、無駄に長いから」と私の耳元で囁くので、もう少しで吹き出す所だった。
私はグラシアン陛下の挨拶を聞きながら、会場にいるであろうレアン殿下の姿を探した。
すると、すぐに見つかり、レアン殿下は壇上に近い場所に立ち、グラシアン陛下の話を聞いていた。
そのすぐ隣に、ローズ皇女殿下の姿を見つけ、私は思わず目を逸らした。
「ん?どうしたの?」
そんな私の様子を見て、エアリスが不思議そうに聞いて来たので「なんでもないわ」と、私は慌てて囁き首を振った。
「──皆様に感謝申し上げます。そして今日、アングラーズ王国の建国記念という祝いの場で、もうひとつ祝福すべき発表があります」
そんな時、グラシアン陛下の言葉が、不意に私の耳に入ってきた。
「アングラーズ王国の王太子であるレアンと、フェアクール帝国のローズ皇女殿下との婚約が、正式に決定した事をこの場で発表させて頂きます」
グラシアン陛下がそう言った次の瞬間、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「フェアクール帝国とは、長い間戦を繰り返してきましたが、この婚約で──」
グラシアン陛下の話は続いていたが、私の耳には全く入って来なかった。
婚約が決定した?
レアン殿下はそんなこと一言も──
私がレアン殿下を見ると、彼は非常に厳しい目つきでグラシアン陛下を見据えていた。
「やられたね。こんな所で大々的に発表されたら、簡単には覆せないよ。お兄様も祝いの場では、否定する事も出来ないし」
隣にいたエアリスが囁いた。
「大丈夫?カリーナ」
私の顔を見たエアリスが、心配そうに言った。
「だいっ……」
大丈夫。そう言おうとしたが、言葉に詰まって最後まで言えなかった。
壇上のそばでは、レアン殿下とローズ皇女殿下が招待客に囲まれ、祝福を受けているのが見える。
容姿端麗で、身分もつり合っている2人の姿が、私には眩しすぎて、見ているのが辛かった。
「外に出よう」
エアリスは気遣わしげにそう言うと、私の手を力強く引いた。
祝福に沸く人々の間をすり抜け、私たちは会場から出ようとした。
「カリーナ様」
その時、後から声をかけられ振り返ると、そこには白い隊服を着た、アングラーズ王国の近衛騎士が立っていた。
「国王陛下がお呼びですので、控室の方まで来て頂けますか?」
「……分かりました」
私が頷くと、近衛騎士は「ご案内致します」と言って歩き出した。
私はその後について行こうとした時。
「最悪──」
隣にいたエアリスは、顔を歪めてそう呟いた。
私とエアリスは会場近くにある控室に案内された。
グラシアン陛下はまだ来ておらず、私とエアリスはソファに座り、落ち着かない気持ちでしばらく待っていた。
「待たせてすまなかったね」
グラシアン陛下はそう言いながら、数名の近衛騎士と共に部屋に入って来た。
私は慌てて立ち上がり、グラシアン陛下と挨拶を交わした。
「エアリスが世話になったね」
グラシアン陛下はそう言って、私たちとは対面の位置に腰を下ろした。
「私の方こそ、エアリス殿下には色々と助けて頂いて、大変お世話になりました」
私は深く一礼すると、エアリスの隣に静かに腰を下ろした。
「先ほど発表した通り、レアンとローズ皇女との婚約が決まって、私も喜ばしいかぎりだ。フェアクール帝国とは長らく敵対していたが、これを機にやっと和平の道を歩めそうだ」
グラシアン陛下はそう言うと、私の顔をじっと見据えた。
レアン殿下と同じ深海のような瑠璃色の瞳が、冷淡に光っている。
「それなのに、レアンはローズ皇女との婚約に納得がいかないようでね。これまでは私に歯向かう事がなかったから、非常に困っているのだ」
グラシアン陛下は「やれやれ」と首を小さく振ると、疲れたように視線を落とした。
「レアンは君と婚約したいと言っている。すまないが、君の方からレアンを断って貰えないだろうか。レアンは国の為に、行く行くはローズ皇女と結婚して貰わなければならない。分かってくれるね?ローレル侯爵令嬢」
