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それいけ学園編

◆11.とんでもない生徒(サルーダ視点)

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 ある男が一人震えていた。

「やべぇよ……」

 普段の男からは考えられないか細い声が聞こえる。いつもの威勢はどこへやら、いまは背中を丸め机に肘をついて頭を抱え、目をギュッと瞑って唸っている。

 そう、ウィルの担任教師、サルーダである。

 自分の受け持つ時間で、生徒が怪我をしてしまった。
 あの魔道具め、壊れて生徒を傷つけるとは!
 サルーダは自分の情けなさやら魔道具への怒りやらで悶々としていた。

「しかもよりによってぇー……!」

 よりによってあの公爵家の息子、ウィリアムスの番で壊れるとは、とサルーダの脳内では怒りがやや勝ってはいるが。
 熱血教師で通っているサルーダとて聖人君子ではない。
 サルーダはまだ年若く、少々雑なところもあるが、その情熱と熱心さを学園長に買われ、昨日は入学式の司会まで任せてもらえたのだ。このまま行けば、と期待していた矢先にこの事件である。
 それが怒らずにはいられないだろう。
 サルーダにだって生活があるのだ。幸い、ウィル本人は気にしていない様子だが、相手はあのベリル家だ。
 国で名を馳せる『キアン様』相手に一介の教師如きが何をできるというのだろうか。

 色々な結末を一人妄想して、サルーダは深い溜め息をつくのだった。

 と、ちょうどそのときだった。

 チリーン

 と涼しげな音がなった。サルーダがその音に飛び上がる。

「うわー……来ちゃったよ……」

 苦虫を噛み潰したような顔をしてサルーダが立ち上がった。そして、扉のすぐ隣に取り付けられた魔道具に近付く。たったいま音をたてたその魔道具は、ポ○ベルのようなものだ。
 着信と、四桁までの文字が受け取れる機能のある魔道具。
 まぁ、ポケ○ルサイズとはいかないが、化学も何も発展していないこの世界においてこの機能性はすごい。まさにビバ魔法な代物である。
 そして、そんな魔道具にはサルーダには無情にしか思えない四文字が映しだされていた。


『スグコイ』


 サルーダとしては行きたくないというのが本音中の本音だ。しかし彼はやとわれの身。
 その組織の一番上の命令とあっては逆らうわけにはいかないのである。

 サルーダは怒りも忘れ、むしろ悲しくなってきたようで、トホホ、と漏らしながら部屋を出て行った。







「さあそこに座りたまえ」

 学園長に促されて、サルーダは少なくとも四人掛け以上ではあろう馬鹿でかいソファに恐る恐ると腰を降ろした。

 サルーダがやってきたのは学園長室。無論、の方である。
 あの----いまとなってはサルーダには地獄の呼び出しの----魔道具には親機と子機がある。子機は受信専用だが、親機は送信ができる。その親機が、ここ表の学園長室にあるため、各教師の部屋に取り付けられた子機に『来い』と表示されれば、必然的に『学園長室に』という意味になるのである。


「折り居った話があるのだ」

 学園長は目の前で震えるゴリラを安心させようと努めて笑顔を浮かべた。そしてまたどこからともなく紅茶を出してきてコーヒーテーブル的な位置付けの足元の机にそれを置いたのだが、サルーダにそんなことに気が付く余裕はない。

 学園長の優しさからの笑顔もいまのサルーダには逆効果だったらしい。得体の知れない笑顔に戦々恐々としている。

「ウィルくんのことなのだが」

 そんなサルーダに気付いてのことなのか、学園長は単刀直入にはじめることにするようだった。
 その言葉にサルーダの鍛えられた身体が強張る。大体、教師をやるのにその筋肉は必要ないと思うのだがサルーダは、生徒たちと全力で学ぶにも遊ぶにも先立つものは筋肉!と言ってきかない。
 まあそんなことはいい。
 そのデカい図体が、一気に縮こまってしまったようである。いつもの暑苦しさはどこへ行った。
 普段からそれと足して二で割ったようなテンションでいてくれると助かる者が多いだろう。

 そんなサルーダだが、心の中では嵐が吹き荒れていた。言うなれば「キターーーー」が羅列している状況のようなものである。勿論、楽しさからのキターーーではないが。
 心臓から汗が噴き出してしまいそうだ、とサルーダは本気で心配になる。


「今回のことで、こちら側がベリル家に責められ負わされる何かは」
 口を開いた学園長の口を、固唾を飲んで見守る。
「一切ない」
 そして次に出てきた言葉にサルーダはしばし呆然とする。

