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ダンジョンスタンピード第二波 夜闇

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午後11時半。頂いたお茶やおにぎりで簡単な夕飯を摂ると、瑠羽はバスタオルなどを持って怪我をしたお父さんの所へと向かった。

だが瑠羽パパは怪我人の寿司詰めにされている部屋にいる。

なのでそこに潜り込むのは瑠羽1人精いっぱい。そこであぶれたオレ達はというと、階段の屋上を寝床と定めて落ち着いた。ま、学校なんかでいえば不良が隠れて煙草を吸うような場所だな。

建物内の治安は良い。

無駄に騒いでいる人もいなければ、『自衛隊は何やってんだ!』等と不満を漏らす人もいない。まぁ自衛隊の方々に助けてもらったうえ守ってもらってるのにソレを言ってたなら、どんなけだって話だ。

だがその代わり鬱々とした雰囲気に建物全体が覆われている。助かったはいいものの、先行きの見えない事態に皆不安な様子を隠しきれないでいた。

そして夜にも関わらず、新たに救助された人々が階段を登るガヤガヤとした音が結構ひっきりなしに下から響いてくる。彼らもまた、この後疲れた身体を休める場所を求めて建物内をウロつくことになるだろう。

「すぅ~…すぅ~…」
「……んぅ…」

仁菜さんと瀬来さんは、オレの出した粘液マットですでにご就寝。

今日はひどく疲れたことだろう。横になるとすぐに寝息を立て始めた。ま、誰かに視られた時の為に粘液マットは最小限の大きさにしてあるから、少し寝心地悪そうにしてるけど…。

そんなふたりも、戦闘スーツは脱いでいない。

ここは自衛隊が守ってくれているが、いつ不測の事態が起きるとも限らない。なので念の為ふたりにもマスクのみを外した姿で眠ってもらっている。

で、オレはというと瞑想ポーズでメディテーション。半瞑想状態で身体と精神を休めつつ、寝ずの番をしている。ここんところ、こんなんばかりだな。

正直疲労がすこし溜ってきてるのは感じているが、能力値の上限が伸びたことでなんとか誤魔化せている。巨大赤蠍の生命エナジーで、だいぶ回復出来たというのも大きい。


(そういえば…初めてTRPGのコンベンションに参加した時も、こんな感じの公民館だったなぁ…)

コンクリートの上に直接塗料を吹き付けたような白い壁。そんな壁を視ているうちに、ふと古い記憶が思い返されていく。


そうだな、あれは中学校に上がりたての頃だったろうか…。

すでに小学校高学年の時点で、学校ではすっかりハブられていたオレ。さらに小学校とほとんど顔ぶれの変わらない地元の中学にそのまま進学したので、当然中学生になってもボッチだった。

しかし環境が変われば少しは気分も変えてみたくなるもので、何か新しい事に挑戦してみたくなっていた時だった。そこで当時読んでいた雑誌でテーブルトークロールプレイングゲームを取り上げられていたのを見て、自分でもやってみたなったのだ。で、色々調べて公民館などで催されているのを知り、それに参加してみた。

ああ、TRPGってのは家庭用ゲームにあるようなRPGを複数人でテーブルを囲み、トークとサイコロを転がしてワイワイ愉しむって感じのモノ。

ま、とはいえノリと勢いだけで飛び込んで行ったから、初参戦は散々だったな。

プレイヤーとして参加したのは、剣と魔法のファンタジー物。うん、これはTRPGの定番だ。でも集まった面子が、ことさらに酷かった。ゲームをプレイするテーブルにはオレも含めて、一癖も二癖もコミュニケーション能力に問題を抱えてそうな同年代が、6人も揃ってしまったのだ。

そしてその全員が揃って、『戦士をプレイする』と言って譲らなかった。

うん、もうこの時点で馬鹿でしょ。でもね、オレもTRPG初参戦よ。その当時流行っていた『巨大な剣を武器に、バッタバッタと魔物を斬り伏せる戦士の漫画』に憧れて、初のTRPGでは『どうしてもそういったプレイングがしたい!』って、思っちゃったんだよね。

