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命日(フェリクス視点)
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「ゼウスを捕らえていた牢獄が全焼しました」
執務室で仕事をしていた私は、部下からの思いがけない報告に、持っていた資料が手から滑り落ちた。
「全焼……ゼウスはどうなった?」
「彼の独房には男性の焼死体があったそうです。おそらくゼウスかと」
ゼウスが……死んだ?
そんなに呆気なく奴が死ぬのだろうか?
「……火災の原因は?」
「未だ不明です。看守達の話では、深夜に突然火の手が上がり、あっという間に燃え広がって全焼したそうです。看守らに怪我はありませんが、囚われていた罪人達のほとんどが焼死したと思われます」
「火災に紛れて脱走した者がいるかもしれん。周辺を隈無く探せ。少しの痕跡も見逃すな」
私が厳しい口調で言うと、部下は「承知いたしました」と一礼して執務室から出て行った。
ゼウスは死んだのだろうか……信じられない気持ちでいると、いきなり扉が開き、ライアンがずかずかと入って来た。
「ノックしろといつも言ってるだろ。ソフィアの護衛はどうした?さっさと持ち場に戻れ」
「無理だな。俺はお前と話をしに来たんだから」
ライアンはそう言うと、執務机の前に置かれたソファに腰かけた。
「アルメリア帝国から縁談の話が来てるそうじゃないか。なんでもお相手は噂の第一皇女様なんだろ?」
どうしてコイツはこんなに耳が早いのか……私は呆れて息を吐いた。
「先日のアルメリア帝国主催のパーティーで、襲われかけたスカーレット皇女殿下を華麗に助けて見初められたんだろ?お前も罪な男だね~」
からかうようにライアンは言った。
「……仕方ないだろ。あの場には、私しか助けられる者がいなかったんだ」
「そんなの、放っておけば良いだろ。どうせ自業自得なんだから」
ライアンは爽やかな笑みを浮かべながら辛辣な言葉を言い放った。
「フェリクスは優し過ぎるんだよ。そんな奴を助けるから、面倒事に巻き込まれるんだぜ?向こうの皇女殿下は、隣国の王太子との婚約を破談にしてまで、お前との婚約を熱望してるそうじゃないか。……まぁ、アルメリア帝国は地下資源に富んだ富裕国だ。財政的に厳しいロメイン王国としては、喉から手が出るほど有難い縁談話なんだろうけど」
その通りだった。
アルメリア帝国側はこの婚約が決まった際には、ロメイン王国に多額の融資を申し出ている。
この国の王になった限り、戦略結婚は免れられない。
どうせ結婚しなければならないのなら、なるべく条件が良い相手の方がいいだろう。
しかし、あの女だけは無理だ。
思い出しただけで鳥肌が立つ。
派手な化粧に、むせ返るような強い香水の香り。
自身の赤毛と同じ真っ赤なドレスを身に纏った皇女は、血の海を彷彿させるように不気味だった。
「……スカーレット皇女は、私には無理だ」
「まぁ、そうだろうね。フェリクスの好みとは間逆そうだし……」
ニヤニヤしながらライアンは言うと、しばらく押し黙っていた。
「……ところでフェリクス。今日が何の日か忘れたのか?」
唐突に彼は言った。
今日?今日は……
「……命日だ。父さん達の」
仕事が忙しくて忘れかけていた。
今日が十回目の命日だった。
「ソフィアは白樺の木の下にいる」
ライアンは静かに言った。
◆ ◆ ◆
宮殿を出て白樺の木の下へ行くと、ソフィアが墓石の前で跪き手を組んでいた。
私がすぐ後ろに来ているにも関わらず、彼女は全く気がつかないで、一心不乱に祈りを捧げていた。
墓石の前には、ソフィアが用意したのであろう大きな花束が置かれている。
しばらく彼女を黙って見ていると、不意にソフィアがこちらを振り向いた。
「フェリクス……陛下」
驚いた様子の彼女を無視して、私は墓石の前に跪いた。
あれから、十年が経ったのか。
長かった……本当に。
私は静かに手を組むと、死者に向かって祈りを捧げた。