「国王陛下。それはカリーナ様とお兄様が決める事で、ここで決めるような内容ではないかと思いますが」
その時、エアリスが間に割って入ってきた。
グラシアン陛下を責めるような、鋭い視線を送っている。
「お前はまだそんな生ぬるい事を言っているのか。エアリス。そんな事より、いつまでもフラフラしていないで、もっと公務に励みなさい。お前がいない間、レアンがお前の分の仕事までこなしていたんだよ」
「私の分の仕事が増えるくらい、お兄様にとっては大したことないですよ。私と違って優秀ですから」
「お前はいつまでレアンに甘えているんだ。それだからお前は、いつまで経ってもレアンに遠く及ばないのだ」
隣のエアリスを見ると、今まで見た事もないような冷酷な表情で、グラシアン陛下に対峙していた。
そのあまりに重苦しい空気に、私が耐えられなくなった時、唐突に扉がノックされた。
「失礼致します。グラシアン陛下、少し宜しいでしょうか?」
そう言って部屋に入って来た男性は、グラシアン陛下の耳元で何事か囁いた。
グラシアン陛下はそれに頷くと「分かった。そちらに行く」と言って立ち上がった。
「私はこれで失礼するよ。ローレル侯爵令嬢、レアンの件、宜しく頼んだよ」
グラシアン陛下はそう言い残すと、近衛騎士を引き連れて出て行った。
「だから帰って来たくなかったんだよ」
エアリスはグラシアン陛下が出て行った扉に向けて、吐き捨てるように言った。
「ごめんなさい。エアリス。私のせいで…」
「気にしないで。いつもの事だから」
エアリスはそう言うと、深いため息をついた。
そして「あーあ」と言って、ソファにもたれ掛かると天井を見上げた。
「ここにいるとさ、常にお兄様と比較されるんだ。『お前はなんでそんなに出来ないんだ。レアンをもっと見倣いなさい』って、そればっかり。あんな何もかもずば抜けて優秀で、完璧なあの人に、俺が敵う訳がないのに。もっと頑張れ、もっと努力しろ、そればっかり。もう、うんざりなんだよ。だからここから、出て行ったのに……」
常に、優秀な兄と比べられる日々。
そんなエアリスの境遇を思うと、私は胸が痛んだ。
「どうして人は、誰かと比べたがるのかしらね……」
私もエアリスと同じだ。
レアン殿下と比べ、ローズ皇女殿下と比べ、それに対して、あまりに劣っている自分に傷つく。
自分と他人を比べたって、良い事は何もないのに、比べて、比べられて、傷ついて、永遠にそのくり返し。
抜け出せない。
「──侯爵家は、居心地が良かったよ。誰も、俺とお兄様を比べたりしなかったから」
エアリスはそう言うと、力なく笑った。
侯爵家にはもう戻れない。
その寂しさが、言葉に込められていた。
「エアリスには、貴方にしかない良さがちゃんとあるわ。私はいつも、エアリスに助けて貰ってばかりだった。本当にありがとう。私だけは、絶対に貴方を比べたりしないから」
私はエアリスに微笑んだ。
「ありがとう。だから俺は──」
エアリスはそう言いかけると、真剣な眼差しで私をじっと見つめてきた。
そんなエアリスに、私が困惑していると「ごめん。ごめん」と言って、おどけるように笑った。
「いつもカリーナを応援してる。お兄様と、上手くいくと良いね」
***
私たちがパーティー会場に戻ると、エアリスは招待客に声をかけられ談笑を始めたので、私は少し離れた所でそれを眺めていた。
私はこれからどうしたら良いのだろう。
グラシアン陛下は、私がレアン殿下を断る事を望んでいる。
私を婚約者として歓迎するつもりなど、最初からない。
そんな状況で一緒になったとして、私たちに未来はあるのだろうか。
私は耐えられるのだろか。
「カリーナ」
その時、不意に後から肩に手を置かれ、私はビクッとして振り向いた。
「ごめんね。声はかけたんだけど……」
レアン殿下が少し戸惑ったように微笑んでいた。
その後には、ローズ皇女殿下が無表情にこちらを見ている。
ローズ皇女殿下は深い青色のドレスを身に纏い、ふわりと膨らんだスカートの裾には銀糸で見事な刺繍が施されていた。レアン殿下の瞳と、髪の色でまとめられたそのドレスは、彼の婚約者だと主張しているかのようだった。
