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双子と家庭教師
1章 おかしな家
しおりを挟むこの事件は私が幼馴染である弥乃伊(やのい)ちゃんの所へ泊まりに行った事に起因します。
その日は風がとても強く、朝から電車が止まらないかと、はらはらしながら目的地の駅まで急ぎました。
彼女とは幼少の折からとても気の合うお友達で、中学生まで共に同じ学校に通って居ました。しかし、中学生活の半ば彼女の母親が亡くなり、その後父親と共に祖父の家に住む事になったので転校していってしまったのです。
「ハンナぁ~!!お久しぶり!!」
彼女は駅に着いた私に、外人ばりのハグでお出迎えしてくれました。
「弥乃伊ちゃん!私も会いたかったです!」
「早く家に行こう!積もりに積もったオタトークを早く開放させて~」
類は友を呼ぶというやつで彼女もこの1年で随分と発酵が進んでいるようでしたが、新しい地での類友を見つける事には大分難航しているみたいですね。
「ふふふ、慌てなさんな。とりあえず頼まれていた例のブツを先にお渡ししておきましょうか」
持って来た有名チョコレート店の紙袋を彼女にそっと差し出すと、途端に目の色が狩人のソレに変わりました。
「うふふふ、これはこれは。この辺りは書店が無いから…本当に…助かるわ」
ちなみに紙袋の中にはチョコレートではなく、もっと言えば食べ物でもない、一般規格より少し薄手の本が沢山詰まっています。
「最近はネットで容易に手に入りますよ。
中学の時はそうしてたじゃないですか?」
「う~ん。今はね…。小学生が居るから間違えて荷物開けられたらと思うと、とても通販では買えなくて…」
心をすっかり薄手の本に奪われ生返事をしながら紙袋をゴソゴソ漁る弥乃伊ちゃん。
「…貴女、独りっ子じゃないですか。小学生って…?まさか誘拐?!」
もちろん冗談ですが、それを聞いた彼女はさも当たり前のように言い放ちました。
「え?新しいお母さんの連れ子だよ。言ってなかったっけ~?」
首をかしげる弥乃伊ちゃん。
「聞いてないですよ!え?そうなんですか」
いきなりのサプライズに脳みそが、うまく対応できませんでしたが、どうやら1年で彼女の環境はかなり変わった様です。
ふいに時の流れをさらに感じ少しさみしい気持ちになりました。
「あ!ほら、運転手さん待たせてるんだった。早く行こうよ!」
しんみりとしている私をよそに、弥乃伊ちゃんは荷物をガシッと掴むと
黒塗りの車目掛けて駆けて行きました。
その先には運転席から降りた初老の男性が、ドアを開けてこちらに会釈しています。
スーツの上着の裾が強風にバタバタと煽られています。
(お爺さんお金持ちだとは聞いていましたが…家に専属の運転手さんなんて凄いですね…)
呆気に取られている私を乗せて、車は弥乃伊ちゃんのお爺さんのお屋敷に向けどんどんと山奥に進んで行きました。
13:00
(~~~予想外でした。まさか…)
「映画の様ですね!まさか洋館だとは思いませんでした」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「いや、聞いてないですよ」
山深い洋館のお屋敷に住んでる人って
ファンタジーの住人だけじゃ無いんですね。
始めて見ました。
門の中には大きな庭園が広がっていてまるで中世の貴族の様な気分です。
四角く角が出る位に、きっちりと切りそろえられた緑の気が風で左右に大きく揺られています。ふと、その間からこちらをじっと伺っている二つの視線に気がつきました。
「あれ?もしかして、この子が…?」
「うふふ、そうなの。」
にっこり笑うと弥乃伊ちゃんはそちらの方に向き直り手招きをしました。
「二人とも~こっちに来てお姉ちゃんのお友達に挨拶してくれない?」
どこから共なく同じ顔が現れ私達の前にパタパタと走ってきましたが
その美しさには思わず息を呑みました。
金に近いほど色素の薄い髪に、緑がかった大きな目は長いまつげに縁取られとても魅惑的です。
「……こんにちは、鈴音(リンネ)です。」
毛先がくるんと内側に丸まったボブカットの子がはためくワンピースの裾を押さえながらぺこりと頭を下げました。
「蓮音(レオン)です。」
