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【第三章】女、愛を知る
師弟の契(2)
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顔だけ振り返ると頬が触れるほどの距離にいるのに、その表情は見えなくて、ただ心臓の鼓動だけが室内に響く。
「え……?」
「ハンは俺の師匠だ。名をハンバー・ホークという」
「ほーく?」
「俺の名は師匠からもらった。ひょろ長で体も弱っちくて……男だけど、女みたいに微笑む奴だった」
〈……ホーク。忘れないでーー……〉
あの時聞こえた優しい声がリメイの耳元で蘇る。
(あれが……ホークのお師匠様)
「ハンは俺やリメイよりも魔力量が多かった。ハンの髪も切れなかったんだ。だからリメイが髪を切りたいと言った時も、そうだろうなと思った」
「お師匠様も強かったんですか?」
「そうだな。なんせ全属性を持っていたから」
「え? でも……それって」
五大属性を全て持ち得るなんて、伝説ともいえる“神に最も近き者”だけだ。しかしそれはホークであったはずで――
「俺はもともと《記憶》の固有特性と《土》の属性を持つ魔法使いだった」
「つ、《土》?」
「俺は全属性を持つハンから……っ、その力を奪ったんだ」
肩越しに感じるホークの震えた声に、リメイは後ろを向いてホークと向き合った。眉尻を下げ苦しそうにしているホークの頬に手を添える。
「は、ハンバー師匠がお持ちだった力を……どうしてホークが今持っているの?」
やけに五月蝿い鼓動を煩わしいと思う暇さえない。聞きたいのに、聞きたくない。でも聞かなきゃいけない。
ホークが一度喉を詰まらせた。そして何かを堪えるように、言葉を絞り出す。
「俺はハンバーと師弟の契を結んでいた。師弟の契を結ぶと、弟子は師の魔術の能力そのものを奪うことができる。その……死んだ血肉を食らうことによって」
「血肉を、食らう……?」
師弟の契とは師が未熟な弟子を守り、そしてその力を確実に後世へと継承するために結ばれるもの。けれど、まだリメイには知らされていない事実があるらしい。胸の鼓動が鳴り止まなかった。
「今でも頻繁に交わされるこの契の、本来の意味を知っている奴は少ない」
「本来の意味?」
「力の継承とは、修行して得られる師匠の教えのことだと思われている。けれど本当は属性や固有特性、師が持つ力そのもののことを言う」
ホークが自身の頬に添えられた白い手を掴み、リメイの体を抱きしめる。震えているのはその腕か、抱きしめた小さな体か、あるいは両方だったかもしれない。
「師弟の契を結び、死してすぐの師の血肉を食らえば……弟子は師の魔術とその力をすべて得られる」
(つまり、ホークは……)
リメイの喉がゴクリと鳴る。ここは風呂場なのに、ひどく口が乾いていると感じた。
「そうだ、俺は師の血肉を食った。ハンは命が尽きる直前に自分の指をグリナルに持たせ、俺に届けさせた。あの速さだ、まだ血が滴る内に届いたよ」
「ぁ……っ!」
「ちょうどその時、腕に刻まれた師弟の契がハンの死を教えてくれた。だから俺は食ったんだ。そして俺はハンの……全属性の力を手に入れた」
以前グリナルを服従させた話を聞こうとしたら、ホークは言い淀んでしまった。つまりあのグリナルはホークがタマの服従を解除したのとは違い、その主を亡くしたが故にホークが契を結び直したのだった。
漆黒の髪から流れ落ちる水滴が、リメイの顔に降ってくる。まるでそれらはホークの悲しみを表しているようで、リメイも逞しい背中に腕を回しきつく抱きしめた。
「ど、してお師匠様は、亡くなったの?」
「あの日、ハンバーは王宮に呼び出された。その頃はまだ魔術師の存在も里の制度もなく、魔法使いが国を守っていたんだ」
(そうだ……確か、“神に最も近き者”の魔法使いが乱心してから魔術師の制度が出来上がったのよね)
