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祈りの壁
しおりを挟む祈りの壁の門は、然程大きくは無い。
これは、小さくする事で出入りを制限するという意味がある。
通常の門であれば物資の搬入などの為に出来るだけ高さや幅を大きくとる傾向があるが、これは「エレメントから人類を守る」門である。
よって、物資が中に出入りする事は無い。
そして、「いざという時」の被害を少なくする為に出入り口を小さくしているのである。
とはいえ、それでも巨人が出入りするのかというような大きさはあるのだが……とにかく、そういう風に出来ている。
そして、門の周りには騎士団の詰め所の他にも様々な店や露店が並び、お気楽な雰囲気が漂っている。
更に門の前にはよく見てみれば武装した者達が集まっており、情報交換らしきものをしている姿も見える。
彼らが「遺産狙い」であることは明白であったが、その彼等も今の騒ぎに気付き、程なくルーティの姿を見つけてざわつき始める。
ルーティが「英雄ルーティ」であることに気付いたのだろう、ルーティの耳には何やら相談するような声が聞こえてくる。
「早く行ってしまいましょう。ここは不愉快です」
「同感ですね。ああいう連中も、一度引き離してしまえば追っては来ないでしょう」
「……そうだな」
ルーティとイチカの提案に、ヴェルムドールは少し考え頷く。
ああした連中が「おこぼれ狙い」を考えているならば、接触の機会は今か、あるいは後ろからこっそりついてくるというような手法になる。
早々に引き離してしまえば、その程度のことしか考えていないような連中を気にする必要はなくなる。
「……よし、なら行くか。ラクター」
「ん? おう、ブッ飛ばすのか?」
ラクターが好戦的な目で辺りを見ると途端に逃げ腰になる者や実際に逃げ出した者が出るが、ヴェルムドールはそれを軽く制止する。
「違う……が、ブッ飛ばすくらいの心意気で威嚇しとけ。お前が一番適任だ」
やろうと思えば、ヴェルムドールやイチカにも出来る。
しかしながら、それは少々手段としては相応しくない。
何故ならば人類はまずは見た目で相手を判別するからである。
ぱっと見た時に優男風のヴェルムドールや女性のイチカでは、どうしても侮る者が出てくる。
そういった点で見た目だけで威圧感のあるラクターは最適だ。
威圧する事自体が目的なのではなく、「まず近寄らせないこと」自体が目的なのだから。
……そして。
少し離れた位置からヴェルムドール達の近くへと寄ったラクターは言われたように「威嚇」程度の視線で辺りへぐるりと視線を向ける。
すると、最初に目のあった男がビクリと震え……そのまま膝をついて白目をむく。
慌てて男の仲間が駆け寄り介抱を始めるが、これは当然の結果だ。
何しろラクターにとって「威嚇」とは攻撃準備だ。
人類の言葉にするならば「これからお前を殺す」という宣言にも似ていて、そんなものを受ければ心の弱い相手はバッキリと心を折られてしまう。
更に何人かが倒れた所で門の前に集まっていた者達は「正体不明の仲間の惨状」に驚き逃げ始め……騎士達が何事かと騒ぎ始める。
そして当然、平然としているヴェルムドール達に視線が向き……一人の騎士が駆け寄ってくる。
「お、おいお前等! 今何か……て、ルーティ様!?」
「こんにちは。お仕事ご苦労様です」
「は、はい! ところでルーティ様、あの……」
英雄を前にして「何かしたのか」と詰め寄るのは憚られたのか語気が弱くなる騎士に、ルーティは笑顔を浮かべてみせる。
「ガラの悪い人が多いみたいですけど、こんな朝から意識を失うなんて……呑み過ぎでしょうか?」
「呑み過ぎ……」
騎士は微妙な顔……明らかに納得していない様子でルーティから視線を外して辺りを見回し……やがて、表情を消して敬礼する。
「……そうですね。呑み過ぎと夜更かしで、朝の光がきつかったのでしょう」
そう言うと、ルーティの側にいるヴェルムドール達に視線を向ける。
明らかに疑いの色が含まれてはいたが、これ以上追及するつもりはないようだ。
「ルーティ様はこれからレプシドラへ?」
「ええ。仲間達と一緒に……ですが」
「そうですか。お気をつけて」
再度敬礼して去っていく騎士を見送ると、ルーティはラクターを正面から睨み付ける。
「……もっと手加減してください。貴方基準の「ブッ飛ばす」は普通の人類は消し飛ぶんですからね?」
「おう。でもまあ、どっちにしろ面倒はなくなったんじゃねえか?」
ラクターの言葉通り、もう周囲には「遺産狙い」達はもう居ない。
あの様子なら、しばらくは戻っても来ないだろう。
中に入ってからの懸念が減ったといえば減ったのは間違いない。
「まあまあ、いいじゃないかルーティ。むしろラクターのおかげであの連中、今日は死なずに済んだろう?」
「……そういう考え方もありますね」
ファイネルになだめるように言われて、ルーティは小さく溜息をつく。
確かに、彼等はもう今日はレプシドラに向かう事はないだろう。
そうなると、考えようによってはエレメントに殺されずに済んだ、ということでもあるだろうか?
「どうでもいいわよ。今日死んでも明日死んでも、そんなのは誤差みたいなものだもの。そんな連中のことに思考を割くこと自体が究極の無駄だとは思わない?」
「あー、ちょっと同感です」
イクスラースにクリムが同意し、ヴェルムドールが小さく笑う。
「面倒が省けるというのは、悪い事じゃあないぞ。見捨てるというのと知らぬ所で死ぬというのは印象が違うしな」
「面倒の省き方なんて、それこそ山のようにあるでしょうに。ほら、行くわよ」
ぐいぐいとヴェルムドールの腕を引っ張るイクスラースと、引っ張られていくヴェルムドール。
その反対側の腕にニノが絡みつき、その後ろを多少の殺気を放ちながらイチカが追う。
まるで散歩にでも行くかのような気軽さで門へと歩いていく三人を残りのメンバーも追いかける。
そうして、一行は門をくぐり……その先へと、辿り付いた。
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