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好きになるまで
風邪
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ご想像どおり。
昨日の掃除当番と言う名の水遊びのおかげで、見事に風邪を引きました。
なんとびっくり、それも俺だけ。
ピコン……ピコ、ピコピコン……
「っ……もう、なんだよぉ」
思ったより掠れた声が出て、ひっかかった喉を不快に思いながら、スマホの画面をタップする。
やたら鳴り響いたメッセージアプリの通知音は、バスケ部2年のグループメッセージによるもので、それを俺は薄目で流し見した。
〈おーい春樹ぃ~調子はどうだ~?〉
〈部活終わったらみんなで寄ってやるからな~〉
〈欲しいもの打ち込んどけよ~〉
〈つーかさ、風邪の時ってなにがいいんだ?〉
〈知らねー! 俺風邪引いたことねー!〉
〈とりあえず肉食えよ! 元気になるぞ!〉
〈ばっか! 風邪の時に肉なんか食うかよ!〉
〈なら何食うんだよ!〉
〈うどんとかじゃね? 持ってく?〉
〈届けてる間に伸び切っちまうぜ〉
〈春樹ん家に着く頃にはでろでろになってんな〉
〈ちがいねー!〉
「こいつら、一緒にいんのにメッセージでやりとりすんなよな」
ゴホゴホと咳込みながら、今絶賛部活中の奴らの顔を思い浮かべて俺は大きくため息をついた。
なかなかふざけているけど、悪い奴らではないのだ。けれどもあんなにみんなで濡れ鼠になったというのに、風邪を引いて部活を休んだのが俺だけっていうところはどうも納得いかない。
〈お前昨日濡れた後ちゃんと体拭かなかったんじゃないのか? うどんとか持って行かせねーから、とりあえず今日はゆっくり休めよ〉
〈あー! 谷口がまともなこと言ってやがるー!〉
〈一人だけずりーぞー!〉
〈谷口だってアイス届けるかとか言ってたくせに!〉
〈そうだそうだー! 熱出てんのに冷たいもん食うかよ!〉
〈はぁ? 風邪といえばアイスだろ。あーそっか、隼人は風邪引いたことねーから知らねーんだな? 熱高いときに食うアイスはまじでうまいぞ?〉
〈え、そうなのか? 今度風邪引いてみよっかな〉
「ふはっ……引いてみよっかな、じゃねーよ」
きっと今も真面目な顔して打ち込んでいるであろう隼人には、もはや呆れた笑いしか出てこない。俺もみんなに何か返そうとするけど、怒涛のように流れていくメッセージたちに、風邪で動きの遅い俺にはそんな暇さえ与えられなかった
〈あ、そろそろ休憩終わるわ! じゃーな!〉
〈ゆっくり寝てろよ!〉
〈目閉じるだけでも休まるからな!〉
〈お前そればあちゃんの知恵袋だろ!〉
〈ネギ巻いて寝るのはどこだっけ? 頭?〉
〈頭に巻いてどうすんだよ!〉
それからプッツリと届かなくなったメッセージたちにまた笑ってから、俺はポスンッとスマホを布団の上に投げた。
今日は両親も仕事だし家は誰もいない。熱はもうだいぶ引いたものの、喉の痛さとだるさによるため息を盛大について、枕に顔を埋めた。
ピコンッ……
「っ……あ、れ? みんな、部活じゃ……」
もしかして母さんか父さんだろうか。案外心配性の二人は俺の部屋を何度も訪れ、今日仕事に行くことを謝罪して行った。そんなこと気にしてないし、むしろ二人が働いているおかげで俺は何不自由なく生活できているのだから感謝すらしているというのに。
それでも風邪を引いた我が子が心配なのか、数時間おきに届くメッセージにこそばゆい愛を感じつつ、俺はまたスマホを手に取る。
「ぁ…………とも、や」
メッセージの送り主は倫也で、画面に写る“新着メッセージが届きました”の文字に、俺はそれを開く勇気が持てなかった。
昨日、一緒に帰ろうと言ってくれた倫也に“先輩と帰りなよ”と言ったのは正真正銘俺だった。
