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ダンジョンスタンピード第二波 致命

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放たれた第二珈琲コオロギはすぐに『びゃん!』と飛び跳ねた巨大黒蜘蛛によって捕獲され、その命を一瞬で刈り取られた…。

『(ぐちゅぐちゅ…ちゅ~ちゅ~)』

(あ、危なかった…。もし『お食事中なら安心ね』などとノコノコ出て行っていれば、オレ達があんな風にしてやられていたところだった)

「うわぁ…あぶなかったね」

瀬来さんも第二珈琲コオロギをチューチューしている巨大黒蜘蛛を視て、息を呑んでいる。うん…念の為にとコオロギを放っておいて、正解だった。


「…でもコーチ、なんで蜘蛛に珈琲を飲ませると酔ってしまうんですか?」
「ああ、それは珈琲に含まれるカフェインのせいだよ瑠羽。人間がカフェインを摂取すると脳の覚醒系に作用するが、蜘蛛の場合には中枢神経を麻痺させてしまうらしい。それが酔ったようになってしまう理由だよ。しかもその度合はLSDやマリファナなどの覚醒剤よりも、蜘蛛には強く作用するそうだよ」

「へぇ~、そないに強力なんや。それやったらあの大きな蜘蛛にもバッチリ効きそうやね」
「ああ、巨大コオロギにはたっぷり珈琲を飲ませたからな。その体液を2匹分も吸ったなら、そろそろ効果が現れてもおかしくない筈だが…」

そうしてスーパーの店内からコソコソと、巨大黒蜘蛛の様子を窺う。

巨大赤蠍も、凄まじいプレッシャーを感じさせる強力なモンスターだった。だがそのプレッシャーを遥かに凌ぐほどの圧を、あの巨大黒蜘蛛からは感じる。

どちらも節足動物タイプのモンスターである。が、巨大赤蠍は猪突猛進の猪武者のようだった。

対して今視界にみえる巨大黒蜘蛛は、獲物を倒す為ならば何日でも張りこみ続けるスナイパーのような執拗さと忍耐強さみたいなモノを感じる。

その外見をよく視れば、眼は8つじゃなくて12個もある。さらに表皮だって棘のように太い毛で、びっしりと全体を覆われている。毒毛針のような武器を持つ蜘蛛もいるらしいからな、その点にも注意しないと。

…。

『ずしゃぁあんん…!』

第三珈琲コオロギが目の前をノロノロヨロヨロと通過していく。だというのに、まるで腰が抜けたようにして腹を地面につけてしまった巨大黒蜘蛛…。

初めの珈琲コオロギを食べてから約40分後、遂にカフェインが効き始めたようだ。

「うわぁ、ほんとに酔ったみたい…」
「歩けもできひんなんて、ほんま泥酔もええとこやなぁ」

瀬来さんと仁菜さんも巨大黒蜘蛛の身に起きた異常に、驚きを隠せない様子。

(ヨシ…遂にきた!ずっとこの時を待っていたぞッ!)

時は来た!総攻撃の時間だ!ここからは泥酔して寝てしまった八岐大蛇の首を次々に斬り飛ばした素戔嗚尊のように『ずっとオレのターン!』でやりたい放題だ!