「話があるんだ。だから──」
「レアン殿下。すみません。少し宜しいですか?」
その時、補佐官のユーリ様が足早にやって来て、レアン殿下に耳打ちした。
「ごめん。すぐに戻るから」
レアン殿下は申し訳なさそうにそう言うと、ユーリ様と人混みに消えて行った。
「それ、どうしたの」
突然、目の前にいるローズ皇女殿下が、私の胸元を凝視しならがらそう言った。
私は疑問に思い、ローズ皇女殿下の視線の先に目を向けると、レアン殿下から貰ったダイヤモンドのネックレスが輝いていた。
「あっ、あの、これは──」
やましい事は何もないのに、私はなんと答えれば良いのか分からず、ネックレスを隠すように手で包んだ。
「あなた、それがどのくらい価値があるものか、分かっているの?小国の侯爵令嬢が買える代物じゃないのよ」
ローズ皇女殿下は吐き捨てるようにそう言うと、私に顔を近づけた。
「それをレアン殿下に貰ったからって、私に勝ったと思ってるの?自分の身分につり合わない物を身につけたって、みっともないだけよ。馬鹿みたい。私がレアン殿下の婚約者になることを、グラシアン陛下も、来賓客たちも望んでいるの。分かるでしょう?私は皆から認められ、求められているのよ。貴女とは違うわ」
ローズ皇女殿下は私に顔を近づけて、そう囁くと、薄ら笑いを浮かべた。
「……確かに、その通りです。私は皆から求められてはいません。ですが、レアン殿下だけは違います。ローズ皇女殿下は、自分に思いを寄せていない相手と、無理矢理婚約して、それで本当に良いのですか?」
レアン殿下のみ求められる私と、唯一、レアン殿下のみに求められないローズ皇女殿下。
立場が真逆な私たち。
なんて皮肉なのだろう。
私もローズ皇女殿下も、このままの状況では未来がない。
「──なに言っているの?レアン殿下は、私を好きになるわ。これから、必ず。私がそうさせてみせる。それよりも、本当に目障りだわ。あなた。さっさとこの場から消えてくれない?」
ローズ皇女殿下の緋色の瞳に、不気味な光が宿った時「ローズ皇女殿下」と言って、横から颯爽と現れた人物がいた。
「初めまして。私はアングラーズ王国第二王子のエアリス・アングラーズと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
エアリスは気品溢れる動作で一礼すると、ローズ皇女殿下に微笑みかけた。
「貴方のような美しい方が婚約者だなんて、お兄様が羨ましいです」
「い、いえ……そんな事は……」
いつもは強気のローズ皇女殿下が、何故だか恥ずかしそうに俯いている。
「ローズ皇女殿下、良ければ私と一緒に踊りませんか?」
「えっ?あの、でも、レアン殿下が……」
「大丈夫ですよ。お兄様はまだ戻って来ませんから。行きましょう」
エアリスはそう言って、戸惑うローズ皇女殿下の手を取ると、半ば強引にダンスフロアへ消えて行った。
エアリスは私に一瞥もしなかった。
その事に衝撃を受けた私は、二人がいなくなったなった後も、茫然と立ち尽くしていた。
「カリーナ」
その時、足早にレアン殿下が戻って来た。
「エアリスがローズ皇女殿下を連れて行ったね」
「──はい。私が皇女殿下と話をしていたら、エアリスが来て、連れて行ってしまいました」
「そう……」
レアン殿下はそう言うと、エアリスたちが消えて行った方向を、しばらく無言で見つめていた。
「レアン殿下?」
「──あっ、ごめん。外に出ようか。また邪魔されたくないからね」
レアン殿下は一転して微笑むと、私に手を差し出した。
「私とローズ皇女殿下の婚約は、まだ正式には決定してないんだ。国王陛下は、私が断れなくなるように、外堀から固めていきたいらしいけど」
レアン殿下は、庭園にある噴水の縁に腰かけながらそう言った。私もその隣に座っている。
祝賀パーティーが始まる前は晴れていた空も、今は雲で覆われ、昼下がりなのに辺りは薄暗かった。