「……え?…ええ?な、ない?……んです……か?」

 半信半疑で呟かれた言葉に学園長が笑う。どうやらこれまでの異常なまでの“溜め”も確信犯だったようである。
 サービス精神旺盛でたいへんエンターテイナーとしての才能はあるようである。しかし、サルーダとしては堪ったものじゃない。実際、まんまと引っかかり心臓に無駄なエネルギーを沢山つぎ込まされた。

「……な、ないとはどのようなことでしょうか」
「サルーダ、君は『容量オーバー』を知っているかね?」

 サルーダの質問に質問が返された。唐突な質問に、はて、と疑問を浮かべながらも素直に答える。
「知っていますが。魔力測定器の容量より多い魔力を持つ者が触れると、粉…砕……する」
 言いながらサルーダは気付いたようだ。まさか、と学園長の目を見てみれば、頷くようにキラリと光った。
「学園長はあれが容量オーバーだった、というのですか?」
 信じられません、と顔に書いてある。
「そうだ」
 簡単に返されて、サルーダは目をぱちくりする。
「まさか!10歳というと成人の半分しか魔力はないのですよ、ましてやウィルは8歳……あり得ません」
 常識を主張したサルーダに学園長が面白そうに笑った。
「信じられないようだがな、前例とてあるのだ」

 前例、その言葉にサルーダは止まる。そうだ、まさか学園長がなんの根拠もなしにそんなこと言うはずがない。といきなりこれまでの自分が恥ずかしくなった。顔が真っ赤だ。
 大人になって顔に表情が出過ぎだと思うのだが、彼が熱血漢足り得る素直さゆえのものだ。学園長はそんなサルーダのころころ変わる表情を見て楽しんでいた。

「うむ、そして前例なのだが、その生徒の名前がキアン=ベリルだ」

 楽しそうな学園長の言葉にて、この日サルーダはいかにベリル家が規格外なのか学ぶことになる。







「では、よろしく頼んだよ」
「失礼いたしました!」

 笑顔の学園長に見送られ、サルーダは学園長室を後にした。

「はあああぁ……」

 廊下に出た瞬間に、力が抜けたように深い溜め息を漏らす。
 何だかんだ言ってずっと緊張状態を強いられてきたのだ。
 サルーダのような男にはそもそも絢爛豪華な装備品のある堅苦しい学園長室でくつろげという方が無理があるし、加え今回はウィルの件もあるのだ。緊張しない方が無理というものである。
 そして、学園長。
 自らが勤める学園の長という権力的なものも勿論起因する。してはいるのだが、サルーダにとって、いや殆どの人にとってそれはどちらかというと二の次になる問題である。
 学園長の、その莫大な魔力。
 意識せずとも漏れ出る魔力は、目の前にいる人に威圧となって押し寄せる。
 キアンなどもそうなのだが、元冒険者とあって魔力を中に留める技術に長けている。仕留める魔物に、魔力で気付かれてしまってはいけないからだ。
 対して、学園長はそんな技術は必要なく、むしろその威圧を充分に利用していた。
 そんなわけでサルーダの心労は絶えなかった。常にビクビクしているのだ。ライオンの前に立たされた牛肉のようなものである。草食獣は逃げられるが、生憎牛肉になってしまっては逃げられない。
 ちなみにウィルはその二人をも上回る魔力をすでに持っているのだが、所謂『前世の記憶があったため』無意識に魔力を身体の中だけに留めているというよくあるやつだ。

 しかし、サルーダの心労はそれだけでない。学園長は最後の方になって思い出したように言ったのだ。
『おお、それとウィルくんの出血だが、あれは彼の魔法によるものだから心配せずともよい』
 あの場から去りたいがためにウィルが軽い気持ちで使った魔法だったが、サルーダの衝撃は並のものではなかった。白眼を剥いて小指を立てて、背景にベタフラがきそうな勢いである。
 さんざん悩んだことが魔法による偽物だったのだ。
 思わず、それを最初に言ってくれ、と学園長をなじりそうになったサルーダに罪はないはずだ。
 余りの衝撃に、そもそもどんな魔法を使ったのか、という根本的な疑問すら出てこなかったのはウィルにとって幸運と言えるだろうか。


 そんなわけで生命力をギュリギュリ削りとられたサルーダは普段の二割引きほどの大きさで、廊下を歩き始めた。


 今回、学園長から頼まれたことは、ウィルの魔力を口外しないことと、後の特別な魔力測定器を使っての測定の担当をしてくれ、というものだった。
 散々、振り回されたサルーダだったが、そこは流石、熱血教師。
 これから苦労するであろう生徒のためにと思うと、快諾した。すでにやる気すら出てきているからサルーダという男もその熱血ぶりに置いては、隅に置けないやつなのかもしれない。

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