ショートカットに半ズボンの子が先程より大きな声ではっきりと言いました。
「あっ!はじめまして。真婦留ハンナです」
しばし見惚れてしまっていたので、慌てて頭を下げます。
現実離れした容姿の二人は、洋館とあいまって、まるでおとぎ話の住人がこの世に迷い込んだ様な錯覚にとらわれました。
頭を上げると二人の視線が、弥乃伊ちゃんの持ってるチョコレートの袋に熱心に注がれています。
「「…チョコ」」
「あ!ごごごめんね。これはチョコレートじゃないの」
「あああの!こっちにありますよ!」
慌てて、バックの中からチョコレートの箱を取り出し二人の手に持たせます。
(あ、危ない…あの薄い本を小学生に見られたら一環の終わりです。弥乃伊ちゃんの気持ちがよく分かりました…)
「お二人は双子さんなんですか?」
「そうなの~!二人とも10歳よ。可愛いでしょう?まるでお人形みたいよね」
はぁ、とため息をつきながら二人をみつめる弥乃伊ちゃんが「お部屋に飾っておきたい…」と呟やいたのでぎょっとしました。分からなくはないですが。
しばらくチョコレートを見ながらはしゃいでいた二人ですがぱっと!いきなり顔を上げたかと思うと、手の中の箱よりもっと魅力的な物を見つけた様に満面の笑みを浮かべて、私達の後ろの人に向かって駆け抜けて行きました。
「「大和兄ちゃん!」」
振り返ると、双子が一人の青年を押し倒さんとばかりに一斉に飛びついていきました。
「ふ、二人とも今日も元気だね…!」
青年はよろけながら、ゆっくりと双子を下に降ろすと「でも今みたいにいきなり飛びつくのは危ないから駄目だよ」と優しく叱りました。
双子ははーい!と声を揃えてなおも青年にしがみついています。二人とも輝くばかりのとても嬉しそうな笑顔です。
「弥乃伊ちゃん…お兄さんも出来たんですか?」
「うふふ。こちらは二人の家庭教師の青井 大和(あおい やまと)先生よ」
こんにちは、と青井さんが会釈をしました。純朴で優しそうな雰囲気を纏っていて、右の目尻に一つと目の下に一つずつあるホクロが特徴的です。
「大和兄ちゃん!はやく遊ぼうよ!」
「……リンネ、おいかけっこしたいな」
双子が青井さんをぐいぐいと庭園の方へ引っ張って行きます。そこへ一人の女性が双子の名前を呼びながら屋敷の方から慌てて走ってきました。
「鈴音!蓮音!台風が来てるから外に出ちゃ駄目って言ったでしょ!」
両手で双子の手を捕まえてきつい口調で注意しています。
「……いいの!リンネは大和兄ちゃんのお出迎えするんだからっ」
「そーだよ!いつもやってるからいいでしょ!」
双子が口を尖らせて反論しています。
女性がため息をつきながら「だから、今日は家の中で待ってなさいって」と言ってからこちらに気づき「あら?!」っと声を上げました。
弥乃伊ちゃんがすかさず前に出て私を紹介します。
「美枝さん、ただいま帰りました。この子がお友達のハンナです」
「どうも…お邪魔してます。本日は一晩お世話になります」
この美枝(よしえ)さんが弥乃伊ちゃんと双子のお母さんですね。黒髪の綺麗な上品な女性です。美枝さんは少し微笑んでから握手をしてくれました。笑った顔はどことなく双子に似ています。
「まあ、遠いところをようこそ。」
「よろしくお願いします!……それにしても、お子様達とても可愛いらしいですね!男女の双子は始めてお会いしましたけど神秘的で素敵です」
興奮冷めやらぬ私は早口で双子の感想をまくし立てるという、今考えるといささか失礼な行いをしてしまいました。美枝さんが少し顔を強張らせながら
「え、ええそうかしら。私の知り合いには結構居るのよ…」
と苦笑いを浮かべました。心なしか握手している手が汗をかいている気がします。
「ママ!……早くお家戻ろう」
鈴音ちゃんが美枝さんの上着を引っ張っりながらそっぽを向いています。
「あ!ええ……そうね。風が強いので弥乃伊さんたちも早く中に入ってね」
鈴音ちゃんに促されるままに、双子を連れて美枝さんは踵を返しました。
「リンネ、大和兄ちゃんと手を繋ぎたい」
「ずるいよ!ぼくも兄ちゃんと繋ぐ!」
「ほらほら、喧嘩しないで皆で繋ごうよ」
「先生…いつも、すみません」
青井さんとの手つなぎ争奪戦を繰り広げながら、4人は屋敷の中に消えて行きました。
(先程私、もしかして失言したでしょうか?)
