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傷痕9
しおりを挟む「へえ、何これ。美味しそうな匂いがするね」
紙袋を持ち上げた黒い少女は早速袋の中から肉饅頭を掴み出すと、もしゃもしゃと頬張り始める。
はふっ、はふっと言いながら食べる姿は実に幸せそうで、マーロゥが止める暇も無い。
「うん、いいね。柔らかい生地の中に挽いた肉が入れてあるわけだ。知識としては知ってたけど食べるのは初めてかもしれないなあ」
「え、あの。だ、誰ですか!?」
マーロゥが知る限り初対面のはずだが、新人職員にしては行動に遠慮が無い。
となるとザダーク王国側の重要人物かなにかのはずだが……と、マーロゥはニノに視線を向け、仇敵を見るような不機嫌な目をしているニノに気付き「ひいっ」と慄く。
「……魔神」
「やあ、君は……えーっと、ニノか。偶然だね?」
「ニノが仕事で忙しいからって調子に乗ってると斬る」
「そりゃ面白い! 是非やってくれたまえ!」
不機嫌さ全開なニノと、それを分かっていてからかう魔神。
どう見ても相性は最悪であり……睨みあう二人のうち、魔神の頭が突然ぐいっと背後から押さえつけられる。
「ニノをからかうんじゃない」
「まお……ヴェル様」
「ああ。お前にも色々と仕事を押し付けてしまっていてすまないな」
「まお……ヴェル様の為ならニノはなんでもできるよ?」
「そうか、助かる」
すでに「魔王」ではなく「魔力の神」なヴェルムドールであるが為に、ニノも「魔王様」と呼ぶことをやめようとしたのだが、「ヴェルムドール様」ではイチカと被るということで「ヴェル様」に落ち着いたニノであったが、未だに慣れてはいないらしい。
そんなニノの目下の宿敵はヴェルムドールにベタベタする魔神であり、魔神自身もニノが「忠誠以上の感情を強く抱いている」と知っている上に他のメンバーよりも抑えがきかないことも知っているから、もう徹底的にニノを煽りに来る。
魔神曰く「僕が魔神と知っても恐れも怯みもしない奴はあらゆる世界と時間、時空を見渡しても貴重」らしいのだが、ヴェルムドールからすれば胃が痛むだけである。
「それと、人の物を勝手に食うんじゃない。それは……あー、誰のだ?」
「僕が拾ったから僕の物さ。いや、それ以前に一であり零でもあり全でもある僕からしてみれば全てが僕の物であるとすら言えるだろう」
「バーカ」
「お、いいね! よし、そのままかかってきたまえ!」
「やめろと言っただろう」
真顔で「バーカ」と言うニノを面白がる魔神の頭を再びヴェルムドールはぎゅっと押さえ込み、倒れているアウロックとそれを引っ張っているマーロゥへと視線を移す。
「察するに、これはお前のかマーロゥ?」
「ふえ!? え、あ、はい。一応……」
「そうか」
ヴェルムドールは頷くと魔神の手から袋をとりあげ、部屋の奥へと歩いていく。
「すまなかったな。アレも悪気は満載でわざとなんだが、ああ見えて結構いい所もあると俺は思いたいんだ」
「君も言うねえ、ヴェルムドール。中々素敵だぜ」
肉饅頭の残りを嬉しそうにもしゃもしゃと食べている魔神を無視しながら、ヴェルムドールは肉饅頭の入った袋をマーロゥへと手渡す。
「は、はあ。あの、王様」
「なんだ?」
「魔神様っていうのは……通達にあった、なんか凄い方でしょうか?」
それはザダーク王国の魔族……の中でも軍属の者向けの通達だが、一応中央軍所属となっているマーロゥも「魔神」については回覧による通達で知らされていた。
確かに回覧にあった容姿と似ている気はするが……なんというか、ヴェルムドールのような「平伏したくなるような圧倒的なオーラ」がない気がしたのだ。
「そんなに偉くなさそーって顔してるねえ」
「ひえっ、そ、そんなことはっ!」
「いやいや、いいんだよ。君がそう思うのは僕の気遣いが完璧である証だもの。どうだい、僕のいい所が見つかっただろうヴェルムドール?」
「そうだな。お前がこの世界にちょっかいを出す前にそういう気遣いを見せていれば話も拗れなかったと思うがな」
「そりゃ無理だ!」
爆笑する魔神を見て、笑いのポイントが分からずオロオロするマーロゥにヴェルムドールは「気にするな」と告げ……ようやくヴェルムドールに気付いたらしいアウロックに「お前も元気そうだな」と声をかける。
「こ、これは王様! おいでくださるならそう言ってくだされば歓待の準備を致しましたものを!」
「気にするな」
ビシッと敬礼を決めるアウロックにヴェルムドールは敬礼を解くように告げ……「そんなことよりも頼みがある」と続ける。
「この魔神の気紛れでキャナル王国まで来る事になったんだがな。あまりにも急過ぎて使者を用意している暇が無かった。俺達が街歩きをする旨をキャナル王国側に伝えてくれるか?」
「りょ、了解しました! すぐに俺自身が出向きます! それが一番早い!」
「そうか、頼む」
アウロックは最敬礼すると窓を開け……そこでピタリと動きを止めると、マーロゥの手の中にある袋に手を突っ込んで肉饅頭を取り出し齧り付く。
「……うん、美味いな。帰ってくる頃には冷めちまうだろうが、後で一緒に食ってもいいか?」
「は、はいアウロックさん!」
「おう。そんじゃ行ってくる」
窓から飛び出していくアウロックと窓から身を乗り出して手を振って見送るマーロゥを見て、魔神は「ふむ」と頷く。
「結局彼等はどういう関係なんだい? あと、今日はそこは僕の指定席だぜ?」
「そんなものはない。ここは永遠にニノの指定席」
ヴェルムドールに抱きついているニノの反対側から抱きつこうとしている魔神と、それを迎撃しようとしているニノにヴェルムドールは溜息をついて……「知らん。あと仲良くしろ」と、そう疲れたように答えたのだった。
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