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あくせく旅路編
◆13.五月祭襲撃事件(サン視点、スピネル視点)
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(サン視点)
今日は、五月三十一日、五月祭の日だ。
学園のお祭りの日である。いろんなクラスがいろんな出し物をするんだ! 上級生はものを売ったりしてるらしい。僕たちの寮長のキオロさんのクラスは『きっさてん』をすると言っていた。ウィルがいきなり暴走してめいどふく? とかいうのをつくりだしたのには驚いたけど。なんかすごい勢いで布をきってぬいながら『めいどきっさをやるんだー!』とか言ってたウィルはちょっと面白かった。でも、貴族なのに裁縫までできるなんて、本当にウィルはすごいな。
僕たちのクラスはオチヨンという名前の劇をやった。ウィルの案なんだ。ウィル曰く、ウィルのトラウマの御伽噺らしい。なんでも『シタキリスズメ』っていうのが原作とか言ってたけど、僕ははじめて聞いた。
ウィルってものしりなんだよ。すごい。でも本当に怖いお話だと思う。
だって、よくばりなおばあさんが優しい聖獣の舌を切っちゃうんだけど、そのしっぺがえしがすぐにやってきて死んじゃうなんて! ……よくばっちゃいけないってことだね。
ウィルのおかげで僕たちのクラスの衣装はすばらしいできばえになっていたし、サルーダ先生の熱意で台本もすごかったし、それにひきずられてみんなも本気で練習していたから、劇は大成功した。お客さんたちがすごい拍手をしてくれて嬉しくなってくる。僕はオチヨンの里に住んでる他のスズメという聖獣の役をやった。けっこうたのしかったなぁー。
劇が終わってしばらくすると、教室からみんなはいなくなってきていた。他のクラスのだしものを見に行くらしい。僕たちも行こうとウィルと話しあっていたときだった。
「きゃああああああ!!!!!」
何かが割れるような音と悲鳴が聞こえたんだ! 驚いてウィルをみるとウィルも僕の顔を見ていた。目を合わせるとウィルはうんと頷いて口を開いた。
「1階からか」
「たぶん」
僕がそういって頷くと同時にウィルは廊下に走っていった。
慌ててウィルを追いかけて廊下を駆けていったら、窓から見えたのはセフィスが黒い人影に襲われている光景。僕は目の前が真っ白になってしまったのだけど、呆然としている間にいつの間にかウィルが窓から飛び降りていた。思わず目を覆う。
ウィルも死んでしまう! 僕は窓から咄嗟に手を伸ばしたけれど、ウィルの服にすら指は触れることができなかった。
「ウィルっ!」
悲鳴が漏れる。
「……!?」
でも、次に飛び込んできたのはおどろくべき光景。ウィルがすんなり着地して、しかも剣を受け止めていたのだ! 廊下にいた人たちはどよめいた。僕は声を上げることも忘れて見入っていた。ウィルは、本当にすごい。ヒーローみたいだ!
黒い人影と剣をうちあいながらウィルは何かを言っている。ここからじゃ遠くて声が聞こえない。
身を乗り出してその様子を見ようと思った瞬間に、すごい魔力を感じて、それと同時に僕の意識はぷつりと切れた。
◆
(スピネル視点)
スピネルが主の命令でエイズーム王国のウィリアムス=ベリルを誘拐することになったのは、三年前のことである。それを脅しの材料に、キアンを押さえるつもりであったらしい。
それもそうだ、スピネルの実力ではキアンに叶わなかった。
スピネルの主――ヒッツェ皇帝陛下クイタがそのような考えを起こすのも仕方がないことだ。その程度のことであのキアンが抑えられるとは思えなかったが。しかしあのときそれ以上の策が私にも思いつかなかったのだから仕方がない。最善ではあったのだ。
しかしそれは失敗した。調査をしてみれば、失敗はキアンのあらかじめ執務室にしかけてあった罠に『影』の手下が引っかかったのが原因であったらしいと判明した。
しかし、それはまたおかしかった。
キアンの情報が入ってきたのがおかしいのだ。奴の情報はこの『影』がいくら調べようとふだんは出てこないというのに。結局ウィリアムス自体になにかあるはずだと調査は続行されることとなった。その実態を図りまたあわよくば誘拐するなりしてキアンを押さえようと再び合作することとなった。
ちょうど学園は五月祭という外の者が侵入しやすい時期であったため、これならばキアンに勘付かれることもなかろうとしかけることとしたのだ。
