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【第五章】皆、覚悟を決める
各々の覚悟(2)
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「なに?」
『ホークを解き放て。それしか道はない』
不意に言葉を失くす伯爵の袖を噛んでタマは続けた。
『リメイを水獣と戦わせるために、あのいけ好かないガキがホークを閉じ込めた』
「なに?」
『リメイが死ねばホークも死ぬ。ホークが死ねばリメイも死ぬ。二人は繋がっている』
「つ、つなが!」
『リメイもホークも弱っている。このままでは共倒れだ。水獣がリメイを取り込んだ今、何とかできる者は半身であるホークしかいない』
「は、半身っ?」
『? おい、聞いているんだろう? クソガキ』
ついにはわなわなと震えだした伯爵に、タマは背を向けアリエルに問いかけた。少し離れた場所で騎士団員に指示を出していたアリエルがゆっくりと振り返る。
「それは、できない」
『なぜだ』
皆の視線を一身に受けるアリエルが目を伏せてから静かに口を開く。
「サルーンを捕らえた場所は、魔術が効かない特殊な空間です。それに今はあの娘の髪で作られた髪紐で縛っております」
「っならば、その紐をほどけば!」
「それはできません。結び目には魔力を吸い上げる特殊な魔符を貼り付けました。あれは作り手にしか剥がすことができません」
『その作り手はどこにいる』
「すでに姿を消し、所在不明だ」
『くそが』
唸るタマを他所に伯爵が顎に手をやった。
「なら紐を切るしかないのか」
『しかしあれは切れない』
「切れない? 髪の紐が?」
『リメイの白銀の髪は普通の鋏では切れない。だからリメイは五歳の頃からずっと伸ばしている』
「なに?」
『魔力を伴った髪だ。そう簡単にはいくまい。全く、面倒なことをしてくれたものだな』
驚きに目を見開く伯爵にタマはわふっと一声鳴く。タマが睨み上げた先でアリエルも静かにタマを睨んだ。
「元々、サルーンもあの娘も魔法使いとして処理する予定だったのでな」
『読みが外れたなぁ、愚か者が』
「お、お待ちください」
そんないがみ合う一人と一頭の耳を掠めたのはか細い娘の声だった。
「マリィ、危ないから下がっていなさい」
「っ、旦那様、お許しを! お双方どうか、どうかわたくしめの話をお聞き届けください」
必死に懇願をするマリィにアリエルが優しく声をかける。
「怖がらせてしまって申し訳ない。お嬢さん、なにか?」
随分と紳士的な総統閣下にマリィは一度礼を執ってからその喉をゴクリと震わせた。
「お嬢様……っ、魔法使いリメイ様の幼少期にその御髪を整えていたのは、わたくしです!」
一息で言い放った後息を切らしたマリィは、呼吸を整えきっと顔を上げる。
震えて泣くだけの女々しい面影はもうない。そこには強く気高く美しく、誇り高き海の女がいた。
「……お嬢さん、それは一体どういう?」
「リメイ様の御髪は太陽と同等の輝きを持ち、手入れすればするほど美しく、まるでこちらが日だまりに包まれているかのように思わせてくれる、それはもうこの世に類を見ない珍しく尊いものでありました」
決意を新たにうっとりと話すマリィは止まらない。それにまた女のまくし立てるような言葉を止められる雄もここにはいなかった。
「もちろん何の香油も必要ない麗しいその御髪ではありましたが、たまたま伯爵邸に行商に来ていた者に尋ねたんです。“清く美しく伸ばすために必要なものは?”……と。そうしましたらその行商人は“ならば特別な鋏を用意すべきです”と言いました。“ちょうどここに、珍しいものが”……とも」
「特別な……鋏?」
アリエルの肩がピクリと跳ねた。
「わたくしも半信半疑ではありましたが、受け取ったその鋏で一度自分の髪を一房切ってみました。するとこれまでにない切れ味と切っ先の滑らかさに、それはもううっとりとしたものです」
「ほう」
「これはなんと良いものを、と旦那様にお願いをしました。決して安価ではありませんでしたがその時の行商人から買い取り、以降その鋏でリメイ様の御髪を整えて参りました。それまでも特段不自由はしておりませんでしたが、その鋏で切りますとなぜか御髪も誠に美しく輝きを増すのです。まるでその鋏がリメイ様の御髪に触れることを喜ぶかのように」