そこでダッと外へと飛び出すと、すぐさまスキルを発動。

「スーパーハードミューカスッ!!」

まずはじっくりと練りあげ高めていた魔力で、巨大黒蜘蛛を繭玉のようにまるっと包み込んでしまう。色々と危険な頭部は、特に念入りにだ。

「瀬来さん、珈琲球ッ!」
「ハイッ、今持っていくからきゃあッ!」

だがそんないい返事とは裏腹に、脚を転がっていた商品に捕られバランスを崩したらしい瀬来さん。

うん、それなり大きいから足元が視えなかったんだね。しかし持っていた粘液で珈琲を包み込んだ珈琲球が『ばゆんばゆん』しながらこちらへと転がってくる。

「江月さん、ごめ~ん!」
「大丈夫だ、頂いた!ではコイツにも細工を施して…、喰らえッ!!」

魔力操作で巨大黒蜘蛛を包んでいる超粘性粘液と珈琲球を合体。そうして次に浮かび上がるのは…どこかの異界から凶悪な蛆たちを召喚する赤く輝く不気味な魔法陣。

『ヒュイィィィン…きゅどごぼごぼごぼぉぉ!!』

喰らえ。これぞ『本日限定、蛆入りスペシャル珈琲をぜひお楽しみください!』だ。


ふふふ…そう、戦いは非情さ。

どんなに巨大で強力なモンスターだろうとも、生物という括りに縛られている以上、粘液で覆われれば必ず酸欠になるはず。

そして蠅の女王の持っていたスキル【蛆】。どんなに硬く丈夫な鱗や外殻で身を守っていたとしても、コイツを腹の中で焚かれて無事で済むヤツなど、いはしない筈…。

その証拠に、粘液に包まれていてよくは解らないが巨大黒蜘蛛はビクビクとその身を震わせている。

そんな大量のカフェインで神経が麻痺してしまった巨大黒蜘蛛。

このまま泥酔者が風呂に沈んでも気づかぬまま亡くなってしまうが如く…。サバやエビ、はたまたエキノコックスに感染した者がどうにもできない腹痛にもだえ苦しむが如く…。

なんの対抗する術もなく、その命を削られてゆけ…。

『ビクンッ…!ビクビグッ…!!』

珈琲に加え持てる魔力を使い、最高品質の粘液と蛆を叩きこんだ。まさにオレ史上における、最強必殺のコンボといって良い。まぁ塩と酸は…蛆の元気がなくなってしまうと困るので混ざっちゃうような同時使用は控えておいた。

頼むから、どうかこのまま死んでくれよ…。

…。

『ぴくん…ぴくん…!』

こうして必殺コンボを叩きこんでから、30分が過ぎた。巨大黒蜘蛛の反応もだいぶ小さくなっている。

だが、それでも絶命せず命を繋いでいるという事実に驚きを禁じ得ない。オレの見立てでは、遅くとも20分もあれば死に至らしめることが出来ると踏んでいたのに…。

しかしそんな巨大黒蜘蛛も、もはや死に態である。

普通に戦っていればたとえ何台もの車をぶつけ火にかけたとしても、なんでもない事のようにして追いかけてきそうな怪物…巨大黒蜘蛛がだ。

そんな化け物クリーチャーですら、一方的に為す術もなくやられっぱなし。さすがは素戔嗚尊が八岐大蛇を退治する際に用いた作戦。まさに完封といえる。

「コーチ…」
「まだ死なへんの…?流石にすごい生命力やなぁ」

「ああ、だがもうここまでだ。トドメを刺して終わりにしよう」
「でもさ。こうまでしたんだから、またあの【簒奪】を使うんでしょ?…どうするの?」

「…こうするんだ!ハイパーローション!&レッドスライム…それぃッ!」

死に態とはいえ、相手は巨大赤蠍よりも一段も二段も上の存在。最後の最後まで油断はできない。そこで粘液に包み込んだままの天地返しで、『くるりんぱッ!』と、ひっくり返す。

『ちゅるんッ!スバムンッ…!!』

巨大なモンスターであっても、粘液繭玉状態であれば接地面を高潤滑性の粘液でつるりと滑らせる事は可能。そこで縁だけの粘性を残したままレッドスライムにゴム紐役をやってもらえば、そのテンションだけで簡単にひっくり返すことが出来る。

「ハァ~…。相変わらずそういうトコはデタラメやなぁコォチ…」
「いや、そんな事はないだろう。コレだってキチンとした物理だ。支点力点作用点をちゃんと計算してやらないと、こんなに上手くはひっくり返らないぞ」

「もう、そんな御託はいいから。邪魔の入らないうちに早く倒しちゃおうよ!」

ぐすん、相変わらず瀬来さんがオレに冷たい…。

「ま、言われなくてもそのつもりだ。アレ?金テコはどの辺に落としたっけ。と…あった!じゃあ瑠羽、一緒に【簒奪】を発動させて倒そう!」
「え、わたしもですか!?」

「もちろん!瑠羽も【簒奪】のスキルを手に入れたんだから、使わなければもったいない。それに成功率の事を考えれば、ふたりで同時に発動させた方が良い筈だ」
「わ、わかりました、やってみます…!」

戸惑う瑠羽を誘い、いっしょに巨大黒蜘蛛に【簒奪】を発動させるよう促す。

オレは今、スキル取得上限に達しているらしく新たなスキルが手に入らない。だが瑠羽にも【簒奪】を発動して貰えば、パーティーとしては超強いだろう巨大黒蜘蛛のスキルもゲットできるという訳だ。

そこで巨大黒蜘蛛を覆っている粘液を操作し、頭胸部…歩脚の付け根にあたる胸板だけを露出させる。そして邪眼や毒を放ちそうな頭部や、同じく糸を放ちそうな腹部には決して近づかずに、オレと瑠羽はスタリと巨大黒蜘蛛の上に飛び乗った。