はて?と首を傾げる私に、弥乃伊ちゃんが早く行こうよと背中を叩きました。
PM13:30
二階にある弥乃伊ちゃんのお部屋に通されて一息ついた頃
先ほどちょっと疑問に思った事を訪ねてみました。
「おかしなこと聞きますが、双子ちゃんって女の子と男の子ですよね?」
突飛な発言に弥乃伊ちゃんがびっくりした様子でこちらを凝視しています。
「え?なんでそんなこと聞くの?」
持ってきてくれたティーカップをテーブルに置きながら、
不思議そうにこちらを見ています。
「なんかちょっと……モヤッとしたので」
庭園での美枝さんと鈴音ちゃんの反応が少しおかしかった気がしたのです。
紅茶を私に進めながら弥乃伊ちゃんが口を開きました。
「二人は男女の双子だよ。だって再婚の条件がそれだったんだもん」
「へ?どう言うことですか」
「……1年前にね、連れ子が双子って聞いたお爺様が二人とも男の子なら一人は養子に出せって言ったの。大人になってからお金の事で絶対に争いが起きるからだって」
きっと、お爺様の体験談ね。と弥乃伊ちゃんが呟きました。
「そ、そうなんですか。うーんお金持ちは何やら大変ですね?」
どうやら、家庭の事情に首を突っ込みすぎたみたいです。
深く反省します。
「それより!お待ちかねの観賞会しようよ」
弥乃伊ちゃんが紙袋の方をちらちら気にしながら半笑いになって焦れていました。いてもたってもいられないといった感じです。
「ふふふ、お待ちかねですね…よし、やりましょう」
その後私達は1年分のブランクを取り戻すべく、読んだり話したりと発酵した時間を過ごしました。
*****
14:45
私が『”先生”という敬称をつけて相手を慕ってる系男子』の破壊力について切々と語っている時、控えめなノックが部屋に響きました。
「はい?どうぞ」
弥乃伊ちゃんが扉を開けると、戸口から美枝さんの声がしました。
「子供達の休憩に、お茶にしようかと思うんだけど、お友達も一緒にいかがかしら?」
「ハンナどうする?お茶だって」
「はい!ぜひお邪魔したいです!」
先ほどの双子達の可愛いらしい、青井さんの取り合いを再び見たいが為に即答しました。
「今日は風が強いからテラスはやめて、リビングで良いかしら」
美枝さんに従って一階のリビングに案内されましたが
(ここのお屋敷って…広すぎじゃありませんかね。扉も殆ど同じですし迷ったら大変な事になりそうです)
方向音痴な私は、弥乃伊ちゃんの部屋までの道のりにパンでも撒いておこうかと思いました。
リビングに着くと、恰幅の良いおばさんがせっせとお茶のセッティングをしていて、目が合うと会釈をしてくれました。
「家政婦の民子さんよ」
弥乃伊ちゃんが会釈を返したので、私も挨拶をしました。
不意に廊下が騒がしくなったと思えば、双子が青井さんと手を繋ぎながらリビングに入って来ました。
「大和兄ちゃんはぼくの隣ね!」
「リンネの隣にも座って!」
ちょっと困り顏の青井さんをソファの真ん中に座らせると、双子達が両隣をがっちりと固めます。
「鈴音、蓮音。お行儀よくしなさい!すみません先生。ご迷惑で無ければ良いのですが……」
青井さんが苦笑いを浮かべながら
「いえいえ、兄妹が居るので慣れてますし、それに高学年になる頃にはこんなに構ってくれなくなりますよ」
ね?と言いながら双子を見てにこりと笑いました。
「そんな事ないよ…リンネ大きくなったら大和兄ちゃんと結婚するもん」
「ずるいよ!ぼくだって兄ちゃんと結婚するんだからね!」
