571 / 681
連載
しあわせですよ8
しおりを挟む劇も終わり、ヴェルムドールとサシャは記念館を出て第一商店街の中を歩いていた。
ちなみに隅にあった石の建物の中には大した物はなく、ヴェルムドールがアグーに与えた魔城棍のレプリカや多少の土産物、展示などがある程度だった。
少しばかり手を加えたい衝動にかられたヴェルムドールではあったが、なんとか我慢できたのは自制心の賜物といったところだろう。
さて、今は時間的には夕方少し手前といった所だが、街では丁度日勤と夜勤の者達が入れ替わるか否かといった時間帯だ。
もう少し辺りが暗くなってくれば、街中を照明魔法が飛び回り始めるだろう。
店はどの店も店員を入れ替えて一日中営業しているので、文字通りアークヴェルムの街が眠ることはない。
誰もが忙しく……しかし楽しそうに動き回る中を、ヴェルムドールとサシャも歩いていく。
普通であれば「珍しい魔族だろうか」と注目されるだろうサシャも、この時間帯では気に留める者も居ない。
商業区画の中でも今居る第一商店街は特に様々な物を売っており、専門性は低いものの大体の物は手に入る場所である。
酒場も多くあり、すでに呑んでいる者の楽しそうな声も聞こえてくる。
「おっと、申し訳ねえ」
「いや、気にするな」
ヴェルムドールにぶつかりそうになったヤギのビスティアが頭を下げて通り過ぎ、その向こう側をノルムとゴブリンの酔っ払いが肩を組んで歩いている。
サシャはそんな風景を楽しそうにキョロキョロと見回した後、ヴェルムドールを嬉しそうに見上げる。
「皆さん、楽しそうですね!」
「ああ。そういうお前も随分と楽しそうだ」
「はい!」
本当に楽しそうに笑うサシャに、ヴェルムドールも小さく笑みを浮かべる。
撫でられる頭があれば撫でていたかもしれないが、それが出来ないのでヴェルムドールは水晶珠の表面を軽く撫でる。
それでもサシャは顔をほんのり赤くして恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑う。
「あ、そういえば聞きたかったんですけど」
「ん? なんだ?」
「アグーさんって人、今は何処にいらっしゃるんでしょう?」
「んん……あいつか」
単純に答えだけで言うならば、アグーは一応中央軍所属で、あの記念館の館長である。
しかし、その答えはあまりにも夢が無いように思えた。
だからヴェルムドールは少し思案した後、こう答える。
「そうだな……何処とは言えんが、アイツも活躍しているよ。アイツの戦場で、な」
「ほえー……なんか素敵ですね」
嘘は言っていない。
ヴェルムドールは曖昧な笑顔で話題を打ち切ると、再び歩き出す。
商店の店主同士の決め事でどの店も呼び込みはしておらず、しかしそれでも充分すぎるくらいの騒々しさが伝わってくる。
焼き串を売る店のジュウジュウという音と芳しい香り、酒盛りの声……様々な音の中には、無数の楽しそうな笑い声がある。
「いい香りですねえー」
「分かるのか?」
てっきりそういうものは分からないと思っていただけに、ヴェルムドールは意外そうな顔をして……サシャもやはり意外そうな顔をする。
「ええっ? 私だって鼻ありますもの。分かりますよー」
ほらほら、と自分の鼻を示してみせるサシャだが……それは水晶珠の中の魔力体の鼻だ。実体部分と思われる水晶珠にそうした感覚があるのだろうかとヴェルムドールは首を傾げ、水晶珠のあちこちをペタペタと触り始める。
「えへへ、なんですかあ? くすぐったいですよう」
「……ふむ」
やはりよく分からないが、そういうものなのだろうとヴェルムドールは考えるのをやめる。
そういえば水を吸収しているのだから、何処かに外部から物を取り込む部分があるのも当然のことだろう。
だがサシャは水以外……この前はラクターと酒も呑んでいたが、とにかく水類以外は摂っていないが満足そうだ。
「……」
「シオンさん?」
少し興味が出てきたヴェルムドールは適当な建物の壁に背をつけると、サシャを目の前へと持っていく。
「そういえば、保護形態だと言っていたな」
「え? はい」
「元の姿は、どんな姿なんだ?」
「ほへ?」
「まさか、この姿のまま大きくなる……というわけでもないんだろう?」
