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第2章 宝玉を追いかけていたら世界を救っていた
41.旅立とうと思ったんですけど
しおりを挟むトントンと廊下を歩く軽めの足音が聞こえてくる。そうして、カチャカチャとドアノブを触る音が聞こえたところで、俺は確信を持って立ち上がった。
「おかえりなさい! ファナさん!」
「お、おお、ただいま、マコト。どうした、そんな興奮して。どうどう……」
気合を入れて玄関まで迎えにいくとそんな俺に若干驚いたファナさんが俺を落ち着かせるように頭を撫でてくる。はすはす。気分はご主人様を出迎えた犬である。わん。
「ファナさん、ファナさん、今日すごく面白い発見をしてしまったんですけど! あ、これお茶です」
ファナさんをテーブルまで案内して椅子を引きながら話しかける。
「どうしたんだ。……お、ありがとう」
お茶を渡して話を聞かせる体勢にしたところで、俺もテーブルを挟んで向かいの席に座った。
「あの、宝玉なんですけどね。魔力を籠めると、こう、一方方向に光るんですよ」
「ああ、有名な話だな。まあ、何秒か籠めただけで砕け散ってしまうわけだが」
あ、やっぱり一般常識だったんだ。よかった、俺、クレト様に聞くときに「宝玉が生きてるんじゃないか心配になった」説を言っておいて。
それはさておき、本題である。
「一方方向に光るって、なんだか宝の地図みたいじゃないですか?」
「どういうことだ?」
「宝の地図は、地図に×印がついているじゃないですか。方位磁針は常に北を向く。で、光の方向は何か宝なのか何かしらの目的地をずっと指しているんじゃないかと思いまして」
「!!」
ファナさんが目を見開いた。
「その発想はなかった! じゃあ、マコトが言いたいことはもしかしてなんだが……」
「そう、俺はその光の方向に冒険に行ってみたいんでs…「乗った!」
ファナさんは俺の発言にかぶるくらいにはノータイムで了承した。
さすがは辺境までやってくる冒険者である。
「じゃあ、さっそく旅支度をしよう! マコトの『無限収納』があるんだから、食料品は十分に確保しないとな。きっとこれまでにない長旅になるぞ」
興奮して玄関まで駆け寄ってしまった俺と同じくらいに目を輝かせたファナさんに促されて、俺たちは旅支度をすることになった。
長旅になるという苦労が見えているのに、ファナさんは実に楽しそうだった。
俺? 勿論楽しみです。
◆
市場に並ぶ屋台で食べ物を買いあさる。完成品は急いでいるときにすぐに食べられるので便利だ。それに『無限収納』に入れておけば腐ることもないからな。
そして同時に市場の八百屋や肉屋からも材料をしこたま入手しておく。小麦粉や調味料も忘れてはいけない。
普通の冒険者の野営ならそんな手の込んだものをつくる余裕はないが、俺らの野営とは『仮拠点(※俺の造った城)』を取り出して設置し、中で安全に暮らすことを言うのでたまには料理をしたくなるものなのである。
こちらにはスマホもパソコンもゲーム機もないものだから、暇つぶしの方法がそういったものになりがちだ。
ちなみに俺が料理をしている間、ファナさんは大体筋トレか素振りをしている。鍛錬の意味もあるのだろうが、多分、暇つぶしの面も大きいのだと思う。
大量に仕入れるものだから、お店の人には「旅に出るのかい?」と聞かれるがファナさんがいい笑顔で「大いなる冒険に出るのだ」などと答える。街の英雄がそんな風に言うものだから、大いに受けていた。
……俺にはそんなかっこいいこと言えないよ。ただの痛い奴になっちゃう。
そんなわけで大量購入を終えた俺たちは、旅立ちの挨拶回りにいくことになった。
「冒険者は冒険をするものだ。旅に出ることも多いが、それは帰る場所があってのものだ。もし帰らぬことになった時に、『あいつはこんな冒険に出て行ったんだ』と言えるように、周りの奴らには冒険の度に挨拶をするのが、流儀というか、習慣なのさ」
ファナさんが道すがら俺にそう教えてくれる。
なるほど、スマホもなにもない今の時代。急にいなくなって、その先で音信不通になってしまうより、事前にどこに行くと言っておけばすれ違いになることもない。
