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あくせく旅路編
◆15.親友の息子は親友?(キサム視点)
しおりを挟む――ウィルが教室を破壊している頃。
「む、何、もう一度申してみよ」
バリトンのよく響く声が困ったように唸った。
「は、昨日、不肖のフェルセス学園にアビが侵入いたしたのでございます」
小柄な男――学園長が跪いて、俯いたままゆっくりと言った。
「して、どうなったのだ。そなたのその様子からすると心配はないと見えるぞ、エディウス」
ほとんど頭を抱えるようにして、学園長――エディウスの言葉を聞いた男が左手で自分の黒髪を掴んでかきあげた。
アビと言えば、伝説級の高位魔獣。聞けば、ヒダセイリの方の小国を1日で滅ぼしたという。それが王都に位置するフェルセス学園に出たというのだ。男が頭を抱えたくなるのも無理はない。
しかし、目の前のその学園の長はというと、笑みこそ携えていないものの、随分と声の調子から余裕が感じられるのだ。
アビは魔力、知能ともに莫大だという噂だ。エディウスともあろう者が、まさかとは思うが、こちらの助けに頼んでいるわけではなかろうな……。
場合によっては、黒騎士を動かせねばならないかもしれない。
男がそう思いながら、エディウスの返答を待った。
「アビは倒しましてございます、陛下」
「な……なに?」
陛下と呼ばれた男は、エイズーム王国国王キサム=テラ=オーイォ=ラナアリス=デ=エイズーム。謁見の間で人払いをした上で報告したいと自分の恩師でもあるエディウスに通信具で知らせを3日前に受け、公務に追われる中、特別に時間をはからったのだ。
それがアビの侵入というものであったのに納得し、それならばもう少し早くこの場を設けるべきだったと後悔すると同時に対策をいくつも頭に浮かべていたキサムは、エディウスの言葉に耳を疑った。
倒した、と聞こえたのは気のせいだろう、と思いながらも引きつる無表情で何とか言葉を発した。
しかし、噛んでしまったのは人払いをしているからなかったことにしよう、と何とか心を落ち着かせたキサム。目と耳をかっぽじってエディウスの言葉の続きに身構えた。
しかし、キサムはもう一度本気で自分の目と耳を疑わなくてはならないことになる。
「居合わせた生徒が倒したのです」
◆
どういうことだ。
キサムは謁見を終えた後、走るようにして自室へ向かっていた。
早歩きの規則正しい足音が石造りの廊下に響く。廊下に絨毯を敷かなかったのは、何でも初代国王の趣味だとか。
と、そんなことはどうでもいい。勢いよく自室の扉を音を立てて開いたキサムは、そのままの勢いで部屋の隅に置かれた魔道具の蓋を開いた。
――どういうことか説明してもらおうじゃないか。
通信具で連絡をとろうと手を伸ばしたときだった。中には見慣れた蝋のついた紙が入っていた。
「キアンめ、手紙を寄越したか」
ふぅと深く溜め息をついて、便箋を破りながら机に向かった。赤い革張りの如何にも国王の席、というような椅子にもたれたキサムは通信具が受信した手紙に目を通した。
「見つけ次第、返信求む――って、おい」
せっかく椅子に座ったキサムはまた立ち上がった。
落ち着かねば、と頭を掻きながら通信具へ再び戻る。
木の箱の蓋を開ければ、手紙の受け取り口の他に何本かのレバーと受話器がある。
そのうち一番左のレバーを倒してから受話器をとった。
受話器の向こうでチリンと涼しげな音が鳴る。
カチャリという音がした。通信先が受話器をとったのだ。
『待ってたぞ、キサム』
不敬罪にもなるような口調が聞こえた。国王相手にその言葉は、と普段はきちんと話しているものの、キアンとキサムは訳あって古い友人。お察しの通り、同じフェルセス学園出身の学友である。故に2人きりである場合は遠慮はしないのだ。
キサムも気兼ねなく話せるキアンという悪友の存在には感謝している。
「おお、いまエディウスが謁見の間に来ていてな」
『学園長から連絡がいったか。私も息子から連絡が入った。それなら話が早い』
「それで。どういうことだ、キアン。お前の息子は」
