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会いたい人
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悠也はすぐに背後のドアに意識を向けるも、そこには既に二人の男たちが取り囲んでいて、もはやどうすることもできないのだと悟った。
「あの女が家事代行サービスなんて頼むって言うから手回ししたってのに…部長とやらの肩書も使えねーよなぁ。こんなド新人に回すなんてよ」
「…な、に」
「ド新人ってどっちかなんよ?周りに合わせて自分なんて棄てちまえるお前の先輩か。あるいは…どこまでもクソ真面目に信念貫いちゃうお前か」
「一体どっちが賢いんだろうなぁ?」と首を傾げる男を前に、悠也は震えるしかなかった。口を開けば奥歯が鳴りそうで、必死に唇を噛む。その様子を男は楽しそうに見て笑った。
「怖くて喋れないお坊ちゃんはさ、大人しく酒でも飲んじゃってよ」
そう言われた後、後ろの男たちに取り押さえられて、口を開かれ何かを無理やり飲まされた。
「っく、うぅ…」
苦手なアルコールが喉を通り、火傷のような熱が走った。その熱は体中を一気に駆け巡り、呼吸がしづらくなる。これはアルコールだけじゃない。なにか、もっと何か苦しいものが…
「おーい、おーい?まさか、一口でトンだの?入れすぎたかなぁ、ごめんね」
自分の体が内側から焼けていくようで、悠也は持っていたカバンを抱え込んでうずくまった。
「ソレ、頭も体も、特に下半身がグズグズに溶けちゃうやつだからさ。そのままいい感じにわけ分かんなくなって、喋ってよ。玉城組のこと」
(痛い、熱い、苦しい…もう帰りたい…大声を上げて泣いてしまいたい…)
そう思うのに男の言葉によって、悠也の頭の中は雪乃でいっぱいになった。
悠也の知る限り、雪乃のことで話せること等なにもない。悠也にとって雪乃は、ただキレイでかっこよくて、ニカッと笑う彼女が好きだった。
(…雪乃さんに会いたい…会って、話したい…)
ドンッ!
「あっ…、おい!まて!!」
熱と恐怖に体を震わせる悠也
商売道具が詰め込まれた仕事用のカバンは、固く重い。熱と恐怖に体を震わせる悠也に油断したのもあってか、大きく振り回せば悠也を抑え込んでいた二人の男は、容易に尻もちをついた。
その隙に震える足を動かして、悠也は走る。
苦しさも辛さも感じないよう自分に言い聞かせて、とにかく走る。行く宛のない体を必死で動かして、血の滲む唇を開いて何度も叫んだ。
「助けて!だれか!助けて!!」
暗い通りをがむしゃらに走り続けると、いつの間にか目の前がパッと開けた。明るい視界の先でいくつかの視線を浴びて、悠也はようやく大通りに出られたことに気づいた。
タクシーを待ち並ぶ列に割り込み、目の前に現れた車に乗り込む。
「はぁっ…はぁ…っ!へ、変な人にっ、追われて、ます!だ、出して!」
悠也が熱い息を交えてそう言えば、運転手は驚きながらも車を発進させてくれた。多くの人に迷惑をかけて申し訳なさでいっぱいになるが、今は体の奥の熱をなんとかしなければならない。
悠也は朦朧とする意識でカバンだけは抱きしめる。一度息を大きく吐いてから先輩のことを考えていた。
(あの人は無事だろうか…部長もグルだってことは、家の住所も知られているのかもしれない…)
チラチラとルームミラーから悠也を伺う運転手に、なんとか最寄りの大きな駅を伝える。あの周りにはホテルがいくつかあるので、どこかに身を寄せられるかと思った。
(ひとまず体を、なんとなしなきゃ…その後のことは、また…落ち着いたら…)
「…はぁ……はぁ……仕事、してた…だけなのに」
全てが嘘だったのだろうか。顧客からの評判がいいと笑っていた部長の言葉も。先輩との飲み会を快く送り出してくれた支社のみんなの笑顔も。全て嘘で、グルだったのだろうか。もはや誰が味方で誰が敵なのか分からなくて、悠也は両手で自身を抱きしめた。
タクシーを降りた頃には、もう悠也に歩く気力など残されていなくて。駅裏のビルの狭間でカバンを抱きしめたままうずくまった。
誰も来ませんように…そう願って少しでも気配を薄くするよう、荒くなる息を手で抑え込む。
