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愛と憎しみの狭間で⑦(フェリクス視点)
しおりを挟む私がラドガディア城に到着した頃には、夜も更けり、濃紺の空には白銀の月が浮かんでいた。
王座を奪還した夜を思い出す──
あの日も、月が不気味な程に白く輝く夜だった。
そして私はゼウスを殺しておかなかった自分を呪った。
これは自らが招いた落ち度だ。
ここで必ず決着をつける。
私は廃墟になった孤城の真っ暗な廊下を駆け抜けた。
ソフィアがいる場所は、視覚の共有によって事前に確認済みだ。
大広間のような場所──おそらく一階の一番奥の部屋だろう。
そんな時、霞んだ私の視野に光のようなものが見えた。
ゼウスが私を誘き寄せているのだろう。
その光に近づくと扉が少し開いており、そこから明かりが漏れていたのだった。
私は躊躇わずその扉を押し開けた。
「ああ。やっと来たんだ」
待ちくたびれたような声音が、静かな大広間に響いた。
ゼウスは私から離れた所にいて、視力が落ちている私には姿を確認出来なかった。
「……ソフィアは?ここにいるのか」
「何を言ってるの?ソフィアは待ちくたびれて僕の膝の上で寝ているよ」
寝ている……ならばちょうど良い。
義兄が殺される場面など、彼女に見せるわけにはいかないのだから。
私はゼウスの声を頼りにゆっくりと近づいた。
「どうやって脱獄した?お前の独房には男性の焼死体が残されていたと聞いたが」
「ああ、そいつね。僕の隣の独房にいた奴さ。どうやって脱獄したかは覚えてないよ。必死だったからね」
ニヤニヤした声でゼウスは言った。
「それよりさ、フェリクス。お前、目があまり見えてないんじゃない?さっきから焦点が合ってないよ」
「……」
「そんな状態でソフィアを助けに来たの?泣かせるね」
からかうような口調でゼウスは言った。
「お前を殺すだけなら、目が見えてなくて十分だ」
「……へぇ。言ってくれるじゃないか。僕の後ろに誰がいるか、見えてないんでしょう?」
ゼウスの後ろ……?
言われて見れば、ゼウスの後ろにぼんやりと影が見える。緋色の……
「フェリクス陛下」
その時、聞き覚えがある甲高い声が大広間に響いた。
その声を聞いて、私はやっとゼウスの狙いが分かった。
「スカーレット……皇女」
この場に一番いて欲しくない相手だった。
「……どうしてお前がここに?」
彼女は宮殿の私室にいる筈だった。
まさかゼウスと繋がっていたとは。
「貴方を手に入れる為ですわ」
「……訳が分からない。婚約したと言うのに、他に何を求める」
「貴方の心です。フェリクス陛下。私は貴方の愛が欲しいのです。ソフィア様はゼウス様にお任せして、フェリクス陛下はわたくしだけを愛して下さい。……でないと、わたくしは貴方の能力を奪わなければなりません」
「私はお前の希望通り婚約した。約束を違える気か」
また振り出しに戻るのかと、私は苛立った声を上げた。
「愛のない婚約など、意味がありませんわ。フェリクス陛下。貴方は生涯わたくしを愛すると誓えますか?」
婚約と言うただの契約ならまだしも、スカーレット皇女に生涯の愛を誓うなど、到底無理な話だった。
「スカーレット皇女。私がお前を愛する日は、永遠に来ない」
「……良く分かりました。フェリクス陛下」
静かな声音でスカーレット皇女は言った。
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