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愛と憎しみの狭間で⑫

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 目が覚めると、私は宮殿の私室にいた。

 窓から差し込む明るい朝日が、ベッドで横になっていた私の頬を柔らかく照らしていた。

「ソフィア」

 名を呼ばれ私は身を起こそうとした。

「痛っ……」

 その時、太股に激痛が走った。

 そうだった。義兄の洗脳を解く為に、自らの足を刺したのだったと思い出す。

「起きなくていい」

 私をいたわるような優しい声音に驚いて、私は恐る恐る彼の顔を見た。

「フェリクス……陛下」

 フェリクス陛下が私の枕元に座って微笑んでいた。
 いつもとは全く違う、彼の穏やかな表情に私は戸惑った。

「あ、あの……お身体は大丈夫ですか?」

「ああ。骨は折れているが問題ない。すぐに治る」

「そうですか……ゼウスお義兄様は……?」

「……ゼウスは私が殺した」

 お義兄様が死んだ──

 何とも言えない感情が沸いてきたが、私を洗脳してフェリクス陛下を殺させようとした彼を許す事は出来なかった。

「ゼウスが君を屋敷から連れ去ったんだ。彼は異能者で、相手の言動を操作する能力を持っていた。……ソフィア。十年前の事件の時、君は操られていたんだよ」

 そうだったのか……

 今思えば、私の記憶が飛ぶ前には、必ずそばに義兄がいた。

 そう言う事だったのか……

「十年前、君はゼウスに操られていただけなのに、私はそれに気づけなかった。君に暴言を吐かれ、裏切られたと思い込み、ずっと憎んでしまっていた。……信じてあげられなくて、本当にごめん」

「……良いんです。謝らないでください。当時の状況では仕方ありませんから。それに、フェリクス陛下は私を憎んでいても、いつも助けてくれました。本当にありがとうございます……どうか、スカーレット皇女殿下とお幸せに……」

「スカーレット皇女との婚約は破談にした」

 彼の思いがけない言葉に、思考が一瞬停止した。

「えっ……?どうしてですか?」

「愛せない相手と婚約しても意味がないからな」

 フェリクス陛下は私を愛おしそうに見つめると、手を伸ばして私の髪に優しく触れた。

 彼がどうしてそんな事をするのか、訳が分からなかった。

「ゼウスの企みによって、私は異能の力を失い、死にかけていた。そんな時、ソフィアが私に能力を注ぎ込んでくれた。私を助けてくれてありがとう」

 以前は冷たく輝いていた緋色の瞳が、今は穏やかで温かな光を宿していた。

「君は自身の能力全てを私に注ぎ込んだんだな。私の能力は元に戻ったが、そのせいで君の異能の力は失われてしまった」

「これで良かったのです。私の身に余るほど強力な力は、負担でしかなかったので……」

 そう、私は異能者ではなくなっていた。

 私が持つ力を全て、フェリクス陛下の能力を元に戻す為に使ったから。
 その事に、後悔は全くなかった。

「私は異能者ではなくなりました。異能の力がない私は、何の価値もありません。予定通り、ここを出て行きます。……私がここにいれば、次に現れる婚約者様のお邪魔にもなりますし……」

「そんな事を考えているのか?ソフィア。君に異能があろうとなかろうと、私にとっては一番大切な人だ。……それに婚約者はもう必要ない」

「いえ……ですが、フェリクス陛下が結婚しなければお世継ぎが……」

「大丈夫だ。相手ならもういる」

「へ……?」

 ならばやっぱり宮殿から出ていかないと……

「ソフィア。相手は君だよ」

「……ええっ!!で、ですが……私は国王陛下達を……」

 父に騙されていたにしろ、私は国王陛下達を殺めた者達に能力を与えてしまった。

 その事実は一生消えない。

「誰だって選択を間違える時はある。君はそれを強く悔いているだろう。父さん達だって分かってくれる」

「……ですが、私は自分が許せません」

「私だって同じだ。十年前の自分が許せない。それはこの先、一生抱えて生きなければならないだろう。しかし、それでも私達は前に進もう。十年前で止まってしまった時間を、二人で取り戻そう」

 フェリクス陛下は私の手を取って、真剣な眼差しで見つめてきた。

「……フェリクス陛下は愛せますか?貴方の家族を殺めてしまった私を……」

 私は震える声で彼に問いかけた。

「何を今更言っているんだ?私の気持ちは昔から何も変わっていない。誰よりも深く君を愛してる」
 
 フェリクス陛下は呆れたように言った。


 そんな時、私は過去の言葉を思い出した。

『この先たとえどんな事があろうと、私の気持ちは生涯変わらない。誰よりも深く君を愛している』

 私達が婚約したばかりの時、フェリクス陛下が言ってくれた言葉だった。
 
 彼はどんなに私を憎んでいても、あの時の言葉をずっと守っていてくれたのだと思うと、胸が熱くなり、瞳から涙が溢れた。


「だいぶ遠回りしてしまったが……ソフィア。結婚しよう」


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