サシャは首を傾げると、「んー?」と唸り、「ああ!」と叫んで手を叩く。
「さては、今まで全く興味なかったですね!?」
「まあ、特に聞く必要性も感じなかったな」
「うー! もっと私に興味もってください!」
「だから今持っているだろう?」
「むー」
すっかりムクれてしまったサシャがツンとそっぽを向き、ヴェルムドールは困ったように頬を搔く。
「まあ、そう怒るな。どんな姿でもサシャはサシャだからな。魔力不足が原因なら、そのうち見る事もできるだろう? だからだ」
「むむー」
納得していない様子のサシャをヴェルムドールは優しく撫でて、出来る限り優しく微笑んでみせる。
「そう怒るな。俺は中々そういうことに気が回らなくてな、許せ」
「むむむー……」
ヴェルムドールをじっと見上げていたサシャは、やがて「むぅ」と小さく唸る。
「私の事、どう思ってますか?」
「ん? そうだな……」
その言葉にヴェルムドールは少し考えるように黙り込み、やがて納得いく答えが見つかったのか、「ふむ」と呟く。
「手のかかる娘だな。あるいは父親というものは、こういう感覚なのかもしれん」
言われてサシャは、「ほへー」と間の抜けた声をあげたあと、悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
「……おとーさん。許してあげますから、次行きましょう?」
「そのお父さんというのは……やはり俺の事か?」
「そうですよ、おとーさん?」
おとーさん。
その言葉の響きを反芻した後に、ヴェルムドールはサシャにポンと手をのせる。
「……今は言ってもいいが、魔王城でそれを言わんようにな。いいな?」
「ふへ?」
「俺との約束だ。ああ、いや、やはり今からだ。誰が聞いているか分からん」
「はぁ」
「頼むぞ?」
そう言うとヴェルムドールはサシャを連れて、再び歩き出す。
その後も、特に何か大きな問題があったわけでもなく。
二人の街歩きはこうして、和やかなうちに終了するのであった。
0
お気に入りに追加
1,737
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
転生したらついてましたァァァァァ!!!
夢追子
ファンタジー
「女子力なんてくそ喰らえ・・・・・。」
あざと女に恋人を奪われた沢崎直は、交通事故に遭い異世界へと転生を果たす。
だけど、ちょっと待って⁉何か、変なんですけど・・・・・。何かついてるんですけど⁉
消息不明となっていた辺境伯の三男坊として転生した会社員(♀)二十五歳。モブ女。
イケメンになって人生イージーモードかと思いきや苦難の連続にあっぷあっぷの日々。
そんな中、訪れる運命の出会い。
あれ?女性に食指が動かないって、これって最終的にBL!?
予測不能な異世界転生逆転ファンタジーラブコメディ。
「とりあえずがんばってはみます」
私のスローライフはどこに消えた?? 神様に異世界に勝手に連れて来られてたけど途中攫われてからがめんどくさっ!
魔悠璃
ファンタジー
タイトル変更しました。
なんか旅のお供が増え・・・。
一人でゆっくりと若返った身体で楽しく暮らそうとしていたのに・・・。
どんどん違う方向へ行っている主人公ユキヤ。
R県R市のR大学病院の個室
ベットの年配の女性はたくさんの管に繋がれて酸素吸入もされている。
ピッピッとなるのは機械音とすすり泣く声
私:[苦しい・・・息が出来ない・・・]
息子A「おふくろ頑張れ・・・」
息子B「おばあちゃん・・・」
息子B嫁「おばあちゃん・・お義母さんっ・・・」
孫3人「いやだぁ~」「おばぁ☆☆☆彡っぐ・・・」「おばあちゃ~ん泣」
ピーーーーー
医師「午後14時23分ご臨終です。」
私:[これでやっと楽になれる・・・。]
私:桐原悠稀椰64歳の生涯が終わってゆっくりと永遠の眠りにつけるはず?だったのに・・・!!
なぜか異世界の女神様に召喚されたのに、
なぜか攫われて・・・
色々な面倒に巻き込まれたり、巻き込んだり
事の発端は・・・お前だ!駄女神めぇ~!!!!
R15は保険です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。