ずるい俺はその時倫也の顔を見ようともしなかったし、言い逃げのようにして背を向けて隼人たちに駆け寄った。だから倫也が俺の言葉をどんな風に受け取ったかなんて知らないし、今更確かめるのも怖かった。
帰り道から悶々と倫也のことを考えていた俺は、帰宅後母さんに心配されるまで、自分の不調に気が付かなかった。思ったより高熱の体だったようで、夕飯も食べずに眠ったのだ。だから、その後倫也とはなんのやり取りもしていなかった。
「見たく、ないなぁ」
メッセージを開けたくない。そんな本音を呟きながらも、このままじゃいけないことはよく分かっている。
だから意を決して、“読む”のボタンを押した。目を閉じちゃったのはせめてもの抵抗だ。
〈今、春樹の家の外にいる。出てこられそうなら、顔を見せてほしい〉
「っ、は? へっ!?」
ガバッと起き上がって、すぐ横のカーテンを開けて外を見る。そこには不安そうな顔をした倫也がいて、俺は急いで窓を開けた。
「っ、とも、や! な、なにして、っ!」
「春樹」
突然大きな声を出してゴホゴホと咳き込む俺を、心配するような声で呼ぶ倫也に、俺は無理やり声を張り上げた。
「な、にしてんだよ! こんなとこで……ぶ、部活は?」
「午後は休んだ。春樹が風邪で休んでるって聞いたから」
つまり俺のせいで倫也は大事なバレーを休んだということだろうか。なんで、どうしてと俺の頭は混乱した。
「なぁ、春樹。体調がよくなったら一度、話をさせてほしい」
倫也の決意に満ちた表情を見て、胸が痛む。
そうだ、話。話をしなければいけない。
それがきっと、俺たちの関係が崩れてしまうような結果になったとしても。
「……倫也がいいなら、上がってよ」
「え? でも」
「もうだいぶいいんだ。俺もさ、話したいことあるし」
「春樹……」
窓を閉めて玄関に向かいながら、俺はこれまでずっと考えていたことを頭の中で反芻した。
ちゃんと話をしよう。今心にあることを、全て。
→もう少し続きます…
昨日の掃除当番と言う名の水遊びのおかげで、見事に風邪を引きました。
なんとびっくり、それも俺だけ。
ピコン……ピコ、ピコピコン……
「っ……もう、なんだよぉ」
思ったより掠れた声が出て、ひっかかった喉を不快に思いながら、スマホの画面をタップする。
やたら鳴り響いたメッセージアプリの通知音は、バスケ部2年のグループメッセージによるもので、それを俺は薄目で流し見した。
〈おーい春樹ぃ~調子はどうだ~?〉
〈部活終わったらみんなで寄ってやるからな~〉
〈欲しいもの打ち込んどけよ~〉
〈つーかさ、風邪の時ってなにがいいんだ?〉
〈知らねー! 俺風邪引いたことねー!〉
〈とりあえず肉食えよ! 元気になるぞ!〉
〈ばっか! 風邪の時に肉なんか食うかよ!〉
〈なら何食うんだよ!〉
〈うどんとかじゃね? 持ってく?〉
〈届けてる間に伸び切っちまうぜ〉
〈春樹ん家に着く頃にはでろでろになってんな〉
〈ちがいねー!〉
「こいつら、一緒にいんのにメッセージでやりとりすんなよな」
ゴホゴホと咳込みながら、今絶賛部活中の奴らの顔を思い浮かべて俺は大きくため息をついた。
なかなかふざけているけど、悪い奴らではないのだ。けれどもあんなにみんなで濡れ鼠になったというのに、風邪を引いて部活を休んだのが俺だけっていうところはどうも納得いかない。
〈お前昨日濡れた後ちゃんと体拭かなかったんじゃないのか? うどんとか持って行かせねーから、とりあえず今日はゆっくり休めよ〉
〈あー! 谷口がまともなこと言ってやがるー!〉
〈一人だけずりーぞー!〉
〈谷口だってアイス届けるかとか言ってたくせに!〉
〈そうだそうだー! 熱出てんのに冷たいもん食うかよ!〉
〈はぁ? 風邪といえばアイスだろ。あーそっか、隼人は風邪引いたことねーから知らねーんだな? 熱高いときに食うアイスはまじでうまいぞ?〉