畳みかけるような調子でキサムが言った。
学園に侵入したアビをキアンの息子ウィリアムスが倒したという。
キサムはおおよそ信じられなかった。第一、キアンの息子がそこまで強いという話は聞いたことがない。しかし、エディウスが嘘をつくとは思えない。
キサムはこの事態にほとほと困ってしまったのだ。
まさかとは思うが、キアンが隠し立てをしているのではあるまいな。
そんな焦燥感がキサムをそういった行動に移させた。
『……キサム、3年ほど前の事件を覚えているか?』
そんなキサムの心情を読み取ったのか、キアンが声の調子を落とした。
「3年前……反国王派のか?」
キサムは国王である。ゆえに国のほぼすべての事件を把握しており、その数は膨大だ。3年前という広い範囲では、それこそものすごい数の事件が浮かび上がるが、大きな事件、と考えると反国王派を洗おうとしているキサムにとっては一つに絞れるのだった。
『そうだ。あのとき、うちの屋敷のトラップと言っただろう』
「――!」
キアンの言葉にキサムが絶句した。
「まさか、……なるほど」
しかし、さすがは賢王と呼ばれるだけはある。キアンの短い言葉で察したようだ。
『恐らく反国王派の奴らの裏で糸ひいている黒幕がまだいる。私はそれを調べている途中だった。だから、お前と言えど知らせることはできなかった。そのことは詫びる。本当に済まない』
キアンの本当にすまなそうな声が受話器口から聞こえた。キサムが息を漏らして苦笑する。
「いや、情報の重要性は理解しているつもりだ。そのへんはお前に一任している。報告は事件後と決めてもいるじゃないか。私も詫びよう」
『そういってくれると助かる。……今回の襲撃は、召喚獣によるものだった。それは聞いたか?』
「ああ、それが3年前の奴らだと言うのか?」
『敵は思ったより鋭いらしい。けしかけてウィルの実力でも計ろうとしたのだろう。そしてあわよくば……』
キアンの声に不穏な空気が流れる。受話器から黒いオーラが漏れてくるんじゃなかろうか。
キサムは慌てて言葉をつないだ。
3年前の影たちが捕まったという罠に疑問を持った敵が、学園に入って監視が薄くなったところを襲撃、といったところか。しかし、聞き捨てならない言葉がキアンの台詞にあった気がする。
「ちょっと待て。召喚獣だと?」
『――っ!あぁ、すまない、取り乱した。そうだ、今回の問題はそこだ。アビが召喚獣ということは、召喚主がいるということだ』
「それは……」
キサムが思わず呻きを漏らす。しばらく沈黙していたが、キアンが切り出した。
『まぁ、そういうことだ。詳しくはウィルに聞いてくれ、下手な奴より使えるぞ。それと、王都の部下をもう放っておいた。敵の足取りは恐らく掴めないだろうが、もし何かあればまた連絡する』
「さすが仕事が速いな。わかった、お前が親バカかどうか確かめるとするよ」
その言葉を最後に通信具を切った。
しかし、召喚獣か。
キサムは再び唸る。アビの伝説が誇張だった可能性も考えねばならないが、何よりもキアンの言葉がある。つまりは、キアンはアビを少なくとも弱いとは思っていない様子であるのだ。
エディウスには、詳細はまだ聞けていないから何とも判断は付かないが。そうなるとやはりウィル、か。
キアンが単なる親バカとは考えられないが、確かめられるな。
キサムは微笑んで呟いた。
「《召喚》」
ぽっとポップコーンが弾けるような音とともに光った。
「お喚びですかな、主様」
「おお、アルクメデス。フェルセス学園に行ってウィリアムス=ベリルに来てもらうよう伝えてくれ」
「承知しました」
その言葉を残し、キサムの召喚獣は消えた。
◆
アルクメデスに連れられ、ウィルは国王の私室を後にした。キサムはソファにもたれて満足げに溜め息をつく。
「下手な奴より使えるぞ、だと? 馬鹿を言うな」
あれより上と言ったら団長クラス――キアンくらいじゃないか。
キサムは正直言って見くびっていた。下手な奴より使える、というキアンの言葉に嘘はないと思ってはいたが、たかが8歳、反国王派の使えない貴族やなんかより使えるのだろう、とその程度だ。
それが、会ってみればどうだ?