うっとりと空を見上げ思い出を語るマリィの言葉が途切れた時、男たちもようやく動き出すことができた。
『ホークを解き放て。それしか道はない』
不意に言葉を失くす伯爵の袖を噛んでタマは続けた。
『リメイを水獣と戦わせるために、あのいけ好かないガキがホークを閉じ込めた』
「なに?」
『リメイが死ねばホークも死ぬ。ホークが死ねばリメイも死ぬ。二人は繋がっている』
「つ、つなが!」
『リメイもホークも弱っている。このままでは共倒れだ。水獣がリメイを取り込んだ今、何とかできる者は半身であるホークしかいない』
「は、半身っ?」
『? おい、聞いているんだろう? クソガキ』
ついにはわなわなと震えだした伯爵に、タマは背を向けアリエルに問いかけた。少し離れた場所で騎士団員に指示を出していたアリエルがゆっくりと振り返る。
「それは、できない」
『なぜだ』
皆の視線を一身に受けるアリエルが目を伏せてから静かに口を開く。
「サルーンを捕らえた場所は、魔術が効かない特殊な空間です。それに今はあの娘の髪で作られた髪紐で縛っております」
「っならば、その紐をほどけば!」
「それはできません。結び目には魔力を吸い上げる特殊な魔符を貼り付けました。あれは作り手にしか剥がすことができません」
『その作り手はどこにいる』
「すでに姿を消し、所在不明だ」
『くそが』
唸るタマを他所に伯爵が顎に手をやった。
「なら紐を切るしかないのか」
『しかしあれは切れない』
「切れない? 髪の紐が?」
『リメイの白銀の髪は普通の鋏では切れない。だからリメイは五歳の頃からずっと伸ばしている』
「なに?」
『魔力を伴った髪だ。そう簡単にはいくまい。全く、面倒なことをしてくれたものだな』
驚きに目を見開く伯爵にタマはわふっと一声鳴く。タマが睨み上げた先でアリエルも静かにタマを睨んだ。
「元々、サルーンもあの娘も魔法使いとして処理する予定だったのでな」
『読みが外れたなぁ、愚か者が』
「お、お待ちください」
そんないがみ合う一人と一頭の耳を掠めたのはか細い娘の声だった。
「マリィ、危ないから下がっていなさい」
「っ、旦那様、お許しを! お双方どうか、どうかわたくしめの話をお聞き届けください」
必死に懇願をするマリィにアリエルが優しく声をかける。
「怖がらせてしまって申し訳ない。お嬢さん、なにか?」
随分と紳士的な総統閣下にマリィは一度礼を執ってからその喉をゴクリと震わせた。
「お嬢様……っ、魔法使いリメイ様の幼少期にその御髪を整えていたのは、わたくしです!」
一息で言い放った後息を切らしたマリィは、呼吸を整えきっと顔を上げる。
震えて泣くだけの女々しい面影はもうない。そこには強く気高く美しく、誇り高き海の女がいた。
「……お嬢さん、それは一体どういう?」
「リメイ様の御髪は太陽と同等の輝きを持ち、手入れすればするほど美しく、まるでこちらが日だまりに包まれているかのように思わせてくれる、それはもうこの世に類を見ない珍しく尊いものでありました」
決意を新たにうっとりと話すマリィは止まらない。それにまた女のまくし立てるような言葉を止められる雄もここにはいなかった。
「もちろん何の香油も必要ない麗しいその御髪ではありましたが、たまたま伯爵邸に行商に来ていた者に尋ねたんです。“清く美しく伸ばすために必要なものは?”……と。そうしましたらその行商人は“ならば特別な鋏を用意すべきです”と言いました。“ちょうどここに、珍しいものが”……とも」
「特別な……鋏?」
アリエルの肩がピクリと跳ねた。
「わたくしも半信半疑ではありましたが、受け取ったその鋏で一度自分の髪を一房切ってみました。するとこれまでにない切れ味と切っ先の滑らかさに、それはもううっとりとしたものです」
「ほう」
「これはなんと良いものを、と旦那様にお願いをしました。決して安価ではありませんでしたがその時の行商人から買い取り、以降その鋏でリメイ様の御髪を整えて参りました。それまでも特段不自由はしておりませんでしたが、その鋏で切りますとなぜか御髪も誠に美しく輝きを増すのです。まるでその鋏がリメイ様の御髪に触れることを喜ぶかのように」
うっとりと空を見上げ思い出を語るマリィの言葉が途切れた時、男たちもようやく動き出すことができた。
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