「先ほど、グラシアン陛下に、レアン殿下を断るように言われました」
私はポツリと、レアン殿下にそう言った。
「あの人は、そんな事を君に言ったの?」
レアン殿下は怒気を抑えるように、ゆっくりとそう言った。
「グラシアン陛下が国の為に、ローズ皇女殿下との婚約を望むのは、あたり前だと思います」
しかし、そこに私たちの気持ちは反映されていない。
かと言って、自分達の気持ちを優先させると、国の為にはならない。
堂々巡りだった。
「ローズ皇女殿下では、駄目なのですか?」
先ほど、ローズ皇女殿下に強気の発言をしてしまったが、将来、国を背負う立場のレアン殿下には、彼女と婚約した方が良い気がしてならない。
ローズ皇女殿下なら、本当にレアン殿下を振り向かせる事が出来るだろうし……
「──それ、本気で言っているの?」
その低い声には、明らかな苛立ちが含まれていた。
いつもは柔和なレアン殿下が、怒りの感情をあらわにしたので、私は酷く動揺してしまった。
「その……レアン殿下と私とでは、身分も容姿も全てつり合いませんし……」
「つり合わないって何?身分も、容姿も、私が努力して、自ら獲得したものではないよ。そんなものを比べられたって、どうしようもない」
レアン殿下はそう言うと、疲れたように息を吐いた。
「ごめん。今日は冷静に話せそうにない。明日、出掛けた時にまた話そう。それで、カリーナの気持ちが変わらないのであれば──」
レアン殿下は噴水の縁から立ち上がると、正面から私を見下ろした。
「私はローズ皇女殿下と婚約する」
ドーム型の解放的な天井は、ステンドグラスになっていて、日の光を浴びてキラキラと色鮮やかに輝き、その天井からは巨大なシャンデリアが吊り下げられている。
そんな豪奢な会場を、私は物珍しく見回していると「どうぞ」と言って、一緒に来ていたエアリスがドリンクを渡してくれた。
「今日は眼鏡かけてないんだね」
「ええ。ドレスの時は合わないし、眼鏡はかけないようにしているの」
私はお礼を言って、エアリスからドリンクを受け取った。
隣にいるエアリスは、華やかな装飾がついた漆黒の詰襟の礼服を身に纏い、いつもよりぐっと大人びて見える。
侯爵家にいた時は、ボサボサだった青みがかった黒髪も、今は綺麗に整えられていた。
「昨夜は大変だったみたいだね」
「ええ……」
皇女殿下との一件を思いだし、私はぎこちなく微笑んだ。
「でも、お兄様の想いは堅いみたいだし、安心して──」
エアリスがそう言いかけた時、人々の談笑でざわついていた会場が、急に静まり返った。
壇上に目を向けると、アングラーズ王国のグラシアン国王陛下とリリー王妃殿下が登壇していた。
グラシアン陛下の挨拶が始まると、隣にいたエアリスが「お父様の話はさ、毎回、無駄に長いから」と私の耳元で囁くので、もう少しで吹き出す所だった。
私はグラシアン陛下の挨拶を聞きながら、会場にいるであろうレアン殿下の姿を探した。
すると、すぐに見つかり、レアン殿下は壇上に近い場所に立ち、グラシアン陛下の話を聞いていた。
そのすぐ隣に、ローズ皇女殿下の姿を見つけ、私は思わず目を逸らした。
「ん?どうしたの?」
そんな私の様子を見て、エアリスが不思議そうに聞いて来たので「なんでもないわ」と、私は慌てて囁き首を振った。
「──皆様に感謝申し上げます。そして今日、アングラーズ王国の建国記念という祝いの場で、もうひとつ祝福すべき発表があります」
そんな時、グラシアン陛下の言葉が、不意に私の耳に入ってきた。
「アングラーズ王国の王太子であるレアンと、フェアクール帝国のローズ皇女殿下との婚約が、正式に決定した事をこの場で発表させて頂きます」
グラシアン陛下がそう言った次の瞬間、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
「フェアクール帝国とは、長い間戦を繰り返してきましたが、この婚約で──」
グラシアン陛下の話は続いていたが、私の耳には全く入って来なかった。
婚約が決定した?