更には、最近有名になりだしたカルセドニー商会のカルセドニーが学園に通う娘と会う予定があることを入手できたため、彼になりすまし、その娘から情報を得ることもできた。ウィリアムスに特別親しいという少女の情報。
スピネルはその情報を持って、五月の終わりの日をいまかいまかと待ちわびた。
そして、今日。
目的は果たされた。
主人の命令であるウィリアムス=ベリルの情報は得られたのだ。
しかし、いかんせん安くない代償を払ってしまった。
スピネルは自分の棄てがたい駒を失ってしまったのだ。召喚獣は駒というより腕と言っても過言ではなかった。スピネルにとって、今回巻き起こした事件は右腕を失った代わりに剣を手に入れたようなものであった。
油断していたわけではない。寧ろ、そもそも今回の調査はウィリアムスが影を退けたのではなかろうか、という前提を元に行動をとっていた訳であり、充分すぎるくらいの警戒を敷いていたのだ。親しい友人が傷つけられていて、尚且つそれを行っているのがとてつもない強者だった場合、その時の行動にその人の強弱が現れる。反応を見られたら、程度の期待でアビを仕向けたのだ。
勿論、キアンに気取られることを嫌って、ウィリアムス本人ではなくセフィスを襲わせたわけだが。
まさか高位魔獣が八歳の少年に負けるとは思うまい。
スピネルは自嘲的に笑った。
我が主人は、ことの重大さをわかっているのだろうか。
あれは尋常ではなかった。
見ていなければスピネルとて信じられないだろう。見た者だけが共有し合えるであろう衝撃なのだ。
アビが大したことがなかった、と結論付けるか。
スピネルとしては、自分の持ち帰った情報をそのまま信じられても己の主人の正気を疑ってしまうだろうし、かといってかように誤解をもって解釈されるのも困る。非常に複雑な立場に、スピネルが思わず歯軋りするのも頷ける。
ウィリアムス=ベリルは、3階からその存在を目視するやいなや、あろうことか飛び降りたのだ。
スピネルは目を疑った。頭に血が上ったか、または父親への憧れからの小児期特有の正義感か。
いずれにしても、あの8歳の少年が3階という高さから落下したときの衝撃を理解しているようには思えなかった。
しかし、ウィルは見事スピネルの予想を裏切り、軽やかに着地し、更にアビの放った剣を受け止めさえしたのだ。
スピネルは再び目を疑った。
混乱の中で“偶然”という分かりやすい解決の糸口にすがりつき、次には暴虐されるウィルの姿を想像した。
そして、更に今度は目が零れ落ちるのではないか、と思った。一瞬心臓が掴まれたような感覚に陥ったほどだ。
そこには、ウィルがアビのその剣裁きに臆することなく互角に渡り合う景色が広がっていたのだから。
規格外にも程があるだろう! スピネルは影の二の舞、キアンの罠に嵌った己に今更ながら気がついたが、本当に今更であった。
それでも何とかキアンの息子だから、と自分に納得させ、アビが次の行動に出るのを待った。流石にそこでこの決着はつくはずだ、と額に浮かぶ汗を拭った。剣技がいくら優れていたところで、これでは人が叶うはずがない、と。
しかし裏切られる。スピネルはこの裏切りと驚愕の度重なるコンボでいい加減ぶっ倒れそうな程に精神的ダメージを貰っていた。
今度は本当に心臓が止まったのではないだろうか。スピネルが本気でそう思うくらいに、左胸に鈍痛が走った。
アビが全魔力を放出して、周囲の大人が倒れる中、少年が1人、不敵な笑みを携えて何食わぬ顔で立っているのだ。
そこにいけば、スピネルすら気を失うほどの魔力の中で。
他人の魔力が強すぎると、人は気を失う。魔力酔いという現象だ。
遠くから眺めているのに、スピネルは恐怖した。自分にはそのような感情はとうに抜け落ちてしまっているのだと考えていたスピネルは僅かながらに驚いた。
背筋にひんやりとしたものを覚える。
自分は飛んでもないモノに対峙してしまったのだ。
「……なんだ、あの化け物は」
スピネルは憮然と呟いた。
何せ、アビを葬った最後の一撃をスピネルは目視できなかったのである。
しかし、おめおめと止めるわけにもいかなかった。スピネルの職業の誇りとして、一生はすでに主人に捧げてしまっていたのである。
************************************************
スピネル:前章のウィル誘拐未遂事件で、ジン=ヴェリトルが証言していた、黒いローブを着て仮面を被った男の正体。ヒッツェ皇帝に仕える『影』の一族の者。
