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第1章 家をつくろうと思っていたら街ができてい

11.異世界ではじめて文明に触れました

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 ファナさんに心配されながら森の中をひいこら歩いて行くと、ようやく森が開けた。

「マコト、あそこが街だ」

 ファナさんがなだらかな丘が続く草原の向こうを指さした。俺は目を凝らしてはるかとうかを見る。そこには黒い点のようなものが見えた。
 かなり遠い。
 森を歩くだけでも相当疲れているというのに、ここからさらにこれだけ歩かないといけないなんて、気が滅入めいるな……。

「結構、遠いんですね……」

 俺は呆然と呟いた。しかし、ファナさんは不思議そうな顔をした。

「まだ朝方だ。昼前にはたどり着けるぞ」

 異世界的には、この距離は近いものらしい。俺は心の中で小さく溜息をついた。……巨大な虫に追い回されるよりはマシか。


 ◆


 黙々と草原を歩いて街に近づいていく。草原は森の中よりは疲れないので、案外あっさりと歩けた。近づくにつれ、街の形が見えてくる。

「やった、街にたどりついたぞっ」

 俺は思わずガッツポーズを取って感動に打ち震えた。だって、やっと街についた。異世界に転移して、1週間も街に入れないなんて、結構ハードモードだと思うんだ。泥んこまみれになりながらひいこら過ごしてきた身としては、感慨深くなる。
 しかし、これは街と言っていいのだろうか。規模的には村といってもいいくらいの大きさの集落には、壁が物々しく張り巡らせられており、城塞都市のようであった。
 やはり、あの巨大な蟻やら蜘蛛やらが襲ってくることがあるからだろう。守りをガンガンにかためていますって感じだな。ただ、俺の想像する中世ヨーロッパ風ファンタジーの城塞都市的な石造りのものではなく、丸太やら土やらでつくられている壁なので、ちょっと吉野ケ里遺跡っぽさは感じる。稲作とか始めちゃうんだろうか。
 壁の一カ所には門があり、そこにはマッチョメンが立っていた。門番だろう。

「ほら、こっちだ」

 ファナさんに導かれて、門に近づいていく。

「ファナ、身分証を」
「ほい」

 マッチョな短髪の門番さんに話しかけられて、ファナさんが胸元からドッグタグのようなものを取り出し、門番さんの持つ道具にかざした。胸元から取り出すって……ついつい目が引き寄せられるが、いや、それどころじゃない。
 ――俺、異世界の身分証とか持ってないんですけど。
 免許証でごまかされないですかね。
 真顔を維持しながらも、内心あせりまくって心拍数が上がりまくっていると、ファナさんに心配そうな顔で見られた。

「大丈夫か、マコト。身分証になるようなものは持っているか?」

 そ、そんな直接的に聞かれたら、ごまかしも利かないじゃないか……!
 どどどどうしよう!

「どうした、そいつ何かあったのか」
「森の中でジャイアントアントに襲われているところを助けたんだが、なんでも転移トラップでいきなり街から森ン中に跳ばされたらしい。着の身着のままでいたから、身分証になりそうなモンも持ってないんじゃないかと思ってな」
「そうか。……まあ、冒険者でもなければ普通、身分証なんて携帯してないからな……。災難だったな、坊主」

 あわあわしている間に会話が進み、気がついたら門番さんに頭を撫でられたでござる。
 疑問符を頭にやたら背の高い門番さんを見上げると、慈愛の目で見られた。
 これは……完全に子ども扱いされていやがる。もう俺もアラサーなんで、坊主なんて年でもないが、きっと日本人あるあるだな。そうとう若く見られている。
 まあ、身分証がなくても許される流れのようなので、一息つきながら俺はボロボロのスーツの胸ポケットから財布を取り出した。財布は泥んこまみれの生活のなかでも、何となく守っていたので比較的綺麗だ。お金は大事なのだ。
 財布から免許証を取り出して、門番さんに渡す。

「あの、これで身分証になりますか?」
「みたことねえ形だが……なんだ、この姿画、めちゃくちゃリアルだな! 文字も読めねえし……、すっげえなこれ」

 門番さんはひっくり返したりして、まじまじと免許証を見ている。
 それで、俺はこの街に入れるのだろうか?
 興味深そうに免許証を見ている門番さんを、不安になってじっと見る。見られていることに気が付いた門番さんが頬をかいた。

「まあ、村にいるやつと、冒険者の生存確認のためにやってることだ。王都の貴族街みたいに厳密なもんじゃねえから、そう不安にしなさんな」
「あ、じゃあ」
「おう、ようこそ。我らが『辺境の街』に」

