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アルヴァ戦役21
しおりを挟む聞こえてきた声に、ファイネルは嫌そうな顔をして振り向く。
其処に居たのは何処と無くぼうっとしているトールで……その姿にファイネルはリューヤに似たモノを見た気がして、無言でトールに近づいて平手で張り倒す。
「い、いってえ! いきなり何すんだ!」
「寝ぼけた事をほざくからだ。状況を見ろ、戦況を把握しろ。そして自覚しろ。一応、とりあえず、形だけでも……勇者なんだろ、お前」
「ぐっ……しっかり勇者だよ!」
反発するように立ち上がるトールにファイネルは馬鹿にしたように舌打ちし、グラムフィアへと向き直る。
痺れから治り始めたのかグラムフィアの巨体がゆっくりと揺れ始め……ファイネルは、拳を握りグラムフィアを睨みつける。
「曲がりなりにも勇者なら、アレが何かは分かっているんだろう?」
「ああ。あれはグラムフィアの……前魔王って言われてる奴の残骸らしい」
「そうか。ならそれにアルヴァが融合したのだろうな」
アルヴァの融合。
こんな事を可能にするアルヴァの力とその危険性に、トールはごくりと喉を鳴らし……しかし、ならばこそ倒さねばならぬと気合を入れなおす。
そう、勇者であるが故に。勇者であるからこそ、此処で戦わなければならないと自覚しているからだ。
「……皆、あれがグリードリースだと勘違いしてる」
「そうだろうな。訂正するのか?」
「しない」
剣を構えるトールに、ファイネルは少しの興味を持って視線を向ける。
「ほう、何故だ?」
「あれが最後じゃないと知れば、全力を出せなくなる。きっとアレは、全力を出さずに生き残れる相手じゃない」
その推測は、正しい。
強大すぎるものを相手にしたとき、それが「最後」であれば人はまだ戦える。
自分の全てを出し尽くして、挑もうと思える。
……だが、もし更に「その先」にもっと強大な敵が居ると知ったら。
その時、人は全てを出し尽くして戦えるだろうか?
そこで倒れてもいいと思えるほどに、力を絞りつくせるだろうか?
答えは、否だ。
全力で届かぬかもしれない相手を目の前にして、小賢しくも余力を残そうという無意識の計算が生まれる。
そうするのが利口だという愚かしい常識に縛られ、そうなってしまうのだ。
それでは生き残れぬと分かっていても、だ。
故に、トールは「あれはグリードリースではない」とは言わない。
「あれはグリードリースだ」とも言わない。
「ならば、どうする勇者。どうやって鼓舞する?」
「……こうするんだ!」
飛来するグラムフィアの触手の一本を切り裂いて、トールは叫ぶ。
「皆、俺に力を貸してくれ! あの化け物を……ブッ倒すんだ!」
そう叫んで、トールは前へと向かって走る。
そこに策は無く、ただ勢いのみの突撃だ。
だが、それでいい。
常人には無謀に見える行動。
常人では取れぬ行動にこそ、人は「英雄」を見る。
彼ならば出来るという幻想を、そこに見る。
そしてそれは、無意識のリミッターを外す事の出来る唯一の鍵でもある。
「オオオオオオオオオオオオオ!」
「勇者様を援護しろ! 弓隊、射掛けろォ!」
「魔法騎士隊、あの触手を焼き払え!」
「重装騎士隊、他のアルヴァ共に手出しをさせるな! 人類の意地を見せろ!」
次から次へと飛ぶ指示の声は国の垣根を自然と超え、互いの欠けた箇所を補うように動き始める。
人間が、シルフィドが、獣人が、メタリオが……「勇者」という希望の助けにならんが為、しがらみを捨てて協力を始めている。
互いを愚物だの俗物だのと罵り合っていた聖アルトリスの神殿守護騎士や騎士達もいがみ合うのをやめ、一つの目的の元に纏まっている。
それが愚かなのだと気付いたのかは今は分からないが、「今やるべきではない小さなこと」と気付いたのは確かだろう。
かつても気付いたはずのそれに再び気付いたというのも愚かしい話ではあるが、彼等の先祖と彼等は違う者故にそれを問うのも酷というモノだ。
ともかく、この場に集う人類は勇者の為に団結した。
そして、元より「協調」を旨とする魔族達もファイネルに目配せすると再びグラムフィアへと向かっていく。
「……ふん。この光景を魔王様がご覧になったら鼻で笑われるであろうな。まあ、いい。わざわざ水を差す必要も……ない!」
呟きが終わるか終わらぬかの刹那で、ファイネルも地を蹴り走り出す。
勇者トールの剣はかつてファイネルが見た聖剣ほどではないようだが、確実にグラムフィアにダメージを与える「何か」があるようで、触手を切り裂きその足元へと向かっている。
だが、流石にあの太い足をどうにか出来るほど無双の強力というわけでもないだろう。
どうにか頭近くまで運んでやる必要があるが……運んでやったところで、その警戒度は高いだろう。
まずは、あの触手を再生できぬほどに破壊するのが先決となる。
「おい、勇者! 私が援護してやる……その剣が伊達ではないなら、やってみせろ!」
「……分かった、頼む!」
もしこれでファイネルがトール諸共ぶち殺そうとしていたらどうするつもりなのか。
警戒の欠片すらも見えないトールに舌打ちしそうになりつつも、ファイネルは拳に魔力を集中させる。
今はいい。あの勇者がグラムフィアの名を穢す残骸をどうにかする力を持っているならば、それを利用するのが一番ヴェルムドールの為になる。
ファイネルが見据えるべきはこの場の大団円ではなく、その後の遠い未来。
まあ、そんなものはファイネルには分からないが……ヴェルムドールの進む道を切り開きさえすれば、きっとファイネルにもそれが見える。
だからこそ、ファイネルの握った拳には迷いの無い電撃が宿る。
「受けろ……私の全力のっ……電撃砲ッッッ!!」
先程放ったものよりも何倍も太く激しい稲妻が、地上から放たれる。
それは轟音と共にグラムフィアの巨体を貫き……その先の巨大次元城の端をかすめて、遥か遠くへと消えていった。
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