リメイの頭の中にあるはずのない記憶が蘇る。それはホークが水に濡れて輝く銀髪を撫でながら流し込んできた、当時のホーク少年の《記憶》だった。
「え……?」
「ハンは俺の師匠だ。名をハンバー・ホークという」
「ほーく?」
「俺の名は師匠からもらった。ひょろ長で体も弱っちくて……男だけど、女みたいに微笑む奴だった」
〈……ホーク。忘れないでーー……〉
あの時聞こえた優しい声がリメイの耳元で蘇る。
(あれが……ホークのお師匠様)
「ハンは俺やリメイよりも魔力量が多かった。ハンの髪も切れなかったんだ。だからリメイが髪を切りたいと言った時も、そうだろうなと思った」
「お師匠様も強かったんですか?」
「そうだな。なんせ全属性を持っていたから」
「え? でも……それって」
五大属性を全て持ち得るなんて、伝説ともいえる“神に最も近き者”だけだ。しかしそれはホークであったはずで――
「俺はもともと《記憶》の固有特性と《土》の属性を持つ魔法使いだった」
「つ、《土》?」
「俺は全属性を持つハンから……っ、その力を奪ったんだ」
肩越しに感じるホークの震えた声に、リメイは後ろを向いてホークと向き合った。眉尻を下げ苦しそうにしているホークの頬に手を添える。
「は、ハンバー師匠がお持ちだった力を……どうしてホークが今持っているの?」
やけに五月蝿い鼓動を煩わしいと思う暇さえない。聞きたいのに、聞きたくない。でも聞かなきゃいけない。
ホークが一度喉を詰まらせた。そして何かを堪えるように、言葉を絞り出す。
「俺はハンバーと師弟の契を結んでいた。師弟の契を結ぶと、弟子は師の魔術の能力そのものを奪うことができる。その……死んだ血肉を食らうことによって」
「血肉を、食らう……?」
師弟の契とは師が未熟な弟子を守り、そしてその力を確実に後世へと継承するために結ばれるもの。けれど、まだリメイには知らされていない事実があるらしい。胸の鼓動が鳴り止まなかった。
「今でも頻繁に交わされるこの契の、本来の意味を知っている奴は少ない」
「本来の意味?」
「力の継承とは、修行して得られる師匠の教えのことだと思われている。けれど本当は属性や固有特性、師が持つ力そのもののことを言う」
ホークが自身の頬に添えられた白い手を掴み、リメイの体を抱きしめる。震えているのはその腕か、抱きしめた小さな体か、あるいは両方だったかもしれない。
「師弟の契を結び、死してすぐの師の血肉を食らえば……弟子は師の魔術とその力をすべて得られる」
(つまり、ホークは……)
リメイの喉がゴクリと鳴る。ここは風呂場なのに、ひどく口が乾いていると感じた。
「そうだ、俺は師の血肉を食った。ハンは命が尽きる直前に自分の指をグリナルに持たせ、俺に届けさせた。あの速さだ、まだ血が滴る内に届いたよ」
「ぁ……っ!」
「ちょうどその時、腕に刻まれた師弟の契がハンの死を教えてくれた。だから俺は食ったんだ。そして俺はハンの……全属性の力を手に入れた」
以前グリナルを服従させた話を聞こうとしたら、ホークは言い淀んでしまった。つまりあのグリナルはホークがタマの服従を解除したのとは違い、その主を亡くしたが故にホークが契を結び直したのだった。
漆黒の髪から流れ落ちる水滴が、リメイの顔に降ってくる。まるでそれらはホークの悲しみを表しているようで、リメイも逞しい背中に腕を回しきつく抱きしめた。
「ど、してお師匠様は、亡くなったの?」
「あの日、ハンバーは王宮に呼び出された。その頃はまだ魔術師の存在も里の制度もなく、魔法使いが国を守っていたんだ」
(そうだ……確か、“神に最も近き者”の魔法使いが乱心してから魔術師の制度が出来上がったのよね)
リメイの頭の中にあるはずのない記憶が蘇る。それはホークが水に濡れて輝く銀髪を撫でながら流し込んできた、当時のホーク少年の《記憶》だった。
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