 おお、嬉しい。俺は新たにはじまる異世界での生活の気配に目を輝かせた。

「ありがとうございます……!」

 ただ、門番さんにお礼を言いながら思った。頭を撫でられながらって、締まらねえな。
 というか門番さんは頭を撫でるのが癖なのだろうか。
 なんとなく納得が行かない気持ちながら、歓迎されているのは事実なので文句も言えない。そんなこんなで俺は無事街に入れたのだった。
 門を抜けると、そこには意外と家が沢山あった。石や木を基調としたシンプルな家々だ。道には砂利が敷き詰められており、踏みしめるとジャリと音がする。門を入ってすぐの道は、一応中央路のようで、脇道に見える路地より広めの幅が取られていた。道には疎らに人が行き交っている。

「で、このあとどうするんだ、マコト」

 ファナさんに話しかけられて、はっとした。森から街に入れたことで一息ついてしまっていたが、結構ここからの方が問題なのではないだろうか。
 身分証もなく、ツテもない。
 前職……というか、ついこの間まで元の世界でやっていたのは、サラリーマンだし、事務職だ。この世界で役立つ技能だとも思えない。体力だってないし、肉体労働もすぐにはできないだろう。
 つまり、働こうにも、働き口なんてないんじゃないかというお話である。
 ご飯を食べるには働くしかない。
 まさか、宿の女将さんにここで働かせてください!と粘るというわけにもいかないし。俺には幼少期に川に溺れかけた経験もないからなぁ……。

「どうしましょう……。俺の元の仕事の技能がこの街で役立つとも思えませんし、知り合いもいません。正直、困っています」

 心底困り切っているわけだが、ファナさんに話しかけられている以上無視するわけにもいかない。ちょっとかっこ悪いが、もうそうとしか言いようがないので、正直に答えた。
 ファナさんは肩をすくめてさもありなんという表情だ。

「だろうと思った。こうなったら、冒険者くらいしか職はないだろうよ。お前にはシャクだろうが、連れて行ってやるから、ついてきな」

 ファナさん……!
 アナタってひとは……!

「もう、ホント、イケメン……っ!」

 俺はときめいた胸を押さえて、颯爽と歩き出したファナさんの後を追った。ファナさん、命の恩人すぎて、どう恩を返していいかわからないです。


 ◆


 ファナさんのイケメンぷりに動揺して、あまり意識していなかったが、冒険者ギルドである。

 ならず者やごつそうなお兄さんたちがたむろしているイメージしかないので、ちょっと怖くなってきた。だって、身分証も伝手もなくていきなり働き始められるって、現代日本で言ったら「や」の付くヤバイ職業になるくらいしか思い浮かばない。
 そんな風にビビり始めたところでちょうど、冒険者ギルドとやらに到着した。
 意外や、建物にそんなに退廃的な雰囲気はなく、こじゃれた喫茶店のような様相である。ファナさんが足で豪快に扉を開け、躊躇なく中に入っていくのに、慌てて閉まりかけの扉に身体を滑り込ませる。

「おう、ファナ、戻った……か……」

 ファナさんの姿を認めたらしく、中にいたごついおっさんが豪快に声を上げたが、俺と目があった瞬間、その勢いが止まった。
 そして俺は今、おっさんにジロジロと見られている。
 な、なに? 俺がこの場に似つかわしくないヒョロヒョロだからって、喧嘩を売られるとか、追い出されるなんてことはないよな? ファナさんと知り合いのようだし。

「ファナが、ファナが男連れで来たぞーー!!!」

 びくびくしながら、成人男性がおっさんに見つめられているという謎の空間は、おっさんの叫び声によって遮られた。その声により、ギルド中にざわめきが広がる。

「ファナが!?」
「喪女の!? 筋肉女がか!」
「あの干物ゴリラが!?」
「非モテ冒険者ランキングぶっちぎりの!?」

 受付らしきところに並んでいた冒険者たちが次々に列から抜け出し、驚きを口にしながら、俺を見に来る。マッチョに一斉に囲まれる状況に「ひいっ」と思わず悲鳴を上げながらファナさんの影に隠れると、うつむいたファナさんがプルプルと震えていることに気が付いた。
 そうだよな。あんな悪口を面と向かって言われたら、へこむよな。俺も非モテだから、わかる。でも、ファナさんって美人なのに、そんな言われるって、いじられキャラなのだろうか。あのイケメンっぷりを見ていると、いじられキャラのようには思えないが。
 傷ついた女性を放っておくどころか、その陰に隠れるとか男として以前に人としてクズすぎる。決心してファナさんの前に庇うように立った。
 同時に、震えていたファナさんの動きが止まった。

「ふぇっ!?」

 ――と思ったら、ガシッと肩を掴まれた。振り返ると、ファナさんが般若の表情でランランと目を光らせていた。ひえ。

「てめえら、黙って言わせておけば、好き勝手言いやがって!」

 大剣を片手に冒険者の群に殴り込みにかかるファナさんを見ながら思った。……勇ましい。いじられキャラではなさそうだ。ということは、ファナさんは本当にモテない?

「……こんなに美人なのに……皆さん、見る目ないんですかね……」

 大乱闘でファナさんの大剣によりスマッシュされる冒険者ブラザーズを景色のように眺めながら、俺はぽつりと呟いた。
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