俺の好きを信じてよ

あまき

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好きになるまで

夏のなみだ

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「ごめん。春樹体辛いのに」
「いいって……それより、いいのか? 部活休んで」
「部活なんかより、春樹の方が大事だから」


 どうしてそんなことをサラッと言ってしまえるのか。
 だけどこの時の俺はどきっとするよりも、倫也の反応に怒りさえ覚えた。


「っ、自分が今まで打ち込んでやってきたことを! 何かと比べてどっちが大事とか、言う……なよ」


 情けなくも尻すぼみになる俺を、倫也は目を真ん丸に見開いて見つめている。


「春樹」
「お、俺のこと、『好き』って……でもさ、『好き』なら相手の大事なものを応援したり、励まし合ったりするもんだろ? なのにそんな、部活なんかとか、言うなよ」


―倫也くんってバレーか勉強か、どっちかじゃん―

―それは新菜先輩も同じでしょう―


 不意に帰り道での堂本先輩の言葉が頭をよぎって、俺は頭を振った。でも先輩の笑い声や仲良さげな倫也の顔が離れなくて、目の奥がつーんと痛む。

 風邪でぐずぐずになってる頭でも分かる。多分、これは。


「ごめん。俺が怒ることじゃないよな。これじゃあ八つ当たりだ」
「っ、八つ当たり?」
「俺……嫉妬してたみたいだ。堂本先輩に」


 言葉にすればそれはすんなりと俺の中に落ちてきて、ずっと悶々としていた思いが晴れていくようだった。







「春樹」
「俺さ、まだ『好き』ってどういうことなのか分からなくて」


 友人に聞いて回ったことを倫也は知らない。でも俺が『好き』について考えていたことは、きっと気づいている。
 だからいつだって倫也は俺の意思を尊重してくれていたし、歩みの遅い俺にいつも合わせてくれていた。

 けれど手すら繋がない俺たちは、本当の“恋人”同士とは言えないわけで。


「終業式に壇上で倫也が堂本先輩と笑い合っていたのも、帰り道親しげに話していたのも、堂本先輩の名前を呼んでいたのも……ずっともやもやしてて」
「ごめん! それは」
「あー! 大丈夫、分かってるから。俺だってマネのこと名前で呼んでるし、それが当たり前だから。でも……」


 堂本先輩と倫也が並ぶと、なんだかすごくお似合いな二人に見えて胸の奥がざわざわとした。
 女子たちが言うように、彼女だったら倫也の隣に並んでいてもいいんだと思ったら俺は少し……いや、とても自分が惨めに思えた。


「倫也言ってたじゃん。俺が前に“恋人になったらすることってなんだろう”って言ったら、“名前で呼び合うことかなぁ”って。だからさ、なんつーか……妬いちまったみたい」


 はははっ、と出てきた笑い声はとても情けないもので。
 自分で思っている以上にダメージを負っていたらしく、加えて今朝まで熱で茹だった体では我慢することもできなくて、うっかり目に涙が滲んだ。
 それらはあっという間に目尻に溜まって、容易に決壊してしまう。


「っ、春樹!」
「ご、ごめん、おれ、なさけな……っ!」


 その時、突然強い力で体を抱きしめられて、俺は目を見開いた。力の入らない腕で倫也を押し返す。


「ば、っか! 近づくなよ! うつる、だろ」


 もがけばもがくほど強く回される腕に、俺はどんどん弱気になっていく。そのまま倫也の肩に押し付けていた頬をこすりつけた。
 涙が溢れて、倫也のシャツを濡らしてしまう。震えた声が掠れた喉を通って、嗚咽とともにこぼれ落ちた。


「ごめん。俺、情けなくて。倫也にちゃんと言葉で『好き』を伝えられないくせに、ヤキモチやいて……っ、ほんと情けない」
「ううん。情けなくない。全部俺が悪い。ごめん、ごめんな、春樹」
「うぅっ……な、んで倫也が謝るんだよぉ~」
「春樹が終業式の日から変なの、俺気がついてたんだ」


 俺の頭に頬を擦り寄せて話す倫也の表情は分からなかったけど、俺の肩や背中に回った腕がかすかに震えていた。


「俺、俺な……春樹から別れようって言われるんじゃないかって、思ってたんだ」
「っ、はぁ……?」
「何があったのかは分からなかったけど、最近の春樹はあんまり俺の顔を見ないし、話さないし。昨日の水遊びの時だって、俺が話しかけたらちょっと怒ってただろ?」
「お、怒ってなんかは、ない……けど」
「ないけど?」
「っ……こ、更衣室で先輩と二人、何してたのかなって、思いました……」


 俺が倫也の背中のシャツをぎゅっと掴んで言うと、倫也の腕の力がさらに強まって、ぎゅうっと抱きしめてくる。


「先輩が夏休み中に更衣室の掃除をすることをバレー部はみんな知ってたんだ。それがたまたまあの日、春樹が体育館掃除の当番の日だって言うから、俺が残って手伝ってたんだよ。そしたら掃除を終えた春樹と一緒に帰れるだろ? って……そんなの今はどうでもいいよな。だからって春樹が安心できるわけでもないし」


 言葉を選びながらも倫也らしからぬしどろもどろな話し方に、俺の涙は徐々に引っ込んでいった。


「ふ、ははっ! はっきりしない倫也初めて見た」
「っ、当たり前だろ!? 外から春樹の名前呼ぶ声が聞こえて覗き込んだら春樹は泥だらけで座り込んでるし、隣の先輩も下の奴らも笑ってて……俺、目の前が真っ赤になったんだぞ!」
「真っ赤?」
「なのに、春樹は大丈夫だって言うし」


 一度体を離したかと思ったら、今度は俺の肩口に額を擦り寄せて倫也はうなだれた。何かを言おうとしては口を閉ざしため息をついているので、俺は倫也の背を優しくトントンと叩いた。


「……俺の、『好き』はさ。独占欲の塊だよ」
「え……?」
「春樹を誰にも渡したくない。春樹に誰も触れてほしくない。そう思ってる」


 ぼそぼそと話す倫也は、それ以降何も言わなくなった。さっき倫也がそうしていたように、俺も倫也の頭に頬を寄せる。


「なら、俺の『好き』は……んー、“ずっと一緒にいたい”かなぁ」
「っ……え?」
「その、誰にも渡したくない、とか……むずかしいことはよく分からないけど。俺はこの先も、ずっと」
「春樹?」
「倫也と、一緒に……」


 「笑ってたいなぁ」と呟いた言葉が倫也に届いたのか、俺には分からなかった。
 倫也にもう一度好きと言ってもらえたことと、肩に感じる温もりと、背中に回る腕の強さに安心しきった俺は、そのままくったりと眠りについてしまった。



 その後、倫也に抱きかかえられてベッドへと連れて行かれた俺は、バスケ部の奴らがわらわらと押しかけてくるまでずっと寝こけていたのだが。その話はまた今度。




    
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