飲まされたナニかのせいか、それとも恐怖のせいか。寒気がして、体が震えている。もし…もしこのままここで息絶えても、喜ぶ人間しかいないんじゃないか、と悠也は弱気になった。
(身寄りのない俺なら…一人消えたところでどうとでもなるって、言ってたなぁ…)
「…まだ、生きたかった…なぁ……」
不運続きでも、諦めずに生きてきただけなのに。
誰から認められなくたって、せっかくの与えられた人生を、普通にけれど少しだけ幸せを感じて、ただ歩みたかっただけなのに。
「………うそだ、そんなの」
認められたいに決まってる。一人で生きていくのは寂しい。それを悠也は身を持って知っていた。
だから、頑張って働いて、「今日もありがとう」と笑いかけてくれる人たちの存在が、悠也は本当に嬉しかったんだ。
ふと、悠也の頭を過る。自分はどこから間違っていたのだろうかと。やりなおせるなら、どこからやり直すのかと。
家事代行なんて仕事をしなければ…初めて働いた会社が倒産しなければ…そんな会社を選ばなければ…
「……そ、んなの…いやだ」
(やりなおしたいことなんて、なにもない。雪乃さんと出会えない未来は考えたくない…)
「…ゆ、きの…さん」
そう思ったら、悠也の足は自然と動いていた。あんなに重たかった体が今は羽のように軽く感じた。
あの大きな門扉を目掛けて歩く。
(話せなくてもいい…ただ一目会いたい…俺の仕事を認めてくれて、「行ってきます」と笑ってくれたあの人に…最期に会えたらそれでいい…)
もつれる足に倒れそうになっても、悠也は進み続けた。
(雪乃さん…雪乃さん…会いたい…
ただ、雪乃に会いたい。その一心で。
「っ、はぁ…はぁ…うぅっ……ゆきの、さん…!」
「なんだ」
その時悠也の耳に聞こえたのは、あの少しだけ低くて透きとおるような声…
(夢、か…な…?)
「ゆ、ゆきの、ひゃっ…」
「なんだ」
「ひっ…くぅ…はっ……」
「田中、なにがあった」
「…うっ、くぅ……ゆ、雪乃、ひゃん」
「お前下戸っつったろ。酔ってんのか」
「お、おれっ…さ、け…のんでな…っ…んぅ!」
「そうか。なら何を食った」
「ひっ……お、おれ…りっ、しょくでっ…う、うーろんちゃしか、のん、で…」
「何処の会場だ」
「と、となりの、まちの…ホテル、の…あっで、も…あとで、ばー、に…」
「ばー?…どこのバーだ」
「ひっ…うぅ…あ、あつい…!ゆ、きのさ…!」
「言え。どこのバーだ」
「っ、ーーー…」
そこで、悠也の意識は途絶えた。
「あの女が家事代行サービスなんて頼むって言うから手回ししたってのに…部長とやらの肩書も使えねーよなぁ。こんなド新人に回すなんてよ」
「…な、に」
「ド新人ってどっちかなんよ?周りに合わせて自分なんて棄てちまえるお前の先輩か。あるいは…どこまでもクソ真面目に信念貫いちゃうお前か」
「一体どっちが賢いんだろうなぁ?」と首を傾げる男を前に、悠也は震えるしかなかった。口を開けば奥歯が鳴りそうで、必死に唇を噛む。その様子を男は楽しそうに見て笑った。
「怖くて喋れないお坊ちゃんはさ、大人しく酒でも飲んじゃってよ」
そう言われた後、後ろの男たちに取り押さえられて、口を開かれ何かを無理やり飲まされた。
「っく、うぅ…」
苦手なアルコールが喉を通り、火傷のような熱が走った。その熱は体中を一気に駆け巡り、呼吸がしづらくなる。これはアルコールだけじゃない。なにか、もっと何か苦しいものが…
「おーい、おーい?まさか、一口でトンだの?入れすぎたかなぁ、ごめんね」
自分の体が内側から焼けていくようで、悠也は持っていたカバンを抱え込んでうずくまった。
「ソレ、頭も体も、特に下半身がグズグズに溶けちゃうやつだからさ。そのままいい感じにわけ分かんなくなって、喋ってよ。玉城組のこと」
(痛い、熱い、苦しい…もう帰りたい…大声を上げて泣いてしまいたい…)
そう思うのに男の言葉によって、悠也の頭の中は雪乃でいっぱいになった。
悠也の知る限り、雪乃のことで話せること等なにもない。悠也にとって雪乃は、ただキレイでかっこよくて、ニカッと笑う彼女が好きだった。
(…雪乃さんに会いたい…会って、話したい…)
ドンッ!
