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アルヴァ戦役12
しおりを挟む荷物の積んであったテントの中はイチカによって見る見るうちに荷解かれて内部を彩っていく。
殺風景であったテントの前半分はまるで簡易の謁見の間のように飾られ、後ろ半分は休む場所か荷物置き場か……幕のようなもので仕切られていく。
その幕すらも美しい赤を基調に金糸で彩った豪奢なものだ。
その幕の前には簡素な……しかし竜をイメージした精緻な彫刻の施された椅子が置かれる。
更にイチカはそれでは足りぬとばかりに椅子を磨き上げると椅子の斜め後ろへと陣取る。
「……整いました、ヴェルムドール様」
「ああ」
ヴェルムドールが椅子に座ると、一気にテントの中の空気が整う。
それはこのテントの中という空間が正しく主を得た瞬間であり……文字通り、この場が簡易の王宮となった瞬間であった。
それと同時に、テントの近くがざわめき始める。どうやら各国の代表が来たらしい……とヴェルムドールが思うと同時に、ルーティの朗々とした声が響く。
「見つけましたよ、サンクリード! 貴方、その鎧……やはり貴方さっきの部隊に混ざっていましたね!?」
「気にするな。些細な事だ」
テントの外に立つサンクリードは兜はもう脱いだようだが、鎧はそのままだ。
その格好を見れば、先程の何処かで聞いた声がサンクリードの声であったことなどルーティにしてみれば考えるまでも無い事だ。
そして将軍が一般兵の中に混ざっているなど言語道断だが、サンクリードならやりかねないということをルーティも理解している。
「そんなわけ……くっ。この話は後でしっかりしますが、今はいいです。それよりヴェルムドール王は何処にいらっしゃるのですか? 謁見を申し込みにきました」
ここで来ているか、ではなく「何処にいるか」をサンクリードに聞いてくるルーティは流石だとヴェルムドールは思う。
恐らくはヴェルムドールなら「もう来ている」と確信しているのだろう。
確かに知らない仲ではないが、かなりの観察力である。
「王か。此処にいるが、知ってて来たのかと思ったぞ」
「知るわけがないでしょう。ファイネルも知らないし誰に聞いても「自分で探してくれ」としか言わないんですもの」
「そうか」
一言で済ませるサンクリードにルーティの眉がピクリと動くが、これもまあ仕方の無い事だ。
実際誰もヴェルムドールの居場所を知らないし、知らないからといってヴェルムドールが危ない目にあうかもなどとは微塵も考えない。
それだけヴェルムドールという魔王の強さを信じているし、自分達が居る以上「敵」は生かして帰さない。辿り付くより前に微塵にしてやるという気合に満ちている。
そして逆に言えば、それ以外の相手に恐ろしく興味が薄い。
外交の場では非常に問題な態度なのだが、魔族というモノの性格を考えれば「うるせえ、どっか行け」とか「そんな事より殴り合おうぜ!」と言わないだけマシだろうか。
「……あー、ごほん。ヴェルムドール王に謁見を申し込みます、サンクリード。取り次いでくださいますか?」
「だそうだ、王よ。入れても構わないか?」
再度言い直すルーティにサンクリードはそうテントの中に声をかけ……テントの外の光景が目に見えるように想像できるヴェルムドールは小さく笑いながら「許可する」と答える。
「許可するそうだ」
「……そうですか。やはり後で貴方には話があります」
当然だが、こういう時はルーティ達の側からテントに入るのはマナーとしてダメである。
ファイネルも訪問者側になるので今回は開けてはダメであり、事前にルーティに動くなとばかりにこっそりと腕を掴まれている。
サンクリードが開けて中に導くか、中から開けてもらう必要があるのだが……サンクリードにそんなものを期待できるはずもなく、その辺りを心得ているイチカが素早く移動してテントの幕を開ける。
「どうぞ中へ」
「ありがとうございます」
ルーティに貴方が入るんですよ、と囁かれたファイネルが先頭で中に入ると……いつものダメっぷりとは別人かのような動きで敬礼をする。
「東方将ファイネル、各国軍の代表者の方々と共に参上いたしました」
「ああ、ご苦労。各々方、堅苦しい挨拶もマナーも以降は不要だ。入ってきてくれ」
正式なマナーであればもう何段階か面倒な手順を踏んだりするのだが……そんなものをこなせるのは魔王軍の中ではイチカくらいのものだ。
ヴェルムドールも出来ない事は無いが、やはり面倒なものは面倒だ。
ワーカホリック故か、「いいから用件を端的に言え」と言いたくなってしまうのである。
故に「戦場だから」ということでうやむやにしてしまうのがヴェルムドールとしても一番良い事なのである。
そして、そう言われても中々適応できない者は多い。なにしろ、人類社会では「マナーは構わん」とかいう言葉は「構わんとは言ったが弁えろよ。本当にマナーを忘れたら許さん」という意味であり、ほとんど言葉だけであるからだ。
故にルーティもテントに入ってくると一礼から始める。
「ジオル森王国より参加しておりますルーティ・リガスです。ヴェルムドール王におかれましてはご機嫌麗しゅう。今回は無役故に最初の挨拶としては不適当かもしれませんが今回集まりました者達の」
「ルーティ、本当にそういうのは必要ない。俺は美辞麗句の類を含まない実務的な会話を好んでいる」
うんざりとした顔でヴェルムドールがそう伝えると、ルーティはハッとした顔で「失礼しました」と言い直し……「では率直に。どうして別働隊に混ざっていらっしゃるのですか」と聞いてくる。
その切り替えの早さは流石だ、と思いながらもヴェルムドールもまた率直に答える。
俺が一番強いからだ……と。
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