自分でも結構良い線をいっている政治家だとキサムは思っていたが、まだまだだな、と苦笑することになった。
8歳という年齢に、子供という容姿にまんまと騙された。先入観を持ってものを見るだなんて、初心を振り替えさせられる。
初代国王から続く血で己の魔力量には自信があった。玉座に座り、相手の目を見て、少し魔力を漏らせば並みの者は怯んで立っていられなくなる。
8歳相手に、と内心大人気ないだろうか、と思いつつ、嫌いな貴族と立ち会うとき程の魔力を漏らしておいた。キアンの親バカを見極めるためだ。しかし、その息子は平気な顔して立っていた。
加えて優雅だった。一つ一つの動作が洗練されていて、この子供が本当にアビを倒したのか、と疑問を持つほどだ。
面白い、と思った。流石はキアンの息子だ、と。
予定通り自室に招けば、怯んだ様子もなく着いてくる。子供ながらの物怖じしなさだろうと思うことにした。
いやしかしキサムとしてはここで第一の衝撃を受ける。初代が好きだったという王家にしか伝わっていないオチャを何の疑問も持たず手にとり、礼儀正しく飲んだのだ。しかも様になっていた。
ここからウィルの怒涛の攻撃が始まった。全てに度肝を抜かれた。
扉に備え付けられた鍵の魔道具が容量オーバーを起こすほどの魔力を放ち。
つまりはその巨大すぎる魔力をも凌ぐ魔力を持ち。
それに溺れる様子すら見せず、その力のメリットやデメリットすら理解しているようだった。
そして頭の回転。
神童、神童とかねがね噂は耳にしていたが、あれほどとは。事件について尋ねれば、すでに独自調査をはじめ、怪しい人物を特定しているというではないか。娘にもとより会う予定があった、外部の人間という。確か、カルセドニーという名だったか。
キサムは、八年間も会わなかった自分を殴ってやりたくなった。
会話が苦にならないのだ。
キサムは賢王と呼ばれている。頭の回転は早く性能も世間一般から見て良いと自負できる。
だから会話をしていくとどうしても理解の速度の違いで、会話の流れを楽しめるとは言えないのだ。
それが。
あの8歳の少年と話すのは楽しかった。キサムが一言言えば、もう察していて、歯がゆいところの一歩先までの答えをくれるのだ。つうと言えばかあ、というのだろうか。そんな相手は、キサムにとって今までキアンくらいなものであった。
実際、少ない言葉で察するというのは元日本人のウィルのスキル『空気を読む』というものであるのだが。
「アルクメデス」
キサムはいつの間にか戻ってきていた相棒に楽しそうに話しかけた。
「はい、何でございましょう」
「――ふふ、いや。ジルコを呼べ」
「承知いたしました」
アルクメデスは、恐らく笑みを残して消えた。
「八歳、なぁ」
今のキサムには、もうとても八歳とは思えなかった。
ウィリアムス。
その父親と同じく、良き友人となれれば嬉しい、と今はただ思うのみだ。
************************************************
アルクメデス:歴代エイズーム国王に代々仕える執事兼召喚獣。なんでも初代国王との約束なのだとか。その姿は頭部がまんま目玉であり、ウィル曰く『目玉シツジ』で『歩く目です』。初代国王のネーミングセンスを心配しているが、自身の召喚獣白龍に『シロ』と名付けているあたり、ウィルのほうが大概ひどい。
扉に備え付けられた鍵の魔道具:魔力を識別して登録者のみを通す。その性質上、常に魔力を感知している為、大きな魔力をあびると負荷でカタカタと震え出す。
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