「あっ…、おい!まて!!」
熱と恐怖に体を震わせる悠也
商売道具が詰め込まれた仕事用のカバンは、固く重い。熱と恐怖に体を震わせる悠也に油断したのもあってか、大きく振り回せば悠也を抑え込んでいた二人の男は、容易に尻もちをついた。
その隙に震える足を動かして、悠也は走る。
苦しさも辛さも感じないよう自分に言い聞かせて、とにかく走る。行く宛のない体を必死で動かして、血の滲む唇を開いて何度も叫んだ。
「助けて!だれか!助けて!!」
暗い通りをがむしゃらに走り続けると、いつの間にか目の前がパッと開けた。明るい視界の先でいくつかの視線を浴びて、悠也はようやく大通りに出られたことに気づいた。
タクシーを待ち並ぶ列に割り込み、目の前に現れた車に乗り込む。
「はぁっ…はぁ…っ!へ、変な人にっ、追われて、ます!だ、出して!」
悠也が熱い息を交えてそう言えば、運転手は驚きながらも車を発進させてくれた。多くの人に迷惑をかけて申し訳なさでいっぱいになるが、今は体の奥の熱をなんとかしなければならない。
悠也は朦朧とする意識でカバンだけは抱きしめる。一度息を大きく吐いてから先輩のことを考えていた。
(あの人は無事だろうか…部長もグルだってことは、家の住所も知られているのかもしれない…)
チラチラとルームミラーから悠也を伺う運転手に、なんとか最寄りの大きな駅を伝える。あの周りにはホテルがいくつかあるので、どこかに身を寄せられるかと思った。
(ひとまず体を、なんとなしなきゃ…その後のことは、また…落ち着いたら…)
「…はぁ……はぁ……仕事、してた…だけなのに」
全てが嘘だったのだろうか。顧客からの評判がいいと笑っていた部長の言葉も。先輩との飲み会を快く送り出してくれた支社のみんなの笑顔も。全て嘘で、グルだったのだろうか。もはや誰が味方で誰が敵なのか分からなくて、悠也は両手で自身を抱きしめた。
タクシーを降りた頃には、もう悠也に歩く気力など残されていなくて。駅裏のビルの狭間でカバンを抱きしめたままうずくまった。
誰も来ませんように…そう願って少しでも気配を薄くするよう、荒くなる息を手で抑え込む。
飲まされたナニかのせいか、それとも恐怖のせいか。寒気がして、体が震えている。もし…もしこのままここで息絶えても、喜ぶ人間しかいないんじゃないか、と悠也は弱気になった。
(身寄りのない俺なら…一人消えたところでどうとでもなるって、言ってたなぁ…)
「…まだ、生きたかった…なぁ……」
不運続きでも、諦めずに生きてきただけなのに。
誰から認められなくたって、せっかくの与えられた人生を、普通にけれど少しだけ幸せを感じて、ただ歩みたかっただけなのに。
「………うそだ、そんなの」
認められたいに決まってる。一人で生きていくのは寂しい。それを悠也は身を持って知っていた。
だから、頑張って働いて、「今日もありがとう」と笑いかけてくれる人たちの存在が、悠也は本当に嬉しかったんだ。
ふと、悠也の頭を過る。自分はどこから間違っていたのだろうかと。やりなおせるなら、どこからやり直すのかと。
家事代行なんて仕事をしなければ…初めて働いた会社が倒産しなければ…そんな会社を選ばなければ…
「……そ、んなの…いやだ」
(やりなおしたいことなんて、なにもない。雪乃さんと出会えない未来は考えたくない…)
「…ゆ、きの…さん」
そう思ったら、悠也の足は自然と動いていた。あんなに重たかった体が今は羽のように軽く感じた。
あの大きな門扉を目掛けて歩く。
(話せなくてもいい…ただ一目会いたい…俺の仕事を認めてくれて、「行ってきます」と笑ってくれたあの人に…最期に会えたらそれでいい…)
もつれる足に倒れそうになっても、悠也は進み続けた。
(雪乃さん…雪乃さん…会いたい…
ただ、雪乃に会いたい。その一心で。
「っ、はぁ…はぁ…うぅっ……ゆきの、さん…!」
「なんだ」
その時悠也の耳に聞こえたのは、あの少しだけ低くて透きとおるような声…
(夢、か…な…?)
「ゆ、ゆきの、ひゃっ…」
「なんだ」
「ひっ…くぅ…はっ……」
「田中、なにがあった」
「…うっ、くぅ……ゆ、雪乃、ひゃん」
「お前下戸っつったろ。酔ってんのか」
「お、おれっ…さ、け…のんでな…っ…んぅ!」
「そうか。なら何を食った」
「ひっ……お、おれ…りっ、しょくでっ…う、うーろんちゃしか、のん、で…」
「何処の会場だ」
「と、となりの、まちの…ホテル、の…あっで、も…あとで、ばー、に…」
「ばー?…どこのバーだ」
「ひっ…うぅ…あ、あつい…!ゆ、きのさ…!」
「言え。どこのバーだ」
「っ、ーーー…」
そこで、悠也の意識は途絶えた。
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