レアン殿下はそんなこと一言も──
私がレアン殿下を見ると、彼は非常に厳しい目つきでグラシアン陛下を見据えていた。
「やられたね。こんな所で大々的に発表されたら、簡単には覆せないよ。お兄様も祝いの場では、否定する事も出来ないし」
隣にいたエアリスが囁いた。
「大丈夫?カリーナ」
私の顔を見たエアリスが、心配そうに言った。
「だいっ……」
大丈夫。そう言おうとしたが、言葉に詰まって最後まで言えなかった。
壇上のそばでは、レアン殿下とローズ皇女殿下が招待客に囲まれ、祝福を受けているのが見える。
容姿端麗で、身分もつり合っている2人の姿が、私には眩しすぎて、見ているのが辛かった。
「外に出よう」
エアリスは気遣わしげにそう言うと、私の手を力強く引いた。
祝福に沸く人々の間をすり抜け、私たちは会場から出ようとした。
「カリーナ様」
その時、後から声をかけられ振り返ると、そこには白い隊服を着た、アングラーズ王国の近衛騎士が立っていた。
「国王陛下がお呼びですので、控室の方まで来て頂けますか?」
「……分かりました」
私が頷くと、近衛騎士は「ご案内致します」と言って歩き出した。
私はその後について行こうとした時。
「最悪──」
隣にいたエアリスは、顔を歪めてそう呟いた。
私とエアリスは会場近くにある控室に案内された。
グラシアン陛下はまだ来ておらず、私とエアリスはソファに座り、落ち着かない気持ちでしばらく待っていた。
「待たせてすまなかったね」
グラシアン陛下はそう言いながら、数名の近衛騎士と共に部屋に入って来た。
私は慌てて立ち上がり、グラシアン陛下と挨拶を交わした。
「エアリスが世話になったね」
グラシアン陛下はそう言って、私たちとは対面の位置に腰を下ろした。
「私の方こそ、エアリス殿下には色々と助けて頂いて、大変お世話になりました」
私は深く一礼すると、エアリスの隣に静かに腰を下ろした。
「先ほど発表した通り、レアンとローズ皇女との婚約が決まって、私も喜ばしいかぎりだ。フェアクール帝国とは長らく敵対していたが、これを機にやっと和平の道を歩めそうだ」
グラシアン陛下はそう言うと、私の顔をじっと見据えた。
レアン殿下と同じ深海のような瑠璃色の瞳が、冷淡に光っている。
「それなのに、レアンはローズ皇女との婚約に納得がいかないようでね。これまでは私に歯向かう事がなかったから、非常に困っているのだ」
グラシアン陛下は「やれやれ」と首を小さく振ると、疲れたように視線を落とした。
「レアンは君と婚約したいと言っている。すまないが、君の方からレアンを断って貰えないだろうか。レアンは国の為に、行く行くはローズ皇女と結婚して貰わなければならない。分かってくれるね?ローレル侯爵令嬢」
「国王陛下。それはカリーナ様とお兄様が決める事で、ここで決めるような内容ではないかと思いますが」
その時、エアリスが間に割って入ってきた。
グラシアン陛下を責めるような、鋭い視線を送っている。
「お前はまだそんな生ぬるい事を言っているのか。エアリス。そんな事より、いつまでもフラフラしていないで、もっと公務に励みなさい。お前がいない間、レアンがお前の分の仕事までこなしていたんだよ」
「私の分の仕事が増えるくらい、お兄様にとっては大したことないですよ。私と違って優秀ですから」
「お前はいつまでレアンに甘えているんだ。それだからお前は、いつまで経ってもレアンに遠く及ばないのだ」
隣のエアリスを見ると、今まで見た事もないような冷酷な表情で、グラシアン陛下に対峙していた。
そのあまりに重苦しい空気に、私が耐えられなくなった時、唐突に扉がノックされた。
「失礼致します。グラシアン陛下、少し宜しいでしょうか?」
そう言って部屋に入って来た男性は、グラシアン陛下の耳元で何事か囁いた。
グラシアン陛下はそれに頷くと「分かった。そちらに行く」と言って立ち上がった。
「私はこれで失礼するよ。ローレル侯爵令嬢、レアンの件、宜しく頼んだよ」
グラシアン陛下はそう言い残すと、近衛騎士を引き連れて出て行った。
「だから帰って来たくなかったんだよ」
エアリスはグラシアン陛下が出て行った扉に向けて、吐き捨てるように言った。
「ごめんなさい。エアリス。私のせいで…」
「気にしないで。いつもの事だから」
エアリスはそう言うと、深いため息をついた。
そして「あーあ」と言って、ソファにもたれ掛かると天井を見上げた。
