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【本編】アングラーズ王国編

再会(カリーナ視点)

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 ベルレアン王国の侯爵家から、3日間かけてアングラーズ王国の宮殿に到着した時、空は美しい夕焼けに染まっていた。

 馬車から降りた私は、目の前に聳え立つ、夕日に染まった煌びやかな宮殿に目を奪われた。
 その宮殿の前には、色とりどりの薔薇が咲き乱れる見事な庭園が広がり、その中央には豪奢な噴水が水音を立てていた。

「すごい…」

 私は圧倒されて思わず声を漏らすと、隣にいたエアリスは「そう?」と言って、興味なさそうにあくびをした。

「俺は疲れたから、先に行くね」

 エアリスは素っ気なく言うと、近衛騎士と共に宮殿の中へ消えて行った。

「相変わらずですね。あいつは」

 そばにやって来たアルが、呆れたようにそう言った。

 旅路の間、エアリスは口数が少なく、ずっと元気がなかった。
 宮殿に戻りたくなかったのだろう。
 一緒に連れて来るべきではなかったのかも知れない。

「カリーナ。久しぶりだね」

 私がそう思慮を巡らせていると、背後から突然、名前を呼ばれた。

 聞き覚えがある涼やかな声。
 私が振り向くと、やはりそこにはレアン殿下が穏やかに微笑んでいた。

「レアン殿下…」

 私はそう言って、引き寄せられるように、思わず足を踏み出した。
 しかし、その背後には、ぴったりと寄り添うように、美しい女性が立っていた。
 私は瞬時に足を止め、顔を強ばらせた。

 私よりだいぶ年下のその女性は、緩やかにウェーブした金髪をハーフアップにして、ルビーの様に輝く緋色の瞳をしていた。
 陶器の様に滑らかなその肌は、透き通るように白く、小柄で華奢な体躯は、長身のレアン殿下と並ぶと余計に際立って、庇護欲を掻き立てられる。

 私は一目見て直ぐ、この美しい女性がフェアクール帝国の皇女殿下なのだと理解した。

「こちらはフェアクール帝国のローズ・フェアクール皇女殿下です」

 レアン殿下がそう紹介する隣で、皇女殿下は私に向かって妖艶に微笑んだ。

「始めまして。皇女殿下。私は、ベルレアン王国から参りましたカリーナ・ローレルと申します」

 私はそう言って一礼すると、皇女殿下は「よく存じ上げておりますわ」と言って目を細めた。

「ローズ皇女殿下。私は、これからカリーナ様をご案内しなければならないので、宮殿に戻って頂いてもよろしいですか?」

 レアン殿下がそう言うと「分かりました。では、宮殿でお待ちしておりますね。レアン殿下」と言って、皇女殿下はレアン殿下に熱い眼差しを向けると、宮殿へ去って行った。

「一体なんなんですか?あの人は」

 皇女殿下が宮殿に入るのを見届けると、憤慨したようにアルが言った。

「レアン殿下の婚約者の方ですよね」

 レアン殿下は言いづらいのか、思案している様子だったので、私がそう聞いた。

「婚約者?!何を考えてるんですか?貴方は!!」

 アルは物凄い剣幕でレアン殿下に詰め寄ったので、近衛騎士たちに押さえられてしまった。

「違うよ。婚約者じゃない。勝手に縁談が舞い込んだだけだ」

 レアン殿下は、ため息をついてそう言うと、近衛騎士たちにアルを放すよう指示をした。

「私が勘違いしたばかりに…ごめんなさい」
「いや、カリーナは悪くないよ。誤解させてしまってごめんね」

 レアン殿下は力なく笑うと「アルフレート。ちょっといいかな?」と言って、アルを連れて少し離れた場所に行くと、2人で何か真剣に話し込んでいた。

 ポツンと取り残された私は、庭園の美しい花々をぼんやりと眺めながら、先ほど会った皇女殿下の事を考えていた。
 レアン殿下は婚約者ではないと否定していたけれど、皇女殿下は明らかにレアン殿下を恋慕していた。
 あんなに若くて、綺麗な人に言い寄られたら、
 レアン殿下もきっと満更でもないに違いない。

 そう思うと、胸がズキリと痛んだ。

「待たせてごめんね。カリーナ。これからちょっと散歩しよう。見せたいものがあるんだ」

 レアン殿下は戻って来るとそう言った。
 アルはこちらには来ずに、近衛騎士と共に宮殿近くにある洋館の方へ歩いて行った。

「アルフレートは宿泊予定の部屋に連れて行くだけだから、大丈夫だよ」

 私がアルを心配している事に気がついたレアン殿下は、優しくそう言った。

 私達は黄昏に包まれた庭園を、ゆっくりと歩いた。

 周りには近衛騎士はおろか、人影もなく、静かで、辺りは段々と藍色が濃くなっていく。

「やっと、出会えたんだ。諦められる訳がない」

 前を歩いていたレアン殿下が、突然、そう呟くと立ち止まり、私の方を振り向いた。
 その顔は、いつものようにほほ笑んでいたけれど、どこか、疲れが滲み出ているように感じた。

