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世界会議の前に10

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 剣を首筋に突きつけられた男は「ひえっ」という情けない叫び声をあげる。
 露骨に怯えるその姿は、とても何かを企んでいるようには見えないが……それでも、キースは警戒した表情のまま剣を引くことはしない。

「さあ、言えよ。なんで俺の名前知ってやがる」
「え、いや、ほら。さっき言っただろ?」
「言ってねえよ」

 そう、言っていない。
 キースは「おーい、無事か? 無事なら返事しろ」と言っただけだ。
 その後も、自己紹介など一度もしていない。
 なのに、この目の前の男はキースを「キース」だと分かっていたのだ。
 そして、それはおかしい。
 キースは仕事柄何度かこの国に来たことはあるが、お世辞にも有名人ではない。
 そして仕事で関わった人間の事は大体覚えているし、その中に目の前の男の顔は無い。

「そ、そうだったか? なら何処かで会ったことが会ったのかも」
「それもねえな」

 だから、こう断言できる。
 一言二言話しただけの相手ならともかく、あんなに親しく話しかけてくる相手のことを忘れるほど耄碌してはいない。

「待て待て、お前は何か誤解してる! それじゃ、まるで俺がお前のことを知らないのに名前を言い当てたみたいじゃねえか」
「少なくとも気安い知り合いにお前はいねえな。つーかよぉ、さっきゴブリン共も俺の名前を知ってやがった。で、ここに来たらお前だ。どぉいう偶然だよ」

 ゴブリンアサシン達。
 そして、この目の前のメタリオ。
 一回では偶然でも、二回あれば必然だ。
 故に、キースは目の前のメタリオから警戒を解かない。

「そ、そんな事言われてもよぉ。俺が何したってんだよ?」
「さあな。何かしたのか? それともするのか?」
「お、おいおい……冗談はやめろよ」

 青ざめた顔で首にあてられた剣を見ている男の様子をアインは冷静に見ているが、アワアワとキースとアインを交互に見ていたレンファが意を決したように息を呑み拳を握る。

「あ、あの、キースさん。そ、そのくらいで……」
「あ? まあ、そうだな」

 キースはそう答えると剣を男の首から離し……直後に、腹部に思い切り蹴りを入れる。

「ぐぇっ」

 吹き飛んで背後の椅子やら何やらを蹴散らす男を見下ろしながら、キースは剣を抜き身のまま建物内に踏み込んでいく。

「え、あ、ちょ……」
「レンファ、アインの姉ちゃんと一緒に入って来い。油断はすんなよ」
「え、だ、だって、その人」
「あれでいい」

 キースの発言を受けて、アインはレンファの背中を押すようにして建物の入り口へと歩いていく。

「え、でも、でも」
「あのメタリオは怪しい。そして今は異常な状況下だ。ならば、常に最悪を考えて行動するべきだ」
「そういうことだ。たとえば……こいつがさっきのゴブリン共と繋がっていた……とかな」

 それをして何のメリットがあるのかまではキースには想像はつかない。
 だが、想像する必要もない。
 キースの役割は審問官でもなんでもないのだから。

「げ、げほっ……」
「他の奴は中だって言ってたな。だが、気配がねえようだが……?」

 慎重に辺りを探っていたキースが問うと、メタリオの男は変わらず怯えたような様子で答える。

「そ、そりゃ……坑道の中だよ。焦ってそこまで言えなかっただけだろうがよ」
「ほぉー? まあ、そりゃいいや。もう関係ねえ」
「えっ」

 絶句するレンファの横で、使い古していない縄を見つけたアインがふむと頷いている。
 確かに、アインでもそう判断するだろう。
 ほんの少し前までの状況なら、なりゆきの他人でもどうにか事を収められる状況だった。
 だが、もう違う。この怪しすぎる状況は、行きずりの他人が解決していい規模では無くなってしまっている。

「この状況を「なんでもない事」にして収めるのは、もう無理だ。となると、落とし所が何処かって話になるが……とりあえずお前は動けないようにさせてもらうぜ」
「ほれ」
「おうよ」
「や、やめろ! 何考えてやがる!」

 流れるような動きでキースはアインから縄を受け取り、メタリオの男を手際よく縛っていく。
 縛り終えて床に転がすと、メタリオの男は尚も騒ぐがキースは無視し、辺りを見回す。

「ゴブリンがその辺に潜んでる……ってわけじゃなさそうだな」
「潜んでいれば匂いがする。その可能性は低いだろう」
「……それもそうだな」

 身体を綺麗にするという習慣が根付いていないシュタイア大陸のゴブリンは、総じて臭い。
 故にこんな窓を閉め切った建物の中に隠れているならば相応の匂いがするはずだが、それもない。
 ということは建物の中にはゴブリンは居ない可能性が高い。

「そうすると、坑道の中にいるか……あるいは、元々いないって可能性もあるか」
「えっ、でも、目撃した人が」
「そうだな。だがそりゃ偽装できる。たとえばゴブリンアサシンがさっきの黒布を脱ぐとかな。そうすりゃ、もうゴブリンの顔なんざ見分けがつかねえ」

 ゴブリンが突然居なくなったと考えるよりは、その方が自然だ。
 そのくらい考える頭はゴブリンアサシンにはあるだろうし……何より、巡回の騎士団が鉱山の防衛戦力を壊滅させうるゴブリンの大群を見逃したと考えるよりは、その方が余程納得がいくからだ。

「問題は、なんで此処を今のタイミングで襲う必要があったかと……お前の役割は何なのかってことだが……まあ、いいわな。そりゃ騎士団の仕事だ。それより、最後にもう一回聞くぜ?」

 キースはそう言うと、男を見下ろして「その疑問」を投げかける。

「なんで俺の事を知ってやがる。どうもそいつが引っかかりやがる」
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