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【第五章】皆、覚悟を決める
同胞と歴史(1)
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「うわぁ……!」
「ははは。驚いたか?」
町の図書館の、その奥。関係者以外立ち入り禁止となっている一室に、溢れかえらんばかりの本たちがいまかいまかと修繕の時を待っていた。その数の多さにリメイは思わず感嘆の声を上げる。
「なかなか人手不足のようでな。司書が一冊直す間に数冊の壊れた本が届くというから、これだけ集まるのも無理はない」
本の修繕は魔法で行われているのだが、繊細な作業は人を選ぶというもの。また司書という難関な資格を必要とすることもあって、図書館で勤務する人というのはこの国でもほんの数人程度しかいなかった。
(ホークの《記憶》操作なら一瞬で直せそうだけど)
今はいないその人のことを思い浮かべていると、アリエルが肩をとんとんと叩いてきた。
「ヤッバよ。言っていた書物はこちらだ」
案内されたのは更に奥、扉の開いた薄暗い空間だった。
「貴重かつ、修繕に時間のかかりそうなものはこの部屋に置いてあるらしい。言っていた歴史書もこの中だとか」
「わぁ……ほんと、今にもほどけていきそうな本ばかりですね」
昔ながらの製法で、紐で綴じてある古い書物たちにリメイはまたしても目を丸くさせた。安易に触れると壊してしまいそうなので、慎重に中へ足を踏み入れる。
「あ……これ、ですか?」
「うむ。それだな」
お目当ての書物はすぐに見つかった。パラパラとめくった中には“時計職人と地元の鉄打ち師が手を取り合って作り上げた”という記録のみだった。もちろんこの鉄打ち師がハンバーであることはあの魔力からも間違いないだろう。
(でもぜんまい仕掛けのパーツがスケッチされてるわ。それも全て、一つ一つをはっきりと)
誰がスケッチしたのかは知らないが、当時の仕事がとても丁寧に行われていたのはこの文献を見る限りよく分かる。
(この書物を持って帰れたらいいけど)
「ヤッバよ」
「っ、はい?」
夜間に盗みに入るなら、なんてルート探索をしていたリメイの思考など知らないアリエルは、相変わらず爽やかな笑みを浮かべている。
「他にも読みたいものがあれば読んでいいそうだ。ただ修繕待ち故に、扱いは慎重にとのことらしい」
「わぁ! ありがとうございます」
本好きの自分にとってまたとない申し出に、リメイの気分が少し上がった。
読んでいた時計台の歴史書をそっと置き、近くにあった他の文献に目を走らせる。“四大国の軌跡”や、“英雄の在処”など、これまであまり目にしたことのない書物がいくつかあり、それはひどく唆られる内容だった。
「あれ、これって」
ふと、リメイは視界に入った真っ白な背表紙に目を奪われる。表にも何も書かれていない書物はなんの変哲もなく、けれどなぜか非常に惹かれた。
手に取り一枚捲って、リメイの喉がひっと鳴った。
「っ!? に、にほ!?」
「ん、どうした?」
「あ! いや! なにも!」
「そうか?」と首を傾げながら背を向け別の棚から本を取り出したアリエルをちらりと見て、リメイは一度深呼吸をした。
意を決してまた開くと、やはり見間違えではなく。
そこにはリメイがかつてこの世界に生まれる前に使っていた、あの日本語が書かれていて――
「な、んで」
冒頭を読む限りそれは日記のようだった。
〈吾、生まれたときよりこの文字を扱う〉
〈吾は読み書きすれど、誰も知らない文字故に気味悪がられ……〉
〈一度は忘れようとするも、事実使わないことによって忘れていくことが何故か、切なく、寂しく……〉
〈故にひっそりと、ここに書き記しておこうと思う〉
(この人も前世の記憶を持ってたのかな)
しかしリメイが震える手でパラパラと読み進めていっても、どこにも“日本”という言葉の記載はない。どうやら前世の記憶を持つリメイとはまた違った形で、文字の読み書きだけができるようだった。