 仕事が忙しいのだろうか。

「大丈夫ですか?顔色が優れないようですが…」

 私が心配になってそう聞くと、レアン殿下は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑い出した。

「大丈夫。大丈夫。建国記念式典の準備で、最近ちょっと忙しくてね」
「明日が祝賀パーティーなのに、私と一緒にいて大丈夫でしょうか?」

 まだ色々と準備があるのではないか、そう思慮していた私を、レアン殿下は「気にしないで。全部、優秀な部下に丸投げしたから」と言って、悪戯っぽくほほ笑んだ。

「エアリスの事、色々と迷惑をかけたと思うけど、本当にありがとう」
「迷惑だなんて…エアリスにはいつも助けて貰ってばかりでした」

 エアリスは一見、マイペースで自分勝手の様に見えるけど、本当は人の事をよく見ていて、少しでも変化があるとすぐに気がついて、いつも助けてくれる。

 エアリスは心が優しいのだ。
 誰よりも、きっと。

「エアリスは、なぜ宮殿から出て行ったのでしょうか?」

 私はそれがずっと疑問だった。

 余程の事がない限り、エアリスは宮殿から出て行くなどしないはずだ。

「…それは分からない。でも、宮殿ここはそんなに居心地が良い所ではないからね。カリーナの侯爵家とは違うよ」

 レアン殿下は俯いて、少し眉を潜めるように、顔を歪めた。

「エアリスはもう侯爵家には戻れないのですか?」
「恐らく、国王陛下が許さないだろうね。エアリスも来年で成人になる。縁談の話だって、これから本格的になるだろう。エアリスが望もうと、望まなくても関係ない。ここはそう言う世界だから」

 やはり、エアリスを連れて来るべきではなかったのだ。
 しかし、アングラーズ王国の国王陛下の命に背いてまで、侯爵家にとどめて置く事も出来ない。

 なんて自分は無力なんだろう。
 私の中で、自責の念が膨れ上がっていく。

「カリーナは優しいね」

 レアン殿下はそう言うと、手を伸ばし、私の頬に優しく触れた。
 レアン殿下の温かくて、大きな手が、私に触れている。その事実が、私の心をギュッと掴んだ。

 そんな時、レアン殿下は私の眼鏡に手をかけると、スッとそれを外してしまった。

「あっ…」

 私が呆気に取られていると、レアン殿下は私の眼鏡をじっと見つめた。

「これ、度が入ってないよね。なのに、何でかけているの?眼鏡があると、カリーナの綺麗なすみれ色の瞳が濁って見えるよ」
「その眼鏡は…亡くなった母の形見なのです」

 レアン殿下は「そう…」と言うと、私の手に眼鏡をそっと戻した。

「いつかは眼鏡を外さないと、と思っているのですが、なかなか外せないのです。母に守られている気がして…」

 私はそう言うと、古びた丸ぶちの眼鏡を眺めた。

 大切に使っているものの、10年以上かけているその眼鏡はだいぶくたびれていた。
 壊れるのも時間の問題だろう。

「眼鏡は必要ないと思えるくらい、これからは私が君を守るよ。ずっと、永遠に」

 レアン殿下の真剣な眼差しに、私は思わず引き込まれそうになった。

「レアン殿下は、なぜ私を…」

 なぜこんなにも地味で、対して取り柄もない私を、想ってくれるのだろう。
 皇女殿下のように、地位も、美貌も持ち合わせていないのに。
 絶対につり合うわけがないのに。

「カリーナは自分を卑下してるんだよ。君は、魅力的な女性だよ。出会った時からずっと…変わらない」

 レアン殿下の深海のような瞳に魅入られて、私は言葉を発する事が出来なくなった。

「祝賀パーティーが終わった翌日、一緒に出かけよう。そこで全てを話すよ。私がなぜ、カリーナを想っているのか──」

──ヒュー

 その時、突然、口笛のような音が辺りに響いた。
 私はなんだろうと思って、辺りを見渡した。

──ドーン

 すると、宮殿の真上に大輪の光の花が広がったかと思うと、身体中に響き渡るような物凄い音が響いた。
 私がその音に驚いていると、瞬く間に、宮殿の真上の夜空を大輪の黄金の花が埋めつくし、地鳴りのような、物凄い音が連続して鳴り響いた。

 私は、初めて見る、そのあまりの壮大な美しさに言葉も失い、ただただ見惚れていた。

「花火だよ。知っている?」

 私を見つめるレアン殿下の瞳に花火が映り、キラキラと美しく輝いていた。

「はい」

 花火の話は過去に聞いた事があった。
 火薬が爆発して出来る光の花だと。

 でも、誰から聞いたのだろう。
 思い出せなかった。

「建国記念式典の前夜に、毎年、宮殿の裏から花火を打ち上げるんだよ。カリーナに見せたかったんだ」

 そう言うと、レアン殿下は再び花火に目を向けた。

 その横顔はどこか遠くを見るような、少し寂しげな表情をしていた。
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