魔力酔い:大きすぎる魔力に当てられると身体のなかの魔力が乱れて気絶してしまう。無理をすると死にいたることも。イメージとしては、醤油をがぶ飲みするようなもの。
今日は、五月三十一日、五月祭の日だ。
学園のお祭りの日である。いろんなクラスがいろんな出し物をするんだ! 上級生はものを売ったりしてるらしい。僕たちの寮長のキオロさんのクラスは『きっさてん』をすると言っていた。ウィルがいきなり暴走してめいどふく? とかいうのをつくりだしたのには驚いたけど。なんかすごい勢いで布をきってぬいながら『めいどきっさをやるんだー!』とか言ってたウィルはちょっと面白かった。でも、貴族なのに裁縫までできるなんて、本当にウィルはすごいな。
僕たちのクラスはオチヨンという名前の劇をやった。ウィルの案なんだ。ウィル曰く、ウィルのトラウマの御伽噺らしい。なんでも『シタキリスズメ』っていうのが原作とか言ってたけど、僕ははじめて聞いた。
ウィルってものしりなんだよ。すごい。でも本当に怖いお話だと思う。
だって、よくばりなおばあさんが優しい聖獣の舌を切っちゃうんだけど、そのしっぺがえしがすぐにやってきて死んじゃうなんて! ……よくばっちゃいけないってことだね。
ウィルのおかげで僕たちのクラスの衣装はすばらしいできばえになっていたし、サルーダ先生の熱意で台本もすごかったし、それにひきずられてみんなも本気で練習していたから、劇は大成功した。お客さんたちがすごい拍手をしてくれて嬉しくなってくる。僕はオチヨンの里に住んでる他のスズメという聖獣の役をやった。けっこうたのしかったなぁー。
劇が終わってしばらくすると、教室からみんなはいなくなってきていた。他のクラスのだしものを見に行くらしい。僕たちも行こうとウィルと話しあっていたときだった。
「きゃああああああ!!!!!」
何かが割れるような音と悲鳴が聞こえたんだ! 驚いてウィルをみるとウィルも僕の顔を見ていた。目を合わせるとウィルはうんと頷いて口を開いた。
「1階からか」
「たぶん」
僕がそういって頷くと同時にウィルは廊下に走っていった。
慌ててウィルを追いかけて廊下を駆けていったら、窓から見えたのはセフィスが黒い人影に襲われている光景。僕は目の前が真っ白になってしまったのだけど、呆然としている間にいつの間にかウィルが窓から飛び降りていた。思わず目を覆う。
ウィルも死んでしまう! 僕は窓から咄嗟に手を伸ばしたけれど、ウィルの服にすら指は触れることができなかった。
「ウィルっ!」
悲鳴が漏れる。
「……!?」
でも、次に飛び込んできたのはおどろくべき光景。ウィルがすんなり着地して、しかも剣を受け止めていたのだ! 廊下にいた人たちはどよめいた。僕は声を上げることも忘れて見入っていた。ウィルは、本当にすごい。ヒーローみたいだ!
黒い人影と剣をうちあいながらウィルは何かを言っている。ここからじゃ遠くて声が聞こえない。
身を乗り出してその様子を見ようと思った瞬間に、すごい魔力を感じて、それと同時に僕の意識はぷつりと切れた。
◆
(スピネル視点)
スピネルが主の命令でエイズーム王国のウィリアムス=ベリルを誘拐することになったのは、三年前のことである。それを脅しの材料に、キアンを押さえるつもりであったらしい。
それもそうだ、スピネルの実力ではキアンに叶わなかった。
スピネルの主――ヒッツェ皇帝陛下クイタがそのような考えを起こすのも仕方がないことだ。その程度のことであのキアンが抑えられるとは思えなかったが。しかしあのときそれ以上の策が私にも思いつかなかったのだから仕方がない。最善ではあったのだ。
しかしそれは失敗した。調査をしてみれば、失敗はキアンのあらかじめ執務室にしかけてあった罠に『影』の手下が引っかかったのが原因であったらしいと判明した。
しかし、それはまたおかしかった。
キアンの情報が入ってきたのがおかしいのだ。奴の情報はこの『影』がいくら調べようとふだんは出てこないというのに。結局ウィリアムス自体になにかあるはずだと調査は続行されることとなった。その実態を図りまたあわよくば誘拐するなりしてキアンを押さえようと再び合作することとなった。
ちょうど学園は五月祭という外の者が侵入しやすい時期であったため、これならばキアンに勘付かれることもなかろうとしかけることとしたのだ。
更には、最近有名になりだしたカルセドニー商会のカルセドニーが学園に通う娘と会う予定があることを入手できたため、彼になりすまし、その娘から情報を得ることもできた。ウィリアムスに特別親しいという少女の情報。
