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アルヴァ戦役11

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 さて、ちなみに着替えに行ったヴェルムドールがどうなったのかといえば……結局は、いつもの格好である。
 どんな防具よりもやはりいつもの格好がしっくりくるというのもヴェルムドールとしてもどうかとは思うのだが、それだけ信頼性があるということでもあるだろう。

「……こんなものか?」

 そう呟いて手袋をつけようとし……ふと、机の上に装飾品が残っていた事に気付き首を傾げる。
 恐らく自分の服についている装飾なのだが、何処についていたかイマイチ覚えがない。

「ふむ……」

 まあ、一個くらい付いていなくとも構わないかとヴェルムドールは装飾を机に置こうとし……その手から、誰かの手が装飾を取り上げる。
 黒い服を纏ったその手の主は慣れた手つきでヴェルムドールの服に装飾を取り付けると、胸元をも整えなおす。

「いけません、ヴェルムドール様。こうした服の装飾は計算されているものです。一つ無いだけで全体のバランスが崩れてしまいます」
「……そうか、すまんな」
「いえ」

 ヴェルムドールの服を手早く調え再び正面に回って一礼したイチカにヴェルムドールは労いの言葉をかけ……それから、何を言うか悩むようにこめかみを指で叩き始める。

「あー……イチカ、何故此処にいる」
「はい、ご説明いたします」

 イチカはヴェルムドールの質問にそう答えると、その耳元に唇を寄せる。
 万が一にも誰かに聞かれぬように……そんな配慮がこもっているかのような小さな声で、イチカは「魔神」と呟く。

「……!」
「どういう手段かは分かりませんが、悟られぬように私の元に。ヴェルムドール様の元へ行け……と」
「そう、か」

 それで察したのか、ヴェルムドールは黙り込む。
 魔神がそう言ったのであれば、恐らくはイチカがいることで何か魔神にとって利益となることが起こるのかもれない。
 何しろ、誰の味方でもないと公言するような相手だ。まともな好意でそういう事を言うと考えては怪我をする。

「……アレは出てこないと思っていたがな」
「自分が関わる事で確実に面白い方向に進むと思ったのでしょう。相当に小細工をしたと仰っていました」
「小細工……?」

 あの魔神の態度からは想像もできない言葉に、ヴェルムドールは訝しげにイチカに問い返す。

「小細工して馬鹿共に気付かれないように涙ぐましい細かい調整をしてまでやって来た……と。実際、私もあの方を目の前にしてもまだ気配を感じる事が出来ませんでした」
「お前が……か」
「はい。探りましたが、現れる前と居る間、消えた後……その全ての段階において気配……いえ、存在そのものを確信できませんでした。確実にいるのに、そこにいないような……」

 そこまで言った後に、イチカは「よく分かりません」と呟く。
 イチカにそう言わせてしまう非常識は流石といったところではあるが……ヴェルムドールは逆に、何か納得いったように黙り込んでいた。

「ヴェルムドール様?」
「……」
「いかがされましたか?」

 心配するように下から覗き込むイチカに、ヴェルムドールはようやく気付いたようにハッとした顔をする。

「ああ、前々から考えていたことがあったのだが……それがようやく、しっくりきたような気がしてな。まあ、だからといって今どうこう出来るものでもないが」
「はあ」
 
 分からないといった顔をするイチカの顔に、ヴェルムドールはクスリと笑ってその頬に手を添える。

「……お前がそういう顔をするのは珍しい。いつもは石像か何かのように変わらんからな」
「そうでしょうか」
「ああ、そうだ。時折表情の作り方を忘れたかと心配になる事がある」
「心配、させていましたか」

 反芻するように呟くイチカにヴェルムドールは「そうだな」と答える。

「お前は全く自己主張をしないしな。たまには他の連中程……とは言わんが、我侭を言ってもいいとは思うぞ」
「……それは」
「どうした」
「いえ」

 父親、という言葉がイチカの中に浮かんで消え……イチカはふるふると首を横に振る。
 目の前の男がそういう男だというのは、随分前から分かっている事ではある。
 何しろ長寿故に子孫を残そうという本能に著しく欠け、闘争本能の強い魔族故に愛だの恋だのという感情に欠け、クソ真面目で凝り性で心配性で……その他諸々のせいでワーカホリックで。王などという立場になり困った部下達を纏め上げているせいで独身のくせに溢れんばかりの父性を目覚めさせ、「今は恋愛する気がない」とまで言い切った男である。
 こういう思考になるのも、今は仕方が無い。

「我侭を言ったら……」
「ん?」
「我侭を言ったら、叶えてくださいますか?」

 それでも、イチカはそんな問いを投げかけて。
 ヴェルムドールは迷う事無く「そうだな」と返す。

「お前とは一番長い付き合いだが、考えてみればお前の我侭というものは聞いたことが無い。是非叶えさせろ」
「……では、いずれ。約束ですよ?」
「ああ」

 口の端に小さく笑顔を浮かべたイチカが差し出す魔剣ベイルブレイドを背負いヴェルムドールはテントから出ようとして……その足を、ピタリと止める。
 テントの入り口辺りに、気配が一つ現れていた事に気付いたからだ。
 しかしそれは敵ではなく、むしろよく知る男のものであった。

「サンクリードか。どうした?」
「王よ。こちらに凄い勢いでやってくる奴がいるぞ」
「ん?」
「各国の代表陣とやらだな、あれは。先頭にルーティがいる」

 どうやら、ヴェルムドールの名前が発表されたのだろう。
 
「どうやら、此処からが本番のようだな。イチカ、このテントの中を整えてくれ」
「御心のままに」

 ヴェルムドールの命令を受け、イチカは即座に目にも留まらぬ速度で動き始めた。
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