「ははは。驚いたか?」
町の図書館の、その奥。関係者以外立ち入り禁止となっている一室に、溢れかえらんばかりの本たちがいまかいまかと修繕の時を待っていた。その数の多さにリメイは思わず感嘆の声を上げる。
「なかなか人手不足のようでな。司書が一冊直す間に数冊の壊れた本が届くというから、これだけ集まるのも無理はない」
本の修繕は魔法で行われているのだが、繊細な作業は人を選ぶというもの。また司書という難関な資格を必要とすることもあって、図書館で勤務する人というのはこの国でもほんの数人程度しかいなかった。
(ホークの《記憶》操作なら一瞬で直せそうだけど)
今はいないその人のことを思い浮かべていると、アリエルが肩をとんとんと叩いてきた。
「ヤッバよ。言っていた書物はこちらだ」
案内されたのは更に奥、扉の開いた薄暗い空間だった。
「貴重かつ、修繕に時間のかかりそうなものはこの部屋に置いてあるらしい。言っていた歴史書もこの中だとか」
「わぁ……ほんと、今にもほどけていきそうな本ばかりですね」
昔ながらの製法で、紐で綴じてある古い書物たちにリメイはまたしても目を丸くさせた。安易に触れると壊してしまいそうなので、慎重に中へ足を踏み入れる。
「あ……これ、ですか?」
「うむ。それだな」
お目当ての書物はすぐに見つかった。パラパラとめくった中には“時計職人と地元の鉄打ち師が手を取り合って作り上げた”という記録のみだった。もちろんこの鉄打ち師がハンバーであることはあの魔力からも間違いないだろう。
(でもぜんまい仕掛けのパーツがスケッチされてるわ。それも全て、一つ一つをはっきりと)
誰がスケッチしたのかは知らないが、当時の仕事がとても丁寧に行われていたのはこの文献を見る限りよく分かる。
(この書物を持って帰れたらいいけど)
「ヤッバよ」
「っ、はい?」
夜間に盗みに入るなら、なんてルート探索をしていたリメイの思考など知らないアリエルは、相変わらず爽やかな笑みを浮かべている。
「他にも読みたいものがあれば読んでいいそうだ。ただ修繕待ち故に、扱いは慎重にとのことらしい」
「わぁ! ありがとうございます」
本好きの自分にとってまたとない申し出に、リメイの気分が少し上がった。
読んでいた時計台の歴史書をそっと置き、近くにあった他の文献に目を走らせる。“四大国の軌跡”や、“英雄の在処”など、これまであまり目にしたことのない書物がいくつかあり、それはひどく唆られる内容だった。
「あれ、これって」
ふと、リメイは視界に入った真っ白な背表紙に目を奪われる。表にも何も書かれていない書物はなんの変哲もなく、けれどなぜか非常に惹かれた。
手に取り一枚捲って、リメイの喉がひっと鳴った。
「っ!? に、にほ!?」
「ん、どうした?」
「あ! いや! なにも!」
「そうか?」と首を傾げながら背を向け別の棚から本を取り出したアリエルをちらりと見て、リメイは一度深呼吸をした。
意を決してまた開くと、やはり見間違えではなく。
そこにはリメイがかつてこの世界に生まれる前に使っていた、あの日本語が書かれていて――
「な、んで」
冒頭を読む限りそれは日記のようだった。
〈吾、生まれたときよりこの文字を扱う〉
〈吾は読み書きすれど、誰も知らない文字故に気味悪がられ……〉
〈一度は忘れようとするも、事実使わないことによって忘れていくことが何故か、切なく、寂しく……〉
〈故にひっそりと、ここに書き記しておこうと思う〉
(この人も前世の記憶を持ってたのかな)
しかしリメイが震える手でパラパラと読み進めていっても、どこにも“日本”という言葉の記載はない。どうやら前世の記憶を持つリメイとはまた違った形で、文字の読み書きだけができるようだった。
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