そして、もしその冒険が志半ばで終わったのだとしても、街の人たちの中では冒険者は最期まで冒険者として終われるというわけか。
悲しい感じもあるけど、ロマンを感じて、かっこいいと思ってしまうな。
それでもやっぱり冒険をやめられないのが冒険者というものなのだろう。
「なるほど。冒険者と言えど、やっぱり挨拶は大事なんですね。宿を目指して近い方から挨拶していきましょうか」
「そうだな。ここからだと、まずはギルドか。じゃ、行こう」
少し前を歩くファナさんに手を差し出される。いけめん。
トゥンクとしながら、差し出された手に手を重ねるとファナさんが俺の手を握った。
ま、街を手をつないで歩いちゃうなんて……! 付き合い始めてから手をつなぐようになったのだけど、その度に照れてしまう。俺は顔を赤くした。
ゆ、夕日が出始めてるから、それで染まってるってことにしといてください。
市場のある中央通りを抜けた先がギルドだ。ギルドに着いてすぐに俺たちに――正確に言えば俺とファナさんの手元に視線が集まったが、冒険者たちには何も言われなかった。
実は付き合い始めて数日は二人で一緒にギルドに行っただけでしこたまからかわれていたのだが、ぶちぎれたのか、照れ隠しなのか真っ赤になったファナさんに追い回され、からかった冒険者はもれなく濡れ雑巾になるということがわかってからはからかわれることもなくなった。
ただひたすらに生ぬるい視線を浴びせられるので、恥ずかしさが逆に増しているような気がしないでもないが。
でも、ファナさんが嬉しそうだから、幸せが勝ってます。
「そういうところで、余計にバカップル度を増しているとは気が付かないマコトであった」
――え? 何? 急に物語調で話しかけられたのに驚いて、声の方向に視線を向けるとそこにはギルドマスターのルーレスさんがいた。
遅れて、話しかけられた内容について理解が追い付いてきて、顔に熱が集まってくる。
「な、なに言ってるんですか、ルーレスさん」
バカップルだなんて! しかも『そういうところ』ってどういうことなんだ!
「いや、手をつないでるのが注目されて恥ずかしいけど、ファナさんが嬉しそうだから幸せ! って感じのマコトくんに一応お伝えしておこうと思って」
ふふ、と穏やかに笑うルーレスさんだが、え、何こわい。俺の心の中を読んでいるの?
「心の中は読んでないよぉ。ただ、顔にですぎってだけ」
思わず俺は顔を両手で覆った。
ファナさんは何やら満足そうにしていた。
「――で、どうしたの? こんな時間から依頼受注なんてめずらしいねぇ」
話をややこしくした張本人であるルーレスさんがしれっと本題を切り出してきた。この人、のんびりとした話し方にだまされがちだけど、相当ないじめっこ体質というか、いじりたがりだよね?
思わずだまりこんでジトっとルーレスさんを睨んでしまった俺の代わりにファナさんが肩をすくめて話し始めた。
「いや、今日は挨拶に来たんだ。ちょっと長旅に出る予定だから」
「……そうか、今は君たちがこの街の最高戦力だからできればここにいてほしいというのがギルドマスターとしての気持ちだけど、君たちは冒険者だものね。それを留める権利は僕にはないよ。僕だって冒険者の端くれ、気になることがあったら見に行きたい気持ちは大いにわかるよぉ」
ルーレスさんは一瞬、驚いた顔をしたがすぐに納得したようだった。うんうんと頷いて同意をしてくれる。
そうなんです。それに、防壁は完璧にしているし、俺たち以外の冒険者たちだって、最近は増えてきて大勢いる。
きっとまた次すぐに『朔の日』が来たとしても対処できるだろう。
「……でも、拠点を変えるってわけじゃないよねぇ?」
しかしちょっと心配そうにルーレスさんが聞く。
「そりゃ勿論。でなきゃ『旅立ち』の挨拶になんて来ねえよ」
ファナさんがそういうとルーレスさんが破顔した。
「そうだよね! うん、じゃあ、良き旅を!」
「「良き旅を!」」
「……ありがとう」
「ありがとうございます!」
ルーレスさんの珍しい大声が他の冒険者たちにも届いたのだろう。周りからも一斉にそういわれ、驚くと同時に笑顔になる。
なんだか、こういうのっていいね。
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