でもさ、ファンタジーってそういうモノじゃないじゃん。色んな職業の冒険者がパーティーを組んで、その特長を活かして冒険してこそ、ナンボってモンよ。

でも酷くコミュニケーション能力に問題を抱えていそうなそのテーブルに集まりし6人は、誰一人として頑として譲らなかった。

すると『ダメだこいつら…』とサジを投げたゲームマスターが、『もう好き勝手にやれよ』と、そのままゴーサインを出したのだった。

結果、雑に集まった6人の戦士が雑に依頼を受けて森に入り、なんかモンスターとわちゃわちゃ戦って帰ってきた。

そう…ちっとも盛り上がりも見せ場も無い正味6時間くらいの冒険が、ここに完結したのだ。

そのくせ我の強いコミュ障たちがそれぞれに『俺に話しかけるな』とか『話しかけられても返事をしない』などと、自分の思い描いたマイフェイバリット・カッコイイキャラを演じるものだから、まぁ話が進まない進まない。

長いことコミュ障ボッチでいたオレでさえ、『こいつらマジヤベェ』と思ったほどである。

…ハァ。うん、懐かしいは懐かしいが、なんか思い出してみてもあまりいい思い出ではなかったな。

でも当時の彼らは世界がこんな風になった今、どうしているだろうか?とんでもない連中であったのは間違いないが、そんな彼らが、オレのファンタジーな初めての戦友だったともいえる。

願わくば、彼らもまた無事に生き残り、あの時のようにモンスターと戦えていることと思いたい…。


…。


深夜2時。裁判所の一階にある事務室。

今は自衛隊の指揮所として使われている開け放たれたこの部屋に、あちこちと周り雑務を済ませた路亜がようやく戻ってきた。そんな路亜に、熱そうに口をすぼめて珈琲を啜っていた上官が声をかける。

「ああ、すまんな路亜。こんな時間まで無理をさせて」
樽下たるげ一尉!?まだお休みになられてなかったんですか?」

路亜は中年でもガッシリとした体躯の持ち主である上官に敬礼で応えると、まだ休んでいなかったことに軽く驚き返事をかえした。

「う~む、どうも前回の事を思い出すと寝付けんでなぁ。前は寝たと思ったら何度もたたき起こされて…まるで自分の悪夢がその都度現実になったのかと思うたわ」
「ですが今回はしっかりとした準備もありましたし、問題点もだいぶ改善されております。そこまで心配されることはないかと」

「うむ、いま留頭るずが見回りに出てくれている。彼が戻って来たら交代して寝させてもらうとしよう。ところでおまえの方はどうだった?お気に入りの民間人とやらは?」
「ハハハ、それについてはつれなく袖にされましたよ」

「ふぅむ…しかしハロウィン作戦でモンスターに化けて敵中突破か。フフフ、随分と胆の太い連中のようだな」
「ええ、初めて視た時はレンジャーと見間違えてもおかしくない程に血塗れでしたからねぇ。しかし胆だけでなく、実力の方もかなりのモノだと思われますよ」

「ほぅ、だが戦ったところを視た訳でもないのだろ?」
「はい。ですが驚いたことに魔力感応金属を所持してました」

「ナニッ!とするとその人物はすでに、ダンジョンの駆除も達成したというのかねッ…!?」
「いえ。そこまではまだのようでしたが、恐らくそれに匹敵するだけの力は充分あるかと…」

「むむぅ…しかし一般開放されていたダンジョンでの潜入記録では、地下4層までと話していたのだろう?偶然手に入れたという可能性もあるのではないか?」
「ええ…、勿論私もそう考えました。ですが彼は、私が発した魔力に全く驚いてくれなかった。瞬間的に発するには、相当熟練がいるだけの魔力を発して見せたというのに…ですよ?」

樽下一尉は路亜の話す内容にひどく驚くと、カップをデスクへと置き顎に手をやる。

「ふぅむ…するとその人物は、ダンジョンの第一線で働いている自衛官とほぼ同等の力を有しているというのか?ううむ、だがさすがにそれは眉唾だろう。にわかには信じ難い話だ…」
「はい、そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。まぁいずれにしろ、勧誘は失敗でした。成功すれば、いい戦力になってくれたのでしょうが」

「まぁそれは仕方あるまい。今どきの若者に自衛官になれと言って、はい解りましたと首を縦に振ってもらえる程に魅力的な職業とは、思われておらんからなぁ我々は」
「寝る間も惜しんで働いてもコレでは、なかなかもって浮かばれませんねェ…」

深夜にもかかわらず、窓から視える外の景色では照明が煌々と焚かれ、今も救助してきた民間人たちを自衛官らが建物へと誘導している。そんな彼らの頑張りが世間ではあまり評価されていないことに、なんとも言えない思いでふたりは深い溜息をつくのだった。
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