スピネルはその情報を持って、五月の終わりの日をいまかいまかと待ちわびた。
そして、今日。
目的は果たされた。
主人の命令であるウィリアムス=ベリルの情報は得られたのだ。
しかし、いかんせん安くない代償を払ってしまった。
スピネルは自分の棄てがたい駒を失ってしまったのだ。召喚獣は駒というより腕と言っても過言ではなかった。スピネルにとって、今回巻き起こした事件は右腕を失った代わりに剣を手に入れたようなものであった。
油断していたわけではない。寧ろ、そもそも今回の調査はウィリアムスが影を退けたのではなかろうか、という前提を元に行動をとっていた訳であり、充分すぎるくらいの警戒を敷いていたのだ。親しい友人が傷つけられていて、尚且つそれを行っているのがとてつもない強者だった場合、その時の行動にその人の強弱が現れる。反応を見られたら、程度の期待でアビを仕向けたのだ。
勿論、キアンに気取られることを嫌って、ウィリアムス本人ではなくセフィスを襲わせたわけだが。
まさか高位魔獣が八歳の少年に負けるとは思うまい。
スピネルは自嘲的に笑った。
我が主人は、ことの重大さをわかっているのだろうか。
あれは尋常ではなかった。
見ていなければスピネルとて信じられないだろう。見た者だけが共有し合えるであろう衝撃なのだ。
アビが大したことがなかった、と結論付けるか。
スピネルとしては、自分の持ち帰った情報をそのまま信じられても己の主人の正気を疑ってしまうだろうし、かといってかように誤解をもって解釈されるのも困る。非常に複雑な立場に、スピネルが思わず歯軋りするのも頷ける。
ウィリアムス=ベリルは、3階からその存在を目視するやいなや、あろうことか飛び降りたのだ。
スピネルは目を疑った。頭に血が上ったか、または父親への憧れからの小児期特有の正義感か。
いずれにしても、あの8歳の少年が3階という高さから落下したときの衝撃を理解しているようには思えなかった。
しかし、ウィルは見事スピネルの予想を裏切り、軽やかに着地し、更にアビの放った剣を受け止めさえしたのだ。
スピネルは再び目を疑った。
混乱の中で“偶然”という分かりやすい解決の糸口にすがりつき、次には暴虐されるウィルの姿を想像した。
そして、更に今度は目が零れ落ちるのではないか、と思った。一瞬心臓が掴まれたような感覚に陥ったほどだ。
そこには、ウィルがアビのその剣裁きに臆することなく互角に渡り合う景色が広がっていたのだから。
規格外にも程があるだろう! スピネルは影の二の舞、キアンの罠に嵌った己に今更ながら気がついたが、本当に今更であった。
それでも何とかキアンの息子だから、と自分に納得させ、アビが次の行動に出るのを待った。流石にそこでこの決着はつくはずだ、と額に浮かぶ汗を拭った。剣技がいくら優れていたところで、これでは人が叶うはずがない、と。
しかし裏切られる。スピネルはこの裏切りと驚愕の度重なるコンボでいい加減ぶっ倒れそうな程に精神的ダメージを貰っていた。
今度は本当に心臓が止まったのではないだろうか。スピネルが本気でそう思うくらいに、左胸に鈍痛が走った。
アビが全魔力を放出して、周囲の大人が倒れる中、少年が1人、不敵な笑みを携えて何食わぬ顔で立っているのだ。
そこにいけば、スピネルすら気を失うほどの魔力の中で。
他人の魔力が強すぎると、人は気を失う。魔力酔いという現象だ。
遠くから眺めているのに、スピネルは恐怖した。自分にはそのような感情はとうに抜け落ちてしまっているのだと考えていたスピネルは僅かながらに驚いた。
背筋にひんやりとしたものを覚える。
自分は飛んでもないモノに対峙してしまったのだ。
「……なんだ、あの化け物は」
スピネルは憮然と呟いた。
何せ、アビを葬った最後の一撃をスピネルは目視できなかったのである。
しかし、おめおめと止めるわけにもいかなかった。スピネルの職業の誇りとして、一生はすでに主人に捧げてしまっていたのである。
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スピネル:前章のウィル誘拐未遂事件で、ジン=ヴェリトルが証言していた、黒いローブを着て仮面を被った男の正体。ヒッツェ皇帝に仕える『影』の一族の者。
魔力酔い:大きすぎる魔力に当てられると身体のなかの魔力が乱れて気絶してしまう。無理をすると死にいたることも。イメージとしては、醤油をがぶ飲みするようなもの。
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