上 下
31 / 617

女性店員さんをダンジョンで鍛える

しおりを挟む
「コラッ!ふざけてると大怪我するぞッ!」

防災テントへ行くと開口一番で年配のおまわりさんに怒られた。

曰く、今日もこのダンジョンで怪我を負った若者がすでに救急車で二度も搬送されたのだという。年配おまわりさんからすれば、オレは仮装してダンジョンに入ろうとしているアホな若者に見えたのだろう。対応に困って瀬来さんに顔を向けると、ウンウンと頷かれてしまった。参ったな。

だがここで蟲王スーツの性能を詳らかにするつもりもないので、「すんませ~ん、入ってすぐの場所で写真撮るだけですからぁ~」などと、仮装してダンジョンに入ろうとしているアホな若者そのまんまを演じてみたら許してくれた。



「くれぐれも奥に行かないように!」

と、きつく念を押されたが受付手続きはしてくれるようでホッとした。

まず住所、氏名、年齢、緊急連絡先を記帳する。記帳するのは普通の大学ノートだ。まるで登山の入山記録みたいだなと感じていると、受付料なる金を2000円請求された。どういう理屈か知らないが、払わないとダンジョンに入れさせてもらえないというので渋々支払う。ネットで知ってはいたが、なにか釈然としない。

それが終わると、身分証明書と顔と全身像のデジカメ写真を撮られる。

防災テントの一角に白い布が張られ、それをバックに小さな黒板を手に持ちパシャリ。黒板には日付と受付番号、氏名、年齢がチョークで書かれていてる。黒板持って写真を撮られていると、なんだか海外で罪を犯した人みたいじゃん。

まぁでもそれもさもありなん。この写真撮影はダンジョンに入った人間に何かあった時の身元確認というよりも、ダンジョンで強くなった人間が罪を犯した時に捜査の為に利用するのだろう。

ダンジョンで人間が強くなれることはすでに知れ渡っているし、警察官と同じ公務員の自衛隊員なんかは、銃器をダンジョンに持ち込んでいるのでガンガン強くなっているという話。故にこの対応も、当然といえば当然か。

最後に、説明という名の厳重注意を受けた。

ダンジョンに潜るためとはいえ、武器になるモノを所持しているのはけしからんという訳だ。日本には銃刀法もあるし、凶器準備集合罪なんて罪状もある。

2人以上の者が他人の生命、身体又は財産に対し共同して害を加える目的で集合した場合において、凶器を準備して又はその準備があることを知って人を集合させた場合は、凶器準備結集罪が成立する(刑法208条の3第2項)。法定刑は集合罪より加重され、3年以下の懲役に処されると、罰せられてしまうのだ。

ま、この辺は警察官という立場上のポジショントークだね。

それでも現状ではナイフくらいならお目こぼししてもらえるようで、オレも瀬来さんもナイフを所持していたが「くれぐれも街中で取り出さないように」と言われるだけで済んだ。

で、ダンジョンの入り口に向かう訳だがここにもフェンスを警護している警察官がいて、柵を開けながら「助けを求められても、警察はダンジョン内には立ち入れませんから」と、告げられる。

「この門を潜る者は一切の希望を捨てよ」ではないが、ダンジョン潜るなら自己責任だから警察あてにするなよと釘を刺されるわけだ。

「まわりに他の人もいますから、物を投げたり危険な行為はしないように」

しかしこの辺もネットで下調べしており、なんでもハイと返事をして流す。そうしてようやく、慣れ親しんだ波打って揺れる真っ黒に足を踏み入れた。


オレが先頭、瀬来さんが後に続く形でダンジョンに入る。

「「「おうわぁ!?」」」

と、なぜか入り口付近にいた大勢の人達にギョッとした顔で驚かれてしまう。しかもみな一様にオレの姿を見ているので、これはどう考えても身に着けている蟲王スーツが原因。なにせ本物のモンスターの外殻、リアルすぎてモンスターと見間違われたのだ。

「ああ、人間だから。間違って攻撃しないでね」

手を上げてそう声を掛けると、みなホッと胸を撫で下ろして構えた武器も下げてくれた。

「脅かすなよぉ~」
「悪いね、ところでこんな入り口でなにしてるの?」

溜息交じりに声を漏らした男性に声を掛けてみると、それを聞きオレに顔を向けている全員が微妙な顔に。が、そこにゴブリンがやってくると「お、俺達の番だ」とばかりに二人組の男性が動いてゴブリンと戦いだした。その流れと場の空気を感じ取りアンダスタン。

(すぐに逃げられる出入口付近で戦う…ふむ、なんだ。オレがいつもやってる事か)