「……お前は毎年こうして花を手向けていたのか」
祈りを終えた私は、隣で跪いたままでいるソフィアに問いかけた。
「はい……」
彼女は今にも消え入りそうな声で答えた。
「……どうしてなんだ?お前は私達の死を望んでいたんだろう」
「……違うわ。私は国王陛下達に死んで欲しくなかった。あの日……国王陛下達の訪問を前に、公爵邸の警備を万全にしておきたいからって、お父様に協力して欲しいと頼まれたの。私はそれを信じてしまって、お父様が雇った傭兵達に異能の力を……」
「……十年前のお前は、私達を殺すと分かっていながら協力したと言っていたぞ」
「それを言った記憶が私にはないの。十年前の事件の記憶が、一部抜け落ちてしまっている……もしかしたら、私には別の人格があるのかもしれない」
「別の……人格?」
「ええ。光と影があるように、光とは別の影の人格が私にはあるのかもしれない……」
「二重人格という事か?」
「そうよ。だから怖いの。今の私とは違う人格が、また貴方を傷つけてしまうかも知れないと思うと……とても怖いのよ。それに私の能力は人を傷つける危険な能力だわ。だから……」
「宮殿を出て行ったんだな。勝手に」
「貴方を危険な目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい……」
跪いていたソフィアは、そのまま地面に頭がつきそうな程深く頭を下げた。
「その話はもういい」
毒矢を食らって死にかけた不甲斐ない自分を思い出すだけだった。
「……あの、フェリクス陛下。私が宮殿を出て行った際、部屋に残した手紙を読みましたか?」
そんな時、ソフィアはおずおずと私に尋ねてきた。
「手紙……何の事だ?」
「え?……あ、いえ。何でもありません」
ソフィアはホッと安堵の表情を浮かべると、それ以上は聞いてこなかった。
私は心の中で、嘘をついてごめんと謝った。
「……ソフィア。父さん達を弔ってくれてありがとう」
私の言葉に、ソフィアは驚いたように目を見開くと、たちまち目を潤ませ、掠れた声で「はい」と答えた。
執務室で仕事をしていた私は、部下からの思いがけない報告に、持っていた資料が手から滑り落ちた。
「全焼……ゼウスはどうなった?」
「彼の独房には男性の焼死体があったそうです。おそらくゼウスかと」
ゼウスが……死んだ?
そんなに呆気なく奴が死ぬのだろうか?
「……火災の原因は?」
「未だ不明です。看守達の話では、深夜に突然火の手が上がり、あっという間に燃え広がって全焼したそうです。看守らに怪我はありませんが、囚われていた罪人達のほとんどが焼死したと思われます」
「火災に紛れて脱走した者がいるかもしれん。周辺を隈無く探せ。少しの痕跡も見逃すな」
私が厳しい口調で言うと、部下は「承知いたしました」と一礼して執務室から出て行った。
ゼウスは死んだのだろうか……信じられない気持ちでいると、いきなり扉が開き、ライアンがずかずかと入って来た。
「ノックしろといつも言ってるだろ。ソフィアの護衛はどうした?さっさと持ち場に戻れ」
「無理だな。俺はお前と話をしに来たんだから」
ライアンはそう言うと、執務机の前に置かれたソファに腰かけた。
「アルメリア帝国から縁談の話が来てるそうじゃないか。なんでもお相手は噂の第一皇女様なんだろ?」
どうしてコイツはこんなに耳が早いのか……私は呆れて息を吐いた。
「先日のアルメリア帝国主催のパーティーで、襲われかけたスカーレット皇女殿下を華麗に助けて見初められたんだろ?お前も罪な男だね~」
からかうようにライアンは言った。
「……仕方ないだろ。あの場には、私しか助けられる者がいなかったんだ」
「そんなの、放っておけば良いだろ。どうせ自業自得なんだから」
ライアンは爽やかな笑みを浮かべながら辛辣な言葉を言い放った。