「ねぇ、どうせ最後は皆で生命エナジーを浴びるなら、トドメも全員で刺そうよ!」
「そやね。いっしょに殺るのがええかも知れんね」

すると瀬来さんと仁菜さんも、トドメに参加すると言い出した。

「ふぅむ…」
「ここまで一緒にきたんやから、一蓮托生やでコォチ…!」

「そうか、ならみんなでトドメを刺そう!」
「そうこなくっちゃッ!」

こうして、オレ達は死に態の巨大黒蜘蛛の上で円陣を組んだ。

トドメを刺す武器として選んだのは、ロンギヌスの金テコ。すでにぐにゃぐにゃにネジくれているが、突き刺すだけなら問題はないだろう。全員がロンギヌスの金テコを両手で握り、合図と共に力いっぱい突き刺すのだ…。

「ではゆくぞ、せぇの…!」
「「「「全てを差し出せ…!ファイナルアターック!!」」」」

『ガッ!…ギャギャーンッ!!』

「ぐぅッ!?」
「痛ッ!?」
「なんッ!?」
「ぅぅ…ッ!」

スキル【簒奪】を発動し、4人の力を籠めて突き降ろしたロンギヌスの金テコ。だというのにその攻撃は巨大黒蜘蛛を胸板を貫くことが敵わず、潰れるようにして歪に変形してしまった。

「なんだと…ッ!?」
「いった~い!なによコレぇ…」

だがそれだけではない。単なる物理防御力以外の力が働いた事を示すように、目に視える形で白い光の膜が波紋となって周囲に広がってゆく…。

「なんや、魔法的な守りがついとるんやない…?」
「そんな…!今のって、物凄く強い力で攻撃しましたよ!?」

瑠羽の言う通り、今の一撃はトドメを狙って全員が力を籠めて放ったモノ…。コレがただの表皮だけであったなら、間違いなく貫けていた事だろう。

「うむむ…まさか蜘蛛にこんな護りがあったとは…」
「じゃあもしかして、わたし達じゃこの蜘蛛を倒せないんですか!?」

瑠羽が不安そうな声をあげる…。いや、ここまで追い詰めたんだ。なにかきっと手があるはずだ…。

だが粘液で包まれたことですでに酸欠状態の筈…、さらには凶悪な蛆に体内を喰われまくって瀕死の筈…。にも関わらず今なお巨大黒蜘蛛は絶命に到らない。

とするとコレは何か防御系の魔法だとかスキルだとかで、その身を守っているとしか考えられない…。

「ねェ江月さん。ゲームだとこういうのって属性が違ったり、レベルの高い武器じゃないと致命的な効果が無かったりするよね…」
「ふぅむ…、その可能性もあるな。とすると今持っている属性は、エクスカリバール+1の無属性魔法と、スキル【塩】の聖属性になる…。でも物理攻撃が弾かれるなら、毒として巨大黒蜘蛛に塩でも大量に食わせてみるか?」


「ん~、でもそれやったらあの靴箆を使ってみいひん?なんや魔力に反応する、スゴイ金属なんやろ?」
「そうだよ!ミスリルだって、自衛官さんも欲しいって言ってたんでしょ?ならさ、ソレ使ってみようよ!」

「う…そ、そうか!?」

改めて…、オレ達は死に態の巨大黒蜘蛛の上で円陣を組んだ。

円陣というか…逆卍かな?金テコから靴箆と得物が極端に短くなったから、横向きになって全員が右手で靴箆の柄を持つ感じ…。

「よし、じゃあまずは魔力を流そう…」

『リィィィン…』

魔力をミスリル靴箆に注ぐと、青白い光と高い音を放って小刻みに震えだす。

「じゃあ私も…!」
「あ、わたしも…!」
「ほんならウチも…!」

『ぎゅびいいいいいいいいぃ~~…ッ!!』

え、なんか皆で魔力注いだら、急に変な音し始めたよ?ちょッ…コレ明らかに過剰なんじゃない!?

『ひぃ~~~キィィィィィィィィ…ンン…!!』

しかし全員で魔力の注ぐ力を同調させてみると、なんとも超音波っぽい高音かつ超微細震動へと震えが変化していった…。

『…するんッ!』
「「「「あっ!?」」」」

と、一瞬の出来事。

先端のヘラ部分が白く発光し、超微細震動を放っていたミスリル靴箆。

それがしっかりと握っていたはずの4人の手から『するんッ!』と滑り落ちた。と同時に落ちていった巨大黒蜘蛛の胸板をも『するんッ!』と貫いて消え、そのままズブズブと沈んでいっちゃったのだ。

『(キュィィィィィィィィン…!)』

「ハッ…!み、みんな今だッ!」
「「「「す、全てを差し出せッ!ファイナルアタック!!」」」」

トドメを刺す前に肝心の武器を失ってしまったオレ達…。

だがなんとかキル権利を獲得しようと、穴の空いた周りをみんなでバシバシ叩いてみる。と…、なんか巨大黒蜘蛛の身体が輝きだした。

どうやら今のしょうもないミスが、致命の一撃となったらしい。
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