「ここにいるとさ、常にお兄様と比較されるんだ。『お前はなんでそんなに出来ないんだ。レアンをもっと見倣いなさい』って、そればっかり。あんな何もかもずば抜けて優秀で、完璧なあの人に、俺が敵う訳がないのに。もっと頑張れ、もっと努力しろ、そればっかり。もう、うんざりなんだよ。だからここから、出て行ったのに……」
常に、優秀な兄と比べられる日々。
そんなエアリスの境遇を思うと、私は胸が痛んだ。
「どうして人は、誰かと比べたがるのかしらね……」
私もエアリスと同じだ。
レアン殿下と比べ、ローズ皇女殿下と比べ、それに対して、あまりに劣っている自分に傷つく。
自分と他人を比べたって、良い事は何もないのに、比べて、比べられて、傷ついて、永遠にそのくり返し。
抜け出せない。
「──侯爵家は、居心地が良かったよ。誰も、俺とお兄様を比べたりしなかったから」
エアリスはそう言うと、力なく笑った。
侯爵家にはもう戻れない。
その寂しさが、言葉に込められていた。
「エアリスには、貴方にしかない良さがちゃんとあるわ。私はいつも、エアリスに助けて貰ってばかりだった。本当にありがとう。私だけは、絶対に貴方を比べたりしないから」
私はエアリスに微笑んだ。
「ありがとう。だから俺は──」
エアリスはそう言いかけると、真剣な眼差しで私をじっと見つめてきた。
そんなエアリスに、私が困惑していると「ごめん。ごめん」と言って、おどけるように笑った。
「いつもカリーナを応援してる。お兄様と、上手くいくと良いね」
***
私たちがパーティー会場に戻ると、エアリスは招待客に声をかけられ談笑を始めたので、私は少し離れた所でそれを眺めていた。
私はこれからどうしたら良いのだろう。
グラシアン陛下は、私がレアン殿下を断る事を望んでいる。
私を婚約者として歓迎するつもりなど、最初からない。
そんな状況で一緒になったとして、私たちに未来はあるのだろうか。
私は耐えられるのだろか。
「カリーナ」
その時、不意に後から肩に手を置かれ、私はビクッとして振り向いた。
「ごめんね。声はかけたんだけど……」
レアン殿下が少し戸惑ったように微笑んでいた。
その後には、ローズ皇女殿下が無表情にこちらを見ている。
ローズ皇女殿下は深い青色のドレスを身に纏い、ふわりと膨らんだスカートの裾には銀糸で見事な刺繍が施されていた。レアン殿下の瞳と、髪の色でまとめられたそのドレスは、彼の婚約者だと主張しているかのようだった。
「話があるんだ。だから──」
「レアン殿下。すみません。少し宜しいですか?」
その時、補佐官のユーリ様が足早にやって来て、レアン殿下に耳打ちした。
「ごめん。すぐに戻るから」
レアン殿下は申し訳なさそうにそう言うと、ユーリ様と人混みに消えて行った。
「それ、どうしたの」
突然、目の前にいるローズ皇女殿下が、私の胸元を凝視しならがらそう言った。
私は疑問に思い、ローズ皇女殿下の視線の先に目を向けると、レアン殿下から貰ったダイヤモンドのネックレスが輝いていた。
「あっ、あの、これは──」
やましい事は何もないのに、私はなんと答えれば良いのか分からず、ネックレスを隠すように手で包んだ。
「あなた、それがどのくらい価値があるものか、分かっているの?小国の侯爵令嬢が買える代物じゃないのよ」
ローズ皇女殿下は吐き捨てるようにそう言うと、私に顔を近づけた。
「それをレアン殿下に貰ったからって、私に勝ったと思ってるの?自分の身分につり合わない物を身につけたって、みっともないだけよ。馬鹿みたい。私がレアン殿下の婚約者になることを、グラシアン陛下も、来賓客たちも望んでいるの。分かるでしょう?私は皆から認められ、求められているのよ。貴女とは違うわ」
ローズ皇女殿下は私に顔を近づけて、そう囁くと、薄ら笑いを浮かべた。
「……確かに、その通りです。私は皆から求められてはいません。ですが、レアン殿下だけは違います。ローズ皇女殿下は、自分に思いを寄せていない相手と、無理矢理婚約して、それで本当に良いのですか?」
レアン殿下のみ求められる私と、唯一、レアン殿下のみに求められないローズ皇女殿下。
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なんて皮肉なのだろう。
私もローズ皇女殿下も、このままの状況では未来がない。
「──なに言っているの?レアン殿下は、私を好きになるわ。これから、必ず。私がそうさせてみせる。それよりも、本当に目障りだわ。あなた。さっさとこの場から消えてくれない?」