「フェリクスは優し過ぎるんだよ。そんな奴を助けるから、面倒事に巻き込まれるんだぜ?向こうの皇女殿下は、隣国の王太子との婚約を破談にしてまで、お前との婚約を熱望してるそうじゃないか。……まぁ、アルメリア帝国は地下資源に富んだ富裕国だ。財政的に厳しいロメイン王国としては、喉から手が出るほど有難い縁談話なんだろうけど」
その通りだった。
アルメリア帝国側はこの婚約が決まった際には、ロメイン王国に多額の融資を申し出ている。
この国の王になった限り、戦略結婚は免れられない。
どうせ結婚しなければならないのなら、なるべく条件が良い相手の方がいいだろう。
しかし、あの女だけは無理だ。
思い出しただけで鳥肌が立つ。
派手な化粧に、むせ返るような強い香水の香り。
自身の赤毛と同じ真っ赤なドレスを身に纏った皇女は、血の海を彷彿させるように不気味だった。
「……スカーレット皇女は、私には無理だ」
「まぁ、そうだろうね。フェリクスの好みとは間逆そうだし……」
ニヤニヤしながらライアンは言うと、しばらく押し黙っていた。
「……ところでフェリクス。今日が何の日か忘れたのか?」
唐突に彼は言った。
今日?今日は……
「……命日だ。父さん達の」
仕事が忙しくて忘れかけていた。
今日が十回目の命日だった。
「ソフィアは白樺の木の下にいる」
ライアンは静かに言った。
◆ ◆ ◆
宮殿を出て白樺の木の下へ行くと、ソフィアが墓石の前で跪き手を組んでいた。
私がすぐ後ろに来ているにも関わらず、彼女は全く気がつかないで、一心不乱に祈りを捧げていた。
墓石の前には、ソフィアが用意したのであろう大きな花束が置かれている。
しばらく彼女を黙って見ていると、不意にソフィアがこちらを振り向いた。
「フェリクス……陛下」
驚いた様子の彼女を無視して、私は墓石の前に跪いた。
あれから、十年が経ったのか。
長かった……本当に。
私は静かに手を組むと、死者に向かって祈りを捧げた。
「……お前は毎年こうして花を手向けていたのか」
祈りを終えた私は、隣で跪いたままでいるソフィアに問いかけた。
「はい……」
彼女は今にも消え入りそうな声で答えた。
「……どうしてなんだ?お前は私達の死を望んでいたんだろう」
「……違うわ。私は国王陛下達に死んで欲しくなかった。あの日……国王陛下達の訪問を前に、公爵邸の警備を万全にしておきたいからって、お父様に協力して欲しいと頼まれたの。私はそれを信じてしまって、お父様が雇った傭兵達に異能の力を……」
「……十年前のお前は、私達を殺すと分かっていながら協力したと言っていたぞ」
「それを言った記憶が私にはないの。十年前の事件の記憶が、一部抜け落ちてしまっている……もしかしたら、私には別の人格があるのかもしれない」
「別の……人格?」
「ええ。光と影があるように、光とは別の影の人格が私にはあるのかもしれない……」
「二重人格という事か?」
「そうよ。だから怖いの。今の私とは違う人格が、また貴方を傷つけてしまうかも知れないと思うと……とても怖いのよ。それに私の能力は人を傷つける危険な能力だわ。だから……」
「宮殿を出て行ったんだな。勝手に」
「貴方を危険な目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい……」
跪いていたソフィアは、そのまま地面に頭がつきそうな程深く頭を下げた。
「その話はもういい」
毒矢を食らって死にかけた不甲斐ない自分を思い出すだけだった。
「……あの、フェリクス陛下。私が宮殿を出て行った際、部屋に残した手紙を読みましたか?」
そんな時、ソフィアはおずおずと私に尋ねてきた。
「手紙……何の事だ?」
「え?……あ、いえ。何でもありません」
ソフィアはホッと安堵の表情を浮かべると、それ以上は聞いてこなかった。
私は心の中で、嘘をついてごめんと謝った。
「……ソフィア。父さん達を弔ってくれてありがとう」
私の言葉に、ソフィアは驚いたように目を見開くと、たちまち目を潤ませ、掠れた声で「はい」と答えた。
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