〈え、そうなのか? 今度風邪引いてみよっかな〉
「ふはっ……引いてみよっかな、じゃねーよ」
きっと今も真面目な顔して打ち込んでいるであろう隼人には、もはや呆れた笑いしか出てこない。俺もみんなに何か返そうとするけど、怒涛のように流れていくメッセージたちに、風邪で動きの遅い俺にはそんな暇さえ与えられなかった
〈あ、そろそろ休憩終わるわ! じゃーな!〉
〈ゆっくり寝てろよ!〉
〈目閉じるだけでも休まるからな!〉
〈お前そればあちゃんの知恵袋だろ!〉
〈ネギ巻いて寝るのはどこだっけ? 頭?〉
〈頭に巻いてどうすんだよ!〉
それからプッツリと届かなくなったメッセージたちにまた笑ってから、俺はポスンッとスマホを布団の上に投げた。
今日は両親も仕事だし家は誰もいない。熱はもうだいぶ引いたものの、喉の痛さとだるさによるため息を盛大について、枕に顔を埋めた。
ピコンッ……
「っ……あ、れ? みんな、部活じゃ……」
もしかして母さんか父さんだろうか。案外心配性の二人は俺の部屋を何度も訪れ、今日仕事に行くことを謝罪して行った。そんなこと気にしてないし、むしろ二人が働いているおかげで俺は何不自由なく生活できているのだから感謝すらしているというのに。
それでも風邪を引いた我が子が心配なのか、数時間おきに届くメッセージにこそばゆい愛を感じつつ、俺はまたスマホを手に取る。
「ぁ…………とも、や」
メッセージの送り主は倫也で、画面に写る“新着メッセージが届きました”の文字に、俺はそれを開く勇気が持てなかった。
昨日、一緒に帰ろうと言ってくれた倫也に“先輩と帰りなよ”と言ったのは正真正銘俺だった。
ずるい俺はその時倫也の顔を見ようともしなかったし、言い逃げのようにして背を向けて隼人たちに駆け寄った。だから倫也が俺の言葉をどんな風に受け取ったかなんて知らないし、今更確かめるのも怖かった。
帰り道から悶々と倫也のことを考えていた俺は、帰宅後母さんに心配されるまで、自分の不調に気が付かなかった。思ったより高熱の体だったようで、夕飯も食べずに眠ったのだ。だから、その後倫也とはなんのやり取りもしていなかった。
「見たく、ないなぁ」
メッセージを開けたくない。そんな本音を呟きながらも、このままじゃいけないことはよく分かっている。
だから意を決して、“読む”のボタンを押した。目を閉じちゃったのはせめてもの抵抗だ。
〈今、春樹の家の外にいる。出てこられそうなら、顔を見せてほしい〉
「っ、は? へっ!?」
ガバッと起き上がって、すぐ横のカーテンを開けて外を見る。そこには不安そうな顔をした倫也がいて、俺は急いで窓を開けた。
「っ、とも、や! な、なにして、っ!」
「春樹」
突然大きな声を出してゴホゴホと咳き込む俺を、心配するような声で呼ぶ倫也に、俺は無理やり声を張り上げた。
「な、にしてんだよ! こんなとこで……ぶ、部活は?」
「午後は休んだ。春樹が風邪で休んでるって聞いたから」
つまり俺のせいで倫也は大事なバレーを休んだということだろうか。なんで、どうしてと俺の頭は混乱した。
「なぁ、春樹。体調がよくなったら一度、話をさせてほしい」
倫也の決意に満ちた表情を見て、胸が痛む。
そうだ、話。話をしなければいけない。
それがきっと、俺たちの関係が崩れてしまうような結果になったとしても。
「……倫也がいいなら、上がってよ」
「え? でも」
「もうだいぶいいんだ。俺もさ、話したいことあるし」
「春樹……」
窓を閉めて玄関に向かいながら、俺はこれまでずっと考えていたことを頭の中で反芻した。
ちゃんと話をしよう。今心にあることを、全て。
→もう少し続きます…
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