ローズ皇女殿下の緋色の瞳に、不気味な光が宿った時「ローズ皇女殿下」と言って、横から颯爽と現れた人物がいた。
「初めまして。私はアングラーズ王国第二王子のエアリス・アングラーズと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
エアリスは気品溢れる動作で一礼すると、ローズ皇女殿下に微笑みかけた。
「貴方のような美しい方が婚約者だなんて、お兄様が羨ましいです」
「い、いえ……そんな事は……」
いつもは強気のローズ皇女殿下が、何故だか恥ずかしそうに俯いている。
「ローズ皇女殿下、良ければ私と一緒に踊りませんか?」
「えっ?あの、でも、レアン殿下が……」
「大丈夫ですよ。お兄様はまだ戻って来ませんから。行きましょう」
エアリスはそう言って、戸惑うローズ皇女殿下の手を取ると、半ば強引にダンスフロアへ消えて行った。
エアリスは私に一瞥もしなかった。
その事に衝撃を受けた私は、二人がいなくなったなった後も、茫然と立ち尽くしていた。
「カリーナ」
その時、足早にレアン殿下が戻って来た。
「エアリスがローズ皇女殿下を連れて行ったね」
「──はい。私が皇女殿下と話をしていたら、エアリスが来て、連れて行ってしまいました」
「そう……」
レアン殿下はそう言うと、エアリスたちが消えて行った方向を、しばらく無言で見つめていた。
「レアン殿下?」
「──あっ、ごめん。外に出ようか。また邪魔されたくないからね」
レアン殿下は一転して微笑むと、私に手を差し出した。
「私とローズ皇女殿下の婚約は、まだ正式には決定してないんだ。国王陛下は、私が断れなくなるように、外堀から固めていきたいらしいけど」
レアン殿下は、庭園にある噴水の縁に腰かけながらそう言った。私もその隣に座っている。
祝賀パーティーが始まる前は晴れていた空も、今は雲で覆われ、昼下がりなのに辺りは薄暗かった。
「先ほど、グラシアン陛下に、レアン殿下を断るように言われました」
私はポツリと、レアン殿下にそう言った。
「あの人は、そんな事を君に言ったの?」
レアン殿下は怒気を抑えるように、ゆっくりとそう言った。
「グラシアン陛下が国の為に、ローズ皇女殿下との婚約を望むのは、あたり前だと思います」
しかし、そこに私たちの気持ちは反映されていない。
かと言って、自分達の気持ちを優先させると、国の為にはならない。
堂々巡りだった。
「ローズ皇女殿下では、駄目なのですか?」
先ほど、ローズ皇女殿下に強気の発言をしてしまったが、将来、国を背負う立場のレアン殿下には、彼女と婚約した方が良い気がしてならない。
ローズ皇女殿下なら、本当にレアン殿下を振り向かせる事が出来るだろうし……
「──それ、本気で言っているの?」
その低い声には、明らかな苛立ちが含まれていた。
いつもは柔和なレアン殿下が、怒りの感情をあらわにしたので、私は酷く動揺してしまった。
「その……レアン殿下と私とでは、身分も容姿も全てつり合いませんし……」
「つり合わないって何?身分も、容姿も、私が努力して、自ら獲得したものではないよ。そんなものを比べられたって、どうしようもない」
レアン殿下はそう言うと、疲れたように息を吐いた。
「ごめん。今日は冷静に話せそうにない。明日、出掛けた時にまた話そう。それで、カリーナの気持ちが変わらないのであれば──」
レアン殿下は噴水の縁から立ち上がると、正面から私を見下ろした。
「私はローズ皇女殿下と婚約する」
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そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
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2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
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こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
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