上 下
28 / 34

愛と憎しみの狭間で⑦(フェリクス視点)

しおりを挟む

 私がラドガディア城に到着した頃には、夜も更けり、濃紺の空には白銀の月が浮かんでいた。

 王座を奪還した夜を思い出す──

 あの日も、月が不気味な程に白く輝く夜だった。
 そして私はゼウスを殺しておかなかった自分を呪った。

 これは自らが招いた落ち度だ。
 ここで必ず決着をつける。

 私は廃墟になった孤城の真っ暗な廊下を駆け抜けた。
 ソフィアがいる場所は、視覚の共有によって事前に確認済みだ。
 大広間のような場所──おそらく一階の一番奥の部屋だろう。

 そんな時、霞んだ私の視野に光のようなものが見えた。

 ゼウスが私を誘き寄せているのだろう。

 その光に近づくと扉が少し開いており、そこから明かりが漏れていたのだった。

 私は躊躇わずその扉を押し開けた。

「ああ。やっと来たんだ」

 待ちくたびれたような声音が、静かな大広間に響いた。
 ゼウスは私から離れた所にいて、視力が落ちている私には姿を確認出来なかった。

「……ソフィアは?ここにいるのか」

「何を言ってるの?ソフィアは待ちくたびれて僕の膝の上で寝ているよ」

 寝ている……ならばちょうど良い。

 義兄が殺される場面など、彼女に見せるわけにはいかないのだから。

 私はゼウスの声を頼りにゆっくりと近づいた。

「どうやって脱獄した?お前の独房には男性の焼死体が残されていたと聞いたが」

「ああ、そいつね。僕の隣の独房にいた奴さ。どうやって脱獄したかは覚えてないよ。必死だったからね」

 ニヤニヤした声でゼウスは言った。

「それよりさ、フェリクス。お前、目があまり見えてないんじゃない?さっきから焦点が合ってないよ」

「……」

「そんな状態でソフィアを助けに来たの?泣かせるね」

 からかうような口調でゼウスは言った。

「お前を殺すだけなら、目が見えてなくて十分だ」

「……へぇ。言ってくれるじゃないか。僕の後ろに誰がいるか、見えてないんでしょう?」

 ゼウスの後ろ……?

 言われて見れば、ゼウスの後ろにぼんやりと影が見える。緋色の……

「フェリクス陛下」

 その時、聞き覚えがある甲高い声が大広間に響いた。

 その声を聞いて、私はやっとゼウスの狙いが分かった。

「スカーレット……皇女」

 この場に一番いて欲しくない相手だった。

「……どうしてお前がここに?」

 彼女は宮殿の私室にいる筈だった。
 まさかゼウスと繋がっていたとは。

「貴方を手に入れる為ですわ」

「……訳が分からない。婚約したと言うのに、他に何を求める」

「貴方の心です。フェリクス陛下。私は貴方の愛が欲しいのです。ソフィア様はゼウス様にお任せして、フェリクス陛下はわたくしだけを愛して下さい。……でないと、わたくしは貴方の能力を奪わなければなりません」

「私はお前の希望通り婚約した。約束を違える気か」

 また振り出しに戻るのかと、私は苛立った声を上げた。

「愛のない婚約など、意味がありませんわ。フェリクス陛下。貴方は生涯わたくしを愛すると誓えますか?」

 婚約と言うただの契約ならまだしも、スカーレット皇女に生涯の愛を誓うなど、到底無理な話だった。

「スカーレット皇女。私がお前を愛する日は、永遠に来ない」

「……良く分かりました。フェリクス陛下」

 静かな声音でスカーレット皇女は言った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

処理中です...