ただここは独占しているダンジョンではなく、大勢の人間が潜っている。故に入り口付近で定点狩りを行なう人達で、順番にモンスターを狩っている訳か。

まぁここにいても狩りにはならないし、指導するにも周囲に聞かれてしまう。そこで瀬来さんを連れ、そのままもう少し奥へと進むことにした。


…。


「ん~、まぁこの辺でいいか」
「え、ここ…ですか?」

うん、瀬来さんが不審に思うのも無理はない。

今の場所は入り口から30メートルと離れておらず、角ごとに定点狩りをしている人の姿も見える。そんな一本道の通路の途中なのだから、定点狩りをするにしても湧きは悪いだろう。だがここであれば普通に会話をする程度なら、周りに話を聞かれることも無い。

「じゃあダンジョンの壁を背にして右手を警戒して、こちらで左手を警戒するから」
「はい…」

早くモンスターと戦いたいと気の逸っている瀬来さんを宥め、伸び代充填理論と生命エナジー吸収理論についてかいつまんで説明をする。

うん、ダンジョンの雰囲気と蟲王マスクを着けて顔を隠しているせいか、可愛い女性と話していても普段より緊張することもなく説明できたと思う。

「え…じゃあ伸び代がないと、レベルが上がってもたいして成長できないんですか?」

信じられないといった表情を浮かべる瀬来さん。まぁ先入観でレベルが上がればその分成長できたと思っちゃうよね。

「ま、少なくともオレが調べた限りではね。同じレベルアップでも、成長の度合いには差があるように考えてる。それで瀬来さん、今のレベルは?」

これはレベルアップの基準となる物差しが何を基準としているかが解らない以上、ずっとついて回る疑問。もしその基準値が1レベル時の自分の能力値で個々人で違うとなれば、人それぞれで能力値の差は、とても大きなモノになるだろう。

「私は今…レベル4です」
「そう、がんばったね」

「そうですか!」

言い難そうにレベルを告白した瀬来さんの健闘を称えると、嬉しかったらしく表情が明るく変わった。女の子で、しかも槍モドキの木の棒で後ろからモンスターをつついて戦っていたのだとしたら、レベル4でも充分頑張ったほうだろう。

「ちなみに江月さ…あ、コーチは?」
「当然秘密」

「あぅ、そうですよね…」

彼女を指導するのにレベルを確認するのは必要な事だが、オレのレベルがいくつなのかは関係のないことだし。

それはさておき、能力値の伸び代がないと、モンスターを倒してレベルが上がっても成長率が低いということをもう一度念押しで説明した。でなければ、能力値がオール10ずつ上がるごとに、レベルが1上がるとか、そんな風にもっと明確な法則性があるはずだから。

「へぇ…、伸び代が無ければ、モンスターを倒しても意味がないんですか…」
「意味があるかないかはともかく、効率的でも効果的でもないとは思うよ」

「じゃあどうすればいいんですか?」
「とりあえず今からでもいいから、身体鍛えようか。腕立て10回、スクワット10回、反復横跳び3分間。ここでやってみよう」

「え!ここでですか!?ダンジョンですよ!?」

慌てる瀬来さんを宥め、身体を鍛えるよう促す。

「瀬来さんが身体を動かしている間は、きちんと周囲を見張っておくから」
「えぇ~~~~…」

「別に強制ではないからやらなくてもいいよ。ただその場合指導もここまで。指導中は指示に従うって約束だからね。瀬来さん次第だよ?」
「うぅ~…解りました。やるのでコート持っててください…」

不承不承ながら身体を鍛えるため、瀬来さんはそそくさと着ていたコートを脱ぎはじめた。



「ハァ…シャワーとかないから、汗かきたくないんですよね…」

などと愚痴りながらもダンジョンの床に手をつき、腕立て伏せの姿勢を取る。

「ああ、それは思った。ロッカー脇に簡易のシャワールームでも備えて欲しいね」
「いきます、まわりしっかり見張っててくださいね。いちぃ…にぃ…」

腕立てを始めたので、その間は周囲を警戒しておく。

「な…な…くぅ~~~もうだめッ…!」

しかし腕立て伏せ7回までしか持たなかった。膝をついた状態で負荷を落としてもでも10回やらせようかと迷ったが、ほんとに限界そうなので腕立ては7回で良しとしてスクワットに移行してもらう。

にしても、レベル4で腕立て伏せが10回に満たないとは…。

「くぅ~ッ!じゅうぅ!はああぁ!」

しかしスクワット10回はクリアした。脚力はそれなりにあるようだ。

「ハイお疲れさま。じゃあ次は呼吸を整えたら、反復横跳びね」
「ハァ…ハァ…す、少し待ってくださいコーチ…」

「しっかりと負荷を掛けたほうが体力の上がりもいいんだけど、いいよ。2分休憩」
「に、2分!?すぅ~はぁ~!すぅ~はぁ~!」

休憩時間は2分と告げると、瀬来さんは懸命に深呼吸をして酸素を胸に取り込んで体力の回復に努めている。にしても、レベル4の状態でこれかぁ…。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています

もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。 使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

処理中です...