爆弾発言に、思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうに…いや吹き出しました。
「ハンナ!大丈夫?」
「ごほっ…!失礼しました。蓮音君も青井さんと結婚するんですか?」
ハンカチで口元を押さえながら先ほどの発言に言及します。
「うん!そしたらずっと一緒にいれるもん」
(おぉ、この年にしてプロポーズとは…恐ろしい子ですね)
「何言ってるの、蓮音は男の子でしょ。
……鈴音だってそんなに早くお嫁に行ったらお母さん寂しいわ」
美枝さんが呆れたようにそう言うと、鈴音ちゃんが俯いて自分のスカートをギュッと両手で掴みました。
「リンネ…お嫁さんになれないもん」
さっきよりももっと俯いて、小さな肩が震え出しています。そっと青井さんが鈴音ちゃんの背中をぽんぽんとあやす様に叩きながら明るい声で
「まあまあ!皆さん気が早いですよ」と言いました。
「二人が大きくなる頃には、僕なんかよりもっと素敵な人が沢山現れている筈だよ。
だからその時の為に今はしっかり勉強しないとね」
優しく語りかける青井さんを見て、双子がこんなにも懐く理由が
少し分かる気がしました。
その後、すっかり大人しくなった双子に比例して、どんどん強くなる雨風へと話題は移って行き、家政婦の民子さんと青井さんは無事に帰れるのかなぁ…と
苦笑いを浮かべていました。
調子に乗って紅茶を飲みすぎたせいか、どうしても御手洗いに行きたくなった私は弥乃伊ちゃんに、その旨をこっそりと打ち明けました。
「じゃあ、そろそろ私とハンナは部屋に戻ろうか。美枝さん、民子さんごちそうさまです」
弥乃伊ちゃんが席を立ったので、私もつられて「ごちそうさまでした!」と会釈をしてから彼女に続きました。
「トイレここね。私は部屋で待ってるから」
じゃ!とトイレの前に私を残し弥乃伊ちゃんはそそくさと部屋に帰って行きました。
おそらく読みさしの薄い本が気になってしょうがないのでしょうが、ここから無事に彼女の部屋へと辿り着けるのか、一抹の不安が過ぎりました。
(これは本当にパンを撒いておくんでしたね…)
さて、スッキリした所で方向音痴が直るわけも無く、私は恐る恐るお屋敷の扉を開けて回っていました。
(……よし、この扉に違いないです!)
少ーしだけ開けた扉から中を伺うと、二段ベッドと二つ並んだ勉強机が見えます。
(ここって双子のお部屋?)
いけないとは思いつつも、珍しい双子のお部屋に興味をそそられてしまい、目を離すことができずにいると、ある物を見つけました。
(あれは?バースデイベアでしょうか)
手前のタンスのちょこんと水色のクマのぬいぐるみがこちらに背を向けて二つ並んで座っている事に気づきました。バースデイベアとは出産祝いの際、ぬいぐるみの足の裏に刺繍で子供名前を入れて贈る物です。
そろ~りと部屋に滑り込み水色のくまのぬいぐるみを見ると、一匹ずつ右足の裏に刺繍で英字が縫い取られていました。
LEON RION
(レオンと…リオン?おかしいな、鈴音ちゃんの名前だと思ったのですが?)
ぬいぐるみを元に戻し、思慮を巡らしていた、まさにその時。
ガチャリ!
ドアノブが大きな音を立て、心臓が跳ね上がりました。
(だ、誰か来た!!??)
慌てた私達は、あろう事か目の前のクローゼットに飛び込んでしまいました。
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