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【第二章】少女、友を得る

破った言いつけ(2)

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『ぎぅ……! ぎぅぎぅー!』
「なぁに? なんて言ってるの?」


 見たことのない生き物と聞いたことのない声にリメイらは興味津々だった。
 海の近くに住んでいたというのに、海辺では出会ったことのない生き物だ。もしかしたら淡水の水場にしか生息しないのかもしれない。


『ぎぃー! ぎぅぎぁー!』
「もしかして、これに触りたいの?」


 うんうんと頷かんばかりに首を縦に振るその可愛らしい子に、リメイはまたしてもふふっと笑った。
 《にんぎょ》のひらがなゴシック体を右手でそぅっと引き寄せて近づける。下手をすると割ってしまうから慎重に。


「気をつけてね。割れちゃうといけないか、ら……っ!」


 次の瞬間、リメイの右手はガシッと掴まれた。そしてその小さな生き物からは考えられない程の強い力で引きずり込まれる。
 なんとかして堪えようとするも、リメイが咄嗟に左手で掴んだ草は無情にもぶつりと千切れた。


「う、っ……わぁ!」


 するすると引かれて、近づく水面に思わず目を閉じる。


どぽんっ!



『……ん? リメイ……?』
 タマが頭を上げた時、水面には一つの波紋があったが、タマの目がそちらに向くときにはすでに湖は静かに息を潜めていた。


     ◇◇◇


 自身の体が湖に吸い込まれてから、リメイはすぐに目を開いた。
 ぎゅうっと掴まれた右手は変わらず強いまま、ずんずん引っ張られている。湖の底を目掛けているようで、このままでは流石にまずいことくらいリメイにもよく分かっていた。

 大して吸えなかった空気を必死に肺に留めるものの息はどんどん苦しくなる。
 リメイは藻掻きながら上へ登ろうと試みて、水を左手でかいて両足で蹴り上げた。しかし相手は魚のヒレを持つ生き物。どう考えても引かれる右手の力の方が強かった。

 それでも負けじと上へ上へと泳いでいると、突然その生き物がリメイの右手を離し、方向転換をした。
 生き物の泳ぐ速さは凄まじく、リメイが一つ瞬きをした直後にはぎょろっとした目が視界いっぱいに広がった。


バチンッ!


「っ! ぅ……」


 リメイは近づいてきた生き物の尾ビレによってその頬を打たれ、同時に堪えていた空気が口から漏れ出た。
 急いで口を閉じるものの、空気は泡となって水面へと上っていく。


『ぎぎ! ぎぃぃぎぎ!』


 目の前の生き物が腹を抱えて笑おうとも、殴られた衝撃と息苦しさでリメイ体はピクリとも動かない。


(考えろ、何かを考えろ……生きることを考えろ)


 また右手を捕まれ湖の奥へと誘われながら、リメイは空気の泡を薄目で追う。
 水中の草木に当たって割れるかと思いきや、その草がするんっと泡の中へ入るのをぼーっと見つめていた。


 その時リメイの頭がクリアになった。はっ、として目を見開く。


(待て、もう少しでなにかが……)


 今はそれどころじゃないと自分でも分かっている。最優先は生きるための手段だ。

 なのに今、リメイの頭の中を支配するのは。ここ最近ずっと考え続けてきたはカンショのことだった。カンショ……焼き芋……


(そっか。焼き芋にはアルミホイルだ)


 生きるか死ぬかの瀬戸際で見た水面の輝きが、リメイにはアルミホイルのように見えた。前世にあった銀色で熱を通すけど保温にも優れている、あのアルミホイル。


(あれさえあればカンショが美味しく焼けるはずっ……あぁでももう……息が……)


 リメイの視界が薄まっていく。
 見つめる先の水面が揺らいでいるのか、それとも自分の視界が歪んでいるのか、リメイには分からなかった。


(もう少し早く思いついていたら……認めてもらえたのに……)


 リメイの頭の中に漆黒が過ぎった。思考回路は遮断されていて、何も浮かんでこない。


(だれに……認めてほしいんだっけ)


 息の抜けきった体で、脳を掠めた漆黒を叫びだすかのようにリメイは口を開いた。


「っ……ほ、く……」

(あぁ……この黒は、ホークの色だ……)


 リメイの音にならなかった声が泡となって水面に登っていった。



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